その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:10-3章:祭と友と恋と戦と(後編)

107話:始まりの記念日、それは終わりの日

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日が沈んだ王都の一画が、オレンジ色に光り輝く。

それが炎によるものだとネルカが気付いたのは、黒衣越しでも伝わる熱気によるものだった。炎は無数の魔物を焼き払い、灰燼と化す――とんでもない火力だ。

元に戻った視界には、まともに動ける魔物は一匹もいなかった。

(こんなことができるのは魔法ぐらい…だけど…魔法は――)

――魔法は発動に準備が必要。

つまり、今回のような切羽詰まった状態で発動できるものではない。

しかし、ネルカは炎魔法を即興で使える人間を、一人だけ知っている。



「ナハス御義兄様ッ!」



振り返り見上げた先には、屋根に立つ赤髪の男――ナハス・コールマン。
炎の矢の二射目を構えており、ただ無言で射出する。
その矢はネルカの近くを通り過ぎ、地下室の中へと吸い込まれていった。

ゴウッと音と共に地下から火が漏れ出る。
中は火の地獄と化していることだろう。

「御義兄様、助かったわ。さすがに死を悟ったもの。」

屋根から降りて近づくナハスに、ネルカは微笑みかけるが彼の表情は渋いままだった。そして、何事かと思ったマリアンネ一行もやって来た。

「気を抜くなネルカ…植物の方は、おそらく…まだだ。」

「植物の方…? それはいったい…。」

すると、ゴゴゴ…という音と共に地面が揺れる。
地や壁のところどころが罅割れ、隙間を押しのけて植物の根蔦が現れた。『例の黄色い花粉』を警戒したネルカは、黒魔法でマスクを複数枚作ると、説明もせずに背後いる者たちに投げ渡した。装着したかどうかは確認していない。

すると、植物はまるで意思を持っているがごとく、しなりを持たせながらヒュンヒュンと動き始める。ネルカは大鎌を体の前で回し、どの方角から攻撃が来てもいいように構える。



しかし、その様子を見たナハスは――



「待て、ネルカッ! 黒魔法で受けるな!」



次の瞬間、ネルカの姿が消えた。

そこには柄が折られた大鎌が地面に落ちており、ネルカは近くの壁に叩きつけられていた。腹の一部分だけ黒衣が消失しており、それは植物の根茎のサイズと同じだった。よく見てみると大鎌も折られたわけではなく、同様に消失しているだけだった。

「ネルカッ!」
「死神!」
「師匠!」

ナハス及び周囲の騎士は剣を抜き対応するが、防衛だけで手いっぱいでネルカの方を気に掛けるだけの余裕がない。どうやら立ち上がろうとはしているが、その動きはどこかおぼつかない。

「……カハッ…御義兄…様…。」

「大丈夫か!?」

「あの植物………黒魔法と同じ…ん…ですね?」

「あぁ、そうだ! アレは魔力を消す!」

ネルカは見た――黒魔法が消える瞬間を。

まさか自身が魔力を消される側に回るとは思わなかった彼女は、(そうか…なるほど…随分と理不尽な力だったのね。)と心の中で呟きながら笑みを浮かべる。

それでも、分かったこともある――この植物は黒魔法と同じだ。

傍から見たら黒衣が消されたように見えるだろう。

だが、ネルカには黒魔法同士が触れたときの感覚があった。
と同時に、圧倒的な魔力により均衡が崩れた感覚もあった。

つまり、黒魔法同士だと魔力阻害が薄まるだけで、効果が発動していないというわけではなかったのだ。よくよく思い返せばバルドロの血のトゲを打ち消しきれなかった過去があるわけで、その差は――魔力の量によるものなのだろう。

「それが分かれば……充分よ。」

ネルカは再び大鎌を生成すると、杖にして立ち上がる。
防御を貫通しての腹部への一撃、今にでも胃の物を吐き出したい気持ちを抑えながら、彼女は鎌を構えて戦う姿勢を見せる。そんな意思を見せたからだろうか、植物の狙いの一人に再びネルカが加わる。

そして、迫る蔦根に対し――鎌を振るった。

「見立て通り…魔力の量…ね。」

鎌はボロボロになっているが、完全消滅はしていない。
それどころか、植物の切断に成功していた。

どういうことかすべての植物の動きが止まった。
他の騎士だって斬ることには成功しているため、だからというわけではないのだろう。ネルカはこれ幸いと剣を二本携えていた騎士へと近づき、強引に一本を鞘から抜き出す。

「思ったよりも魔力を必要としたわ。割に…あわないわね。これなら…剣を使った方がいいわ。そこのあなた、剣を一本だけ貸してくれる?」

「あ…あぁ…。」

植物は明らかにネルカに警戒しているような動きをしており、『魔力で斬った』その事実が受け入れられないかのようである。意思を持つ生き物であるかどうかよりももっと、人間らしい動きをするものである。

(もしかして――)

操る存在がいるのではないかと、ネルカは推測する。

考えられる場所…道角…屋根上………いや…

「ナハス御義兄様、お願いしてもいいかしら。」

「どうした?」

「地下を燃やしてほしいの。」

「おいおい、植物は魔法じゃ燃やせねぇんだぞ。」

「違うわ、植物を操っている奴を、文字通り炙り出してほしいの。」

「ほぉん…なるほどね…。」

ナハスは意図を汲むと剣を鞘に戻す。
そして、左手中指の指輪に触れると、炎の弓を顕現させた。
そのまま構えて射出し、地下室へと矢が吸い込まれていく。



ゴウッ!



彼が重視したことは植物をどうこうすることではなかった。
高温に熱すること、可燃物が無くとも留まり続けることだ。

「さぁ、出て来いよ。」

コールマン家の魔法は炎を扱う魔法であるとは言われているが、厳密に言ってしまえばそれは違う……と言うよりそれだけではない。

炎に近い性質を持つ物体を生成する魔法――
燃えるという現象を補助する魔法――

――この2つなのだ。

炎の弓と矢は生成魔法によるもの。
でなければ、個体のように扱うことはできない。

そこに炎魔法を加えて様々な現象を引き起こす。
結界を壊した爆発や、魔物を灰燼に帰した炎などが一例だ。

「その炎…中々消えねぇだろ?」

黒魔法や植物の効果はあくまで触れた部分のみであり、一か所が触れたからと言って魔法全てが消されるわけではない。つまり、矢を消すことに成功したとしても、空中に散布された炎魔法による燃焼補助を消すには、それこそ隙間が無いほどに埋め尽くさなければならない。

果たして――そこまでのことが可能か。



『ケホッ! ケホッ! まさか…そう来るとは…。』



否、不可能。

高温と酸素不足により地下から現れたのは、全身を植物の蔦根で守り固めた人間だった。くぐもっているが中からは年老いた男性の声がする。魔力を打ち消せるだけではどうにもできない状況に、たまらず出てきたのだった。

そして――

「さすが死神様…と言ったところですか。ネルカさん?」

顔の部分だけ植物が除けていき、そこから見えるは初老の男。
白髪交じりに黒髪に、皺のある顔は――穏やか。
まるで世界の幸福を願っているかのような、穏やかな表情だった。


「ハスディ………様…?」


そこから覗くは、年老いた聖職者だった。



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