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第一章 私を陥れたのは誰?
緊急事態速報(2)
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講義室一体に不気味な警告音が鳴り響く。全員のスマホから音がしているのだ。
「何!?」
みんなが一斉にスマホを取り出してみた。大塚教授ですらご自身のスマホを確認している。私のスマホは電源切れなので、私は隣の席の子に彼女のスマホを見せてもらった。
「隕石落下!?」
「何かの誤報じゃないの?」
「嘘でしょう…………」
夢を見ているみたいだ。現実のこととは思えなかった。荒唐無稽とはこのことだ。
昨晩夢の中で私を殺し損ねた何者かも、この地球上にいるのだから、あの犯人も一緒に死ぬんだと私は一瞬思った。
講義中に寝ぼけてしまい、ヒューに昨日iPadで説明してもらった登場人物の夢を見た。目が覚めても、まだ現実世界にいるとは思えない妙なことが起きていた。
地球に隕石衝突が確定して逃げ場がないとは、これはきっと夢なのだ。ただのつまらない夢だ。私は大塚教授の講義中に、きっとまだ寝ぼけていて別の夢の中にいるのだ。
「残った時間は24時間です。皆さん有意義な時間を過ごしてください。会いたい人に会いに行きましょう…………っていきなり何がですか」
大塚教授は綺麗にカットされたボブの髪の毛をかきむしるようにしてつぶやいている。私の目の前にいる大塚教授は、少なくとも緊急速報を信じたようだ。
「私が会いたい人はフランスにいます。今から成田に向かってパリ行きのチケットを買います。残り24時間しか人生に時間がないなら、私はフランスに行って最愛の人に会ってきます!」
大塚教授は教科書をさっさとまとめてご自身のカバンに投げ込むようにして放り込んだ。
「皆さん、では地球が幸運ならば来週またこの時間に会いましょう!」
走るようにして大塚教授は講義室を飛び出して行かれた。私たちはざわめいたまま大塚教授を見送って顔を見合わせた。
「数ヶ月前から地球に接近していた隕石について、各国の特殊部隊が極秘に隕石の軌道を外すための作戦を実行していました。つい先ほど隕石の爆破に成功しましたが、大きな破片が予測と違う軌道を取り、猛烈なスピードで地球に接近中と政府が発表。24時間後に地球に衝突し、地球が破壊される見込みが濃厚となった」
隣の席の子がWebニュースを読み上げてくれた。私は一緒に食い入るようにその子の画面を見つめた。
――これは夢じゃないの?異世界転生ぐらいあり得ない事態だ。
昨日の夢の中でも私は殺されかけて、今も嘘のような出来事で何者かは私を消滅させようとしている。
私はフラフラと講義室を出た。コーラだけではお腹が満たされていない。とにかく美味しいものを食べたいと思った。学食に行こうと思ったが、魔導師ジーニンと元婚約者のヒューとショッピングモールのフードコートで立ち会う約束をしていることを思い出した。
私は納付する学費を稼ぐために、空き時間を全て異世界転生バイトに費やすことになっている。でももう、学費を納付するためにバイトをする必要も無くなったのかもしれない。本当に隕石が衝突するならば。
――生きていられるなら、今の人生も悪くなかった。
私はふとそんなことを思った。今朝も会ったアパートのみんなのことを思った。みんなも今頃ひっくり返っているだろうか。このありえないニュースに。
講義室を出たところでヒューが目の前に現れた。彼は優しい目で私を見つめて微笑んだ。
ヒューだって現実世界で起きていることを知っているくせに、いつもと変わりない態度で私を穏やかに見つめている。
「さあ、ヴァイオレットお嬢様はショッピングモールに移動して、いつものように魔導師ジーニンと一緒に食事を取りましょうか」
ヒューが腕を差し出してきて、私はエスコートされた。周りの子たちはスマホに夢中で、先ほどまでキャアキャア騒いでいた美貌のヒューに気づいていない。
「ねえ、昨晩、私はあなたと食事を取った後は眠ってしまったのよね?どうやってアパートまで帰ったのか覚えていないのだけれど。結構酔っていて、記憶をなくしてしまったみたいなの」
私は歩きながらヒューにこっそり聞いた。
「ヴァイオレット聖女様はスキルを発動して奇跡的に生還したでしょう?昨晩は心から心配したよ。君が無事で本当に良かった。今朝、サミュエルがアパートまでお迎えに行ったのは警護のためだ。僕が今君のそばに朝からいるのも、警護のためだ」
ヒューは意味不明なことを言った。
「あれは夢でしょう?」
私はギョッとしてヒューに聞いた。
「隕石衝突と同じくらいに現実だよ。ヴァイオレット」
私は異世界転生バイトを続ける意味があるのか逡巡した。この状態で彼の話に合わせることに意味があるのだろか。
「ルネ伯爵令嬢のマルグリットは、私が処刑される前にあなたに近づいたかしら?」
私はさっき夢に見た内容を思い出して、彼に聞いた。
ヒューはピンクの色鮮やかな花が咲いているサルスベリの木の下で、顔面蒼白になった。
「思い出したの?ヴァイオレット!?」
真っ青になったヒューの頬にゆっくりと赤みがさし、瞳がキラキラと輝きだし、私を抱きしめんばかりに接近してきた。
「いや、あなたがiPadで見せてくれた登場人物の話からちょっと思っただけだけれど」
私はヒューの勢いに気圧されて後ずさった。
「確かにマルグリットは僕に近づいてきた。君の親友だったはずのルネ伯爵令嬢マルグリットが教えてくれたことがあって、僕が君を疑うきっかけになったのは確かだ」
ヒューは苦しそうに私に言った。彼の心の葛藤が手に取るように私に伝わり、私の心が震える。
――彼は俳優になった方がいいわ。本当にリアルに起きたことのように彼はセリフを言う。
私の心は彼を抱きしめてしまいたくてたまらなかった。私はバイトの設定にのめり込み過ぎて、彼に本気で恋をしてしまいそうだ。ヴァイオレットに婚約破棄を言い渡した張本人に恋をするなんて正気の沙汰ではないが。
地球が滅亡するなんてきっと嘘だ。
緊急事態速報はきっと間違えているのだ。こんなに美しい色鮮やかな何もかもが消えてしまうなんて。爽やかな青色が特徴のブルーサルビアの花を見つめながら、私は頭を振った。
フードコートは閑散としていた。
わずかな人がソファ席にポツンポツンと座っている。中には泣いている人もいる。想像を超えた悲劇的なことが起きると、人は家に帰るものだろう。私は実家に帰る気はなかった。実の父はもういないし、血のつながりがある妹はいるものの、妹には継母がいる。
帰りたい家はないが、少なくとも、私には今日この日を共に過ごす人はいてくれるようだ。私を聖女で公爵令嬢と一心に信じ込む魔導師ジーニンと元婚約者だ。異世界転生バイトなどという変わった趣味を持つ彼らは、私の雇い主だ。彼らは今日のようや悲劇的な日であっても、私と共に転生設定で生きる覚悟のようだった。
魔導師ジーニンに促されて、私はいつもの言葉を唱えた。
「ステータスオープン」
ジーニンとヒューは険しい表情で私の頭上を見つめていた。私はため息をついて、トンカツ定食を食べ始めた。ヒューがご馳走してくれたのだ。
私の地球の最後に食べる食事は――最後から二番目に食べる食事かもしれないものは――トンカツだ。亡くなった父が私の高校入学式の後に連れて行ってくれたのもトンカツだった。その日の事を思い出して、私の目に涙が浮かんだ。
三笠富子である私が15歳の春に高校に入学した時、実の父はそばにいてくれた。大きくて美味しいとんかつを二人でお祝いに食べに行った。
言葉少なにトンカツ屋に行くと行って連れて行ってくれた父のことを思い出して、私はポロポロ涙をこぼしながら食べた。明日で地球は終わるという。今、私の前には父の姿はなく、ボロボロのシャツとジーンズを着た魔導師ジーニンと白シャツを爽やかに着こなした元婚約者ヒューがいた。
魔導師ジーニンが私にささやいた。
「今年の収穫は去年を超えそうでございます」
――明日本当に地球が終わろうとしている今ま、彼らはまだこの設定を続けるのだろうか。でも、やめたところで、私には何もすることはないのだったけれど。
そんな最後の晩餐のことを考えていた比較的黄昏気味の状態から、夕方にはまたもやありえない状況に一転していた。
「何!?」
みんなが一斉にスマホを取り出してみた。大塚教授ですらご自身のスマホを確認している。私のスマホは電源切れなので、私は隣の席の子に彼女のスマホを見せてもらった。
「隕石落下!?」
「何かの誤報じゃないの?」
「嘘でしょう…………」
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地球に隕石衝突が確定して逃げ場がないとは、これはきっと夢なのだ。ただのつまらない夢だ。私は大塚教授の講義中に、きっとまだ寝ぼけていて別の夢の中にいるのだ。
「残った時間は24時間です。皆さん有意義な時間を過ごしてください。会いたい人に会いに行きましょう…………っていきなり何がですか」
大塚教授は綺麗にカットされたボブの髪の毛をかきむしるようにしてつぶやいている。私の目の前にいる大塚教授は、少なくとも緊急速報を信じたようだ。
「私が会いたい人はフランスにいます。今から成田に向かってパリ行きのチケットを買います。残り24時間しか人生に時間がないなら、私はフランスに行って最愛の人に会ってきます!」
大塚教授は教科書をさっさとまとめてご自身のカバンに投げ込むようにして放り込んだ。
「皆さん、では地球が幸運ならば来週またこの時間に会いましょう!」
走るようにして大塚教授は講義室を飛び出して行かれた。私たちはざわめいたまま大塚教授を見送って顔を見合わせた。
「数ヶ月前から地球に接近していた隕石について、各国の特殊部隊が極秘に隕石の軌道を外すための作戦を実行していました。つい先ほど隕石の爆破に成功しましたが、大きな破片が予測と違う軌道を取り、猛烈なスピードで地球に接近中と政府が発表。24時間後に地球に衝突し、地球が破壊される見込みが濃厚となった」
隣の席の子がWebニュースを読み上げてくれた。私は一緒に食い入るようにその子の画面を見つめた。
――これは夢じゃないの?異世界転生ぐらいあり得ない事態だ。
昨日の夢の中でも私は殺されかけて、今も嘘のような出来事で何者かは私を消滅させようとしている。
私はフラフラと講義室を出た。コーラだけではお腹が満たされていない。とにかく美味しいものを食べたいと思った。学食に行こうと思ったが、魔導師ジーニンと元婚約者のヒューとショッピングモールのフードコートで立ち会う約束をしていることを思い出した。
私は納付する学費を稼ぐために、空き時間を全て異世界転生バイトに費やすことになっている。でももう、学費を納付するためにバイトをする必要も無くなったのかもしれない。本当に隕石が衝突するならば。
――生きていられるなら、今の人生も悪くなかった。
私はふとそんなことを思った。今朝も会ったアパートのみんなのことを思った。みんなも今頃ひっくり返っているだろうか。このありえないニュースに。
講義室を出たところでヒューが目の前に現れた。彼は優しい目で私を見つめて微笑んだ。
ヒューだって現実世界で起きていることを知っているくせに、いつもと変わりない態度で私を穏やかに見つめている。
「さあ、ヴァイオレットお嬢様はショッピングモールに移動して、いつものように魔導師ジーニンと一緒に食事を取りましょうか」
ヒューが腕を差し出してきて、私はエスコートされた。周りの子たちはスマホに夢中で、先ほどまでキャアキャア騒いでいた美貌のヒューに気づいていない。
「ねえ、昨晩、私はあなたと食事を取った後は眠ってしまったのよね?どうやってアパートまで帰ったのか覚えていないのだけれど。結構酔っていて、記憶をなくしてしまったみたいなの」
私は歩きながらヒューにこっそり聞いた。
「ヴァイオレット聖女様はスキルを発動して奇跡的に生還したでしょう?昨晩は心から心配したよ。君が無事で本当に良かった。今朝、サミュエルがアパートまでお迎えに行ったのは警護のためだ。僕が今君のそばに朝からいるのも、警護のためだ」
ヒューは意味不明なことを言った。
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私はギョッとしてヒューに聞いた。
「隕石衝突と同じくらいに現実だよ。ヴァイオレット」
私は異世界転生バイトを続ける意味があるのか逡巡した。この状態で彼の話に合わせることに意味があるのだろか。
「ルネ伯爵令嬢のマルグリットは、私が処刑される前にあなたに近づいたかしら?」
私はさっき夢に見た内容を思い出して、彼に聞いた。
ヒューはピンクの色鮮やかな花が咲いているサルスベリの木の下で、顔面蒼白になった。
「思い出したの?ヴァイオレット!?」
真っ青になったヒューの頬にゆっくりと赤みがさし、瞳がキラキラと輝きだし、私を抱きしめんばかりに接近してきた。
「いや、あなたがiPadで見せてくれた登場人物の話からちょっと思っただけだけれど」
私はヒューの勢いに気圧されて後ずさった。
「確かにマルグリットは僕に近づいてきた。君の親友だったはずのルネ伯爵令嬢マルグリットが教えてくれたことがあって、僕が君を疑うきっかけになったのは確かだ」
ヒューは苦しそうに私に言った。彼の心の葛藤が手に取るように私に伝わり、私の心が震える。
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私の心は彼を抱きしめてしまいたくてたまらなかった。私はバイトの設定にのめり込み過ぎて、彼に本気で恋をしてしまいそうだ。ヴァイオレットに婚約破棄を言い渡した張本人に恋をするなんて正気の沙汰ではないが。
地球が滅亡するなんてきっと嘘だ。
緊急事態速報はきっと間違えているのだ。こんなに美しい色鮮やかな何もかもが消えてしまうなんて。爽やかな青色が特徴のブルーサルビアの花を見つめながら、私は頭を振った。
フードコートは閑散としていた。
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帰りたい家はないが、少なくとも、私には今日この日を共に過ごす人はいてくれるようだ。私を聖女で公爵令嬢と一心に信じ込む魔導師ジーニンと元婚約者だ。異世界転生バイトなどという変わった趣味を持つ彼らは、私の雇い主だ。彼らは今日のようや悲劇的な日であっても、私と共に転生設定で生きる覚悟のようだった。
魔導師ジーニンに促されて、私はいつもの言葉を唱えた。
「ステータスオープン」
ジーニンとヒューは険しい表情で私の頭上を見つめていた。私はため息をついて、トンカツ定食を食べ始めた。ヒューがご馳走してくれたのだ。
私の地球の最後に食べる食事は――最後から二番目に食べる食事かもしれないものは――トンカツだ。亡くなった父が私の高校入学式の後に連れて行ってくれたのもトンカツだった。その日の事を思い出して、私の目に涙が浮かんだ。
三笠富子である私が15歳の春に高校に入学した時、実の父はそばにいてくれた。大きくて美味しいとんかつを二人でお祝いに食べに行った。
言葉少なにトンカツ屋に行くと行って連れて行ってくれた父のことを思い出して、私はポロポロ涙をこぼしながら食べた。明日で地球は終わるという。今、私の前には父の姿はなく、ボロボロのシャツとジーンズを着た魔導師ジーニンと白シャツを爽やかに着こなした元婚約者ヒューがいた。
魔導師ジーニンが私にささやいた。
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