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第一章 私を陥れたのは誰?
緊急事態速報(1)
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「これはこれはヴァイオレット聖女様」
必死で走っている先にヒューが待っていることに気づいた時には、私はぶつかっていた。ヒューの胸に抱き止められた状態だ。周りの学生たちがヒューの麗しい美貌を見てヒソヒソ話している。
「誰?めっちゃ格好いー」
「うわぁ素敵な人」
周りの女子学生たちの声は、ヒューにはまるで聞こえていないようだ。ヒューの胸に思い切り飛び込んでしまった形の私は、ドキドキが止まらない。これは走ってきたからだと自分に言い聞かせた。
「あの……………昨晩食事の後のことなんですが」
私は思い切ってヒューを見上げて質問をしかけた。彼の瞳が私を見下ろしていて、彼の口元があのどこまでも続く灰色の空の下で私に口付けをした口元と同じで、私は思わず黙った。キスの感覚がリアル過ぎた。
「あとでね。今は講義に遅れるんじゃない?」
今日のヒューの服装は爽やかな白シャツだ。目の前の白シャツしか私の目には入らず、彼が私の耳元でささやいた言葉で私はハッと我に返って、一目散に教室に飛び込んだ。
大塚教授はフランス語の教授であり、フランス語は私の必修科目だ。この日、なんとかギリギリセーフで私は大塚教授の講義開始時間に間に合った。
講義室の中はほぼ席は埋まっていた。大きく息を切らして辺りを見渡した私は、教授の目の前の席しか残っていことに気づいて、がっかり肩を落とした。私は致し方なくその席に座った。
リュックの中のスマホをのぞくと、案の定、電源が切れていた。昨日魔導師ジーニンに渡された羊皮紙がノートの間に偶然はさみこまれていた。領地の収支報告書だ。
大塚教授は出席確認もフランス語だ。私はいつものように教科書とノートを机の上に広げたが、昨日は予習をする時間が全くなかったので、ほぼ初見になる教科書のページを私は開いていた。なんとかドキドキする胸を沈めようとした。
大塚教授は白髪をお洒落なボブスタイルにカットして、小気味の良い話し方をする女性の教授だ。いつものことながら、大塚教授の講義は現実世界からかけ離れた別世界に私を引き込み、ファーストフードのバイトのことも、家賃のことも、授業料の納期のことも、異世界転生バイトのことも私の頭から見事に消えた。
いつの間にか私は大塚教授の講義に集中していた。ポンポンと教授が学生たちを素早く名指して、ちゃんと準備をしてきた学生たちはフランス語できちんと回答している。
私は自分に当たらないようにと祈るばかりだった。メモを取ろうと必死でシャープペンシルを動かす。
――この動詞の変化は…………えっと。
ここで最悪なことに、私は目をつぶってウトウトとし始めてしまった。朝食を抜いて空腹なこともあり、何かお腹に入れたら目が覚めるのではないだろうか。
こっそりリュックの中を探ると、コーラのペットボトルが手に当たった。昨日の早朝バイトが始まる前に、やはり空腹で自動販売機で買ったものをそのまま飲まずに忘れていたのだ。
私は教授の目の前でコーラを飲むしかないと判断した。苦学生は単位を落とせない。膨大な時間をバイトに費やし、最小のエネルギーで単位を勝ち取る必要がある。眠っている場合ではない。空腹でぼーっとしているわけにもいかない。
リュックからコーラをそっと取り出し、さっき学内を急いで走ってきた時にできた泡よ鎮まれと心の中でペットボトルに言い聞かせた。そして、そっと蓋をひねった。
プシュッ!
勢いよくコーラが飛び出してきた。噴水だ。私は被害を最小限に食い止めようとコーラを口の中に慌てて入れようとした。
『Lvl709の気体液体融合力を使いますか?』
頭の中で言葉が響き、私は大塚教授に飛びかかって行ったコーラの噴水を止めたい一心で「使いますぅぅぅ」と思わず心の中で言った。
コーラの噴水は一瞬で静まり、ペットボトルの中でコーラは凪の状態になった。強烈な風速が一時的に止まり、コーラの水面が穏やかな状態の時になったのだ。
ゴクリ、ゴクリ。
私は糖分と水分とエネルギーを静かに補充した。大塚教授は一瞬目の前に飛びかかってきたコーラの噴水に目を向いたが、次の瞬間には何事もない静かな空間に戻ったので、目をしばたいていた。そして私がコーラを静かに飲むのを見つめた。
「三笠富子さん?」
「ウィ?」
私はコーラのペットボトルの蓋をきっちり閉めて、エネルギーが補充された人の笑顔を顔に貼り付けて大塚教授を見つめた。
そこからが教授のフランス語での早口の質問に私はめまいがした。けれども勝手に口が動いて回答できた。
「あなたの発音は今日はとても素晴らしいわ。コーラを講義中に私の目の前で大胆に飲むあなたの度胸もすごいけど」
大塚教授の言葉にクラス中がクスクス笑った。
その後、私はなんとか教授の質問に再び回答できたが、また油断したのかうとうととし始めてしまった。
体を揺らさないようにと思うのに、疲れが溜まっているのか体が大きく揺れて目の前にいる大塚教授には私が睡魔に負けていることがバレバレだ。
――だめ!目を開けて!
私は自分に必死で言い聞かせた。しかし、もはや他の学生と大塚教授のやりとりが子守唄のように聞こえ、心地よい眠りに誘われてしまった。
◆◆◆
この日は、料理人のベスが太った体をゆすって私に抗議をしてきた日だ。継母のルイーズのわがままに付き合いきれないとベスが私に訴えてきたのだ。執事のハリーも一緒にいた。ジャガイモやにんじんやバルドン公爵領で採れた野菜ではなく、ルイーズが別の領地で採れた野菜を仕入れるように注文をつけてくることに我慢がならぬらしい。別の領地とは継母の実家のあるベジューランダ伯爵領のことだ。継母は実家で採れたものしか食べず、こだわりが強すぎた。
「物流ねぇ」
私はベジューランダ伯爵領の野菜を無事に買い続けることができないか考えた。
そうだ。私の母はここでも継母だ。バルドン公爵家の後妻であるルイーズと私はあまりうまく行っていなかった。私とルイーズは年齢も七歳ほどしか変わらない。私の母と呼ぶにはあまりにルイーズは若く、私とリーズは姉妹のようだった。ルイーズには六歳になる娘のアンヌがいて、私の妹だ。
執事のハリーとベスに、ルイーズが実家で採れたものにこだわりが強い件は最終的には私がなんとかすると安請け合いすると、二人は安心した笑みを浮かべて職場に戻って行った。
まだ、バルドン公爵である父にもまだヒューに結婚の申し込みをされたことを言えていなかった。ヒューが結婚の許しを得たら、真っ先に父に話があるだろうと思ったが、先に継母のルイーズに知られることがなんとなく怖くて話せなかったのだ。
私は今晩の舞踏会に来ていくドレスを決めるのに、家庭教師のパンティエーヴルさんの意見を聞こうと、彼女を探して広い屋敷の中を歩き回った。
彼女を探しに庭に出て、侍女のアデラとパンティエーヴルさんがピンクや赤の薔薇の花を摘みながら話しているのを見つけて、二人を驚かせようとそっと近づいて行った。
そして、偶然聞いてしまった。
「ルネ伯爵家のマルグリット嬢が、ヒュー王子を好きでたまらず、うちのヴァイオレットお嬢様に嫉妬しているという噂がありますね」
「あら、誰がどう見ても、ヒュー王子はヴァイオレットお嬢様を愛してらっしゃいますわ」
パンティエーヴルさんとアデラはバラを器用に摘みながら会話している。
――マルグリットがヒューのことを好き?ならば、ルネ伯爵令嬢のマルグリットには、私を排除する理由があるわ。
私の心臓はコトンと音を立てるように跳ねた。そんな話は今まで聞いたこともなかった。
「ヴァイオレットお嬢様は人の悪意に気づきません。聖女は人の清らかな面しか気づかないのですよね」
アデラがため息をつきながらそういうのを私はぼんやり聞いていた。
◆◆◆
目を開けると、私はフランス語で大塚教授にそう答えていた。
「マルグリットがヒューのことを好きだなんて知らなかった」
大塚教授は「三者間の恋愛感情のもつれ?」と呟き、「それにしても今日のあなたはネイティブ並よ」と言った。
寝ぼけて反応した私にクラス中にクスクス笑いが起きた。
ここで、緊急速報のアラートが出たというスマホからの通知が一斉に鳴り響き、私の充電が切れた古いスマホ以外のスマホが警戒音を示し続けた。
必死で走っている先にヒューが待っていることに気づいた時には、私はぶつかっていた。ヒューの胸に抱き止められた状態だ。周りの学生たちがヒューの麗しい美貌を見てヒソヒソ話している。
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周りの女子学生たちの声は、ヒューにはまるで聞こえていないようだ。ヒューの胸に思い切り飛び込んでしまった形の私は、ドキドキが止まらない。これは走ってきたからだと自分に言い聞かせた。
「あの……………昨晩食事の後のことなんですが」
私は思い切ってヒューを見上げて質問をしかけた。彼の瞳が私を見下ろしていて、彼の口元があのどこまでも続く灰色の空の下で私に口付けをした口元と同じで、私は思わず黙った。キスの感覚がリアル過ぎた。
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今日のヒューの服装は爽やかな白シャツだ。目の前の白シャツしか私の目には入らず、彼が私の耳元でささやいた言葉で私はハッと我に返って、一目散に教室に飛び込んだ。
大塚教授はフランス語の教授であり、フランス語は私の必修科目だ。この日、なんとかギリギリセーフで私は大塚教授の講義開始時間に間に合った。
講義室の中はほぼ席は埋まっていた。大きく息を切らして辺りを見渡した私は、教授の目の前の席しか残っていことに気づいて、がっかり肩を落とした。私は致し方なくその席に座った。
リュックの中のスマホをのぞくと、案の定、電源が切れていた。昨日魔導師ジーニンに渡された羊皮紙がノートの間に偶然はさみこまれていた。領地の収支報告書だ。
大塚教授は出席確認もフランス語だ。私はいつものように教科書とノートを机の上に広げたが、昨日は予習をする時間が全くなかったので、ほぼ初見になる教科書のページを私は開いていた。なんとかドキドキする胸を沈めようとした。
大塚教授は白髪をお洒落なボブスタイルにカットして、小気味の良い話し方をする女性の教授だ。いつものことながら、大塚教授の講義は現実世界からかけ離れた別世界に私を引き込み、ファーストフードのバイトのことも、家賃のことも、授業料の納期のことも、異世界転生バイトのことも私の頭から見事に消えた。
いつの間にか私は大塚教授の講義に集中していた。ポンポンと教授が学生たちを素早く名指して、ちゃんと準備をしてきた学生たちはフランス語できちんと回答している。
私は自分に当たらないようにと祈るばかりだった。メモを取ろうと必死でシャープペンシルを動かす。
――この動詞の変化は…………えっと。
ここで最悪なことに、私は目をつぶってウトウトとし始めてしまった。朝食を抜いて空腹なこともあり、何かお腹に入れたら目が覚めるのではないだろうか。
こっそりリュックの中を探ると、コーラのペットボトルが手に当たった。昨日の早朝バイトが始まる前に、やはり空腹で自動販売機で買ったものをそのまま飲まずに忘れていたのだ。
私は教授の目の前でコーラを飲むしかないと判断した。苦学生は単位を落とせない。膨大な時間をバイトに費やし、最小のエネルギーで単位を勝ち取る必要がある。眠っている場合ではない。空腹でぼーっとしているわけにもいかない。
リュックからコーラをそっと取り出し、さっき学内を急いで走ってきた時にできた泡よ鎮まれと心の中でペットボトルに言い聞かせた。そして、そっと蓋をひねった。
プシュッ!
勢いよくコーラが飛び出してきた。噴水だ。私は被害を最小限に食い止めようとコーラを口の中に慌てて入れようとした。
『Lvl709の気体液体融合力を使いますか?』
頭の中で言葉が響き、私は大塚教授に飛びかかって行ったコーラの噴水を止めたい一心で「使いますぅぅぅ」と思わず心の中で言った。
コーラの噴水は一瞬で静まり、ペットボトルの中でコーラは凪の状態になった。強烈な風速が一時的に止まり、コーラの水面が穏やかな状態の時になったのだ。
ゴクリ、ゴクリ。
私は糖分と水分とエネルギーを静かに補充した。大塚教授は一瞬目の前に飛びかかってきたコーラの噴水に目を向いたが、次の瞬間には何事もない静かな空間に戻ったので、目をしばたいていた。そして私がコーラを静かに飲むのを見つめた。
「三笠富子さん?」
「ウィ?」
私はコーラのペットボトルの蓋をきっちり閉めて、エネルギーが補充された人の笑顔を顔に貼り付けて大塚教授を見つめた。
そこからが教授のフランス語での早口の質問に私はめまいがした。けれども勝手に口が動いて回答できた。
「あなたの発音は今日はとても素晴らしいわ。コーラを講義中に私の目の前で大胆に飲むあなたの度胸もすごいけど」
大塚教授の言葉にクラス中がクスクス笑った。
その後、私はなんとか教授の質問に再び回答できたが、また油断したのかうとうととし始めてしまった。
体を揺らさないようにと思うのに、疲れが溜まっているのか体が大きく揺れて目の前にいる大塚教授には私が睡魔に負けていることがバレバレだ。
――だめ!目を開けて!
私は自分に必死で言い聞かせた。しかし、もはや他の学生と大塚教授のやりとりが子守唄のように聞こえ、心地よい眠りに誘われてしまった。
◆◆◆
この日は、料理人のベスが太った体をゆすって私に抗議をしてきた日だ。継母のルイーズのわがままに付き合いきれないとベスが私に訴えてきたのだ。執事のハリーも一緒にいた。ジャガイモやにんじんやバルドン公爵領で採れた野菜ではなく、ルイーズが別の領地で採れた野菜を仕入れるように注文をつけてくることに我慢がならぬらしい。別の領地とは継母の実家のあるベジューランダ伯爵領のことだ。継母は実家で採れたものしか食べず、こだわりが強すぎた。
「物流ねぇ」
私はベジューランダ伯爵領の野菜を無事に買い続けることができないか考えた。
そうだ。私の母はここでも継母だ。バルドン公爵家の後妻であるルイーズと私はあまりうまく行っていなかった。私とルイーズは年齢も七歳ほどしか変わらない。私の母と呼ぶにはあまりにルイーズは若く、私とリーズは姉妹のようだった。ルイーズには六歳になる娘のアンヌがいて、私の妹だ。
執事のハリーとベスに、ルイーズが実家で採れたものにこだわりが強い件は最終的には私がなんとかすると安請け合いすると、二人は安心した笑みを浮かべて職場に戻って行った。
まだ、バルドン公爵である父にもまだヒューに結婚の申し込みをされたことを言えていなかった。ヒューが結婚の許しを得たら、真っ先に父に話があるだろうと思ったが、先に継母のルイーズに知られることがなんとなく怖くて話せなかったのだ。
私は今晩の舞踏会に来ていくドレスを決めるのに、家庭教師のパンティエーヴルさんの意見を聞こうと、彼女を探して広い屋敷の中を歩き回った。
彼女を探しに庭に出て、侍女のアデラとパンティエーヴルさんがピンクや赤の薔薇の花を摘みながら話しているのを見つけて、二人を驚かせようとそっと近づいて行った。
そして、偶然聞いてしまった。
「ルネ伯爵家のマルグリット嬢が、ヒュー王子を好きでたまらず、うちのヴァイオレットお嬢様に嫉妬しているという噂がありますね」
「あら、誰がどう見ても、ヒュー王子はヴァイオレットお嬢様を愛してらっしゃいますわ」
パンティエーヴルさんとアデラはバラを器用に摘みながら会話している。
――マルグリットがヒューのことを好き?ならば、ルネ伯爵令嬢のマルグリットには、私を排除する理由があるわ。
私の心臓はコトンと音を立てるように跳ねた。そんな話は今まで聞いたこともなかった。
「ヴァイオレットお嬢様は人の悪意に気づきません。聖女は人の清らかな面しか気づかないのですよね」
アデラがため息をつきながらそういうのを私はぼんやり聞いていた。
◆◆◆
目を開けると、私はフランス語で大塚教授にそう答えていた。
「マルグリットがヒューのことを好きだなんて知らなかった」
大塚教授は「三者間の恋愛感情のもつれ?」と呟き、「それにしても今日のあなたはネイティブ並よ」と言った。
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