道化師の矜持

教祖

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Birth of a clown

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 田舎の小さなサーカス団で、少年は有名だった。
 その町の唯一のレジャー施設に隣接した最大収容50人のサーカステントに、少年は毎週末足を運んでくる。
 日に3公演を行われるその全てを、週末朝と昼、あるいは全部見て帰る。
 彼のお目当てはサーカスの花形、ピエロ。もちろん他のお客さんから最もお捻りを集めるのもピエロだが、少年のピエロへの熱意は目を見張るものがあった。
 僅かな動きも見逃さぬよう、瞬きさえ惜しむようにピエロを見つめる。
 そして公演が終わると、満足げに笑みを浮かべ、テントを後にする。
 本人もそれに気づいていて、今日の監視員の評価は何点かな、と楽しみながらも不安げに、その日の最終公演が終わってから、団員に話すのだった。
 いつのまにか、週末を待ちどうしく、僅かに緊張感を持って待っている自分。
 それがなぜかおかしくて、帰宅後も思い出しては苦笑いの日々。
 そんな日々を送る中、簡素な白封筒の中の紙切れが、呆気なくテントをたたませた。
 地方レジャーに力を入れ始めた大手企業がこの地に自陣を広げるらしい。
 目の前に出された乱立する日本銀行券の束に、施設オーナーの首は東北の赤牛人形と同じ動きしかできなかった。
 紙切れが届いたその日の夜に、事情説明があり、遅くはなったがこれを見れば何も言えまいと、紙束を出してみせた。
 案の定、逆らう者はなく、サーカス団も移転か解散かを討議し、後者に決まった。
 ピエロも反発こそしないものの、ふと少年を思う。
 次の週末に、彼にはせめて自分の口で伝えなければ。
 そして訪れた日曜日、最終公演が終わった後、ピエロは少年に声を掛けた。
 その口元には、いつもの笑顔を浮かべて。
 テントの入り口近く、雨天時は傘を広げる玄関の役割を担う場所で、少年は振り返る。
 安物の虫取り電灯が、時折火花を散らして少年とピエロを照らす。
 少年は驚いたようだが、意外に冷静だった。もしかしたら、張り紙を見て落ち込んでいたのかもしれない。
 ピエロは演者とお客の壁を超え、今までの思いや感謝を述べた後、テントの終わりを改めて告げた。
 笑顔を崩さぬよう、不安を見せぬよう。
 少年は小さくため息をつくと、思ったより大人びた声音で言った。
 「サーカスがなくなったのになんで笑っていられるの? ほんとはサーカスしたくなかったの?」
 ピエロはこの疑問に少年が何かを欲しているように感じた。
 「もちろん続けたかったさ。でもね、ピエロはどんなことがあっても笑ってなきゃいけないんだ。いつでも人を笑わせて楽しませるのが僕の仕事だからね。」
 彼が何を欲しているのか、少年の動きに神経をとがらせる。
 彼は何が欲しい? 何が聞きたい?
 少年は俯いた。
 ――――例えば
 「ん?」

 「例えば! 自分が辛くて、でもその人には辛い顔見せたくない時、自分が笑ってればその人は笑ってくれる?」

 この少年の本当の問いはこれか。
 ピエロは笑顔で深く思案した。
 なぜ、サーカスの中で自分を見ていたのか。
 ピエロはお調子者。サーカスでの進行兼お笑い担当で、歓声と笑いを半分ずつ受ける。
 時には調子に乗った客からヤジが飛ぶ事もある。
 また、他の演者が失敗した時にはそのフォローのため、再挑戦のお願いや次の演目への進行などの役も担うため、他の苦情なども受ける厄介な仕事だ。
 そしてその全てを笑顔で対応する。
 とても正気ではやっていけない。
 ピエロも何度やめようと思ったか数えきれない。
 でも、今までなぜかやってこれた。
 理由を挙げるとすれば、数ヶ月に一度客から感謝されたからだろう。
 公演中に客席から声を掛けられたり、差し入れをもらったり、時には出待ちで飲み物をもらったこともあった。
 そんなことがあるたびに、明日また頑張ろうと前に進む力へと変わる。
 そして、サーカス開始から5年。
 少年がやってきた。
 必ず週末にやってくる彼をはじめは嬉しく、やがて待ちどうしく思い始める。
 ここ3年は彼が公演の後、笑顔でテントを後にする姿を糧にやってきた。どんなヤジも嫌がらせも、彼の笑顔には勝てない。
 だった一人の少年の笑顔に僕は救われていたんだ。だから

 「笑ってくれるさ。君には人を笑顔にする力がある。これはお世辞なんかじゃないよ。なんたって、この僕がそうなんだから。君は僕を笑顔にしてくれた。もし君が辛い中あの笑顔をしてくれていたんだとしたら、きっとその人は笑ってくれるよ」

 いつも通りの口調。
 少年にはこの方が良いだろうと、ピエロは考えた。
 目を伏せ、少年は考えているようだ。
 その姿にピエロは焦る。
 だが、それは杞憂だった。
 「そっか。そうだね。笑うことにするよ。じゃなきゃ、お父さんも心配するもんね。きっとお父さんだって、僕が笑ってれば笑ってくれるよ」
 ありがとうーー少年は今まで帰り際でしか見れなかった横顔を、初めてまっすぐに見せてくれた。
 夕暮れの空をかける後ろ姿に、ピエロは唇を噛み締めた。
 本人は気づいていないだろう。本来は伏せるはずだった、父親の名を出してしまっていることに。
 彼は、あの背中に何を背負っているのか。
 そんな彼に力をもらっていた自分が、とても恥ずかしく思えてしまった。
 だが、もし自分の答えが彼の役に立てたなら、少しは恩返しができたのではないかとも思う。
 
 願わくば、彼のこれからの人生に幸多からんことを。

 夕日を背に、ピエロは最後の晩餐に沸くテントへと帰っていった。
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