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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁
6.
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こみっとのブースで響紀さんと奇跡的な再開を果たした私は、こみっとの先輩に断りをいれて、響紀さんと公園の中を歩いて回ることにした。
合流してすぐ、響紀さんはしげしげと私を見下ろして感心するみたいに言った。
「驚いた。まさかこんな場所で水無瀬さんと再会するとは」
「私もです。ていうか、キュウ助が飛んでいかなかったら響紀さんに気付けなかったと思います。今日はこの間とは随分、違う服装なんですね」
前回大学の屋上に現れたとき、響紀さんはTHE・陰陽師という感じの青い狩衣姿だった。今日の白シャツに青いジーンズという恰好もすごく似合っているけれども、前回と今回とでは印象が大分違って見える。
すると響紀さんは、軽く肩を竦めて笑みを漏らした。
「まあな。あの服装は、陰陽師として活動するときのみの恰好だから」
(はう。イケメン)
白い爽やかなシャツが、響紀さんのシャープで綺麗なご尊顔にとてもマッチしていて、私は思わず胸を押さえた。ていうか洋服になった分、響紀さんと狐月さんがますます似ているように見える。
そう言えばさっき、ふみちゃんも、最後まで「あのイケメンさんは誰??」と目をきらきらさせていた。大分見慣れてきたとは言っても、やっぱり狐月さんといい響紀さんといい、狐月家の美形具合には舌を巻くものがある。
「水無瀬さん?」
「あ、すみません、すみません。なんでもないです」
響紀さんに首を傾げられて、私は慌てて首を振った。
「響紀さんはどうして青空市に? もしかして普通にお買い物ですか?」
「いや。気分転換がわりに見回りをしていたところだな」
「見回り、ですか?」
「ああ。ああいう賑やかな場所には、妖怪どもも興味を持ちやすい。どこぞの能天気な阿呆が紛れ込み、悪戯をしないとも限らないからな」
響紀さんの話を聞いて、私はなるほどなと納得した。たしかにぱっと思いつく限りでも、ニャン吾郎さんやらトオノさんやら、こういうお祭りっぽい場所が好きそうな妖怪が何人かいる。ただ楽しむ分にはいいけれど、そこで悪さをしないか目を光らせるのが響紀さんたち陰陽師の役目なのだろう。
お休みの日でも妖怪たちに目を光らせるなんて、響紀さんは仕事熱心なひとなんだな。そんな風に感心していると、その響紀さんに頭を下げられた。
「先日は、突然あんなやり取りを見せてしまい、本当に申し訳なかった。あの後、店で気まずい思いをさせてしまわなかっただろうか」
「わ! やめてください。本当に私は大丈夫ですから」
「しかし……」
少し顔をあげた響紀さんは、気まずそうに目を逸らす。なんだか逆に、何も聞かないのも変な気がして、私は思い切って踏み込んでみることにした。
「すみません。響紀さんが帰ったあと、狐月さんに少しだけ聞いてしまいました。響紀さんとコン吉パイセンが昔はバディを組んでいて、コン吉パイセンの怪我をきっかけにバディを解消した。それもあって、響紀さんは縁結びカフェに顔を出さなくなったんだって」
「……そうか」
短く嘆息をして体を起こした響紀さんは、困ったように苦笑した。
「いまはあんな風だが、昔はいい相棒だったんだ。想太から聞いたかもしれないが、コン吉と俺はまだ子供のころからの付き合いでな。俺はコン吉を、親友のようにも兄弟のようにも思っていた」
「もうコン吉パイセンとは組まないんですか? その……ふたりの息が会わなくなってしまったのも、狐月さんから聞いてはいるんですけど」
そこまで言っていいものかわからず、後半はぼそぼそと話してしまった。
けれども私が見る限り、コン吉パイセンは響紀さんにバディを解消されたことに、まだ深く傷ついているように感じた。その一方で、まだかつての情を捨てきれていないようにも見える。だけどそれは、響紀さんも同じなんじゃないだろうか。
すると響紀さんは、ゆっくりと首を振った。
「俺はコン吉ともう一度バディを組むつもりはない。少なくとも、いまはまだ」
「どうしてですか?」
「俺たちがかみ合わなくなったのは、俺が原因だからだ」
驚いた私は息を呑む。響紀さんは、苦悶するように綺麗な眉間に皺を寄せた。
「俺がおじいさまに、次の狐月家の当主に指名された後。寺川一門の間で、少々物議をかもしてな。すなわち、次代当主の式神はコン吉のような若造ではなく、もっと場数を踏んだベテランの野狐が勤めるべきではないかと」
当主の式神を務めるのは、野狐たちにとっても一番の誉である。そういえば、狐月さんもそんなことを話していた。そしてコン吉先輩が、野狐たちの中ではまだまだ若者だということも。
「当然、俺はそれを拒否した。陰陽師になって以来、俺はコン吉としか組んだことがなかったし、俺はコン吉を相棒として信頼していた。だから俺が当主になろうが、式神を変えるつもりはないと。――俺には鼻で笑い飛ばせるくらいの話だった。だけどコン吉にとっては、もっと深刻な話だったんだ」
その頃からだという。任務中、コン吉先輩とうまく連携が取れなくなったのは。
「コン吉は焦っていたのだろう。当主の式神としてふさわしくあらねばならない。ほかの野狐より、各段に優れていなければならない。そのように気負い、空回りするコン吉の苦悩を、俺は理解してやれなかった。それどころか、ひとり先行しミスを重ねるようになったあいつを責め、どんどん追い詰めてしまった。……そして、あの日が来た」
ぎゅっと手を握りしめた響紀さんの横顔には、深い後悔が滲んでいる。
「あの日、深手を負ったコン吉を見て、思った。これは俺が招いた事態だ。このままバディを組んでいたら、いずれコン吉を殺してしまう。俺がこいつを殺すのだと」
「……だから、コン吉パイセンとのバディを解消した」
「結果、俺は相棒を失うに飽き足らず、親友をも失くしたがな」
空気を変えようとするみたいに、響紀さんは最後、努めて軽い調子でそう言った。
「そういうわけで。すまない、水無瀬さん。コン吉の同僚として知っといてもらったほうがいいだろうと判断しすべてを話したが、今日話したことは、コン吉には黙っていて欲しい」
「それはもちろんですけど……。いいんですか? コン吉パイセン、たぶん響紀さんを恨んでますよ。自分を捨てた、ひどい相棒だって」
「いいんだ。俺も、その方が都合がいいから」
私が首を傾げて見せると、響紀さんはさらりとした黒髪を耳にかけ、肩を竦めた。
「俺がバディを解消した本当の理由を知ったら、コン吉は自分を責めるだろう。バディと言っても、陰陽師と式神は主従関係だ。主に自分の身を案じさせるなど、式神失格だと。そんなことでまたいらん気を揉ませるくらいなら、俺を憎んでくれた方がマシだからな」
そう言って響紀さんは軽く笑って見せたが、私の中でのもやもやはむしろ強くなった。だってさっき、響紀さんも自分で言っていたじゃないか。相棒を失うのと同時に、大切な相棒をも失ってしまったって。
(コン吉パイセンも、親友だと思っていた響紀さんから捨てられたと思っているからこそ、いまでも傷ついているんだろうし……。これ、どうしたらいいんだろ……!)
まるでこの曇り空のようにこじれにこじれた関係に、私が「うーむ」と唸ったときだった。
「あれ、水無瀬さん? ……と、響紀?」
「へ?」
聞きなれた声に、私は組んでいた腕をほどいて振り返る。そして、仰天した。
「狐月さん? と、コン吉パイセン!?」
「げ。変なところで会ったな、人間」
じとりと私を見上げて、コン吉先輩も目を細める。その横で、目を丸くして私と響紀さんを見つめているのは、言わずと知れた縁結びカフェの店長・狐月さんだ。
「……んで。お前は何してんだよ、ひびき」
「俺がどこで何しようと勝手だろう、コン吉」
ぽかんと顔を見合わせる私と狐月さんを置き去りに、コン吉先輩はさっそく響紀さんに喧嘩を売っているし、響紀さんも容赦なくそれを買っている。
(平和なはずのフリーマーケットが、いきなりの修羅場なんですけど!?)
内心悲鳴をあげながら、私は思わず頭を抱えてしまったのだった。
合流してすぐ、響紀さんはしげしげと私を見下ろして感心するみたいに言った。
「驚いた。まさかこんな場所で水無瀬さんと再会するとは」
「私もです。ていうか、キュウ助が飛んでいかなかったら響紀さんに気付けなかったと思います。今日はこの間とは随分、違う服装なんですね」
前回大学の屋上に現れたとき、響紀さんはTHE・陰陽師という感じの青い狩衣姿だった。今日の白シャツに青いジーンズという恰好もすごく似合っているけれども、前回と今回とでは印象が大分違って見える。
すると響紀さんは、軽く肩を竦めて笑みを漏らした。
「まあな。あの服装は、陰陽師として活動するときのみの恰好だから」
(はう。イケメン)
白い爽やかなシャツが、響紀さんのシャープで綺麗なご尊顔にとてもマッチしていて、私は思わず胸を押さえた。ていうか洋服になった分、響紀さんと狐月さんがますます似ているように見える。
そう言えばさっき、ふみちゃんも、最後まで「あのイケメンさんは誰??」と目をきらきらさせていた。大分見慣れてきたとは言っても、やっぱり狐月さんといい響紀さんといい、狐月家の美形具合には舌を巻くものがある。
「水無瀬さん?」
「あ、すみません、すみません。なんでもないです」
響紀さんに首を傾げられて、私は慌てて首を振った。
「響紀さんはどうして青空市に? もしかして普通にお買い物ですか?」
「いや。気分転換がわりに見回りをしていたところだな」
「見回り、ですか?」
「ああ。ああいう賑やかな場所には、妖怪どもも興味を持ちやすい。どこぞの能天気な阿呆が紛れ込み、悪戯をしないとも限らないからな」
響紀さんの話を聞いて、私はなるほどなと納得した。たしかにぱっと思いつく限りでも、ニャン吾郎さんやらトオノさんやら、こういうお祭りっぽい場所が好きそうな妖怪が何人かいる。ただ楽しむ分にはいいけれど、そこで悪さをしないか目を光らせるのが響紀さんたち陰陽師の役目なのだろう。
お休みの日でも妖怪たちに目を光らせるなんて、響紀さんは仕事熱心なひとなんだな。そんな風に感心していると、その響紀さんに頭を下げられた。
「先日は、突然あんなやり取りを見せてしまい、本当に申し訳なかった。あの後、店で気まずい思いをさせてしまわなかっただろうか」
「わ! やめてください。本当に私は大丈夫ですから」
「しかし……」
少し顔をあげた響紀さんは、気まずそうに目を逸らす。なんだか逆に、何も聞かないのも変な気がして、私は思い切って踏み込んでみることにした。
「すみません。響紀さんが帰ったあと、狐月さんに少しだけ聞いてしまいました。響紀さんとコン吉パイセンが昔はバディを組んでいて、コン吉パイセンの怪我をきっかけにバディを解消した。それもあって、響紀さんは縁結びカフェに顔を出さなくなったんだって」
「……そうか」
短く嘆息をして体を起こした響紀さんは、困ったように苦笑した。
「いまはあんな風だが、昔はいい相棒だったんだ。想太から聞いたかもしれないが、コン吉と俺はまだ子供のころからの付き合いでな。俺はコン吉を、親友のようにも兄弟のようにも思っていた」
「もうコン吉パイセンとは組まないんですか? その……ふたりの息が会わなくなってしまったのも、狐月さんから聞いてはいるんですけど」
そこまで言っていいものかわからず、後半はぼそぼそと話してしまった。
けれども私が見る限り、コン吉パイセンは響紀さんにバディを解消されたことに、まだ深く傷ついているように感じた。その一方で、まだかつての情を捨てきれていないようにも見える。だけどそれは、響紀さんも同じなんじゃないだろうか。
すると響紀さんは、ゆっくりと首を振った。
「俺はコン吉ともう一度バディを組むつもりはない。少なくとも、いまはまだ」
「どうしてですか?」
「俺たちがかみ合わなくなったのは、俺が原因だからだ」
驚いた私は息を呑む。響紀さんは、苦悶するように綺麗な眉間に皺を寄せた。
「俺がおじいさまに、次の狐月家の当主に指名された後。寺川一門の間で、少々物議をかもしてな。すなわち、次代当主の式神はコン吉のような若造ではなく、もっと場数を踏んだベテランの野狐が勤めるべきではないかと」
当主の式神を務めるのは、野狐たちにとっても一番の誉である。そういえば、狐月さんもそんなことを話していた。そしてコン吉先輩が、野狐たちの中ではまだまだ若者だということも。
「当然、俺はそれを拒否した。陰陽師になって以来、俺はコン吉としか組んだことがなかったし、俺はコン吉を相棒として信頼していた。だから俺が当主になろうが、式神を変えるつもりはないと。――俺には鼻で笑い飛ばせるくらいの話だった。だけどコン吉にとっては、もっと深刻な話だったんだ」
その頃からだという。任務中、コン吉先輩とうまく連携が取れなくなったのは。
「コン吉は焦っていたのだろう。当主の式神としてふさわしくあらねばならない。ほかの野狐より、各段に優れていなければならない。そのように気負い、空回りするコン吉の苦悩を、俺は理解してやれなかった。それどころか、ひとり先行しミスを重ねるようになったあいつを責め、どんどん追い詰めてしまった。……そして、あの日が来た」
ぎゅっと手を握りしめた響紀さんの横顔には、深い後悔が滲んでいる。
「あの日、深手を負ったコン吉を見て、思った。これは俺が招いた事態だ。このままバディを組んでいたら、いずれコン吉を殺してしまう。俺がこいつを殺すのだと」
「……だから、コン吉パイセンとのバディを解消した」
「結果、俺は相棒を失うに飽き足らず、親友をも失くしたがな」
空気を変えようとするみたいに、響紀さんは最後、努めて軽い調子でそう言った。
「そういうわけで。すまない、水無瀬さん。コン吉の同僚として知っといてもらったほうがいいだろうと判断しすべてを話したが、今日話したことは、コン吉には黙っていて欲しい」
「それはもちろんですけど……。いいんですか? コン吉パイセン、たぶん響紀さんを恨んでますよ。自分を捨てた、ひどい相棒だって」
「いいんだ。俺も、その方が都合がいいから」
私が首を傾げて見せると、響紀さんはさらりとした黒髪を耳にかけ、肩を竦めた。
「俺がバディを解消した本当の理由を知ったら、コン吉は自分を責めるだろう。バディと言っても、陰陽師と式神は主従関係だ。主に自分の身を案じさせるなど、式神失格だと。そんなことでまたいらん気を揉ませるくらいなら、俺を憎んでくれた方がマシだからな」
そう言って響紀さんは軽く笑って見せたが、私の中でのもやもやはむしろ強くなった。だってさっき、響紀さんも自分で言っていたじゃないか。相棒を失うのと同時に、大切な相棒をも失ってしまったって。
(コン吉パイセンも、親友だと思っていた響紀さんから捨てられたと思っているからこそ、いまでも傷ついているんだろうし……。これ、どうしたらいいんだろ……!)
まるでこの曇り空のようにこじれにこじれた関係に、私が「うーむ」と唸ったときだった。
「あれ、水無瀬さん? ……と、響紀?」
「へ?」
聞きなれた声に、私は組んでいた腕をほどいて振り返る。そして、仰天した。
「狐月さん? と、コン吉パイセン!?」
「げ。変なところで会ったな、人間」
じとりと私を見上げて、コン吉先輩も目を細める。その横で、目を丸くして私と響紀さんを見つめているのは、言わずと知れた縁結びカフェの店長・狐月さんだ。
「……んで。お前は何してんだよ、ひびき」
「俺がどこで何しようと勝手だろう、コン吉」
ぽかんと顔を見合わせる私と狐月さんを置き去りに、コン吉先輩はさっそく響紀さんに喧嘩を売っているし、響紀さんも容赦なくそれを買っている。
(平和なはずのフリーマーケットが、いきなりの修羅場なんですけど!?)
内心悲鳴をあげながら、私は思わず頭を抱えてしまったのだった。
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