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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁

13.

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 飛び出したキュウ助は、ものすごい勢いで三郎太に突進し、もふもふボディで三郎太に突進を繰り返す。

 柔らかくて気持ちいい手触りのキュウ助だけども、ところかまわず毛玉が転がりまわるのはくすぐったいらしい。三郎太は我慢しきれず、空中で身を捩って悶えた。

「うひゃっ! わっぷ! なんだ、この毛玉!」

「きゅうきゅう! きゅうー!」

「ひゅっ、ひゅーう! やめるほい! もふもふがこそばゆいんだほい!」

「キュウ助……!」

 三郎太よりもずっと体の小さなキュウ助が、私を助けようと頑張ってくれている。

 けれども三郎太は、健気でかわいいキュウ助をあざわらうように、黒く大きな羽でばさりと空中で回転した。見えている景色がぐりんと回って、私はひゅっと背筋が凍った。

「きゃーあ!」

「ええい。こうなったら娘を連れて、さっさと隠れ家に帰るほい!」

 宣言の通り、三郎太は私をかついだままバサバサとどこかに飛び始める。さすがは空を自在に駆ける天狗。肌にあたる風が冷たく、かなりの速さが出ているようだ。

「きゅ……きゅう……!」

  吹き飛ばされそうになりながらも、キュウ助は必死に作務衣の裾にしがみついている。倉ぼっこは飛べるから振り落とされても地面に激突しないと信じたいけど、このままじゃキュウ助が危なそうだ。

「キュウ助、頑張って!」

「こいつめ、しつっこい毛玉だほい」

「キュウ助にひどいことしないで! キュウ助になにかあったら、そのお面をまっぷたつに割ってやるわよ!」

 キュウ助に手を伸ばしても届かない私は、せめてもの強がりに三郎太を睨みつける。だけども三郎太は、天狗のお面の下でぽっと頬を染めた。

「バイオレンスなかわいこちゃんにしばき倒されるのも、それはそれでロマンがあるほい」

「もうやだ、この変態天狗!」

 しんそこ逃げたくなった私が、びゅんびゅん過ぎ去る寺川の街並みを眺めながら頭を抱えた時だった。

「スズーーーー!」

 はるか後ろから私を呼ぶ声が聞こえて、私は目を輝かせてそちらを見た。

「コン吉パイセン! ……んん?」

 助けに来てくれたんだ! そう胸を弾ませた私の目に飛び込んできたのは、見たことない、おおきなきつねの妖怪だった。

 丸っとしていて、ちょこちょこ二本足で歩くかわいいきつねの面影はない。鋭い爪が光る4本の足で空を駆け、長い尻尾をなびかせる――控えめに言ってもめちゃくちゃカッコいい妖怪に、私はシンプルに素っ頓狂な声をあげた。

「だれ!? お知り合い!?」

「俺だよ、俺! コン吉だ!」

「嘘だ、詐欺だ、絶対オレ俺詐欺なんですけど!?」

「式神ん時は、こういう姿なんだよ!!」

 マジか! 私はあんぐりと口を開けて、イケメンスタイルのコン吉先輩を眺めた。すると揺れる金色の長い毛の合間に、人影が見えた。

「水無瀬さん! 無事か!」

「響紀さん!!」

 コン吉先輩の背中にしがみつく響紀さんに、私は今度こそ顔を輝かせた。響紀さんは揺れる黒髪に目をすがめながらも、まっすぐに私を見つめて叫んだ。

「もう少しの辛抱だ! いま、そいつから君を奪還する!」

 けれども三郎太は、「ほほい?」と小馬鹿にするように笑った。

「おいら知ってるよーう。お前ら、おいらに負けて、バディを解散したんだってなあー。そりゃそうだほーい。息はあってなーい。連携もとれなーい。それでコン吉が黒焦げになっちまったんだから、バディ組む意味なかったもんなあー」

「っ!」

 コン吉先輩の背中の上で、響紀さんの表情がぴくっと険しくなる。すると三郎太天狗は、バサバサと翼を羽ばたかせながら愉快気に続けた。

「おいら陰陽師はきらいだけど、お前さんは賢いなあって思ったほーい。バディがそーんなお荷物きつねじゃあ、足かせにしかならないもんなあー。今日もそんなきつね捨てて、お前さんだけで来た方がよかったんじゃないかほーい」

「その手には乗らんぞ」

 凛と三郎太を見据えて、響紀さんが言い放つ。その目にはもう、縁結びカフェで見せたような迷いはない。

「前と同じように俺とコン吉の仲違いを誘い、隙をついて逃げるつもりだろうが、そうはいかない。俺たちはもう、あの日の俺たちとはちがう」

「そうだ!」

 びゅんびゅんと風を切り飛びながら、コン吉先輩も頷く。

「当主の式神がどうとか、寺川一族がなんだとか関係ない。俺は俺で、ひびきの相棒だ。だから胸張って、もう一度ひびきと一緒に走るって決めたんだ!」

「ああ。決断出来たのは、切れかけていた俺たちのえにしを再び繋いでくれた、水無瀬さんのおかげだ」

「コン吉パイセン、響紀さん……!」

 勇ましく駆けるコン吉先輩と、頼もしく微笑む響紀さん。そんなふたりに、私の胸はじんと熱くなる。

 だけど三郎太は、小馬鹿にするみたいに鼻を鳴らした。

「盛り上がっているところ悪いけどよーう。おまいらに一体、何が出来るって言うんだほーい。ゴールデンバディだかなんだか知らないけど、さっきまで解散していた、ただの即席のペアだろうが。しかも今日は、こーんなかわいい人質もいるんだほい!」

「きゃ!」

 ぴしゃりと空に稲妻が走り、私は悲鳴をあげてしまった。

「スズ!」

「水無瀬さん!」

 コン吉先輩と響紀さんが同時に叫ぶなか、三郎太天狗はお面の下でニヤリと笑う。

「おいらを見逃さないと、かわいこちゃんが黒焦げになっちまうよーう? それでも、おまいらはおいらとやりあうつもりかほーい?」

 ぎりっと響紀さんが奥歯を噛みしめる。そうして彼は、黒髪を揺らして俯いた。

「……たしかに今の俺たちは未熟で、水無瀬さんを守りながらお前を追い詰めることは出来ないかもしれない」

「ほほほい。わかったなら、さっさと……」

「だが、お前もひとつ、忘れていることがある!」

 顔をあげた響紀さんは、不敵に微笑んでいる。その、少しも負けを予感していない表情に、三郎太天狗だけではなく私も戸惑った。

「お前さん、何を……?」

「失念していたようだな。寺川ここが誰の縄張りか!」

 体をずらした響紀さんの奥を見て、私は、三郎太天狗は、同時にあんぐりと口を開けた。

「――君、コン吉にひどいことをした天狗なんだってね」

 響紀さんの影になっていて見えなかったけれども、響紀さんの後ろには狐月さんがいた。

 いつもの優しい、穏やかな狐月さんじゃない。青白い炎に全身つつまれて、九尾をふぁさりと背後に広げた、妖狐モード全開の狐月さんがそこにいた。
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