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◇第7章 One year later◇
ノスタルジア②
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今年の五月、臨海地区に華々しくオープンした商業施設で一等地を獲得したジョリーは、半年も経たずに閉店したらしい。良い場所に出店さえすれば売り上げは勝手に伸びると楽観視して、策を怠ったのだ。ただ値段が安いと言うだけで、売り場にコンセプトもテーマもないジョリーの店舗は、あっという間に閑古鳥が鳴いた。
早々に目立つ場所でシャッターを閉められてしまい、困った施設はフォーチュンに泣きつくように、改めて出店依頼を申し出たそうだ。
「笑っちゃうでしょ? どう思う?」
「そんなケチの付いた場所、断ればいい。逃がした魚は大きかったと思わせてやれ。……いや、でもこの際、うんと高く恩を売るのも悪くないな」
そろばんを弾く商人みたいな顔をして玲旺が答えると、氷雨が手を叩いて笑った。
「久我クンも同じこと言ってたわ」
「久我さんが? ねぇ、久我さんは何で一緒に来なかったの?」
「彼は今、死ぬほど忙しいからね。今年の初めに営業部での経験を活かして、マーチェンダイザーになったのよ」
マーチェンダイザーは、企画開発から販売戦略、デザイナーとの打ち合わせに市場リサーチなど、アパレルブランドの売り上げを左右する指揮官のようなポジションだ。
「驚いた。だけど、久我さんにぴったりだね。そっか、久我さんってやっぱり凄いな」
「うん。久我クンは本当に凄いよ。おかげで僕との企画も順調に進んでる」
自分も頑張っているつもりだったが、久我は一歩も二歩も先を行っていた。
流石だと誇らしい気持ちになると同時に、逢いたい想いが込み上げる。
「お待たせしました」
思い耽る玲旺の頭上に、月島の声が降ってきた。月島はオーダーの品を淡々とテーブルに並べていく。
「あれ、今日も眞がホールに出てるの? 忙しいんだ」
「ううん、その逆。今ちょうど厨房暇だから、こっちに出てこれた。ちゃんと挨拶しとこうと思って。初めまして、氷雨さん。月島です」
よろしくと言って差し出した月島の手を、氷雨がとる。
「こちらこそ。良かったぁ、差し出されたのが右手で。左手で宣戦布告されちゃったら、どうしようかと思ったわ」
ふふっと氷雨は楽し気に笑ったが、月島は少し怯んだように身を強張らせる。
「あはは。僕のこと怖い? 取って喰いやしないわよ。桐ケ谷クンに良からぬことをしたら、八つ裂きにするけどね」
「良からぬことって何っすか。ってか、あんまからかわないでください」
戸惑う月島の手を握ったまま、氷雨は首を傾げる。
「何だろうね、この既視感。ああ、そうか。久我クンにちょっと似てるんだ」
「久我……」
その名前に、玲旺より先に月島が反応した。玲旺は慌てたように首を振る。
「え、何言ってんの。眞は久我さんに全然似てないよ」
髪の色も目の色も、背の高さだって違う。髪型も、服の好みも、言葉遣いも。玲旺は心の中で、一つずつ否定していった。そんな玲旺の様子を氷雨はジッと見る。
「そうなんだけどさ、なんとなくふわーっと。雰囲気とか、あと声もちょっと似てる。久我クンを凄く幼くした感じ」
「久我ってレオが逢いたがってた人でしょ? だったら光栄だな。似てるって言われるの」
月島が氷雨の手をほどきながら、ニッと口角を上げる。氷雨は一瞬だけ目を鋭く細めたが、すぐにいつも通りの余裕ありげな笑みを浮かべた。
「久我クンの話、聞いたことあるんだ。そっかぁ。流石、桐ケ谷クンが同志と言うだけあるわね。良いお友達なのねぇ?」
「そうですね。……良い友達ですよ。じゃ、俺そろそろ戻ります。お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ」
軽く頭を下げて席を離れた月島の後ろ姿を、氷雨は面白くなさそうな顔で眺める。
「氷雨さん、どうしたの? 変な態度だったよ」
「何だか危なっかしいから、ついつい牽制しちゃったわ。キミは自覚無いんだろうけど」
目の前のティーカップを口元に運び、視線だけを玲旺に向けた。「自覚が無い」と言われても何のことだかピンと来ない玲旺は、口を尖らせる。
「勿体ぶった言い方すんなよ。何が危なっかしいの」
「キミ、こっちに来て一年半だっけ。そろそろ日本と人肌が恋しいんじゃないの? 全身から出てるよ。『寂しい。心細い。抱きしめて』ってオーラが」
「はぁ?!」
思ってもみない言葉に、玲旺は素っ頓狂な声を上げた。
「つまり、今のキミはチョロそうってこと。ちょっと想像してみて? 例えばこの後、『僕の泊る部屋で時間を気にせず飲み明かそう』と提案したとする。僕を信用しきってるキミは、ホイホイ付いてくる。酔いも回って夜も更けた頃、僕がキミの肩を抱いたとして、それちゃんと振り払える? 押し倒されてもキッパリ拒める?」
そう問われて、氷雨に抱きしめられている自分をリアルに想像してしまった。
きっと拒むはずだ。いや、「きっと」などと言ってる時点で、駄目だろう。氷雨ほど心を許した人ならば、もしかすると流されてしまうかもしれない。
「怖っわ」
口元に手を当てて青ざめる玲旺を見て、氷雨も驚いたように目を見開く。
「オイオイ、そこは秒で否定しろよ。え、マジ? もうちょい押したらいけちゃうの? うっそ。この後の仕事キャンセルすっかな」
「ひ、氷雨さん、言葉遣い。あと、ナイから。キッパリ拒むよ」
「やだもー。びっくりし過ぎて男がでちゃったわ。ホント、キミ、そういうとこよ。すっごくふわふわしてんの。わかった? 危なっかしいでしょ」
今度は素直に玲旺が頷いた。
早々に目立つ場所でシャッターを閉められてしまい、困った施設はフォーチュンに泣きつくように、改めて出店依頼を申し出たそうだ。
「笑っちゃうでしょ? どう思う?」
「そんなケチの付いた場所、断ればいい。逃がした魚は大きかったと思わせてやれ。……いや、でもこの際、うんと高く恩を売るのも悪くないな」
そろばんを弾く商人みたいな顔をして玲旺が答えると、氷雨が手を叩いて笑った。
「久我クンも同じこと言ってたわ」
「久我さんが? ねぇ、久我さんは何で一緒に来なかったの?」
「彼は今、死ぬほど忙しいからね。今年の初めに営業部での経験を活かして、マーチェンダイザーになったのよ」
マーチェンダイザーは、企画開発から販売戦略、デザイナーとの打ち合わせに市場リサーチなど、アパレルブランドの売り上げを左右する指揮官のようなポジションだ。
「驚いた。だけど、久我さんにぴったりだね。そっか、久我さんってやっぱり凄いな」
「うん。久我クンは本当に凄いよ。おかげで僕との企画も順調に進んでる」
自分も頑張っているつもりだったが、久我は一歩も二歩も先を行っていた。
流石だと誇らしい気持ちになると同時に、逢いたい想いが込み上げる。
「お待たせしました」
思い耽る玲旺の頭上に、月島の声が降ってきた。月島はオーダーの品を淡々とテーブルに並べていく。
「あれ、今日も眞がホールに出てるの? 忙しいんだ」
「ううん、その逆。今ちょうど厨房暇だから、こっちに出てこれた。ちゃんと挨拶しとこうと思って。初めまして、氷雨さん。月島です」
よろしくと言って差し出した月島の手を、氷雨がとる。
「こちらこそ。良かったぁ、差し出されたのが右手で。左手で宣戦布告されちゃったら、どうしようかと思ったわ」
ふふっと氷雨は楽し気に笑ったが、月島は少し怯んだように身を強張らせる。
「あはは。僕のこと怖い? 取って喰いやしないわよ。桐ケ谷クンに良からぬことをしたら、八つ裂きにするけどね」
「良からぬことって何っすか。ってか、あんまからかわないでください」
戸惑う月島の手を握ったまま、氷雨は首を傾げる。
「何だろうね、この既視感。ああ、そうか。久我クンにちょっと似てるんだ」
「久我……」
その名前に、玲旺より先に月島が反応した。玲旺は慌てたように首を振る。
「え、何言ってんの。眞は久我さんに全然似てないよ」
髪の色も目の色も、背の高さだって違う。髪型も、服の好みも、言葉遣いも。玲旺は心の中で、一つずつ否定していった。そんな玲旺の様子を氷雨はジッと見る。
「そうなんだけどさ、なんとなくふわーっと。雰囲気とか、あと声もちょっと似てる。久我クンを凄く幼くした感じ」
「久我ってレオが逢いたがってた人でしょ? だったら光栄だな。似てるって言われるの」
月島が氷雨の手をほどきながら、ニッと口角を上げる。氷雨は一瞬だけ目を鋭く細めたが、すぐにいつも通りの余裕ありげな笑みを浮かべた。
「久我クンの話、聞いたことあるんだ。そっかぁ。流石、桐ケ谷クンが同志と言うだけあるわね。良いお友達なのねぇ?」
「そうですね。……良い友達ですよ。じゃ、俺そろそろ戻ります。お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ」
軽く頭を下げて席を離れた月島の後ろ姿を、氷雨は面白くなさそうな顔で眺める。
「氷雨さん、どうしたの? 変な態度だったよ」
「何だか危なっかしいから、ついつい牽制しちゃったわ。キミは自覚無いんだろうけど」
目の前のティーカップを口元に運び、視線だけを玲旺に向けた。「自覚が無い」と言われても何のことだかピンと来ない玲旺は、口を尖らせる。
「勿体ぶった言い方すんなよ。何が危なっかしいの」
「キミ、こっちに来て一年半だっけ。そろそろ日本と人肌が恋しいんじゃないの? 全身から出てるよ。『寂しい。心細い。抱きしめて』ってオーラが」
「はぁ?!」
思ってもみない言葉に、玲旺は素っ頓狂な声を上げた。
「つまり、今のキミはチョロそうってこと。ちょっと想像してみて? 例えばこの後、『僕の泊る部屋で時間を気にせず飲み明かそう』と提案したとする。僕を信用しきってるキミは、ホイホイ付いてくる。酔いも回って夜も更けた頃、僕がキミの肩を抱いたとして、それちゃんと振り払える? 押し倒されてもキッパリ拒める?」
そう問われて、氷雨に抱きしめられている自分をリアルに想像してしまった。
きっと拒むはずだ。いや、「きっと」などと言ってる時点で、駄目だろう。氷雨ほど心を許した人ならば、もしかすると流されてしまうかもしれない。
「怖っわ」
口元に手を当てて青ざめる玲旺を見て、氷雨も驚いたように目を見開く。
「オイオイ、そこは秒で否定しろよ。え、マジ? もうちょい押したらいけちゃうの? うっそ。この後の仕事キャンセルすっかな」
「ひ、氷雨さん、言葉遣い。あと、ナイから。キッパリ拒むよ」
「やだもー。びっくりし過ぎて男がでちゃったわ。ホント、キミ、そういうとこよ。すっごくふわふわしてんの。わかった? 危なっかしいでしょ」
今度は素直に玲旺が頷いた。
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