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13.とっても嬉しいお誘い(前半)
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「ほんっっっとーに、すまなかった!!」
週明け月曜日。会社に行くと、青い顔をした丹原が待ち構えていた。
完璧超人で隙のない美形ナンバーワンホープ。そんな丹原が、朝からただごとではない様子で庭野にぺこぺこしている姿に、すれ違う社員たちが何事かと目を丸くしている。
しめしめ。ドッキリ大成功だ。
顔がにやけてしまうのをなんとか抑えて、庭野はブンブンと首を振った。
「だーかーら。ほんといいですって。先輩の家、俺んちと近かったし。ついでにタクシー乗れてラッキーでしたよ」
「や、でも、タクシー代とか……」
「大丈夫です。電話でも言ったでしょ? 焼肉代、先輩とお姉さんにすっかりご馳走になっちゃったし、タクシーも半分くらいはお姉さんが出してくれちゃったって。だから先輩が謝る必要はないの!」
そう押し切るが、丹原は何か言いたそうな顔をしている。けれどもそこで、始業の時間を迎えてしまった。
それでも丹原は粘ろうと一瞬口を開きかけたが、最終的に諦めて、びしりと指を突き付けながら席に戻っていった。
「この恩は必ず返させろよ! あっちの件も含めてな。とにかく、悪かった! ありがとな!」
「はいはーい」
ひらひらと手を振りながら見送る。あっちの件、というのはもちろんサインのことだ。
あの夜、悪戯心満載で書いたサインは、ことのほか丹原に喜んでもらえたようだ。今日会うより先に、焼肉を食べに行った次の日には慌てた様子の丹原から電話がかかってきていたのだが、その電話の中でも再三礼を言われてしまった。
(ほんと、先輩がお礼を言う必要なんかないのに)
律儀な丹原につい笑みが漏れてしまう。
丹原には焼肉で十分すぎるくらいに奢ってもらったし、サインはそもそも本を買ってもらったお礼だ。これで再び丹原に何かしてもらったら、庭野ばかりがもらい過ぎだ。
(けど、それはそれとして、先輩と約束が増えるのはちょっと嬉しいかも)
無意識のうちに、そんな風に胸を弾ませてしまう。
今度はこちらから飲みに誘ってみようか。焼肉を食べにいったときの飲みっぷりといい、お酒は好きみたいだし。ああ、けど。そこまで強いわけではないみたいだから、ペース配分には注意しなくちゃ。
くすくす笑いながら、庭野は席に着いた。
自分でも何がそんなに楽しいのかわからない。わからないが、ひどく気分が良かった。
(よーし。気合入れて、今日もやるぞー!)
そうして、庭野は仕事にとりかかった。
庭野たちが勤める会社は、社員の平均年齢も低く、社長もまだ40代後半と比較的若い会社だ。そういった環境がなせる業なのか、休日の取得率も高く、勤務時間もフレックスタイム制を取り入れるなど色々と自由度が高い。
そんな中、庭野は今日、時間調整を駆使して早めに会社を出る予定としていた。
それは、会社ではない、もうひとつの『仕事』のためだった。
「いっけねー! ちょっと時間押しちゃった!」
夕刻。どうにか仕事を切り上げた庭野は、慌てて駅前に向かっていた。
今日は『転生聖女の恋わずらい』を出してくれた出版社、マルヤマ出版の担当編集と会う約束をしているのである。
待ち合わせをしていたのは、駅ビルに入っている、いつか丹原と一緒に入った洋食屋。約束の時間を5分ばかり過ぎたところで庭野が駆けこむと、奥の席でひとりの女性が立ち上がった。
「ポニー先生! こっちです!」
「加賀さん!」
ほっとして庭野はまっすぐに奥の席に向かった。そして、にこにこと自分を見上げる小柄な女性にぺこりと頭を下げる。
「ごめんさない、遅くなっちゃって」
「いえいえ。私も今来たばかりですから。ポニー先生こそ、お仕事あとにありがとうございますっ」
にこっと笑う加賀は、まわりにほわほわと花を飛ばしているようだ。
童顔で小柄、まるで小動物のような可愛さを身に纏った加賀だが、社会人歴は彼女の方が長い。前にちらりと聞いたところによれば、庭野の3つほど上のようだ。
(ってことは、加賀さんて丹原先輩と同期ぐらいなんだ)
そのことに気付いて、ぱちくりと瞬きする。
普段はクールで完璧、一部の隙のないMr.パーフェクトな丹原と、ほわほわと笑みの絶えない癒し系小動物女子な加賀。とてもじゃないが、同い年には見えない。
(……ま、先輩もあれで、結構かわいいとこあるけど)
焼肉の翌日、悲鳴に近い泡食った声で電話をかけてきた丹原を思い出し、再び庭野は笑いのツボに入ってしまう。そんな庭野に、加賀は不思議そうに首を傾げた。
「ポニー先生? どうかしました?」
「いえ! なんでもないんです」
我に返った庭野は、ちょうどやってきた店員さんにカフェオレを頼む。そして、改めて身を乗り出した。
「それより、加賀さん! てんこい、調子いいんですってね!」
「そうなんですー! おかげさまで、書籍も電子版も好調なんです~!」
途端に、加賀は手を合わせてぱぁああと顔を輝かせる。
「出版社の方に、読者様からファンレターを頂戴なんかもして……。今日はポニー先生にお渡ししたくて、それもあってお時間頂戴したんです」
「うわあ!」
加賀が取り出したカラフルな封筒に、庭野は声を弾ませた。読者からのファンレター。作家にとって、これほど創作者冥利につきるものはない。
まるで宝物のように受け取る庭野に、加賀もにこにこと続ける。
「今って、なかなかお手紙って書かないじゃないですか。ほとんどメールやSNSで済ませちゃって。そんなご時世だからこそ、ファンレターってすっごく貴重なんですよ!」
「嬉しいです。大切に読みます……!」
心の底から嬉しくて庭野は笑み崩れる。そんな無邪気な表情に、加賀はちょっぴり赤くなった。
週明け月曜日。会社に行くと、青い顔をした丹原が待ち構えていた。
完璧超人で隙のない美形ナンバーワンホープ。そんな丹原が、朝からただごとではない様子で庭野にぺこぺこしている姿に、すれ違う社員たちが何事かと目を丸くしている。
しめしめ。ドッキリ大成功だ。
顔がにやけてしまうのをなんとか抑えて、庭野はブンブンと首を振った。
「だーかーら。ほんといいですって。先輩の家、俺んちと近かったし。ついでにタクシー乗れてラッキーでしたよ」
「や、でも、タクシー代とか……」
「大丈夫です。電話でも言ったでしょ? 焼肉代、先輩とお姉さんにすっかりご馳走になっちゃったし、タクシーも半分くらいはお姉さんが出してくれちゃったって。だから先輩が謝る必要はないの!」
そう押し切るが、丹原は何か言いたそうな顔をしている。けれどもそこで、始業の時間を迎えてしまった。
それでも丹原は粘ろうと一瞬口を開きかけたが、最終的に諦めて、びしりと指を突き付けながら席に戻っていった。
「この恩は必ず返させろよ! あっちの件も含めてな。とにかく、悪かった! ありがとな!」
「はいはーい」
ひらひらと手を振りながら見送る。あっちの件、というのはもちろんサインのことだ。
あの夜、悪戯心満載で書いたサインは、ことのほか丹原に喜んでもらえたようだ。今日会うより先に、焼肉を食べに行った次の日には慌てた様子の丹原から電話がかかってきていたのだが、その電話の中でも再三礼を言われてしまった。
(ほんと、先輩がお礼を言う必要なんかないのに)
律儀な丹原につい笑みが漏れてしまう。
丹原には焼肉で十分すぎるくらいに奢ってもらったし、サインはそもそも本を買ってもらったお礼だ。これで再び丹原に何かしてもらったら、庭野ばかりがもらい過ぎだ。
(けど、それはそれとして、先輩と約束が増えるのはちょっと嬉しいかも)
無意識のうちに、そんな風に胸を弾ませてしまう。
今度はこちらから飲みに誘ってみようか。焼肉を食べにいったときの飲みっぷりといい、お酒は好きみたいだし。ああ、けど。そこまで強いわけではないみたいだから、ペース配分には注意しなくちゃ。
くすくす笑いながら、庭野は席に着いた。
自分でも何がそんなに楽しいのかわからない。わからないが、ひどく気分が良かった。
(よーし。気合入れて、今日もやるぞー!)
そうして、庭野は仕事にとりかかった。
庭野たちが勤める会社は、社員の平均年齢も低く、社長もまだ40代後半と比較的若い会社だ。そういった環境がなせる業なのか、休日の取得率も高く、勤務時間もフレックスタイム制を取り入れるなど色々と自由度が高い。
そんな中、庭野は今日、時間調整を駆使して早めに会社を出る予定としていた。
それは、会社ではない、もうひとつの『仕事』のためだった。
「いっけねー! ちょっと時間押しちゃった!」
夕刻。どうにか仕事を切り上げた庭野は、慌てて駅前に向かっていた。
今日は『転生聖女の恋わずらい』を出してくれた出版社、マルヤマ出版の担当編集と会う約束をしているのである。
待ち合わせをしていたのは、駅ビルに入っている、いつか丹原と一緒に入った洋食屋。約束の時間を5分ばかり過ぎたところで庭野が駆けこむと、奥の席でひとりの女性が立ち上がった。
「ポニー先生! こっちです!」
「加賀さん!」
ほっとして庭野はまっすぐに奥の席に向かった。そして、にこにこと自分を見上げる小柄な女性にぺこりと頭を下げる。
「ごめんさない、遅くなっちゃって」
「いえいえ。私も今来たばかりですから。ポニー先生こそ、お仕事あとにありがとうございますっ」
にこっと笑う加賀は、まわりにほわほわと花を飛ばしているようだ。
童顔で小柄、まるで小動物のような可愛さを身に纏った加賀だが、社会人歴は彼女の方が長い。前にちらりと聞いたところによれば、庭野の3つほど上のようだ。
(ってことは、加賀さんて丹原先輩と同期ぐらいなんだ)
そのことに気付いて、ぱちくりと瞬きする。
普段はクールで完璧、一部の隙のないMr.パーフェクトな丹原と、ほわほわと笑みの絶えない癒し系小動物女子な加賀。とてもじゃないが、同い年には見えない。
(……ま、先輩もあれで、結構かわいいとこあるけど)
焼肉の翌日、悲鳴に近い泡食った声で電話をかけてきた丹原を思い出し、再び庭野は笑いのツボに入ってしまう。そんな庭野に、加賀は不思議そうに首を傾げた。
「ポニー先生? どうかしました?」
「いえ! なんでもないんです」
我に返った庭野は、ちょうどやってきた店員さんにカフェオレを頼む。そして、改めて身を乗り出した。
「それより、加賀さん! てんこい、調子いいんですってね!」
「そうなんですー! おかげさまで、書籍も電子版も好調なんです~!」
途端に、加賀は手を合わせてぱぁああと顔を輝かせる。
「出版社の方に、読者様からファンレターを頂戴なんかもして……。今日はポニー先生にお渡ししたくて、それもあってお時間頂戴したんです」
「うわあ!」
加賀が取り出したカラフルな封筒に、庭野は声を弾ませた。読者からのファンレター。作家にとって、これほど創作者冥利につきるものはない。
まるで宝物のように受け取る庭野に、加賀もにこにこと続ける。
「今って、なかなかお手紙って書かないじゃないですか。ほとんどメールやSNSで済ませちゃって。そんなご時世だからこそ、ファンレターってすっごく貴重なんですよ!」
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