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◇第7章 One year later◇
心の拠り所②
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大晦日の夜、玲旺は一年前を思い出しながら、ノスタルジアの店内でグラスワインを煽った。
「一年早かったな」
「ほんと」
カウンター席に月島と並んで座り、お祭りムードの店内を二人で眺める。伝えるなら早い方が良いだろう。そう思いながら、隣に座る月島の表情を伺った。
「俺さぁ。来年の秋には、日本に戻ると思う」
「そっか。まだ先の話だな。……なんて言って、あっという間なんだろうなぁ」
カウンターに肘をついた状態で、月島は両手で顔を覆った。はーっと長く息を吐く。
「去年、ここでお前が泣いたの笑ってごめん。俺も泣きそうだわ。やべぇな」
「な、泣くなよ」
「まだ泣かねぇよ。……俺もさ、年が明けたら、店を移る予定なんだ。ここのオーナーが、もっと有名店で修業しろって紹介してくれて」
ゆっくり顔から両手を外した月島が、玲旺に向き直る。
「しばらく試食会は中断だな。さすがに有名店の調理場は借りられないし。……それにお前、俺の部屋には絶対来ないだろ?」
月島の黒い瞳が心細そうに揺れた。
氷雨に釘を刺される前だったら、深く考えずに「行く」と答えてしまったかもしれない。
「そうだね、部屋には行かないかな」
目を合わせたまま、玲旺は静かに頷く。月島はため息の混じったような、乾いた笑いを漏らした。
「だよな。そう言えば、この前ここに来た氷雨って、雑誌やテレビで見たことあったよ。そんな凄い奴がさぁ、俺ごとき相手に、レオの番犬みたいにガルガル牙を剥くんだもん。やっぱレオも凄い人なんだって、改めて思い知ったんだよね。俺とは住む世界が違うよな」
「住む世界が違うなら、何で今こうして隣り合って飲んでんだよ」
苛立ったような玲旺の声に、月島は「だって」と続ける。
「日本に戻ったら、レオは益々手の届かない存在になるよ」
「眞は俺の戦友だろ。手が届かないってなんだよ。住んでる世界が違うって、そんなワケあるか。それでもどうしても納得できないなら、料理の腕を磨いて眞が俺の住む世界ってやつに来ればいい。お前、自分の目標見失うなよ?」
掴みかかるような勢いで玲旺が言い放つと、月島は圧倒されたように身を引いた。一拍置いた後、月島は手で顔を覆って笑いだす。
「ほんと、レオのそう言うところが大好きだよ」
玲旺は何と答えて良いかわからず、息を呑んだ。そんな玲旺を見て、「もちろん友達としてね」と、月島は付け加える。
「レオの言う通りだね。有名店でもっと腕を磨いて、こっちでもコンテストに出てみるよ。活躍する場は違うけど、お前と肩を並べられるように。俺が日本で店を出すときは、予約が取れなくてお前が泣きつくかもしれないなぁ。超楽しみ」
「それは俺も楽しみ。どんな手使っても予約とってやるからな。……眞の頑張ってる姿は、俺の心の拠り所だ」
「俺もだ。レオのおかげで折れずにまだ頑張れる。これからもよろしくな」
そう言って、月島がワイングラスを玲旺に向かって掲げる。玲旺も「よろしく」と笑いながらグラスを軽くぶつけた。透き通るような高音が鳴った後、店内では丁度カウントダウンが始まった。
◆
秋なんてまだまだ先だ。
そう思っていても、時間は否応なしに過ぎていく。
『料理の味を左右する、ソース作り部門に配属されたぞ。大出世だ!』と、月島から嬉しそうなメールが届いて「おめでとう」と返信する。
年明けから有名店に移籍し、夏頃には小さな料理コンテストとはいえ、入賞を果たした。着実に目標に向かって歩みを進める月島に、心からエールを送る。
玲旺は寝室のベッドに座ったまま、壁掛けのハンガーを見上げた。そこには未だに久我のワイシャツが吊るされている。嫌なことがあった時はもちろん、嬉しいことがあった時にもそのシャツに向かって報告するのが、いつの間にか習慣になっていた。
そのシャツに向かって玲旺が告げる。
「久我さん。俺、もうすぐ日本に帰るよ」
自分から会いに行くつもりはないが、遠くからでもその姿を見ることが出来たら良いなとは思う。
そう言えば久我は「俺より良い奴を見つけたら、簡単に忘れられる」なんて言っていたっけと、玲旺は懐かしそうに目を細めた。
尊敬出来る人にはたくさん出会えたし、月島という戦友も得た。
だけど結局、久我を超えるような人はいなかった。故に、今も忘れられないままでいる。
久我の方は玲旺を忘れてしまっただろうか。結局、一度もメールすらくれなかった。
荷造り途中のスーツケースに視線を移す。
今度は誰の手も借りず、綺麗に荷物がしまえそうだ。
「ちゃんと成長してるでしょう?」
玲旺は独り呟いて、クスッと小さく笑う。久我のシャツをハンガーから外し、慣れた手つきで畳むとスーツケースにそっとしまった。
「一年早かったな」
「ほんと」
カウンター席に月島と並んで座り、お祭りムードの店内を二人で眺める。伝えるなら早い方が良いだろう。そう思いながら、隣に座る月島の表情を伺った。
「俺さぁ。来年の秋には、日本に戻ると思う」
「そっか。まだ先の話だな。……なんて言って、あっという間なんだろうなぁ」
カウンターに肘をついた状態で、月島は両手で顔を覆った。はーっと長く息を吐く。
「去年、ここでお前が泣いたの笑ってごめん。俺も泣きそうだわ。やべぇな」
「な、泣くなよ」
「まだ泣かねぇよ。……俺もさ、年が明けたら、店を移る予定なんだ。ここのオーナーが、もっと有名店で修業しろって紹介してくれて」
ゆっくり顔から両手を外した月島が、玲旺に向き直る。
「しばらく試食会は中断だな。さすがに有名店の調理場は借りられないし。……それにお前、俺の部屋には絶対来ないだろ?」
月島の黒い瞳が心細そうに揺れた。
氷雨に釘を刺される前だったら、深く考えずに「行く」と答えてしまったかもしれない。
「そうだね、部屋には行かないかな」
目を合わせたまま、玲旺は静かに頷く。月島はため息の混じったような、乾いた笑いを漏らした。
「だよな。そう言えば、この前ここに来た氷雨って、雑誌やテレビで見たことあったよ。そんな凄い奴がさぁ、俺ごとき相手に、レオの番犬みたいにガルガル牙を剥くんだもん。やっぱレオも凄い人なんだって、改めて思い知ったんだよね。俺とは住む世界が違うよな」
「住む世界が違うなら、何で今こうして隣り合って飲んでんだよ」
苛立ったような玲旺の声に、月島は「だって」と続ける。
「日本に戻ったら、レオは益々手の届かない存在になるよ」
「眞は俺の戦友だろ。手が届かないってなんだよ。住んでる世界が違うって、そんなワケあるか。それでもどうしても納得できないなら、料理の腕を磨いて眞が俺の住む世界ってやつに来ればいい。お前、自分の目標見失うなよ?」
掴みかかるような勢いで玲旺が言い放つと、月島は圧倒されたように身を引いた。一拍置いた後、月島は手で顔を覆って笑いだす。
「ほんと、レオのそう言うところが大好きだよ」
玲旺は何と答えて良いかわからず、息を呑んだ。そんな玲旺を見て、「もちろん友達としてね」と、月島は付け加える。
「レオの言う通りだね。有名店でもっと腕を磨いて、こっちでもコンテストに出てみるよ。活躍する場は違うけど、お前と肩を並べられるように。俺が日本で店を出すときは、予約が取れなくてお前が泣きつくかもしれないなぁ。超楽しみ」
「それは俺も楽しみ。どんな手使っても予約とってやるからな。……眞の頑張ってる姿は、俺の心の拠り所だ」
「俺もだ。レオのおかげで折れずにまだ頑張れる。これからもよろしくな」
そう言って、月島がワイングラスを玲旺に向かって掲げる。玲旺も「よろしく」と笑いながらグラスを軽くぶつけた。透き通るような高音が鳴った後、店内では丁度カウントダウンが始まった。
◆
秋なんてまだまだ先だ。
そう思っていても、時間は否応なしに過ぎていく。
『料理の味を左右する、ソース作り部門に配属されたぞ。大出世だ!』と、月島から嬉しそうなメールが届いて「おめでとう」と返信する。
年明けから有名店に移籍し、夏頃には小さな料理コンテストとはいえ、入賞を果たした。着実に目標に向かって歩みを進める月島に、心からエールを送る。
玲旺は寝室のベッドに座ったまま、壁掛けのハンガーを見上げた。そこには未だに久我のワイシャツが吊るされている。嫌なことがあった時はもちろん、嬉しいことがあった時にもそのシャツに向かって報告するのが、いつの間にか習慣になっていた。
そのシャツに向かって玲旺が告げる。
「久我さん。俺、もうすぐ日本に帰るよ」
自分から会いに行くつもりはないが、遠くからでもその姿を見ることが出来たら良いなとは思う。
そう言えば久我は「俺より良い奴を見つけたら、簡単に忘れられる」なんて言っていたっけと、玲旺は懐かしそうに目を細めた。
尊敬出来る人にはたくさん出会えたし、月島という戦友も得た。
だけど結局、久我を超えるような人はいなかった。故に、今も忘れられないままでいる。
久我の方は玲旺を忘れてしまっただろうか。結局、一度もメールすらくれなかった。
荷造り途中のスーツケースに視線を移す。
今度は誰の手も借りず、綺麗に荷物がしまえそうだ。
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玲旺は独り呟いて、クスッと小さく笑う。久我のシャツをハンガーから外し、慣れた手つきで畳むとスーツケースにそっとしまった。
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