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3章 ひとつ目の狐
13.
しおりを挟む「ふむふむ。たしかに彼らに残る穢れは、阿美妃と同じ匂いですね」
「匂い?」
「わかるのですよ。私の鼻は敏感なので」
藍玉は得意そうに鼻を鳴らすが、そういう問題ではないと思う。詳しく突っ込んでも無駄なので、紅焔は犠牲者たちに目を向けた。
「狐が人を喰ったと言ったが、彼らに何が起きたんだ? どうして皆、こうも干からびている?」
「ひとつ目の狐は人間の精気を吸い出し、魂を喰らうのです」
紅焔が首を傾げると、藍玉は薄水色の瞳で彼を見上げた。
「鬼通院の者が旦那さまにお話したように、ひとつ目の狐は阿美妃の眷属であり、人間への呪詛から生まれ出たものです。ゆえに本能的に人間を襲います。襲って、魂を食って力をつけ、それから再び人間を襲います。いわば、そういう装置なのです」
「なるほどな。奴自身が人間を憎んでいるわけじゃない。ただ、そういうものとして生まれたから、ひとを喰らうということか」
だとしたら厄介だ。ひとつ目の狐は存在し続ける限り、ひとを喰らう。しかもその力は、ますます強力になる。楽江が統一され、都によそから多くの人間が入ってくることも考えれば、被害はますます大きくなるだろう。
「しかもですね。いまは新月の夜しかひとつ目の狐が出ていませんが、力をつけていけばそのうち新月以外の夜にも動けるようになりますよ」
「なっ……まずいじゃないか! 春明め、そんなこと言ってなかったぞ!」
「そうなる前に確実に狐を仕留めるつもりなのでしょう。自分たちだけで狐を退治するのなら、すべての情報を旦那さまと共有する必要はありませんからね」
「君も君で、なんでそんなに色々と詳しいんだ……。ていうか、さっきから何をしている?」
鬼通院のことは一度置いておいて、紅焔はツッコミをいれざるを得なくなった。というのも、藍玉が端から順番に、犠牲者たちに顔を近づけてクンクンと嗅いでいるからだ。
若干引く紅焔に、藍玉はいつもの澄ました顔で答える。
「何って、匂いを嗅いでおります」
「見ればわかるわ! じゃなくて、なんで匂いなど嗅いでいる? 彼らから阿美妃と同じ穢れの匂いがすることは、最初に確かめ済みなんだろう?」
「そうなのですけど、本当に全員同じ狐にやられたのか、匂いからわからないものかと思いまして」
「君は、ひとつ目の狐が複数いると考えているのか?」
「二晩で十人の被害者というのは、そこそこの数ですよ。しかも遺体が見つかった場所は点在しています。二体か、それ以上の狐がいてもおかしくはありません」
衣を払いながら立ち上がり、藍玉は肩を竦めた。
「しかし、私の考えすぎだったようです。直接嗅いでみてはっきりしましたが、見事に皆さん同じ穢れの匂いをつけていますね。同じ狐に喰われたと考えてよさそうです」
「それを調べるために、君はここに来たがったのか」
夜になる前に遺体を直接調べたいと言い出したのは藍玉だ。確かに、敵が何体いるかをあらかじめ知っておくのは非常に重要なことだ。相手が一体なら一体の、二体ならば二体の戦い方がある。
(しかし、本当にひとつ目の狐は一匹と言い切れるのだろうか)
いわば「呪いの専門家」である藍玉が言うのであれば信じるべきなのだろうが、紅焔は少しだけ引っ掛かりを覚えた。
藍玉は先ほど、被害者についた匂いが全員同じだからという理由で、ひとつ目の狐が一匹だと断定した。しかし、ひとつ目の狐はすべて、そもそも阿美妃の穢れから生まれるものだ。
同じ穢れから生まれる以上、匂いは基本的に同じなはずだ。仮に若干の個体差があったとしても、藍玉ですら嗅ぎ分けられない可能性はゼロではない。
(俺は呪いや怨霊の類はド素人だ。だが、敵の数を見誤ったときにどんなリスクが降りかかるかは、戦場で嫌というほど知っている)
「藍玉、一応確認なんだが……」
紅焔がそう切り出そうとしたとき、何やら外が騒がしくなった。
「誰か来たようですね」
藍玉も気づいたようで、小屋の入り口に顔を向ける。
言い争うというよりも、誰かが誰かを必死に外に推しとどめているような声だ。ひとりは、小屋の外で待機している顔なじみの治安武官だろう。もう一人の、外で足止めを喰らっているのは誰だろうか。
そう思って入り口の外に目を凝らした紅焔は、何名かいる中に見覚えのある顔を見つけて「あっ」と声をあげた。
特徴的な赤い髪に、見るからに喧嘩っ早そうな鋭い目。全体的に尖った印象を与えるその男は、淵暁明と一緒に先日天宮城に上がった呪術師。たしか、尹嘉仁とかいう男だ。
その尹嘉仁が、先陣を切って治安武官に凄んでいる。
「だからなんで、中に入っちゃなんねえんだよ。扉なら開いてるじゃねえか」
「だから……! 詳しくは言えないが、中には高貴なる、さる御方が……」
「わっかんねえよ! はっきり言え。誰だ、さる御方って!」
「ひい!」
チンピラのように絡む尹嘉仁に、顔なじみの治安武官が悲鳴をあげる。彼自身も武官として修羅場を潜り抜けてきているのだが、尹嘉仁の迫力に圧されてしまっているようだ。
(同じ鬼通院でも、春明とは随分感じが違うんだな)
野盗のひとりと言われても納得してしまうようなガラの悪さに、紅焔は呆れた。淵暁明の、この世ならざる者のような静かなる清廉さとは対照的だ。あちらも夜に備えてもう一度死体を調べにきたのだろうが、これではまるでカチコミである。
なんにせよ、同じ狐を追う以上、このあと町中で彼らに出くわす可能性は十分ある。戦闘中にいきなり顔を合わせるより、向こうにもこちらを認識させておいたほうがいいだろう。
そう判断した紅焔は、藍玉に目配せをして頷いてから小屋の外に踏み出した。
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