拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

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11.酔い潰れた先輩(前半)

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「はい。ご指定の住所、到着しましたよー」

「ありがとうございます」

 礼を言って、庭野は表示にうつる金額を払う。そして、ぐったりと自分に寄りかかる体をそっと揺さぶった。

「先輩。……先輩。家、着きましたよ。タクシー降りないと、運転手さん困っちゃいますよ」

「……う、ううん」

 形のいい眉をしかめて、丹原が不満そうに呻く。

 これっぽっちも起きそうにない先輩に溜息をつくと、庭野はぐいと腕を肩に回させた。

「ほら。我儘言ってないで。せーの!」

 微かに意識はあるのか、無理やり引っ張ればかろうじて立ち上がる。それでも自立は無理そうな体を抱えるようにして引っ張り上げると、庭野は丹原を連れてとあるマンションの前に降り立った。

(ここが、先輩の家……)

 小ぎれいなマンションを感心して見上げる。さすがは三つ上の先輩だ。庭野が住んでいるアパートより、数段良さそうな物件だ。

 とはいえ、こんなに近くに丹原が住んでいたとは驚きだ。最寄りを地下鉄にするかどうかで路線は異なるが、純粋に足で歩くなら丹原のマンションと庭野のアパートは二〇分と離れていない。

 夏美の証言でそれがわかったからこそ、庭野はすっかり酔い潰れた丹原を引き受けて、楽しい焼肉の会をお開きにしたのであるが。

「402、402っと……。あ、ここだ」

 あらかじめ部屋番号を夏美から聞いていてよかった。エレベーターで4階まで上がって目当ての部屋を見つけ出した庭野は、丹原の荷物から見つけ出した鍵を差し込む。

 かちゃりと、問題なく鍵が開いた。そのことにほっとしつつ、いまだ意識のはっきりしない丹原を室内に運び入れる。

 試しに開いた扉の先にベッドを見つけると、そこに丹原を寝かしつけた。

「いよっと。はい、先輩、無事に到着しましたよー。わかりますかー」

「……ううん?」

「あー。いいです、いいです。寝ててくださいねー。よしよし」

「…………うん」

 まったく庭野の言葉を理解していないのだろう。適当にあしらえば、もぞもぞと枕に顔を沈めて、身を縮めて寝入ってしまう。

 そのままスースーと寝息を立て始めた丹原に、庭野は苦笑をした。

「先輩、子供みたいに寝てるし」

 安心しきった寝顔は、普段のキリッとした印象とだいぶ異なる。近寄りがたい雰囲気が和らいで、かわいらしいと言えるほどだ。

 乱れた黒髪をそっと整えれば、不満そうに眉間に皺がよる。それが面白くて何度か繰り返してから、庭野はふいに我に返った。

(…………いや。俺、何してんだ?)

 無意識にベッドの端に座っていたことにも気づき、慌てて立ち上がる。

 ベッドが揺れたのが不服だったのか、丹原が小さく呻いた。そのあまりに無防備な様に、却って庭野は丹原を意識してしまう。

(落ち着け。これは先輩だ。ていうか男だ)

 自分でもどうかしていると思う。

 スーツの似合う肩幅とか、細いとは言えど女性的丸みは一切ない腰つきとか、しっかりと骨ばった手とか。いくら中性的に整った顔をしていると言っても、パーツごとに見ればどう考えたって丹原は男性だ。

 だというのに、ドキドキしている自分がいる。

(酔い潰れた先輩なんて、レアな姿を見たからかな?)

 不思議に思って、自分で首を傾げてしまう。

 確かに今みたいに親しくなるまでの丹原の印象は、いつも隙がない完璧な先輩で、どこかとっつきにくいとすら思っていた。そんな彼が無防備な姿を晒しているから、面白くてちょっかいを出したい気分になっているのかも。

 ……いいや。それだけじゃない気がする。

 ここ最近、具体的には丹原から手紙を受け取ってからというものの、庭野は変だ。

 会社で丹原の姿を見かけると妙に胸が弾んでしまうし、特に用がなくても話しかけにいってしまう。仕事だ何だと理由は付けているが、はっきり言って相手が丹原でなくても事足りてしまう内容ばかりだ。

(やっぱ、小説のこと話せる先輩ってのがデカいのかな?)

 すやすやと気持ちよさそうに眠る丹原に、庭野はううむと唸る。

 趣味で書いた小説をネットに上げていて、それがめでたく書籍化したということ。

 その事実を知っている友人は、ごく限られる。

 高校で一緒に同人誌を出していた友人はもちろん知っている。けれども大学の友人であればほんの数名、社会人になってからの仲であればそれこそ丹原ぐらいだ。

 ほかは、そもそも庭野が小説を書いていることすら言ってない。それは、小説を書いていることを明かしたことで、過去に何度か苦い思いをしたことがあるからだ。


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