会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆

応援団①

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 清虎の潤んだ瞳と通学路でほのかに香った金木犀を、一生忘れないだろうという確信を抱きながら、陸も笑みを返す。
 清虎が何かを言いかけた瞬間、急に腕を強く引かれて陸は後ろに倒れ掛かった。

「陸、急がないと遅刻する」
「あ……うん」

 哲治に腕を掴まれ、なかば引きずられるように陸は歩き出す。清虎はそのまま言葉を飲み込み、少し後ろを静かに笑いながら付いてきた。
 何て言おうとしたんだろう。清虎から貰えるものは、何でも欲しいのに。それが他愛のない言葉だったとしても。
 陸は少し離れて歩く清虎との距離をもどかしく感じ、哲治に掴まれていない方の腕を差し出した。

「清虎はこっち! 学校まで俺のこと引っ張って行ってよ」
「なんやそれ。男三人で手ぇ繋ぎながら学校行くとか、可笑しいやろ」

 呆れながらも清虎は、差し伸べられた手を握り返した。思ったよりも温かい手のひらに、陸はくすぐったいような気持になって意味もなくへらっと笑う。哲治が深く息を吐いた後、腕にぶら下がる陸を支えながら「おい」と声を掛けた。

「清虎、走るの速い?」
「ん? まぁ、足には自信あるで」
「じゃあ、陸を引っ張ったまま全速力で学校まで走るぞ」
「おもろそうやん。ほな行くで。さん、にー、いち!」

 合図とともに、手加減なしで哲治と清虎が走り出す。背負った鞄が上下に揺れて、教科書やらペンケースが、がしゃがしゃと音を立てた。

 二人に牽引されて勢いが止まらず、強制的に前に出される足がもつれて転んでしまいそうだった。陸は思わず悲鳴を上げ、それを見た通学路を行く他の生徒が囃し立てるように声援を送る。通りすがりに女子の「全く、男子は」と言う声が聞こえて「本当にね」と思ったが、腹の底から笑いが込み上げてきた。

「あっはっは」
「ちょお、陸笑うなって。俺まで笑ってまうやろ」
「ほら、気ぃ抜くとコケんぞ。あともう少し!」

 気付けば清虎も哲治も声を上げて笑っていた。三人ほぼ同時に校門に駆け込んで、ぜぇぜぇと肩で息をする。ただでさえ呼吸が整わないのに笑いが止まらず、苦しくて咳き込んだ。それすら可笑しくて仕方ない。

「あっちー。何で朝から走らなあかんねん。あー、おかし」
「だって陸が落ち込むから。モヤモヤした時は、走るのが一番だろ」
「え、俺のせいで走ったの? それにしても、清虎も足速いね。運動会で哲治と直接対決見たかったけど、同じクラスじゃ無理か」
「運動会? それっていつ」

 下駄箱で靴を履き替えながら、清虎が強い興味を持った目で陸を見た。廊下に掲示された美術部作成のポスターを指さして、陸が答える。

「今月の三十日だよ。清虎出れるよね?」
「月末なら移動日だから、ギリギリ出れるな。俺、運動会初めてや。めっちゃ嬉しい」
「初めて?」

 陸と哲治の声が重なった。
 清虎はポスターに書かれたスローガンの『完全燃焼』の文字に触れながら、嬉しそうに頷く。

「小学校でも中学校でも、上手くタイミング合わなくてなぁ。運動会の前に転出して、けど次の転入先ではもうとっくに運動会終わってて、そんなんばっかりやった」

 中三になって運動会が初めてなんて、そんな事があるのかと、陸は改めて育ってきた環境の違いを実感した。
 清虎は階段を上りながら、機嫌良さそうに歌を口ずさむ。ただの鼻歌なはずなのに、透明感のある声が踊り場に響いてすれ違う生徒が振り返った。

「清虎、応援団長やってみたら?」

 哲治が階段を一段飛ばしで上り、清虎を追い抜きざまに話題を振った。

「応援団長?」
「あ、それいいね!」

 哲治の提案に陸が目を輝かせる。

「毎年三年生が団長になるんだ。団長は応援合戦の時に袴を着てね、凄くカッコいいんだよ。ちなみに今年うちのクラスは白組。清虎は白い袴似合いそうだなぁ」
「いやいや。でも俺、よそ者やのに」

 困惑しながら清虎は首を振ったが、陸は既に脳内でリアルに団長姿を想像しているようだった。うっとりと宙を見つめながら、一人で何度も頷いている。哲司がやれやれと言った風に肩をすくめ、視線を清虎に移した。

「朝のホームルームで応援団員決めがあるだろうから、俺はお前を推すよ」
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