12 / 36
12.酔い潰れた先輩(後半)
しおりを挟む遠い日の苦い思い出が、不意に扉を開いて顔を覗かせた。
〝えー、なにそれ。妄想ってこと??〟
高校の同じ部活の友人は、悪びれなくそう言った。
〝書いてどうするのさ。誰に見せるでもないのに〟
親友だと思っていた幼馴染は、不思議そうに首を傾げた。
〝私も書いてみよっかな。これなら私でも書けそうだし〟
ドキドキしながら見せた、初めて出来た彼女は、無邪気な笑顔でそう言った。
なんで。なんで。なんで。
楽しく書いていたいだけなのに。楽しく書いたものを、誰かと共有したいだけなのに。
サッカーが得意だと言えば感心されるのに。映画が好きだと言えばいくらでも話が盛り上がるのに。
どうして物語を書くということだけは、するりと受け入れてもらえないのだろう。どうしてモノ書きだけは、妄想だとかプロだとかアマチュアがどうだとか、いちいち他人の物差しで測られなくてはならないのだろう。
彼らに悪気がないのはわかってる。むしろほんの軽口で、さらりと流せない自分がおかしいだけ。
そう思うのに。
「……いっけね」
暗い部屋で、庭野はひとり髪をかきむしった。
酔っ払ったせいだろうか。余計なことを思い出してしまった。反省を込めて、庭野は首を振った。
けれども、と眠る丹原に視線を移す。
だからこそ嬉しかったのだ。小説のことを伝えても自然と受け止めてくれた丹原が。古傷から根を生やした卑屈の芽を摘んで、「もっと自分を誇れ」と叱りつけてくれたまっすぐさが。
読んでくれただけでも嬉しいのに、丁寧に手紙までしたためてくれた誠実さが。
(ま、先輩に深い意味はないんだろうけどさ)
肩を竦めてから、丹原は立ち上がった。
カバンから、タクシーに乗る前に自販機で買った水を取り出す。家に着くまでに何度も飲ませているから、残りは半分ほどだ。それを枕元に置いて、もう一度丹原の肩を揺すった。
「せんぱーい。俺、帰りますからねー。目が覚めたらちゃんと水飲むんですよー」
「ん」
返事だか呻きだかわからない声が、丹原から漏れる。それに笑ってから、庭野は体を起こして伸びをした。
その時、ふとベッドサイドの本棚に目が入った。
「あ、俺の本……」
文庫本やらビジネス書やらに挟まれて、「てんこい」が収まっているのが目についた。
そこで、ふと庭野は、別れ際に丹原の姉の夏美から言われたことを思い出した。
"え、サインですか?"
タクシーに乗り込む直前、丹原を抱えたまま庭野は目を瞬かせる。すると夏実は、両手を合わせてウィンクをした。
"そ! ポニーさんのサイン、今度千秋にもしてあげて欲しいの”
“俺はかまいませんけど……先輩、サインなんか欲しがるかなあ?”
半信半疑に丹原を見下ろす。すると夏実は、何やら小さな声でぽそぽそと呟いた。
“ちょーっと焚き付けるつもりで煽ったのに、まさか潰れちゃうんなんてね”
“え? 何か言いました?”
“ううん、こっちの話!”
にこっと。夏実は、丹原に似た綺麗な笑みを浮かべた。
"千秋、間違いなくすっごく喜ぶから。だから、ね、お願い!"
(ほんとかなあ)
訝しみつつ、本に手を伸ばす。
わざわざ感想までくれた丹原だが、もともとは姉の代理で本を購入したはず。しかも丹原と庭野は会社で先輩後輩の関係だ。
(会社の後輩のサインとか、貰っても困る気もするけど)
疑問に思いつつ、ふふっと笑ってしまう。
朝目覚めた時、枕元にサイン入りの本が置いてあったら丹原はびっくりするに違いない。後輩に部屋まで送ってもらったのか!?なんて、あの完璧な先輩が朝から慌てふためくかと思えば、それはそれで愉快だ。
「いいや。書いちゃおっと」
にんまり笑って鞄からサインペンを取り出す。丹原姉が「よかったら使って」と、さっき渡してくれたのだ。
キュポンとキャップを口で咥えて外す。そのまま庭野は、すらすらと表紙裏にペン先を走らせた――。
翌朝。
「……ん?」
重い体を起こしながら、丹原は首を捻っていた。
昨夜、どうやって家に帰ったのかさっぱりわからない。わからないのに、自分の部屋にいる。自分の部屋にいて、ネクタイを外しただけのスーツ姿でベッドに横になっている。
(あれ? 姉貴は? 会計……はうっすら出した気がする。庭野とはどこで別れた? ていうか、ここまでどうやって帰ってきたんだ……?)
わからない。ひとは、いっさい記憶がなくても帰省本能で家に帰れるものなんだろうか。
とりあえず姉に連絡……の前に、シャワーを浴びようか。そのようにベッドの上に起き上がった時、ふと右手に何かが触れた。
「ん? なんでこんなところに?」
本棚にしまっていたはずの「てんこい」が何故かここにある。
酔った勢いでまた読んでいたのだろうか。自分ならありえる。現に、この間も深夜テンションで本棚から引っ張り出し、そのまま読み耽ってしまったし。
そんなことを思いながら、何気なく表紙を捲る。
そこで丹原は驚愕にカチンと固まった。
さらさらと流れる文字に、デフォルメされた馬の絵。その横には「丹原千秋様へ」と見覚えのある文字。
「ドッキリ大成功!」
サインの下には、楽しげにそう書き加えられていた。
「あ、あ、あ…………!」
震える手で、丹原は両手で大切に本を持ち上げる。
それが夢や幻でないことを何度も確かめてから、丹原はきらきらと顔を輝かせて「てんこい」を天井に仰ぎ持った。
「ポニーさんのサインだーーーーー!」
――ちなみに、自室の本にポニーさんがサインを入れてくれたということは、庭野に部屋まで送らせてしまったのではないかと。
丹原がそのことに思い至ったのは、ひとしきり喜んで姉に自慢の電話までして、ゲラゲラ笑う姉に指摘されたときであった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
書籍化の打診が来ています -出版までの遠い道のり-
ダイスケ
エッセイ・ノンフィクション
ある日、私は「書籍化の打診」というメールを運営から受け取りました。
しかしそれは、書籍化へと続く遠い道のりの一歩目に過ぎなかったのです・・・。
※注:だいたいフィクションです、お察しください。
このエッセイは、拙作「異世界コンサル株式会社(7月12日に電子書籍も同時発売)」の書籍化の際に私が聞いた、経験した、知ったことの諸々を整理するために書き始めたものです。
最初は活動報告に書いていたのですが「エッセイに投稿したほうが良い」とのご意見をいただいて投稿することにしました。
上記のような経緯ですので文章は短いかもしれませんが、頻度高く更新していきますのでよろしくおねがいします。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる