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第一部:10-2章:祭と友と恋と戦と(前編)
106話:地下室
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階段を降り切った先の部屋を見て、ネルカは入室を躊躇した。
「どうなっているの…これ…。」
部屋には細長い何かが生い茂っている状態だった。
光を当てて見てみると、それは植物の蔦や根に近いものであったが、ソレであると断定するにはあまりに太すぎる。そして、さらに光をあちこちに照らしてみると、蕾と思わしきものまで存在していた。
「………ァ。」
「奥の部屋から…人の声が…するわね。」
彼女は本能に従って根蔦を避けながら奥へと進む。
そこには似た造りの部屋が一つあった。
植物が生い茂っている点も変わりがない。
しかし、違う点が二つほどあった。
まずは強引に開けられた丸穴が一つ。
ネルカが光を向けると、その先には整えられた壁が見える。
水の流れる音、異臭――おそらく下水路。
次に、部屋の奥。
そこには壁際に縄で拘束されている男がいた。
頬はやせこけ、髪は疎らに散っており、目は虚ろだ。
近くには皿とスプーンが置いてあることから、誰かが生きるための世話はしていたのだろう。ネルカは恐る恐る近づくと、男の口からこぼれ出る言葉を聞き取ることが出来た。
「早く俺を…開放してくれぇ。」
「あなた……ここで何があったの?」
「…? そこに誰か…いるのか!?」
「目が見えないの? とりあえず、助けるわ。」
「や、やめろ! 来るな!」
ネルカは男の縄を解くために近寄ろうとするが、男は何かを恐れるかのように遠ざかろうとする。しかし、衰弱し盲目で拘束されている状態ゆえに、まともに遠ざかることなんてできやしない。
そして、残り一歩ほどという距離で――
「俺を開放してくれぇ! 殺してくれぇ!」
次の瞬間、周囲にある植物の蕾が一斉に黒く光った。
その光景を見たネルカは、つい最近に読んだ文章を思い出す。
『狂信の蕾が花を咲かすとき、
それすなわち終焉に向かう一咲きなり。』
それは黒色の聖女リーゼロッテによる予言。
すなわち、破壊の運命の始まりだった。
そして、蕾は開き、花が咲く――
そこから溢れ出るのは黄色い粉だった。
ネルカはとっさの判断で黒衣のマスクに魔力を込め、できる限り粉を吸わないようにした。しかし、拘束された男はどうしても吸ってしまう。粉で見にくい視界、緊迫した空気の仲、聞こえるのは男のうめき声だった。
「あの男は……俺が…適合者と…った…だ…罠とし…使わ…。」
「え? 罠? 適合者? ……何の適合者なの?」
「俺も仲間と…同じ…になる…お願……俺を……殺し――。」
バタリと倒れる音とともに、男の声が途絶える。
いくら衰弱していたと言えども、あれほど叫んでいた男だ。倒れた原因として考えられるのは、この黄色い粉によるものだろう。
(結果論だけど…私一人でよかったわ。)
彼女は視界が晴れるまで警戒を維持して待つ。
相手の罠が毒の粉だけだとは限らないからだ。
(それにしても…いったい…誰がこんなことを…?)
王都にこんな地下室を作り、それも複数だ。
ここ最近の突貫計画でないことはよく分かる。
地上での騎士との会話、夜会の地下室のことを考えると――
「犯人は…あのクソ側妃ってことね。」
どんな計画で何を目的としているかは分からないが、自身の達成感を満たすためだけに国家転覆を図るような輩だ。まともな計画ではないことだけは確かだろう。
とりあえず騎士たちに連絡をすべきだと判断した彼女は、部屋を出ようと踵を返す。しかし、その背後から人が立ち上がろうとする気配を感じ、振り返った。
粉も落ち晴れた視界、光を向けると男が地面に手を着いていた。
ネルカは慌てて男に近づいた。
「まずはアナタを地上に出すわ。私の肩に――」
拘束の縄を斬り、男を担ぐネルカ。
しかし、彼女の言葉は中断された。
「いッ!?」
担いだ男がネルカの肩を噛んだのだ。
それも魔力膜と黒衣の二重防御があったうえで、彼女に痛みを覚えさせるほどの噛みつきだった。衰弱し、さらに毒をくらった男が出せる力ではない。それに噛まれ心地は、人間が持つ歯並びでもなかった。
「離れッ! なッ! さいッ!」
ネルカは噛まれていない側の手で男を殴り、体を回転させて壁へとぶつけさせ、とうとう彼女の身体から離れた男を蹴り飛ばす。どれも身体強化を無遠慮に使った動作だったが、男の体が壊れたような感触は一つもない。
「あなた…やっぱり…。」
蹴り飛ばした先には光源の魔道具。
男の全身を光が照らした。
――虚弱とは程遠い筋肉
――左半身を覆う獣のような毛
――開けられた口には鋭利な歯が。
「やっぱり、そういうことなのね。」
――人間を魔物に変えた。
それだけならまだいい。
トムスやシュヒ―ヴルのように、前例がないわけではないからだ。
しかしながら、彼女の視界にあるのは植物の蔦根と咲いた花。
そう、問題は、『黄色い粉によって』魔物化したということである。
つまり、本人の意志によるものではないというのだ。
「この植物が、もしも――」
――もしも、王都の至る所に存在しているとしたら?
――もしも、人が多くなる今回の祭に目を向けていたら?
(この男は言っていたわ…適合者だと。つまり、誰これ構わず魔物化させれるわけでもない。だけど、この王都にはどれだけの数の人たちがいると思っているの!?)
例え確率が百人に一人――否――千人に一人だとしても大混乱だ。
ネルカは迫りくる噛みつき攻撃に対し、何てことないように男の首を刈り取る。そして、下水道の方から迫りくる新たな魔物(おそらく下水に棲むネズミや甲虫など)に対し、鎌を回転させる動きで斬り殺した。
(虫や小動物まで魔物化できるの!?)
下水に続く穴を見つめる彼女は、その奥から感じる魔物の気配の――あまりの多さに戦慄する。それらは全てこちらの方に向かってきている気がしないでもない。
彼女は魔力の消費など考えることもせず、黒魔法でただひたすらに大きい球体を作ると、穴を塞ぐように設置する。そして、本人は全力疾走で地下室を出て、階段を駆け上がった。
「「「死神様!」」」
「アナタたち! 人々を安全なとこに――」
鬼気迫るように地下から出てきたネルカに、地上で待機していた騎士たちは驚愕の表情を浮かべる。彼女は説明をする余裕などないため、市民の避難を指示しようとしたが――
ドンッ!
彼女の背後――地下室の方から大きな音がしたかと思うと、中からは大量の魔物が溢れ出てきた。横に…縦に…そこにいる者たちの視界を絶望が覆いつくす。
十やそこらならネルカ一人で問題ない。
二十やそこらなら守る対象さえいなければ。
三十、四十であるならここにいる騎士の手を借りれば。
しかし、目の前の魔物の大群はあまりにも桁が違う。
数を推測するのもバカバカしいほどの絶望。
「終わりだ…。」
誰の呟きだっただろうか、ネルカはその言葉を聞いた。
「そうね…。」
ネルカですら、その意見に同意した。
同意したうえで、彼女は戦うために一歩を踏み出した。
次の瞬間――
――ネルカの視界は真っ赤に染まった。
「どうなっているの…これ…。」
部屋には細長い何かが生い茂っている状態だった。
光を当てて見てみると、それは植物の蔦や根に近いものであったが、ソレであると断定するにはあまりに太すぎる。そして、さらに光をあちこちに照らしてみると、蕾と思わしきものまで存在していた。
「………ァ。」
「奥の部屋から…人の声が…するわね。」
彼女は本能に従って根蔦を避けながら奥へと進む。
そこには似た造りの部屋が一つあった。
植物が生い茂っている点も変わりがない。
しかし、違う点が二つほどあった。
まずは強引に開けられた丸穴が一つ。
ネルカが光を向けると、その先には整えられた壁が見える。
水の流れる音、異臭――おそらく下水路。
次に、部屋の奥。
そこには壁際に縄で拘束されている男がいた。
頬はやせこけ、髪は疎らに散っており、目は虚ろだ。
近くには皿とスプーンが置いてあることから、誰かが生きるための世話はしていたのだろう。ネルカは恐る恐る近づくと、男の口からこぼれ出る言葉を聞き取ることが出来た。
「早く俺を…開放してくれぇ。」
「あなた……ここで何があったの?」
「…? そこに誰か…いるのか!?」
「目が見えないの? とりあえず、助けるわ。」
「や、やめろ! 来るな!」
ネルカは男の縄を解くために近寄ろうとするが、男は何かを恐れるかのように遠ざかろうとする。しかし、衰弱し盲目で拘束されている状態ゆえに、まともに遠ざかることなんてできやしない。
そして、残り一歩ほどという距離で――
「俺を開放してくれぇ! 殺してくれぇ!」
次の瞬間、周囲にある植物の蕾が一斉に黒く光った。
その光景を見たネルカは、つい最近に読んだ文章を思い出す。
『狂信の蕾が花を咲かすとき、
それすなわち終焉に向かう一咲きなり。』
それは黒色の聖女リーゼロッテによる予言。
すなわち、破壊の運命の始まりだった。
そして、蕾は開き、花が咲く――
そこから溢れ出るのは黄色い粉だった。
ネルカはとっさの判断で黒衣のマスクに魔力を込め、できる限り粉を吸わないようにした。しかし、拘束された男はどうしても吸ってしまう。粉で見にくい視界、緊迫した空気の仲、聞こえるのは男のうめき声だった。
「あの男は……俺が…適合者と…った…だ…罠とし…使わ…。」
「え? 罠? 適合者? ……何の適合者なの?」
「俺も仲間と…同じ…になる…お願……俺を……殺し――。」
バタリと倒れる音とともに、男の声が途絶える。
いくら衰弱していたと言えども、あれほど叫んでいた男だ。倒れた原因として考えられるのは、この黄色い粉によるものだろう。
(結果論だけど…私一人でよかったわ。)
彼女は視界が晴れるまで警戒を維持して待つ。
相手の罠が毒の粉だけだとは限らないからだ。
(それにしても…いったい…誰がこんなことを…?)
王都にこんな地下室を作り、それも複数だ。
ここ最近の突貫計画でないことはよく分かる。
地上での騎士との会話、夜会の地下室のことを考えると――
「犯人は…あのクソ側妃ってことね。」
どんな計画で何を目的としているかは分からないが、自身の達成感を満たすためだけに国家転覆を図るような輩だ。まともな計画ではないことだけは確かだろう。
とりあえず騎士たちに連絡をすべきだと判断した彼女は、部屋を出ようと踵を返す。しかし、その背後から人が立ち上がろうとする気配を感じ、振り返った。
粉も落ち晴れた視界、光を向けると男が地面に手を着いていた。
ネルカは慌てて男に近づいた。
「まずはアナタを地上に出すわ。私の肩に――」
拘束の縄を斬り、男を担ぐネルカ。
しかし、彼女の言葉は中断された。
「いッ!?」
担いだ男がネルカの肩を噛んだのだ。
それも魔力膜と黒衣の二重防御があったうえで、彼女に痛みを覚えさせるほどの噛みつきだった。衰弱し、さらに毒をくらった男が出せる力ではない。それに噛まれ心地は、人間が持つ歯並びでもなかった。
「離れッ! なッ! さいッ!」
ネルカは噛まれていない側の手で男を殴り、体を回転させて壁へとぶつけさせ、とうとう彼女の身体から離れた男を蹴り飛ばす。どれも身体強化を無遠慮に使った動作だったが、男の体が壊れたような感触は一つもない。
「あなた…やっぱり…。」
蹴り飛ばした先には光源の魔道具。
男の全身を光が照らした。
――虚弱とは程遠い筋肉
――左半身を覆う獣のような毛
――開けられた口には鋭利な歯が。
「やっぱり、そういうことなのね。」
――人間を魔物に変えた。
それだけならまだいい。
トムスやシュヒ―ヴルのように、前例がないわけではないからだ。
しかしながら、彼女の視界にあるのは植物の蔦根と咲いた花。
そう、問題は、『黄色い粉によって』魔物化したということである。
つまり、本人の意志によるものではないというのだ。
「この植物が、もしも――」
――もしも、王都の至る所に存在しているとしたら?
――もしも、人が多くなる今回の祭に目を向けていたら?
(この男は言っていたわ…適合者だと。つまり、誰これ構わず魔物化させれるわけでもない。だけど、この王都にはどれだけの数の人たちがいると思っているの!?)
例え確率が百人に一人――否――千人に一人だとしても大混乱だ。
ネルカは迫りくる噛みつき攻撃に対し、何てことないように男の首を刈り取る。そして、下水道の方から迫りくる新たな魔物(おそらく下水に棲むネズミや甲虫など)に対し、鎌を回転させる動きで斬り殺した。
(虫や小動物まで魔物化できるの!?)
下水に続く穴を見つめる彼女は、その奥から感じる魔物の気配の――あまりの多さに戦慄する。それらは全てこちらの方に向かってきている気がしないでもない。
彼女は魔力の消費など考えることもせず、黒魔法でただひたすらに大きい球体を作ると、穴を塞ぐように設置する。そして、本人は全力疾走で地下室を出て、階段を駆け上がった。
「「「死神様!」」」
「アナタたち! 人々を安全なとこに――」
鬼気迫るように地下から出てきたネルカに、地上で待機していた騎士たちは驚愕の表情を浮かべる。彼女は説明をする余裕などないため、市民の避難を指示しようとしたが――
ドンッ!
彼女の背後――地下室の方から大きな音がしたかと思うと、中からは大量の魔物が溢れ出てきた。横に…縦に…そこにいる者たちの視界を絶望が覆いつくす。
十やそこらならネルカ一人で問題ない。
二十やそこらなら守る対象さえいなければ。
三十、四十であるならここにいる騎士の手を借りれば。
しかし、目の前の魔物の大群はあまりにも桁が違う。
数を推測するのもバカバカしいほどの絶望。
「終わりだ…。」
誰の呟きだっただろうか、ネルカはその言葉を聞いた。
「そうね…。」
ネルカですら、その意見に同意した。
同意したうえで、彼女は戦うために一歩を踏み出した。
次の瞬間――
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