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第四話 百鬼夜行とあやかし縁結び

12.

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「問題はここからどうするかじゃな」

 杏飴を半分以上食べたところで、キヨさんが足をぷらぷらさせながら天を仰いだ。

「あやかし縁日を隅から隅まで探すといっても、相手がちっこいシーサーだからな。ニャン吾郎の奴みたいなトラブルメーカーならいざ知らず、これは結構骨が折れるぞ」

「わても知り合いの妖怪には声を掛けるようしてますけど、いまんとこ無駄骨ですわ」

 ソースの付いた指をぺろりと舐めて、ヌエさんも同意する。ちなみにキュウ助も、前を通る小さき妖怪たちに片っ端から声を掛けてくれているけど、マイマイさんの目撃情報は得られていない。

「ああ、我が愛しのマイマイ! 君はいま、いずこに!!」

 悲壮な声をあげるヌムヌムだけど、そのお腹はたこ焼きによってまん丸に膨れている。「よく言うわ」と私が呆れたその時、狐月さんがみんなに顔を向けた。

「妖怪相撲の会場に行ってみるのはどうかな?」

「え、相撲??」

 私とキヨさん、そしてヌムヌムの3人はきょとんと顔を見合わせる。けれどもヌエさんだけは、ぽんと手を打った。

「なるほど! そこなら、マイマイはんと会えるかもしれへんな」

「待て、ひとりで納得するな。どういうことじゃ?」

「きゅう!」

 キヨさんとキュウ助の抗議を受けて、狐月さんが私にもわかるよう説明してくれる。

「妖怪相撲はあやかし縁日の目玉イベントで、腕に覚えのある妖怪たちが競う、いわば力自慢大会なんだ」

「しかし、我が愛しのマイマイは、ワタクシとそう変わらぬ小さき焼き物の付喪神です。そのようなものに、マイマイが出席するとは思えませぬが」

「大将が言いましたやろ。この縁日の目玉やと。参加者はもちろんやけど、観客もぎょうさん集まるんや。それこそ、古今東西さまざまな場所の妖怪がな」

「そっか! 沖縄の妖怪を探しているマイマイさんも、たくさんの観客が集まる妖怪相撲に来るかもしれない!」

「そういうこと」

 よく出来ましたと、狐月さんは笑顔で頷いた。

 そうと決まれば話は早い。私たちはさっそく妖怪相撲が催されている、宿町で一番の大宿へと向かった。

 近づくだけで、大会の熱気がものすごいことがわかる。乱れ飛ぶ歓声を聞きながら到着すると、会場はまるで円形闘技場だ。ぐるりと取り囲むたくさんの観客に見下ろされながら、出場者は中央の土俵で取組を行うらしい。

 勝負がついて大歓声が巻き起こる中、私たちのすぐ近くで素っ頓狂な声が響いた。

あるじ! それにスズまで!?」

「コン吉パイセン! わあ、元気でしたか!」

 懐かしいその声は、最近は式神業で大忙しのコン吉先輩だ。ここしばらくは私自身、試験期間でバイトを減らしていたので、先輩と会うのもすごくひさしぶりな気がする。

 きゃっきゃとはしゃぐ私に、コン吉先輩は「元気でしたか?じゃ、ねえよ!」と勢いよく突っ込んだ。

「なんで人間のお前があやかし縁日に来てんだ!?」

「コン吉パイセンこそ、ここで何してるんです? 普通に遊びに来たんですか??」

「ちっげえよ! 俺は仕事で……」

「どうした、コン吉?」

 コン吉先輩が言いかけた時、妖怪たちの間を割って、今度は陰陽師スタイルの響紀さんが姿を見せる。コン吉先輩同様、響紀さんも私を見て目を丸くした。

「水無瀬さん? 君がどうしてここに?」

「僕が連れてきたんだ」

 代表して、狐月さんがこれまでの経緯を説明してくれる。すべてを聞き終えたところで、響紀さんとコン吉先輩は同時に「うーむ」と考え込んだ。

「沖縄の妖怪か……。それっぽいのは何人かいたけどさ」

「シーサーの付喪神……は、俺は見かけなかったぞ」

「そうですか……」

 私たちは肩を落とした。本当にいないのか。それとも小さすぎて見つからないのか。どちらかわからないけど、やはり捜索は一筋縄じゃいかなそうだ。

 ちなみに響紀さんとコン吉先輩は、あやかし縁日の見回りをしているらしい。なんでも、お祭りで羽目を外し、勢いそのまま現世になだれ込む妖怪が毎年何人かでるそうだ。それで陰陽師の家柄が代表者を出して、警戒にあたるという。

「それでいったら、ヌエ。お前も昔、先代にこってりしぼられた口だったよなあ?」

「はて。どうでしたやろ。わて、過去は振り返らない主義やからなあ」

「とぼけんな! お前がノリと勢いで百鬼夜行ひらくから、爺さん毎回頭の血管ブチ切れそうで大変だったんだぞ!」

 ぎゃあぎゃあ怒るコン吉先輩に、ヌエさんがへらりと笑う。――飄々としているけれど、ヌエさんは比較的まともそうに見えるので、なんというか意外だ。まあ、仲の良い妖怪のひとりにトラブルメーカー・ニャン吾郎さんがいるので、その時点でお察しかもしれないけど。

「すまない、想太。俺たちがもっと注意深く、小さき妖怪たちにも気を配っていれば……」

「いや。騒ぎを起こすのは大抵、たぬきか化け猫、あとはハグレ天狗だけだもの。響紀たちのせいじゃないよ」

「だけど、どうすんだ? こんなちっこい妖怪、この広い縁日で地道に探すのか?」

「うーん」

「きゅう……」

 私たちは再び、天を仰いで考え込む。その時、わあああと歓声が上がるのをBGMに、ヌムヌムがぽそりと呟いた。

「ワタクシが雄々しき大妖怪なら、相撲大会に出場して注目を集め、我が愛しきマイマイに呼びかけるんですがなあ」

「…………」

 みんな一様に黙り込む。一拍置いて、私と狐月さん以外の全員が「それだ(や)!」と手を打った。

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