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陰れ、太陽④
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「菓子、この仕事もらってくれない?」
「…もう手いっぱいだから、無理だよ。」
「頼むよ、今日このままじゃ定時に上がれない。」
「…。」
ここ数日、就業時間が近づくとともに中村に話しかけられることが増えた。ただし、同期として仲良く世間話をするためではない。家族との時間の確保のため、奴は定時に上がることを使命に掲げ、邁進しているというわけなのである。
「中村さん、もういい加減にした方がいいですよ…。菓子先輩、いつも中村さんの仕事引き受けてるじゃないですか。」
「頼めるのが菓子しかいないんだよ。皆家庭があるしさ。高橋さんだってそうでしょ?この中で仕事任せて帰るんだとしたら、残れるのって菓子くらいじゃない。」
「だからって…。」
「俺としては、頼む人は選んでるよ。誰彼構わず仕事放ってるわけじゃない。そもそも定時に上がれない量の仕事回すって、どう思う?」
「それとこれとは話が…。だったら、そこを相談すればいいじゃないですか。仕事量が多いって。」
「あーダメダメ。時短勤務すら認めてくれないんだから、この会社。高橋さんもさ、俺の状態見て考えたほうがいいよ?自分が妊娠出産するってなった時…。」
「中村、定時までは全力で仕事して。…そこから先残った分は、私がもらう。」
「まじ!サンキュー!」
「菓子先輩…。」
もうどうでもいい。とにかく黙って仕事をして帰ってくれ。
視界の端、暗い表情の高橋が何か言いたそうにこちらを見ていた。
「…大丈夫?ひどい顔。」
「…もう少し、柔らかい言い方、ないの?」
何もない、ただ白いだけの世界の中。私とペルは浮かんでいた。
いや浮かんでいるのだろうか、ただ立っているだけかもしれない。もしかしたら横になっているのかも。
もうよく分からない。
「ひどいものはひどいんだもの。…想像することも、もうできないくらい神経擦り減っちゃって。」
「社会人は疲れるの。…まぁ、単純に仕事しているだけじゃできない疲れも、あったけど。」
「あの同期でしょ?まったく、復帰したと思ったら何なのあの態度。はじけすぎじゃない?」
「あれをはじけてるって表現でいいのかな…。確かに、妙にテンション高い気はするけれど。」
「育児ハイって感じ?育児や家事に参加しようとしていることは素晴らしいけど、何事もバランスってものがあるわよね。自己都合だけで周りを振り回しても。完全に浮いてるわよ、彼。」
「…そうだね。」
「このままだと、むしろ育児参加が悪だと捉えられかねないわ。ねぇ?」
「…。」
育児参加が悪。『子持ち様』なんて言葉が目に付くようになってしまったのは、そのせいだろうか。非常に残念なことである。
社会全体が子育てしやすくなればいい。そのこと自体は望まれることだろうに。
「…私には、関係ない。」
「…。」
「そう、思う人が多いんじゃないかな…。」
「独身者や、子供がいない家庭?」
「…うん。」
現在子育てをしている人にとって、柔軟な働き方が可能かどうかは死活問題と言ってもいいだろう。しかし私のようにそう言った環境に身を置いていない人間にとっては、あくまで『その方がいいだろうな』というぼんやりとしたイメージしかない。この問題を解決してほしい、急務であることを実感できないのだ。だがすでに、この問題は国家レベルで待ったなしのもの。
職場では、子供や家庭を理由として職務を調整したり急に休みを取るような状況になる人を、生産力の低下と指摘してなじる人もいる。だが家庭を持たず、ただ一人の人間が働き続けることで生産性が高まっていると言えるのか。
果たして、生産性が高いと言われるのはどちらの立場の人間なのか。
目の前に見慣れたドアが現れる。この先はいつものオフィス。
私は迷いなくそこに向かって歩いて行った。
「…もう手いっぱいだから、無理だよ。」
「頼むよ、今日このままじゃ定時に上がれない。」
「…。」
ここ数日、就業時間が近づくとともに中村に話しかけられることが増えた。ただし、同期として仲良く世間話をするためではない。家族との時間の確保のため、奴は定時に上がることを使命に掲げ、邁進しているというわけなのである。
「中村さん、もういい加減にした方がいいですよ…。菓子先輩、いつも中村さんの仕事引き受けてるじゃないですか。」
「頼めるのが菓子しかいないんだよ。皆家庭があるしさ。高橋さんだってそうでしょ?この中で仕事任せて帰るんだとしたら、残れるのって菓子くらいじゃない。」
「だからって…。」
「俺としては、頼む人は選んでるよ。誰彼構わず仕事放ってるわけじゃない。そもそも定時に上がれない量の仕事回すって、どう思う?」
「それとこれとは話が…。だったら、そこを相談すればいいじゃないですか。仕事量が多いって。」
「あーダメダメ。時短勤務すら認めてくれないんだから、この会社。高橋さんもさ、俺の状態見て考えたほうがいいよ?自分が妊娠出産するってなった時…。」
「中村、定時までは全力で仕事して。…そこから先残った分は、私がもらう。」
「まじ!サンキュー!」
「菓子先輩…。」
もうどうでもいい。とにかく黙って仕事をして帰ってくれ。
視界の端、暗い表情の高橋が何か言いたそうにこちらを見ていた。
「…大丈夫?ひどい顔。」
「…もう少し、柔らかい言い方、ないの?」
何もない、ただ白いだけの世界の中。私とペルは浮かんでいた。
いや浮かんでいるのだろうか、ただ立っているだけかもしれない。もしかしたら横になっているのかも。
もうよく分からない。
「ひどいものはひどいんだもの。…想像することも、もうできないくらい神経擦り減っちゃって。」
「社会人は疲れるの。…まぁ、単純に仕事しているだけじゃできない疲れも、あったけど。」
「あの同期でしょ?まったく、復帰したと思ったら何なのあの態度。はじけすぎじゃない?」
「あれをはじけてるって表現でいいのかな…。確かに、妙にテンション高い気はするけれど。」
「育児ハイって感じ?育児や家事に参加しようとしていることは素晴らしいけど、何事もバランスってものがあるわよね。自己都合だけで周りを振り回しても。完全に浮いてるわよ、彼。」
「…そうだね。」
「このままだと、むしろ育児参加が悪だと捉えられかねないわ。ねぇ?」
「…。」
育児参加が悪。『子持ち様』なんて言葉が目に付くようになってしまったのは、そのせいだろうか。非常に残念なことである。
社会全体が子育てしやすくなればいい。そのこと自体は望まれることだろうに。
「…私には、関係ない。」
「…。」
「そう、思う人が多いんじゃないかな…。」
「独身者や、子供がいない家庭?」
「…うん。」
現在子育てをしている人にとって、柔軟な働き方が可能かどうかは死活問題と言ってもいいだろう。しかし私のようにそう言った環境に身を置いていない人間にとっては、あくまで『その方がいいだろうな』というぼんやりとしたイメージしかない。この問題を解決してほしい、急務であることを実感できないのだ。だがすでに、この問題は国家レベルで待ったなしのもの。
職場では、子供や家庭を理由として職務を調整したり急に休みを取るような状況になる人を、生産力の低下と指摘してなじる人もいる。だが家庭を持たず、ただ一人の人間が働き続けることで生産性が高まっていると言えるのか。
果たして、生産性が高いと言われるのはどちらの立場の人間なのか。
目の前に見慣れたドアが現れる。この先はいつものオフィス。
私は迷いなくそこに向かって歩いて行った。
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