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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁

11.

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 縁結びカフェにはこんなに頻繁に顔を出していると言うのに、隣の縁結び神社にお参りするのは随分ひさしぶりだ。

 ひょっとしたら狐月さんに声をかけられた、あの春の日以来かもしれない。いや、ひょっとしなくとも絶対にそうだ。

 そんなことを思いながら、私とコン吉先輩は並んで、ジメジメとした木々が茂る境内にてぱんぱん!と手を合わせた。

「良いご縁がありますように! コン吉パイセンと響紀さんのねじれにねじれたご縁が、良い感じに治りますように!」

「…………」

「コン吉パイセンが素直になりますように。コン吉パイセンの、すぐかーってなるクセが治りますように。それと、それから」

「おい、人間! 俺をおちょくってんのか!?」

「とんでもない。バイトの後輩としての本心ですとも」

 ついに我慢できなくなったらしいコン吉先輩にかみつかれたが、私は笑ってしれっと返す。そうすると、心配をかけた自覚はあるためか、コン吉先輩はぶつくさ言いつつもそれ以上は文句を言ってこなかった。

 そうやってお参りを済ませたあと、私たちは神社の階段に並んで座った。そうやってじっとりとした梅雨の気配を肌で感じていると、コン吉先輩がぽつぽつ話し出した。

「……さっき、お前がひびきに啖呵切ってるの聞いてさ。気づいちゃったんだ。俺、ずっとひびきに甘えてきたんだなって」

 コン吉先輩の三角耳は、相変わらずぺしゃんとへしゃげている。頭の上にキュウ助を乗せたまま、コン吉先輩は白状し続けた。

「正直言うと、本当はずっと前から、薄々気付いていた気がする。ひびきは間違ってない。バディが上手く行かなくなったのは俺が気負いすぎたから。そんな俺の頭を冷やすため、ひびきはバディを解消したんだって。――だけど俺は、バディを解消されたのが悲しくて悔しくて。ひびきに捨てられた!なんて逆恨みすることで、ちっぽけな自尊心を守ってきたんだ」

「なるほど、なるほど。それで、これまで散々被害者面して響紀さんに当たり散らしてきた自分のあさましさに気が付き、いたたまれなさのあまりカフェの中に戻れなくなったと」

「お前なあ! 的確に容赦なくひとの傷抉るなよ! ますます胸が痛いだろ!?」

「だって、話を聞けば聞くほど、慌てて先輩を追いかけてきた自分がバカみたいなんですもん」

 私が肩を竦めると、コン吉先輩は「悪かったよ……」と呻く。それから、油揚げと同じ色をした頭を短い前足で抱えてしまった。

「けどさ。いまさらこんなの、どうやって謝ればいいんだよ。散々ひとのせいにして、ひびきを傷つけてさ。その間もずっと、ひびきは俺の八つ当たりを受け止めてくれてたのに」

 情けないコン吉先輩の丸まった体を見ていたら、私もそれ以上文句を言う気が失せてしまった。だから私は、先輩をいじめるのをやめてモサモサと生い茂る木々を見上げた。

 とどのつまり、コン吉先輩と響紀さんは、どこまで行っても似たもの同士なバディらしい。

 意地っ張りで、素直じゃなくて。とんでもなく不器用なくせに、不器用なりに相手のことを考えている。だからひとり勝手にドツボにハマって、変な方向に転がり落ちるのだ。

「大事なのは、どうするかじゃなくて、どうしたいかじゃないですか?」

 気を見上げたまま、私はそう言った。縁結び神社の境内を、緩やかな風が駆け抜けた。

「壊れてしまったと諦めて捨ててしまうのか。それとも、諦めたくないと手を尽くすのか。――頑張って手を尽くした先に、新たな表情を見せてくれるのが金継ぎの醍醐味っ。狐月さんなら、きっとこういうと思いますよ」

「きゅう、きゅう!」

 キュウ助も同意して、コン吉先輩の三角耳をふにふに引っ張っている。キュウ助もキュウ助なりに、コン吉先輩を励まそうと頑張っているのだろう。

 そんな私たちに、コン吉先輩は「お前たち……」と愛嬌のある目を丸くした。ややあって先輩は、照れ隠しのつもりなのか鼻をひくひくさせた。

「お前さあ。最近、あるじに似てきたよな。特に、なんでもかんでも焼き物に話をもってくとことか」

「はーい。この期に及んで素直に御礼一つ言えないコン吉パイセンを、ここでパシャリ! ちなみにこの写真は、あとでキヨさんに拡散してもらいますっ」

「ば、おい、バカ、やめろ! 勝手に写真撮るな!」

「はい、ピース!」

「するか!!!!」

 そんな風にぎゃあぎゃあ騒ぐことしばらくのち。コン吉先輩はようやく、憑き物が落ちたような顔をして立ち上がった。

「よおし。いっちょ店に戻って、あいつとちゃんと話すか!」

「響紀さんの顔見た途端、もっかいひねくれるのだけはやめてくださいね。その場合は、今晩コン吉パイセンのベッドに倉ぼっこの大軍けしかけますから」

「きゅう!」

 私がにやっと笑うと、キュウ助も「やってやんぜ!」とアピールするように毛玉ボディを揺らす。それを見て、コン吉先輩は「それはそれで楽しそうだな」と苦笑した。

 そして不意にくるっと背中を向けると、もふもふの尻尾をゆらりと大きく振った。

「一度しか言わねえから、耳かっぽじってよく聞けよ! ……ありがとな、スズ」

「――――え? なんて?」

「一度しか言わねえって言っただろ!?」

 思い切り突っ込むコン吉先輩に、私は声をあげて笑った。どうやらいつのまにか、私にもコン吉先輩の素直じゃない部分がうつってしまったらしい。

――だって照れ臭いんだから仕方がないじゃないか。初めて先輩に名前を呼んでもらえたのが、こんなタイミングだなんて。

「ていうか、響紀さんまだお店にいますかね? 案外、もう帰っちゃってたりして」

「は!? あの流れで帰るか、普通?」

「お店飛び出しといてよく言えますね、それ」

 私たちはそんな軽口を叩き合いながら、のんびりと縁結びカフェに帰ろうとした。

 ――バサバサッ!と木の葉を散らす様な音と共に、木々の間からひとりの『天狗』が飛び降りてくるまでは。
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