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◇第3章 付かず離れず◇
今日は飲もう②
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「そりゃあ、桐ケ谷くんはフォーチュン創業家の跡取りですからね。色々しがらみもあるんでしょう。こうして話していると、そんな凄い人って事つい忘れてしまいますが」
「うん、忘れちゃうよね。普通に同僚って感じ」
鈴木も吉田の意見に同意したので、玲旺は思わず身を乗り出す。
「え。俺が社長の息子ってこと忘れちゃうの? そんなこと言われたの初めてだから嬉しい」
日々の業務でそんな気配は薄々感じていたが、改めて言われると新鮮だった。
「良かったね。ま、今日は飲もうよ」
久我が冷酒用のガラスの徳利を持ち上げて、玲旺の前に置いた酒器に日本酒を注ぐ。
営業部で腫れ物扱いしないで貰えているのは、やはり久我のお陰だ。そう強く思いながら、酒器を口元へ運んだ。
しばらく談笑していると、鈴木の呂律が回らなくなって来た。吉田がケラケラ笑っている鈴木の荷物を持ち「もう帰るよ」と声を掛ける。
「すみませんここで失礼しますね。鈴木さん危なっかしいんで、送っていきます。久我さんもだいぶ飲んでますけど、どうされます?」
「まだもうちょっと桐ケ谷と飲んでいくよ」
玲旺の都合は聞かずに久我が勝手に答える。「じゃあ」と言って財布を出そうとした吉田を久我が止めた。
「いいよ、今日は奢らせて。いつもありがとう」
吉田は躊躇したが、まだ飲みたいと鈴木が駄々をこねだしたので大人しく退散することを選んだ。「ご馳走様です」と恐縮しながら鈴木を連れて店を出ていく。
「吉田さんって有能だよね。俺が常務になったら秘書に欲しいと思ってるんだけど、秘書課に連れて行っていい?」
「ふーん」
久我は席を立ち、今まで吉田がいた玲旺の向かいの椅子に座り直した。横に並んでいた時は気付かなかったが、正面から見ると顔が少し赤い。
「俺の事は連れて行ってくれないんだ。冷たいなぁ」
「だって久我さんが秘書課に来てもしょうがないでしょ。営業部が悲鳴を上げるよ」
久我はグイッと酒を煽った後、頬杖をついたまま玲旺の顔をじっと見た。
「俺、桐ケ谷に結構飲ませたつもりなんだけど、あんまり変わらないね。酔っぱらってるとこ見たかったのに。だって絶対可愛いじゃん。あーあ。俺だけ酔ってて悔しいな」
子どもが拗ねるように、わかりやすく口を尖らせる。吉田たちがいなくなって気が緩んでいるのかもしれない。
「水、もらう?」
「いらない。それより桐ケ谷に優しくされたい。だって最近素っ気ないからさぁ」
「そんなこと……」
ない。ときっぱり言い切れなくて、玲旺は口ごもる。ここ最近、もやもやしていて少し距離を開けていたのは事実だ。
それにしても、この人は酔うと絡むタイプなのだろうか。それとも酔った振りをして、何か試しているのだろうか。
「じゃあ、久我さんの家まで送ってやろうか? 俺、優しいから」
「やったー。じゃ、トイレ行ってくるから待ってて」
ふらふらした足取りで席を立つ久我に不安を覚えたが、付き添うのも可笑しな話だと思い、日本酒をちびちびと飲んで待つ。酔いは回っているが、心地いい。姉をこの店に連れてきたら、驚くだろうけど喜びそうだな、などと考えていると久我が戻ってきた。
「お待たせ。じゃ、出ようか?」
「あ、会計」
玲旺が懐に手を入れると久我が笑う。
「今、済ませてきた。ちなみにこの店、カード使えないからね?」
酔っていても気の回る久我に感心しながら、玲旺はふらつく体を支えてやった。路地を出ればすぐに大通りなので、タクシーを捕まえて久我を押し込む。
本当に送った方が良いのか迷った瞬間、久我が玲旺の手を強く引いた。後部座席に倒れ込むように玲旺が乗り込むと、久我が運転手に行き先を告げる。車はゆっくり走りだし、久我は玲旺の肩に頭を乗せた。
「着いたら起こして」
さっさと目を閉じてしまった久我に、玲旺は参ったなと心の中で愚痴をこぼす。久我に体を預けられている右半身だけが、やけに熱い。
気を逸らすために、窓の外の夜景に目を向けた。少し遠回りになるが、久我が降りたらこのタクシーに乗ったまま帰ろう。そんなことを考えながら、ほんの少しだけ久我に身を寄せる。今だけは、この距離を許して欲しい。
しばらくすると、タクシーは速度を落としてマンションの前で停止した。「着きましたよ」と運転手に告げられ、玲旺は久我を揺り起こす。
「久我さん、着いたって」
しなだれかかったまま一向に起きない久我に焦りながら、玲旺は体を揺さぶり続ける。ルームミラー越しに運転手の困ったような顔が見えて、玲旺は仕方なく久我と一緒にタクシーを降りた。
「久我さん、お願い。起きてよぉ!」
背の高い久我を担いで引きずるように、玲旺はマンションに一歩ずつ進む。久我のポケットを探り、鍵を見つけてエントランスを解錠した。
「部屋、どこだよ」
「……五……〇、五」
途切れ途切れ、かすかに聞き取れて、玲旺は言われた部屋にようやくたどり着いた。玄関を開け、久我を廊下の床に転がせる。こんな重労働は金輪際勘弁してほしい。
「じゃあな。鍵、閉めておけよ」
「オマエ、こんな状態の俺を、よく置いて行けるな……」
這うような恰好の久我が、立ち去ろうとする玲旺に嘆く。
「知るかよ。後は自分で何とかして」
「じゃあ、水だけ……取ってきて」
やれやれとため息をつきながら、玲旺は久我の部屋に足を踏み入れた。部屋全体が久我の匂いに包まれていて、胸が締め付けられる。平常心を装って、冷蔵庫からボトルの水を取り出すと玄関に戻った。
「うん、忘れちゃうよね。普通に同僚って感じ」
鈴木も吉田の意見に同意したので、玲旺は思わず身を乗り出す。
「え。俺が社長の息子ってこと忘れちゃうの? そんなこと言われたの初めてだから嬉しい」
日々の業務でそんな気配は薄々感じていたが、改めて言われると新鮮だった。
「良かったね。ま、今日は飲もうよ」
久我が冷酒用のガラスの徳利を持ち上げて、玲旺の前に置いた酒器に日本酒を注ぐ。
営業部で腫れ物扱いしないで貰えているのは、やはり久我のお陰だ。そう強く思いながら、酒器を口元へ運んだ。
しばらく談笑していると、鈴木の呂律が回らなくなって来た。吉田がケラケラ笑っている鈴木の荷物を持ち「もう帰るよ」と声を掛ける。
「すみませんここで失礼しますね。鈴木さん危なっかしいんで、送っていきます。久我さんもだいぶ飲んでますけど、どうされます?」
「まだもうちょっと桐ケ谷と飲んでいくよ」
玲旺の都合は聞かずに久我が勝手に答える。「じゃあ」と言って財布を出そうとした吉田を久我が止めた。
「いいよ、今日は奢らせて。いつもありがとう」
吉田は躊躇したが、まだ飲みたいと鈴木が駄々をこねだしたので大人しく退散することを選んだ。「ご馳走様です」と恐縮しながら鈴木を連れて店を出ていく。
「吉田さんって有能だよね。俺が常務になったら秘書に欲しいと思ってるんだけど、秘書課に連れて行っていい?」
「ふーん」
久我は席を立ち、今まで吉田がいた玲旺の向かいの椅子に座り直した。横に並んでいた時は気付かなかったが、正面から見ると顔が少し赤い。
「俺の事は連れて行ってくれないんだ。冷たいなぁ」
「だって久我さんが秘書課に来てもしょうがないでしょ。営業部が悲鳴を上げるよ」
久我はグイッと酒を煽った後、頬杖をついたまま玲旺の顔をじっと見た。
「俺、桐ケ谷に結構飲ませたつもりなんだけど、あんまり変わらないね。酔っぱらってるとこ見たかったのに。だって絶対可愛いじゃん。あーあ。俺だけ酔ってて悔しいな」
子どもが拗ねるように、わかりやすく口を尖らせる。吉田たちがいなくなって気が緩んでいるのかもしれない。
「水、もらう?」
「いらない。それより桐ケ谷に優しくされたい。だって最近素っ気ないからさぁ」
「そんなこと……」
ない。ときっぱり言い切れなくて、玲旺は口ごもる。ここ最近、もやもやしていて少し距離を開けていたのは事実だ。
それにしても、この人は酔うと絡むタイプなのだろうか。それとも酔った振りをして、何か試しているのだろうか。
「じゃあ、久我さんの家まで送ってやろうか? 俺、優しいから」
「やったー。じゃ、トイレ行ってくるから待ってて」
ふらふらした足取りで席を立つ久我に不安を覚えたが、付き添うのも可笑しな話だと思い、日本酒をちびちびと飲んで待つ。酔いは回っているが、心地いい。姉をこの店に連れてきたら、驚くだろうけど喜びそうだな、などと考えていると久我が戻ってきた。
「お待たせ。じゃ、出ようか?」
「あ、会計」
玲旺が懐に手を入れると久我が笑う。
「今、済ませてきた。ちなみにこの店、カード使えないからね?」
酔っていても気の回る久我に感心しながら、玲旺はふらつく体を支えてやった。路地を出ればすぐに大通りなので、タクシーを捕まえて久我を押し込む。
本当に送った方が良いのか迷った瞬間、久我が玲旺の手を強く引いた。後部座席に倒れ込むように玲旺が乗り込むと、久我が運転手に行き先を告げる。車はゆっくり走りだし、久我は玲旺の肩に頭を乗せた。
「着いたら起こして」
さっさと目を閉じてしまった久我に、玲旺は参ったなと心の中で愚痴をこぼす。久我に体を預けられている右半身だけが、やけに熱い。
気を逸らすために、窓の外の夜景に目を向けた。少し遠回りになるが、久我が降りたらこのタクシーに乗ったまま帰ろう。そんなことを考えながら、ほんの少しだけ久我に身を寄せる。今だけは、この距離を許して欲しい。
しばらくすると、タクシーは速度を落としてマンションの前で停止した。「着きましたよ」と運転手に告げられ、玲旺は久我を揺り起こす。
「久我さん、着いたって」
しなだれかかったまま一向に起きない久我に焦りながら、玲旺は体を揺さぶり続ける。ルームミラー越しに運転手の困ったような顔が見えて、玲旺は仕方なく久我と一緒にタクシーを降りた。
「久我さん、お願い。起きてよぉ!」
背の高い久我を担いで引きずるように、玲旺はマンションに一歩ずつ進む。久我のポケットを探り、鍵を見つけてエントランスを解錠した。
「部屋、どこだよ」
「……五……〇、五」
途切れ途切れ、かすかに聞き取れて、玲旺は言われた部屋にようやくたどり着いた。玄関を開け、久我を廊下の床に転がせる。こんな重労働は金輪際勘弁してほしい。
「じゃあな。鍵、閉めておけよ」
「オマエ、こんな状態の俺を、よく置いて行けるな……」
這うような恰好の久我が、立ち去ろうとする玲旺に嘆く。
「知るかよ。後は自分で何とかして」
「じゃあ、水だけ……取ってきて」
やれやれとため息をつきながら、玲旺は久我の部屋に足を踏み入れた。部屋全体が久我の匂いに包まれていて、胸が締め付けられる。平常心を装って、冷蔵庫からボトルの水を取り出すと玄関に戻った。
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