某勇 ~一方その頃、編~

ふくまめ

文字の大きさ
62 / 84

赤い衣を纏いし使者

しおりを挟む
「エナちゃんいるぅー!?」
「!?」

両親は会合やお得意様との話し合いに出かけてしまい、自分一人という静かな我が家。こんな日も悪くはないかなと思っていた矢先、よく知った声が家中に響き渡った。思わずこぼしそうになった紅茶を慌ててテーブルに戻し、玄関へとバタバタと出迎えに行く。

「ユイさん!」
「あぁ、エナちゃん!ごめんなさいね、急に。」
「いえ…どうかしたんですか?」

声の主は思っていた通り、昔からお世話になっていて最近はギルドの代表の一人として忙しくしているユイさんだった。今日も今日とて何か急ぎの用があったのか、少々荒く白い息を吐いている。すでにもう寒い季節だ。こんな寒い玄関にはいられない、談話室で温かいお茶でも、と中に促す。ユイさんは少し申し訳なさそうにしながらも、お言葉に甘えて、とほっと息をついたようだった。

「…それで、どうしたんです?お父さんもお母さんも今いなくて…。あ、レイ、さんも、今いない、です…。」

冷えていたであろう指先を温めるように、紅茶の注がれたカップを両手で包み込むように持っているユイさんを改めてみながら要件を伺う。もし両親やレイさんに急ぎの用事で来たのであれば、アタシが急いで伝言に行こうと思ってのことだった。…結婚して間もないアタシは、まだレイさんの呼び方が正直安定していない。当の本人は気にしていないようだが、アタシとしてはくすぐったいような気がして少しどもってしまう。それに気づいているのだろう、ユイさんはにっこりと笑いながら切り出す。

「びっくりさせて本当にごめんなさいね。でも、用事はエナちゃんになの。」
「アタシに?」

何だろうか。急に何か入用になったということだろうか。話を聞き逃すことのないように居住まいを正す。

「あぁ、そんな堅苦しい話じゃないの。…えっとね、エナちゃんは、赤い服を着て子供たちに物を配って歩く使者の話を聞いたことって、ある?」
「…はい?」

一体何の話だろうか。子供に物を配る?赤い服を着て?それは…不審者、ではないだろうか。想像したら怖すぎる。知り合いならまだしも、知らない人間からそんなことをされれば大泣きしながら全力で逃げ出すような事件だ。

「あー、私も最初に聞いたときは非常に疑問に思ったんだけどね、ちゃんと背景があってね。」
「はぁ…。」
「年の瀬の夜、一年間いい子で過ごしていた子供に贈り物をして回るっていう話があるみたいなのよ。」
「へー、そんな話が。」
「うん。この間、北の方から来た人が教えてくれたの。」

ユイさんのギルドの活躍を始め、最近人や物の行き来が盛んになったことで、様々な文化に触れることができるようになった。自身の結婚式の時にも、どういった式にするか、服装をどうするか、今まで聞いたこともないような方法や素敵な衣装を提案されて迷いに迷ったのは記憶に新しい。この話も、そういった人の行き来によってもたらされた結果と言えるのだろう。

「私も初めて聞いたんだけど、一年間頑張った子にご褒美をあげるなんて素敵だと思ったの!…特に、孤児院の子たちには普段我慢させているに違いないわ。そんな子たちに贈り物をしたいの。」
「…素敵です、アタシにも手伝わせてください!」
「ありがとう!私も聞いた話だから、ちょっとまだ整理したい部分があるの。一緒に考えてくれる?」
「もちろんです!」

ユイさんはギルドの運営の傍ら、魔獣の被害によって親と暮らすことのできない子供たちの面倒を見られるよう、孤児院の運営も行っている。自分のことだけで手いっぱいだという人も珍しくないが、そのような発想ができること自体尊敬してしまう。年々遠い人になってしまったように感じるようになってしまったが、今目の前にいるユイさんは昔一緒にいらずらを考えて遊んでくれたような、あの頃を思い出させるような笑顔をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...