その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

文字の大きさ
173 / 190
第二部:2章:王宮騎士団第零部隊

172話:三つ巴の戦い

しおりを挟む
人数的なことだけであれば、この三つ巴には差がある。

騎士十数人がいて、さらなる援軍が見込めるマーカスたち。
三十を超える信者に、魔物を出現させるスィレン。
そして、マックスとベルディゾのたった二人である。

だが、意外なことにこの均衡においてもっとも優勢なのは、二人組――というよりはベルディゾ個人だった。彼の持つ圧倒的な魔力量を前にすれば、たかが知れた戦士など存在しないに等しい。

彼と戦えるとしたら、マーカスぐらいだが――

「私の王子様ァ♡」

スィレンがマーカスを狙っていたのだった。
しかも殺意ではなく、愛情を以て狙うのだ。
もちろん、彼自身はその理由に心当たりなどありはしない。

スィレンが出してくる魔物たちを対処しているうちに、彼女の部下がベルディゾへと集中砲火しているのだった。気が付けばマーカスとベルディゾの間には距離が出来てしまっていた。

「ウフフフ。」

「なんなんだよ、テメェは!」

「大人しくしてくれたら傷つけないわァ。でも、抵抗するってなら、手足をもいじゃって、私が可愛がるだけの存在にしちゃうわよォ。」

次の瞬間、三匹の蛇魔物が召喚される。
一体を斬り殺し、もう一体を蹴り飛ばし、だが最後の一体に右腕を噛みつかれてしまう。マーカスの魔力膜を前に噛み千切ることこそできないが、蛇魔物は体をくねらせてその体を地面へと叩きつける。

そして、今度は人間のなりぞこないのような魔物が二体現れ、一体が彼の左足を掴んで宙へ放り投げ、二体目がまるでバレーのスパイクのように叩き、蛇魔物が胴体へと尻尾を叩きつけたのだった。

「ぐっ! このっ!」

彼は蛇魔物を片手で掴むと、人型魔物へと放り投げた。
そして、身動きが取れなくなったところを、まとめて一刀両断。

だが、彼が顔を上げると、今度は別の魔物に囲まれていた。

「ざァんねェん。私の可愛い可愛い子供たちは、まだまだいるわァ。」

腕だけが異様に発達した人型の魔物がマーカスに迫り、下から救い上げるように拳を繰り出す。ガードには成功した彼であったが、宙へと叩き飛ばされ、近くの建物の二階へと壁を破壊し入って行くのだった。

そして、彼を飛ばした魔物は近くの小型魔物を引き連れ、マーカスへと追撃に向かおうとするだった。しかしながら、ふと立ち止まると小型魔物の一体を掴み、それをスィレンの方へと投げたのだった。

投げられた魔物は――彼女の横を通り過ぎた。

そう、彼女の背後まで迫っていた、仮面の男に向けて。

「うお! あぶね!」

スィランの注意がマーカスに向いていたからこそ、マックスは暗殺を謀ったわけだが、魔物の勘により防がれ距離を少し取るのだった。スィランは完全に気付いていなかったようで、冷や汗をかきながらマックスと向かい合った。

「あら、抜け目がないわァね。」

「天敵であるネルカがいなくなって、ベルディゾがあっちで戦ってんなら、俺はこっちの仕事だろ? だが、あともうちょっとだったのに、惜しいぜ。」

「あなた、お腹にちっとも響かないから、すっこんでいなさァい。」

マックスは鞭の呪具を懐から取り出す。
対するスィランはさらなる数の魔物を出現させた。
どちらが先に動き出すか、睨み合いが始まる。


 ― ― ― ― ― ―


マックスとスィランが戦い始めた頃、マーカスは戦場へと戻ってこれるまで体を回復させていた。しかし、完全にフリー状態となった彼には、いくつか選択肢があり悩むことになった。

(ザコは無視。で、仮面野郎と女は勝手に潰し合っている。だったら、狙うとしたらステゴロ野郎ただ一人に限るか。このまま行くと、アイツ一人のせいで戦況はめちゃくちゃになってしまう。)

ベルディゾは未だスィランの部下の相手をしている。
信者である彼らは苦痛に対する恐怖が薄く、死なない限りは何度でも立ち上がって襲い掛かるため、しぶとく食い下がっているのだ。おかげで、騎士たちはスィランの呼び出す魔物の対応に向かえているわけだが、必ずどこかでこの関係は終わる。

言ってしまえば、ただ魔力が多いから身体強化と魔力膜が強いだけなので、ネルカさえ登場すれば片が着く相手ではある。しかし、このときのマーカスの中ではその発想が生まれなかった。

「ふーー……やるなら、一瞬。」

ベルディゾはマーカスの攻撃を防いだ時、明らかに魔力を防御専用に振り分けていた。だとすると、何もないときにくらってはいけない一撃ではある、少なくとも手も足も出ないというわけではないということだ。

隙を狙え。

ただ、その瞬間だけにすべてを込めろ。

彼は腰を落とし、魔力を練り始めた。

そして、数秒後に――

「ここだ。」

マーカスは身体強化で使われる魔力を、『ベルディゾへと接近し、剣を振るう』という動作に必要な部分だけに偏らせた。これはネルカから教わった身体強化の方法である。

決して彼女のように使い慣れているわけではない。
そもそも、王宮騎士団でも実戦化できた者が未だいないほど難しい。
彼が実行するには集中する必要があり、方向転換もできない。

だが、彼は銀色の髪を持つ才能の塊。
だが、彼は魔力に制限がない。

奇襲を仕掛けるだけなら、十分すぎる条件だ。


彼の跳び駆けは――


――豪速へと至る。


「ハァッ!」

一直線の最短距離。
乱戦の隙間を狙う、減速なしの一撃。
その剣が、ベルディゾの頭へと向かう。

そして――

――避けられる。

「ッ!?」

偶然などではなく、ベルディゾは完全に対応していた。
見えるはずもない死角、分かるはずもない一瞬。
それなのに、彼はスレスレの位置で避けてみせたのだ。

まるで、未来が見えているかのように。

目と目が合う。

体を捻ったベルディゾの蹴りが、マーカスの腹部に直撃した。

「ガハッ!」

そのまま飛ばされたマーカスは、なんとか着地する。
だが、すぐに地面に手を着き、うめくのだった。

ポタリ、ポタリと腹部から血が滴る。

「なんだ今の…打撃じゃねぇ…だが斬ってもねぇ。」

彼が自身の腹を見ると、そこの箇所では服がズタズタになっており、肌もいくつかの裂傷が見える。傷の形や方向を見るに、円形の回転刃によるもの。だが、もちろんベルディゾはそんな武器を持っていない。

マーカスは蹴りに使われた足を見た。
何かがギュルギュルと回転している。
それが魔力であると彼は気付いた。

魔力膜を回転させた――スクリューキック。

魔法などではない、ただの技術の一つ。

「ほう、殺す気で放ったのに、その程度で済んだか…良い魔力膜。その若さでかなりの魔力量を持っているようだな、おもしろい男だ。」

武術、魔力の扱い、魔力の量、経験――どれを取っても一流。
基礎を積むということの、さらに先の領域に踏み込んでいる。
ネルカと同じく、修練の果ての技術的個性だ。

このとき、マーカスはネルカという選択肢を思い出した。

(俺が勝てる相手じゃねぇ…だったら――。)


その時だった。


『ねぇ~え、あ~そ~ぼ~!』


声が聞こえた。



そして、



マーカスとベルディゾ、スィランの三名が消えた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...