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◆第三幕 同窓会◆
大人になった今でも④
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「陸くんがそう言うならいいんだけど……。でも、さっき哲治が陸くんも二次会は参加しないって、本人に確認もしないで返事したでしょ? 少しだけゾッとした。当然のように陸くんの予定を決める哲治にも、それを黙って受け入れる陸くんにも」
遠藤はそう言って口を引き結んだ。麻痺していた部分を晒されたようで、陸は居たたまれなさに身を縮める。
今まで誰に指摘されることもなく過ごしてきたが、今の状態を当たり前だと思うのは、遠藤の言うように危ういのかもしれない。本当は、言われる前から解ってはいたのだけれど。
陸は何でもないことを強調するように笑ってみせた。
「あはは。あの会話、聞かれてたんだ。でも、これは……罪滅ぼしみたいなものだから」
仕方ないんだよ。そんなニュアンスを含んだ陸の言い分を、遠藤は納得できないと一蹴する。
「罪滅ぼしだなんて、陸くんは哲治にどんな罪を犯したって言うの? なんか、おかしいよ」
「うん。傍から見たら、おかしいかもしれないね。そもそも俺の自己満足だし」
自分の腕をさすりながら目を逸らす陸に、遠藤はもどかしそうに顔を歪めた。
「陸くんと哲治のやり取り、一場面だけ切り取れば、ただ哲治が心配性で世話を焼いてるって感じで、誰もその『おかしい』ってことに気付いてないけど。でも、注意して見てると違和感がある。哲治が陸くんを支配してるみたい」
陸はもう、反論することを諦めてうつむいた。遠藤は畳みかけるように言葉を続ける。
「ずっと忘れてたんだけど、今日の同窓会で一つ思い出したことがあって。清虎くんがね、私を抱きしめてくれた時に言ったんだ。『陸が哲治に囚われないように見ていてあげて』って。中学生の時は何のことかわからなかったけど、今日、意識して哲治と陸くんを見ていたら、ああ、そういう事かって腑に落ちた。もっと早く気付いてあげればよかった。ごめんね」
「清虎が……?」
遠藤が静かにうなずく。
押し殺したうめき声のような吐息が陸の口から漏れた。
『囚われないように見ていてあげて』
それほどまでに気にかけてくれた清虎を、ズタズタに切り裂いて傷つけたのは、他ならぬ自分だ。やり場のない口惜しさがこみ上げる。
「陸くんごめん。事情も知らないのに踏み込み過ぎたかもしれない」
「いや、大丈夫。遠藤さんと今日、話せて良かった」
清虎のことも運動会の日の出来事も、誰かと話したのは初めてだった。もっと苦しくなるものかと思ったが、化膿した部分を取り除くための必要な切開だったのかもしれない。むしろ楽になった気がして、申し訳なさから今度は罪悪感に苛まれる。
「月並みなことしか言えないけど、何かあったらいつでも相談に乗るからね。っていうか、二次会行こうよ。良かったら、もっと聞くよ?」
「うん、ありがとう。でも、今日はやっぱりやめておく」
遠藤が安心するように、なるべく穏やかな表情を作った。まだ何か言いたそうだったが、遠藤は渋々引き下がる。
「じゃあ、近いうちにお茶でもしよ?」
「そうだね」
二次会に向かうグループに呼ばれ、遠藤は陸を気にしながらもそちらに戻った。軽く手を振って、陸はその集団を見送る。一緒にエレベーターに乗ってしまったら、強制的に参加させられそうだ。
「少し時間をずらして帰るか」
エレベーターの扉が閉まるのを見届けてから、陸は上階へ行くボタンを押した。バーラウンジで一杯だけ飲んで帰ろう。気持ちを切り替えるのにも丁度いい。
到着したエレベーターに乗り込むと、若い女性が五、六人ほど同乗してきた。ヒールのある靴を履いているせいか、どの女性も陸と同じくらいの身長かむしろ高いくらいで、圧倒されてしまう。
洗練された華やかな装いに負けないほどの美形揃いで、そう言えばモデル事務所の記念パーティーを隣の会場でやっていたんだっけと、旧友との会話を思い出した。
遠藤はそう言って口を引き結んだ。麻痺していた部分を晒されたようで、陸は居たたまれなさに身を縮める。
今まで誰に指摘されることもなく過ごしてきたが、今の状態を当たり前だと思うのは、遠藤の言うように危ういのかもしれない。本当は、言われる前から解ってはいたのだけれど。
陸は何でもないことを強調するように笑ってみせた。
「あはは。あの会話、聞かれてたんだ。でも、これは……罪滅ぼしみたいなものだから」
仕方ないんだよ。そんなニュアンスを含んだ陸の言い分を、遠藤は納得できないと一蹴する。
「罪滅ぼしだなんて、陸くんは哲治にどんな罪を犯したって言うの? なんか、おかしいよ」
「うん。傍から見たら、おかしいかもしれないね。そもそも俺の自己満足だし」
自分の腕をさすりながら目を逸らす陸に、遠藤はもどかしそうに顔を歪めた。
「陸くんと哲治のやり取り、一場面だけ切り取れば、ただ哲治が心配性で世話を焼いてるって感じで、誰もその『おかしい』ってことに気付いてないけど。でも、注意して見てると違和感がある。哲治が陸くんを支配してるみたい」
陸はもう、反論することを諦めてうつむいた。遠藤は畳みかけるように言葉を続ける。
「ずっと忘れてたんだけど、今日の同窓会で一つ思い出したことがあって。清虎くんがね、私を抱きしめてくれた時に言ったんだ。『陸が哲治に囚われないように見ていてあげて』って。中学生の時は何のことかわからなかったけど、今日、意識して哲治と陸くんを見ていたら、ああ、そういう事かって腑に落ちた。もっと早く気付いてあげればよかった。ごめんね」
「清虎が……?」
遠藤が静かにうなずく。
押し殺したうめき声のような吐息が陸の口から漏れた。
『囚われないように見ていてあげて』
それほどまでに気にかけてくれた清虎を、ズタズタに切り裂いて傷つけたのは、他ならぬ自分だ。やり場のない口惜しさがこみ上げる。
「陸くんごめん。事情も知らないのに踏み込み過ぎたかもしれない」
「いや、大丈夫。遠藤さんと今日、話せて良かった」
清虎のことも運動会の日の出来事も、誰かと話したのは初めてだった。もっと苦しくなるものかと思ったが、化膿した部分を取り除くための必要な切開だったのかもしれない。むしろ楽になった気がして、申し訳なさから今度は罪悪感に苛まれる。
「月並みなことしか言えないけど、何かあったらいつでも相談に乗るからね。っていうか、二次会行こうよ。良かったら、もっと聞くよ?」
「うん、ありがとう。でも、今日はやっぱりやめておく」
遠藤が安心するように、なるべく穏やかな表情を作った。まだ何か言いたそうだったが、遠藤は渋々引き下がる。
「じゃあ、近いうちにお茶でもしよ?」
「そうだね」
二次会に向かうグループに呼ばれ、遠藤は陸を気にしながらもそちらに戻った。軽く手を振って、陸はその集団を見送る。一緒にエレベーターに乗ってしまったら、強制的に参加させられそうだ。
「少し時間をずらして帰るか」
エレベーターの扉が閉まるのを見届けてから、陸は上階へ行くボタンを押した。バーラウンジで一杯だけ飲んで帰ろう。気持ちを切り替えるのにも丁度いい。
到着したエレベーターに乗り込むと、若い女性が五、六人ほど同乗してきた。ヒールのある靴を履いているせいか、どの女性も陸と同じくらいの身長かむしろ高いくらいで、圧倒されてしまう。
洗練された華やかな装いに負けないほどの美形揃いで、そう言えばモデル事務所の記念パーティーを隣の会場でやっていたんだっけと、旧友との会話を思い出した。
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