脳内殺人

ふくまめ

文字の大きさ
16 / 22

陰れ、太陽④

しおりを挟む
「菓子、この仕事もらってくれない?」
「…もう手いっぱいだから、無理だよ。」
「頼むよ、今日このままじゃ定時に上がれない。」
「…。」

ここ数日、就業時間が近づくとともに中村に話しかけられることが増えた。ただし、同期として仲良く世間話をするためではない。家族との時間の確保のため、奴は定時に上がることを使命に掲げ、邁進しているというわけなのである。

「中村さん、もういい加減にした方がいいですよ…。菓子先輩、いつも中村さんの仕事引き受けてるじゃないですか。」
「頼めるのが菓子しかいないんだよ。皆家庭があるしさ。高橋さんだってそうでしょ?この中で仕事任せて帰るんだとしたら、残れるのって菓子くらいじゃない。」
「だからって…。」
「俺としては、頼む人は選んでるよ。誰彼構わず仕事放ってるわけじゃない。そもそも定時に上がれない量の仕事回すって、どう思う?」
「それとこれとは話が…。だったら、そこを相談すればいいじゃないですか。仕事量が多いって。」
「あーダメダメ。時短勤務すら認めてくれないんだから、この会社。高橋さんもさ、俺の状態見て考えたほうがいいよ?自分が妊娠出産するってなった時…。」
「中村、定時までは全力で仕事して。…そこから先残った分は、私がもらう。」
「まじ!サンキュー!」
「菓子先輩…。」

もうどうでもいい。とにかく黙って仕事をして帰ってくれ。
視界の端、暗い表情の高橋が何か言いたそうにこちらを見ていた。



「…大丈夫?ひどい顔。」
「…もう少し、柔らかい言い方、ないの?」

何もない、ただ白いだけの世界の中。私とペルは浮かんでいた。
いや浮かんでいるのだろうか、ただ立っているだけかもしれない。もしかしたら横になっているのかも。
もうよく分からない。

「ひどいものはひどいんだもの。…想像することも、もうできないくらい神経擦り減っちゃって。」
「社会人は疲れるの。…まぁ、単純に仕事しているだけじゃできない疲れも、あったけど。」
「あの同期でしょ?まったく、復帰したと思ったら何なのあの態度。はじけすぎじゃない?」
「あれをはじけてるって表現でいいのかな…。確かに、妙にテンション高い気はするけれど。」
「育児ハイって感じ?育児や家事に参加しようとしていることは素晴らしいけど、何事もバランスってものがあるわよね。自己都合だけで周りを振り回しても。完全に浮いてるわよ、彼。」
「…そうだね。」
「このままだと、むしろ育児参加が悪だと捉えられかねないわ。ねぇ?」
「…。」

育児参加が悪。『子持ち様』なんて言葉が目に付くようになってしまったのは、そのせいだろうか。非常に残念なことである。
社会全体が子育てしやすくなればいい。そのこと自体は望まれることだろうに。

「…私には、関係ない。」
「…。」
「そう、思う人が多いんじゃないかな…。」
「独身者や、子供がいない家庭?」
「…うん。」

現在子育てをしている人にとって、柔軟な働き方が可能かどうかは死活問題と言ってもいいだろう。しかし私のようにそう言った環境に身を置いていない人間にとっては、あくまで『その方がいいだろうな』というぼんやりとしたイメージしかない。この問題を解決してほしい、急務であることを実感できないのだ。だがすでに、この問題は国家レベルで待ったなしのもの。
職場では、子供や家庭を理由として職務を調整したり急に休みを取るような状況になる人を、生産力の低下と指摘してなじる人もいる。だが家庭を持たず、ただ一人の人間が働き続けることで生産性が高まっていると言えるのか。
果たして、生産性が高いと言われるのはどちらの立場の人間なのか。
目の前に見慣れたドアが現れる。この先はいつものオフィス。
私は迷いなくそこに向かって歩いて行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...