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第四話 百鬼夜行とあやかし縁結び
5.
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「ラヴい、ラヴいです。なんだか猛烈に、LOVEな香りが致しまする~」
「え、だれ?」
突如響いた第三者の声に、私はガタリと立ち上がった。
店に私たちが到着したとき扉には間違いなく鍵がかかっていたし、私たちが話している間も、別の誰かが中に入ってきてしまうことはなかったはずだ。
私たちは店内をきょろきょろと見回す。――すると、なんと隣の席に置いていた狐月さんの戦利品――やむちんがたくさん入っている紙袋が、ガサゴソと不自然に揺れはじめた。
「わ、わー! 狐月さんどうしましょう! 焼き物が、焼き物が暴れています!」
「落ち着いて、水無瀬さん。常識で考えて、焼き物は暴れないから」
普段から常識外のお客さんと付き合っているはずの狐月さんから、ものすごい正論が返ってくる。けれども事実として、目の前で焼き物が入った紙袋が暴れているのだ。
あわや大惨事かと私が身構えた時、小さな影が紙袋からびょーんと飛び出した!
「とう! 夏だ! サマーだ! サマーマジックだ! あつぅい真夏の太陽の魔法に、LOVEな波動が止まりませんな!」
「ほんとにどちらさま!?」
ぎゃっと叫んで、私は手近なものにしがみついた。それが狐月さんの頭部だと気づいたのは、狐月さんにぽんぽんと腕を叩かれたときだった。
「大丈夫、水無瀬さん。これは危ない妖怪じゃないよ」
「す!? すみません、すみません! 私ってば、よりによって狐月さんの頭に抱き着くなんて……!」
「んーん。驚いた弾みで異性に抱き着いてしまうという、肝試し的ラッキースケベイベント! これもまた、真夏の魔法がかけるLOVEな王道波動のひとつですなあ」
「ところで君。どこのどちら様なのかは、僕も気になっているんだけど」
微笑みは絶やさないけど、ちょっぴり本気なトーンで狐月さんが促す。すると小さな『何者か』は、途端に机の上で平伏した。
「ワタクシとしたことが、名乗りもせず大変失礼いたしました。我が名はヌムヌム。常夏の島、琉球よりこの地にまかりこしました」
「む、ぬむ……?」
「ヌムヌムです、可愛いお嬢さん。うーむ。やはり内地の方には、ワタクシの名は聞き慣れませんか」
ヌムヌムと名乗った妖怪……いや。そもそも、妖怪でいいのだろうか。疑問に思いつつ、私はテーブルの上を覗き込む。
それは、親指ほどのサイズの小さなシーサーだった。よく沖縄の家の屋根とかに置いてある、くるくるの毛の獅子みたいなあれだ。
(体の質感は、妖怪っていうよりも置き物――焼き物に見えるけど)
狐月さんが今日行ってきたのが「沖縄の焼き物の作家展」だったことを思い出し、私はまじまじと狐月さんを見てしまう。
そういえば狐月さん、ころっと丸いフォルムが好きで、小さな招き猫とかたぬきの焼き物なんかも、よく一目惚れして買ってくるではないか。
そんな私の心の声が聞こえたのか、狐月さんは降参するみたいに手をあげた。
「誤解だよ。僕が買ったのはお皿だけ。こんな付喪神は知らないよ」
「その方のおっしゃる通りです。紙手提げに隠れましたるはワタクシの意思。そのただならぬ妖力、さぞ名のあるお方とお見受けし、勝手ながら付いてきました次第でございます」
聞けば、ヌムヌムははぐれてしまった伴侶のシーサーを探すため、神楽坂の作家展の荷物に混じれ込み、はるばる東京にやってきたそうだ。
「我が伴侶・最愛のマイマイとはぐれてしまったのは1年ほど前。ワタクシとマイマイは、同じ土、同じ作家の手で作り上げられ、同じ窯よりこの世に生を受けました。つまりワタクシとマイマイは、生まれる前から運命の縁で結ばれた番なのです」
焼き上がったあと、ヌムヌムとマイマイさんは作り手の知人の夫婦にプレゼントされ、長らく夫婦が営む地元の食堂の店先に飾られてきた。
「しかし昨年、ついにお店を閉めることになりましてなあ。ふたりとも、いいおじいとおばあになりましたから。だからワタクシはマイマイと約束していました。お店が閉まり、我らが役目を終えたら、一緒に旅に出ようと。世界中を旅して周り、いつかまた沖縄に帰ってこようと」
しかし、老夫婦がお店を閉めた後、ヌムヌムはマイマさんとはぐれてしまった。
お店の片付けは、老夫婦の子供たちも手伝った。そのうちのひとり、東京に出ている息子が、娘、つまり老夫婦の孫娘へのお土産として、マイマイさんをもらっていってしまったのだ。
「我らは付喪神。ひとの道具に宿る妖怪です。おばあが孫娘にマイマイをやろうと決めたのなら、道具としてその運命を受け入れよう。一度はワタクシも、そう思いました」
しかし、ヌムヌムは諦められなかった。
むしろ日増しに、沖縄よりはるか東、遠き東京の地でマイマイが自分を待っていると。そう思えてならなくなったのだ。
「ゆえに、ワタクシは出て参ったのです。愛しきマイマイと再び巡り会うため!」
「だったら、シンプルにお孫さんのところにいけばいいじゃないですか。どうして狐月さんの後をついてきたんです?」
もっともな疑問を抱き、私は首を傾げる。するとヌムヌムは、しゅんとうなだれた。
「ワタクシもまっさきに、東京の坊ちゃんの家に参りました。ですが、そこにマイマイはいなかったのです」
「いなかった?」
「坊ちゃんのワンちゃんに話を聞けば、マイマイはひと月ほど前、『沖縄に帰る』と家をでていったそうで」
「よかったじゃないですか。それって、今頃マイマイさん沖縄にいるってことですよね」
「運悪く入れ違いになってしまったけど、沖縄に帰ったら会えるんじゃないかな」
「ワタクシもはじめはそう思いました。ですが、ひと月ですよ。ひと月も前に坊ちゃんの家を発ったのに、いまだ沖縄の家に姿を見せないなんて……。きっと、マイマイの身に何かあったに違いありません!」
悲壮感を滲ませるヌムヌムに、再び私と狐月さんは顔を見合わせる。狐月さんのほうは、もうこの後の展開を予想して諦め顔だ。
「名のある主の方。このヌムヌムを憐れと思うてくださるならどうか。どうか我が最愛を探すのにお力をお貸しください……!」
「え、だれ?」
突如響いた第三者の声に、私はガタリと立ち上がった。
店に私たちが到着したとき扉には間違いなく鍵がかかっていたし、私たちが話している間も、別の誰かが中に入ってきてしまうことはなかったはずだ。
私たちは店内をきょろきょろと見回す。――すると、なんと隣の席に置いていた狐月さんの戦利品――やむちんがたくさん入っている紙袋が、ガサゴソと不自然に揺れはじめた。
「わ、わー! 狐月さんどうしましょう! 焼き物が、焼き物が暴れています!」
「落ち着いて、水無瀬さん。常識で考えて、焼き物は暴れないから」
普段から常識外のお客さんと付き合っているはずの狐月さんから、ものすごい正論が返ってくる。けれども事実として、目の前で焼き物が入った紙袋が暴れているのだ。
あわや大惨事かと私が身構えた時、小さな影が紙袋からびょーんと飛び出した!
「とう! 夏だ! サマーだ! サマーマジックだ! あつぅい真夏の太陽の魔法に、LOVEな波動が止まりませんな!」
「ほんとにどちらさま!?」
ぎゃっと叫んで、私は手近なものにしがみついた。それが狐月さんの頭部だと気づいたのは、狐月さんにぽんぽんと腕を叩かれたときだった。
「大丈夫、水無瀬さん。これは危ない妖怪じゃないよ」
「す!? すみません、すみません! 私ってば、よりによって狐月さんの頭に抱き着くなんて……!」
「んーん。驚いた弾みで異性に抱き着いてしまうという、肝試し的ラッキースケベイベント! これもまた、真夏の魔法がかけるLOVEな王道波動のひとつですなあ」
「ところで君。どこのどちら様なのかは、僕も気になっているんだけど」
微笑みは絶やさないけど、ちょっぴり本気なトーンで狐月さんが促す。すると小さな『何者か』は、途端に机の上で平伏した。
「ワタクシとしたことが、名乗りもせず大変失礼いたしました。我が名はヌムヌム。常夏の島、琉球よりこの地にまかりこしました」
「む、ぬむ……?」
「ヌムヌムです、可愛いお嬢さん。うーむ。やはり内地の方には、ワタクシの名は聞き慣れませんか」
ヌムヌムと名乗った妖怪……いや。そもそも、妖怪でいいのだろうか。疑問に思いつつ、私はテーブルの上を覗き込む。
それは、親指ほどのサイズの小さなシーサーだった。よく沖縄の家の屋根とかに置いてある、くるくるの毛の獅子みたいなあれだ。
(体の質感は、妖怪っていうよりも置き物――焼き物に見えるけど)
狐月さんが今日行ってきたのが「沖縄の焼き物の作家展」だったことを思い出し、私はまじまじと狐月さんを見てしまう。
そういえば狐月さん、ころっと丸いフォルムが好きで、小さな招き猫とかたぬきの焼き物なんかも、よく一目惚れして買ってくるではないか。
そんな私の心の声が聞こえたのか、狐月さんは降参するみたいに手をあげた。
「誤解だよ。僕が買ったのはお皿だけ。こんな付喪神は知らないよ」
「その方のおっしゃる通りです。紙手提げに隠れましたるはワタクシの意思。そのただならぬ妖力、さぞ名のあるお方とお見受けし、勝手ながら付いてきました次第でございます」
聞けば、ヌムヌムははぐれてしまった伴侶のシーサーを探すため、神楽坂の作家展の荷物に混じれ込み、はるばる東京にやってきたそうだ。
「我が伴侶・最愛のマイマイとはぐれてしまったのは1年ほど前。ワタクシとマイマイは、同じ土、同じ作家の手で作り上げられ、同じ窯よりこの世に生を受けました。つまりワタクシとマイマイは、生まれる前から運命の縁で結ばれた番なのです」
焼き上がったあと、ヌムヌムとマイマイさんは作り手の知人の夫婦にプレゼントされ、長らく夫婦が営む地元の食堂の店先に飾られてきた。
「しかし昨年、ついにお店を閉めることになりましてなあ。ふたりとも、いいおじいとおばあになりましたから。だからワタクシはマイマイと約束していました。お店が閉まり、我らが役目を終えたら、一緒に旅に出ようと。世界中を旅して周り、いつかまた沖縄に帰ってこようと」
しかし、老夫婦がお店を閉めた後、ヌムヌムはマイマさんとはぐれてしまった。
お店の片付けは、老夫婦の子供たちも手伝った。そのうちのひとり、東京に出ている息子が、娘、つまり老夫婦の孫娘へのお土産として、マイマイさんをもらっていってしまったのだ。
「我らは付喪神。ひとの道具に宿る妖怪です。おばあが孫娘にマイマイをやろうと決めたのなら、道具としてその運命を受け入れよう。一度はワタクシも、そう思いました」
しかし、ヌムヌムは諦められなかった。
むしろ日増しに、沖縄よりはるか東、遠き東京の地でマイマイが自分を待っていると。そう思えてならなくなったのだ。
「ゆえに、ワタクシは出て参ったのです。愛しきマイマイと再び巡り会うため!」
「だったら、シンプルにお孫さんのところにいけばいいじゃないですか。どうして狐月さんの後をついてきたんです?」
もっともな疑問を抱き、私は首を傾げる。するとヌムヌムは、しゅんとうなだれた。
「ワタクシもまっさきに、東京の坊ちゃんの家に参りました。ですが、そこにマイマイはいなかったのです」
「いなかった?」
「坊ちゃんのワンちゃんに話を聞けば、マイマイはひと月ほど前、『沖縄に帰る』と家をでていったそうで」
「よかったじゃないですか。それって、今頃マイマイさん沖縄にいるってことですよね」
「運悪く入れ違いになってしまったけど、沖縄に帰ったら会えるんじゃないかな」
「ワタクシもはじめはそう思いました。ですが、ひと月ですよ。ひと月も前に坊ちゃんの家を発ったのに、いまだ沖縄の家に姿を見せないなんて……。きっと、マイマイの身に何かあったに違いありません!」
悲壮感を滲ませるヌムヌムに、再び私と狐月さんは顔を見合わせる。狐月さんのほうは、もうこの後の展開を予想して諦め顔だ。
「名のある主の方。このヌムヌムを憐れと思うてくださるならどうか。どうか我が最愛を探すのにお力をお貸しください……!」
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