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第二話 萩焼と文車恋煩い
8.
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「キヨさん!」
授業が終わってすぐ。
真希ちゃんたちに「行かなくてはいけないところがある」と断って、私は校舎を出てすぐの木の下でキヨさんを捕まえた。
キヨさんと会うのは図書館で話して以来だ。振り返った彼女は嬉しそうな顔をしていた。
「どうした? 今日こそは、わらわとめくるめく図書館パーティうぃず文車を開催するか?」
「それも気になりますけど、今日はそっちじゃなくて」
「む?」
首を傾げるキヨさんを前に、小走りでかけてきた私は膝を曲げて呼吸を整える。それから、思い切ってキヨさんに告げた。
「ねえ、キヨさん。私と一緒に、いまから有栖川先生のところに行こう!」
「リョーコの? なぜじゃ?」
「だってキヨさん、有栖川先生と話したいんでしょ?」
「……そうか、ソータか」
きょとんと瞬きをしていたキヨさんだが、話の出所が狐月さんだと思ったらしく、むっと顔を顰めた。
「おしゃべりめ。可愛いバイトが入ったからと浮かれて、ひとを勝手に会話のネタにしよって」
「ちがうんですキヨさん! 私が狐月さんに、キヨさんと先生のことを聞いたんです」
「お主がか? なぜそんなことを」
「だって有栖川先生を見るキヨさんの目が、すごく大切そうで、寂しそうだった」
正直に答えると、キヨさんは「む」と言葉を呑み込んだ。たぶん本人にも、思い当たる節があったのだろう。じっと窺うようにこちらを見るキヨさんに、私は身を乗り出した。
「狐月さんの術が先生に効かないのは聞きました。だけど、私がキヨさんの言葉を有栖川先生に伝えます。直接話すことは出来なくても、キヨさんの想いは私が届けるから……」
「その必要はない」
ぴしゃりと断られ、私はびくりと肩を揺らした。余計なお世話だったのだろうか。有栖川先生とのことを、こんなふうに踏み込んではいけなかったのかもしれない……。
私は不安に駆られたが、キヨさんは私を見て苦笑した。
「勘違いするな、スズ。気分を害したわけじゃない。本当に必要がないだけじゃ」
「だけどそんな、どうして……」
「わらわの望みはリョーコと語り合うことじゃない。リョーコの瞳に、わらわの姿を映してみたかった。それだけじゃったからな」
肩を竦めるキヨさんの口調は軽い。キヨさんの中では、とっくに整理がついた願いなのだろう。風に揺れる亜麻色の髪を撫でつけ、キヨさんはどこか遠くを見つめるような目をした。
「はじめは、阿呆を煮詰めて凝縮したようなやつだとバカにしていたのじゃ」
ゆっくり瞬きをして、キヨさんはぽつりぽつりと話し出した。
「紙に綴られた言葉の羅列など、如何様にも都合よく真実を練り上げる。そこに昏き闇があろうとも、そこに胸焦がす悲哀があろうとも。ただ美しきものだけで塗り固め、空の月をも霞ませる輝きを生み出してしまう。それが言葉じゃ。それが、わらわの元となるモノじゃ」
キヨさんの言葉は難しく、言っている意味の半分も分からない。けれども、そこに込められた彼女の想いだけは、なんとなくわかる気がした。
「けど、リョーコはわらわの予想を上回る阿呆でな。あれは、まるで深海魚だ。過去の文献にひたすら耽り、その時代に潜り込むようにゆっくり沈んでいく。そうして色んな角度から新たな側面を見つけ出し、少しずつ色を付けていく。――ソータがわらわに選ぶ器と同じじゃ。リョーコの描く世界は、年月を経るたびに味わいを増す。その時代を知るわらわがとうに忘れていたほど、眩しく鮮明にな」
それは1000年の歳月を越えた出会いだった。とっくの昔に捨ててきたはずの想いや日常と、再び巡り合うかのような瞬間。そうしてキヨさんは、歴史という窓を通じて、有栖川教授と心のもっと深い奥底で繋がりあえたように感じたのだ。
「――だからじゃろうな。わらわは欲を抱いてしまった。わらわとリョーコで、『あの日々』を分かち合うだけじゃ物足りぬ。過去を描き出すあの深淵な眼差しは、今のわらわをどう映すのだろうか。その時リョーコは、わらわにどんな言葉をかけてくれるのだろうと」
だけど、過ぎた願いじゃったなと。空を見上げて、あっけらかんとキヨさんは言った。
「もう十分。十分すぎるほどに満たされた。なにせ1000年の時を超えて、わらわは心の友と呼べる存在に巡り合えた。それだけで、長生きしてきた甲斐もあったというものじゃ」
「キヨさん……」
「そんな顔をするな、スズ。どうせわらわにとって、人の子とのかかわりなど瞬きにも満たない一瞬の戯れ。暇つぶしに人間の話を聞き、暇つぶしに上手い抹茶フロートを飲み。お主というけったいな人間とも出会えた。わらわは十分、幸せじゃぞ」
にこっと笑ったキヨさんに、私は何と返すべきかわからなかった。
結局その日はキヨさんと縁結びカフェに行って、狐月さん特製のひよこ豆のカレーとナポリタンをああだこうだ言いながら食べた。
キヨさんはその間も、スマホ――どうやって契約したのだろう――でTokTikのおすすめ動画を引っ張り出しては、「このメイクは盛れる」「お主に似合うぞ」などと私に見せてきた。その姿は本当に楽しそうで、キヨさんが全力で毎日をエンジョイしているのだとわかる。
だけど、本当にこのままでいいのだろうか。
家に帰ってベッドに入ったあとも、私は何度もキヨさんのことを考えていた。
「きゅう?」
「ねえ、キュウ助。私、どうすればいいと思う?」
ふわふわ飛んできた毛玉ボディを、手のひらで受け止める。きょとんと瞬きする倉ぼっこを見つめながら、私はお腹に抱えた枕にもたれた。
「ああいうけど、有栖川先生を見るキヨさんの目。やっぱり、先生に自分を見て欲しいって願っているように思えるの。だけど私はキヨさんと知り合ったばかりだし、狐月さんみたいに特別な力があるわけじゃない。そんな私が何かしようとしたって、キヨさんの迷惑になっちゃうのかな」
「きゅう、きゅう!」
「そんなことない? キュウ助は優しいね。けど、手詰まり感満載なのは本当だよ?」
「きゅう……」
「私がキュウ助と一緒に過ごせるのも、ぜんぶ狐月さんのおかげだもん。その狐月さんが無理っていうなら、普通の人間の私は完全にお手上げだよ。……せっかく友達になれたし、力になりたいのは山々だけどさ」
ふわりとキュウ助が飛んだのをいいことに、私は膝を抱えて顔を埋める。だけどうんうん唸ったところで、空から名案が降ってくるわけもない。だって私はただの人間。偶然、ひょんな縁で妖怪と関わるようになっただけの、どこにでもいる大学生なのだから。
「……きゅう? きゅう! きゅう、きゅう!」
「ほっといて、キュウ助。ちょっと自分の無力さに打ちひしがれてるだけだから」
「きゅう!!」
「え、なに? 違うって?」
もふもふボディで頭をぽこすかと叩かれ、仕方なく私は顔をあげる。するとキュウ助はぴゅーんと飛び、ベッドサイドで充電中の携帯の上でぴょんぴょんはねた。
「きゅうきゅう!」
「どうしたの? 携帯がなに?」
私が見るまでは梃でも動かないぞという構えのキュウ助に、私はスマホに手を伸ばす。すると暗転していた画面が明るくなって、待ち受け写真が液晶に映る。
(そういえばキヨさんに、勝手に待ち受け替えられたんだった)
液晶に映るのはキヨさんの自撮り写真だ。食後に頼んだ抹茶フロートを手に、後ろの方に器用に私や狐月さんも入れて、現役女子大生も顔負けの『ばっちり映え構図』で映した一枚である。
桜色のネイルを施した手で薄紫色の萩焼を持ち、ばちりとキュートにウィンクをきめるキヨさんが妖怪だなんて、きっと誰も思わないだろう。もう何度目になるかわからない感想を抱いたその時、ふと私の目はキヨさんの手元に吸い寄せられた。
「そういえば、この器って」
〝言われてみれば、こやつもなかなかいい顔をするようになったなあ〟
萩焼の湯呑みを眺めながら、キヨさんが感慨深そうにつぶやいていたのを思い出す。たしかキヨさんは、もうかれこれ10年ほど、この器で出てくる抹茶フロートを楽しんできたと話していた。
(……もしかして、可能性はあるかも?)
いまいち自信を持てず、私は携帯画面とにらめっこをした。
私は妖術の専門家じゃない。それどころか、つい最近まで妖怪の「よ」も知らなかった一般人だ。だから根拠なんかない。これは見当違いな思い付きかもしれない――。
「きゅうーっ」
「キュウ助?」
「きゅう、きゅう!」
私が悩んでいると、キュウ助が画面の横で身体を揺らした。それはまるで、小さな体で精一杯励ましてくれているみたいだ。だから私も、覚悟を決めることができた。
(だよね。バカな思い付きだとしても、狐月さんは突き放すようなひとじゃない。私を妖怪たちと結んでくれたあのひとなら、きっと力を貸してくれるはず……!)
思い立ったら吉日だ。私はすぐに、携帯に登録してある狐月さんの番号に電話をした。3コールほど音が鳴ったところで、狐月さんの声が携帯の向こうでした。
『もしもし。水無瀬さん?』
「狐月さん! 夜遅くにすみません、いま大丈夫ですか?」
『僕は全然かまわないけど、どうしたの? 何かあった?』
狐月さんの声にわずかに心配の色が混じる。変な時間に突然電話したから、いらぬ不安を抱かせてしまったらしい。私は電話の向こうに、慌てて首を振った。
「違います、違います! 緊急事態とかそういうんじゃないんですけど……」
『よかった。だとしたら何かな? 僕が力になれることだといいけど』
ホッと息を吐く気配があって、狐月さんは柔らかな声でそう言ってくれた。本当にこの人は、なんていい人なんだろう。じぃんと感動しつつ、優しい柔和な笑顔が自然と目に浮かび、私は不思議とドキドキした。
なんでだろう。電話だと、普通に話しているより近くに、狐月さんの声を感じるせいだろうか。そんなことをチラリと思いながら、私は先ほど頭に浮かんだ考えをさっそく狐月さんに伝えることにした。
「あの、狐月さん。実はキヨさんと有栖川先生のことで、少し試してみたいことがあるんですけれど……」
授業が終わってすぐ。
真希ちゃんたちに「行かなくてはいけないところがある」と断って、私は校舎を出てすぐの木の下でキヨさんを捕まえた。
キヨさんと会うのは図書館で話して以来だ。振り返った彼女は嬉しそうな顔をしていた。
「どうした? 今日こそは、わらわとめくるめく図書館パーティうぃず文車を開催するか?」
「それも気になりますけど、今日はそっちじゃなくて」
「む?」
首を傾げるキヨさんを前に、小走りでかけてきた私は膝を曲げて呼吸を整える。それから、思い切ってキヨさんに告げた。
「ねえ、キヨさん。私と一緒に、いまから有栖川先生のところに行こう!」
「リョーコの? なぜじゃ?」
「だってキヨさん、有栖川先生と話したいんでしょ?」
「……そうか、ソータか」
きょとんと瞬きをしていたキヨさんだが、話の出所が狐月さんだと思ったらしく、むっと顔を顰めた。
「おしゃべりめ。可愛いバイトが入ったからと浮かれて、ひとを勝手に会話のネタにしよって」
「ちがうんですキヨさん! 私が狐月さんに、キヨさんと先生のことを聞いたんです」
「お主がか? なぜそんなことを」
「だって有栖川先生を見るキヨさんの目が、すごく大切そうで、寂しそうだった」
正直に答えると、キヨさんは「む」と言葉を呑み込んだ。たぶん本人にも、思い当たる節があったのだろう。じっと窺うようにこちらを見るキヨさんに、私は身を乗り出した。
「狐月さんの術が先生に効かないのは聞きました。だけど、私がキヨさんの言葉を有栖川先生に伝えます。直接話すことは出来なくても、キヨさんの想いは私が届けるから……」
「その必要はない」
ぴしゃりと断られ、私はびくりと肩を揺らした。余計なお世話だったのだろうか。有栖川先生とのことを、こんなふうに踏み込んではいけなかったのかもしれない……。
私は不安に駆られたが、キヨさんは私を見て苦笑した。
「勘違いするな、スズ。気分を害したわけじゃない。本当に必要がないだけじゃ」
「だけどそんな、どうして……」
「わらわの望みはリョーコと語り合うことじゃない。リョーコの瞳に、わらわの姿を映してみたかった。それだけじゃったからな」
肩を竦めるキヨさんの口調は軽い。キヨさんの中では、とっくに整理がついた願いなのだろう。風に揺れる亜麻色の髪を撫でつけ、キヨさんはどこか遠くを見つめるような目をした。
「はじめは、阿呆を煮詰めて凝縮したようなやつだとバカにしていたのじゃ」
ゆっくり瞬きをして、キヨさんはぽつりぽつりと話し出した。
「紙に綴られた言葉の羅列など、如何様にも都合よく真実を練り上げる。そこに昏き闇があろうとも、そこに胸焦がす悲哀があろうとも。ただ美しきものだけで塗り固め、空の月をも霞ませる輝きを生み出してしまう。それが言葉じゃ。それが、わらわの元となるモノじゃ」
キヨさんの言葉は難しく、言っている意味の半分も分からない。けれども、そこに込められた彼女の想いだけは、なんとなくわかる気がした。
「けど、リョーコはわらわの予想を上回る阿呆でな。あれは、まるで深海魚だ。過去の文献にひたすら耽り、その時代に潜り込むようにゆっくり沈んでいく。そうして色んな角度から新たな側面を見つけ出し、少しずつ色を付けていく。――ソータがわらわに選ぶ器と同じじゃ。リョーコの描く世界は、年月を経るたびに味わいを増す。その時代を知るわらわがとうに忘れていたほど、眩しく鮮明にな」
それは1000年の歳月を越えた出会いだった。とっくの昔に捨ててきたはずの想いや日常と、再び巡り合うかのような瞬間。そうしてキヨさんは、歴史という窓を通じて、有栖川教授と心のもっと深い奥底で繋がりあえたように感じたのだ。
「――だからじゃろうな。わらわは欲を抱いてしまった。わらわとリョーコで、『あの日々』を分かち合うだけじゃ物足りぬ。過去を描き出すあの深淵な眼差しは、今のわらわをどう映すのだろうか。その時リョーコは、わらわにどんな言葉をかけてくれるのだろうと」
だけど、過ぎた願いじゃったなと。空を見上げて、あっけらかんとキヨさんは言った。
「もう十分。十分すぎるほどに満たされた。なにせ1000年の時を超えて、わらわは心の友と呼べる存在に巡り合えた。それだけで、長生きしてきた甲斐もあったというものじゃ」
「キヨさん……」
「そんな顔をするな、スズ。どうせわらわにとって、人の子とのかかわりなど瞬きにも満たない一瞬の戯れ。暇つぶしに人間の話を聞き、暇つぶしに上手い抹茶フロートを飲み。お主というけったいな人間とも出会えた。わらわは十分、幸せじゃぞ」
にこっと笑ったキヨさんに、私は何と返すべきかわからなかった。
結局その日はキヨさんと縁結びカフェに行って、狐月さん特製のひよこ豆のカレーとナポリタンをああだこうだ言いながら食べた。
キヨさんはその間も、スマホ――どうやって契約したのだろう――でTokTikのおすすめ動画を引っ張り出しては、「このメイクは盛れる」「お主に似合うぞ」などと私に見せてきた。その姿は本当に楽しそうで、キヨさんが全力で毎日をエンジョイしているのだとわかる。
だけど、本当にこのままでいいのだろうか。
家に帰ってベッドに入ったあとも、私は何度もキヨさんのことを考えていた。
「きゅう?」
「ねえ、キュウ助。私、どうすればいいと思う?」
ふわふわ飛んできた毛玉ボディを、手のひらで受け止める。きょとんと瞬きする倉ぼっこを見つめながら、私はお腹に抱えた枕にもたれた。
「ああいうけど、有栖川先生を見るキヨさんの目。やっぱり、先生に自分を見て欲しいって願っているように思えるの。だけど私はキヨさんと知り合ったばかりだし、狐月さんみたいに特別な力があるわけじゃない。そんな私が何かしようとしたって、キヨさんの迷惑になっちゃうのかな」
「きゅう、きゅう!」
「そんなことない? キュウ助は優しいね。けど、手詰まり感満載なのは本当だよ?」
「きゅう……」
「私がキュウ助と一緒に過ごせるのも、ぜんぶ狐月さんのおかげだもん。その狐月さんが無理っていうなら、普通の人間の私は完全にお手上げだよ。……せっかく友達になれたし、力になりたいのは山々だけどさ」
ふわりとキュウ助が飛んだのをいいことに、私は膝を抱えて顔を埋める。だけどうんうん唸ったところで、空から名案が降ってくるわけもない。だって私はただの人間。偶然、ひょんな縁で妖怪と関わるようになっただけの、どこにでもいる大学生なのだから。
「……きゅう? きゅう! きゅう、きゅう!」
「ほっといて、キュウ助。ちょっと自分の無力さに打ちひしがれてるだけだから」
「きゅう!!」
「え、なに? 違うって?」
もふもふボディで頭をぽこすかと叩かれ、仕方なく私は顔をあげる。するとキュウ助はぴゅーんと飛び、ベッドサイドで充電中の携帯の上でぴょんぴょんはねた。
「きゅうきゅう!」
「どうしたの? 携帯がなに?」
私が見るまでは梃でも動かないぞという構えのキュウ助に、私はスマホに手を伸ばす。すると暗転していた画面が明るくなって、待ち受け写真が液晶に映る。
(そういえばキヨさんに、勝手に待ち受け替えられたんだった)
液晶に映るのはキヨさんの自撮り写真だ。食後に頼んだ抹茶フロートを手に、後ろの方に器用に私や狐月さんも入れて、現役女子大生も顔負けの『ばっちり映え構図』で映した一枚である。
桜色のネイルを施した手で薄紫色の萩焼を持ち、ばちりとキュートにウィンクをきめるキヨさんが妖怪だなんて、きっと誰も思わないだろう。もう何度目になるかわからない感想を抱いたその時、ふと私の目はキヨさんの手元に吸い寄せられた。
「そういえば、この器って」
〝言われてみれば、こやつもなかなかいい顔をするようになったなあ〟
萩焼の湯呑みを眺めながら、キヨさんが感慨深そうにつぶやいていたのを思い出す。たしかキヨさんは、もうかれこれ10年ほど、この器で出てくる抹茶フロートを楽しんできたと話していた。
(……もしかして、可能性はあるかも?)
いまいち自信を持てず、私は携帯画面とにらめっこをした。
私は妖術の専門家じゃない。それどころか、つい最近まで妖怪の「よ」も知らなかった一般人だ。だから根拠なんかない。これは見当違いな思い付きかもしれない――。
「きゅうーっ」
「キュウ助?」
「きゅう、きゅう!」
私が悩んでいると、キュウ助が画面の横で身体を揺らした。それはまるで、小さな体で精一杯励ましてくれているみたいだ。だから私も、覚悟を決めることができた。
(だよね。バカな思い付きだとしても、狐月さんは突き放すようなひとじゃない。私を妖怪たちと結んでくれたあのひとなら、きっと力を貸してくれるはず……!)
思い立ったら吉日だ。私はすぐに、携帯に登録してある狐月さんの番号に電話をした。3コールほど音が鳴ったところで、狐月さんの声が携帯の向こうでした。
『もしもし。水無瀬さん?』
「狐月さん! 夜遅くにすみません、いま大丈夫ですか?」
『僕は全然かまわないけど、どうしたの? 何かあった?』
狐月さんの声にわずかに心配の色が混じる。変な時間に突然電話したから、いらぬ不安を抱かせてしまったらしい。私は電話の向こうに、慌てて首を振った。
「違います、違います! 緊急事態とかそういうんじゃないんですけど……」
『よかった。だとしたら何かな? 僕が力になれることだといいけど』
ホッと息を吐く気配があって、狐月さんは柔らかな声でそう言ってくれた。本当にこの人は、なんていい人なんだろう。じぃんと感動しつつ、優しい柔和な笑顔が自然と目に浮かび、私は不思議とドキドキした。
なんでだろう。電話だと、普通に話しているより近くに、狐月さんの声を感じるせいだろうか。そんなことをチラリと思いながら、私は先ほど頭に浮かんだ考えをさっそく狐月さんに伝えることにした。
「あの、狐月さん。実はキヨさんと有栖川先生のことで、少し試してみたいことがあるんですけれど……」
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