最愛の恋人は仕事と共に。え、10年前に亡くなった私に惚れていましたか?あなたにフラれた私ですが、王子様はまだ独身でご愁傷様。結婚できました!

西野歌夏

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真相は

君はどっちの味方だ カイル王子

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 エミリーをハット子爵邸まで送り届けた後、俺はいくつか仕事を片付けてスパイの伝言された通りに待ち合わせ場所に出向いていた。

 紺碧の海を見下ろす鷹の巣村の外れまで来ていた。螺旋階段に続く坂道や階段を登ってここまでやってきたのだ。辺りは真っ暗で、昼間は青々と見える海が真っ黒で、海岸に打ち寄せる波が遠くに聞こえている。

 
 人影がさっと現れた。腰を低くして俺の様子を伺っている。


「カーダイア、遅れて悪い」


 俺は人影に謝った。辺りは既に暗くなっているので、人影の顔までは分からない。

 辺りを素早く見渡すが、通りに他の人影は見えない。


 訓練場で時間を費やし過ぎたかもしれない。もっと早く来るべきだったんだ。


 近衛兵たちの訓練を少し見て、第3火闘部隊の様子をチェックしたかった。今日は特別な待ち合わせだったのに、遅れたのは間違いだったと俺は思い直した。

 従者のニールは崖下の少し離れた場所で馬車と共に俺を待っている。


 カーダイアは怒ってるのか……?


 影が少しも動かないので焦った。

 この黒い人影はカーダイアではない?
 だとすると……もっと距離を取らねば。
 

 俺は後ろに後ずさった。


 カーダイアは俺のスパイだ。一国の王子が依頼するスパイ業務は、国家機密か生死を問われるような任務内容ばかり。彼は32歳で優秀だった。


 うん?
 なぜ、動かない?
 カーダイア?


 俺が焦って目を凝らすと、ヒクヒク肩が震えているのが見えた。


「カイル王子、ファーストキスなんだって?」


 半笑いのカーダイアの声だ。


「誰に聞いた?」


 俺はイラっとして聞き返した。間違いなくカーダイア本人だ。


「そう.ファーストキスだ!38歳でようやくだが、それがどうかしたか?」


 俺はムッとしたが、開き直った。せいぜい皆でおちょくれば良い。
 

「あれだけモテモテなのに、ファーストキスもまだだったとはギャップあり過ぎだ。それはそうと、今日の北の魔物の森の制圧がうまく行ったのは、彼女のおかげだという話は本当か?」

「そうだ。彼女のおかげだ。ちなみにお付き合いすることになったので」


 俺は少し誇らしげにカーダイアに胸を張って言った。俺にとっては人生初の展開で、実に嬉しいことだ。


「ふーん、良かった。でもやっと辿り着けた幸せに舞い上がっている場合じゃないぞ。今日はあの男に会う」


 カーダイアは立ち上がり、鋭い目つきで俺のことをジロッと見た。見事に暗闇に埋もれる黒い服装だ。


 確かに舞い上がっている場合じゃない……。


 どこにでもいそうな褐色の髪、これと言って特徴のない様子だが、よく見れば綺麗な顔をしている。カーダイアはそんな男だった。

 あまり印象に残らないのに整った顔立ちで、スタイルもほっそりとしていて筋肉質な体をしている。人混みの中でも目立たないものの、いざとなると思い寄らない大立ち回りができる。運動神経もよく、武術の面でも頭脳の面でも優秀な男だ。


 カーダイアは酒も強い。
 彼に付き合って飲んだら身がもたない。俺は立場上、酔わないことに決めているが、カーダイアの場合はどこまでもザルのように飲めた。


「エミリーさんはメイドだが、カイル王子との結婚を夢見る令嬢やその家族や親戚の貴族の面々は、彼女の存在を許すかな?」


 すっとカーダイアが近寄ってきて、ぼそっと囁いた。


「それがどうした?」


 ガーダイアが俺に言いたいことは分かっている癖に、俺はとぼけた。カーダイアは俺の周りを歩きながら、綺麗な顔を恐ろしいほど笑顔にして言った。


「ご令嬢たちは許さないでしょうねぇ。狙っている独身貴族の権化のような王子が、いきなりメイドと初めての恋とは。エミリーさんの身に危険が及ぶのでは?」


 俺は図星のところを突かれて、グッと言葉を飲み込んだ。ゆっくりと言葉を選ぶ。


「まだ知られていない。カーダイアの耳に入れたのは、ニールだろう?面白半分にあれこれ吹聴するつもりか?笑いたいだけなら、そっとしておいてくれないか。エミリーの身に危険が及ばないように、しっかりと手を打つもりだ」


 ニールのやつ、勝手に俺の恋の情報をカーダイアに連携してくれるなと内心焦った。


 恐ろしく素早い情報網……。
 俺がエミリーに口付けをした瞬間は、あの部屋にはエミリーと俺しかいなかったはずなのに。


「その手を打つというのは、結婚するということ?」


 俺はカーダイアに案内されながら、歩いていたが、その言葉にハッとして足を止めた。


 なんで分かる?
 そんなに分かりやすい思考回路だろうか。

 メイドと王子が結婚するなんて王道だろうか?

 いや、正気で俺が考えているとカーダイアが読み当てることが恐ろしい。


「そうだ」


 俺は何を当たり前のことを聞いて、といった態度で平然と答えた。カーダイアは俺のスパイだ。ならば、知っておくべきことだ。


「おぉ、反対されるほど恋は燃え上がるねぇ。38歳でまさかメイドと結婚するとは、王国の民の誰も思わないから」
 

 俺はそれ以上言わせなかった。カーダイアの口を塞いだ。

 カーダイアも気づいて、すっと黙った。


 罠かなのか?
 嵌められた?


 俺はカーダイアに目配せした。

 俺とカーダイアの周囲に何かの気配を感じる。人間ではなさそうだ。


 前回の処刑ルートでは、この経験はなかった。そもそも、処刑されなければ裏社会のリーダーと会おうともしなかったはずだ。


 初恋を拗らせてまくってまずい状況だった俺が、38歳にしてようやく前に進めようとなった。その途端にこれ危ない目に遭うなんてなんと人生は皮肉なことだろう。


 エミリー。


 クラリッサではなく、咄嗟にエミリーの顔と名前が頭に浮かんだ。

 ここでやられたら、女性と決定的なことが何もできずに38歳で死んだ王子として歴史に名を刻むのではないか。

 お菓子作りが大好きで、王政には疎い間抜けな王子としてだ。
 

 カーダイアと俺は背中合わせに立った。腰ベルトから銃を抜いた。左手では剣を抜いた。どちらの武器を使うかは、何の魔物かによる。

 最初に飛びかかってきたのは、男たちだった。激しい乱闘になった。

 英気に乏しいと噂される俺は、騎兵隊と武術の訓練に明け暮れていることもあり、あまり知られていないことだが武術は得意な方だ。


 俺は懸命に応戦してなんとか無傷でい続けた。カーダイアも流石の身のこなしで華麗に敵を倒している。銃を使うのはやめた。男たちの誰も持っていなそうだったから。

 だが、急にうなり声がして大きな巨体が闇に浮かび上がった。


 え!?
 でかい!
 これに勝てる……?


 やはり、昼間の北の魔物の森で暴れる者を制圧したことが、敵の怒りを勝ってしまい、腹いせに魔物に襲わせようとしているのだろうか。


 エミリー。
 クラリッサではなく、またエミリーの名前が心に浮かんだ。


 よし、初恋拗らせは脱したかもしれない。
 

 その時大きく宙を舞って俺に飛びかかってきた、熊のような魔物の姿が月明かりに見えた。


「カイル!」


 カーダイアの鋭い声が空気を切り裂いた。

 俺は今、絶対絶命だろうか。


 今日、ファーストキスをしたのに、エミリーに舞踏会の衣装を仕立ててもらえることになったのに、エミリーにお菓子を食べてもらえることになったのに。

 ようやく結婚しようと決意を固めたのに……。


 俺は銃を構えた。飛びかかってくる巨体に狙いを定める。

 そこに飛び込んで来たのは、イザベルだった。
   

 彼女は俺の銃を叩き落として、飛びかかってくる黒い巨体に弓を放った。とっさのことで、俺は呆然として一瞬怯んだ。そこに足元に突進してくる黒い影を見て、剣で追い払った。


「罠です、カイル王子。今日はお引き取りいただいた方が良いと思います。銃声で蜂の巣を突いたように獣が飛びかかってくるはずです」


 イザベルは肩で息をしながら、私に小さな声で囁いた。


「助けてくれたのか?」


 俺は思わずイザベルに聞いた。イザベルは俺を振り返って、人差し指を唇に当てた。

 そうか。
 どこかで聞かれているリスクがあるのか。

「メイドに負けるつもりはありません。私はパース子爵の娘ですわ、カイル王子。あらゆる面であなたのそばにふさわしいのは私ですから。今日はお逃げください」


 俺はカーダイアと目配せをした。

 今日は退散するとしよう。敵の罠であれば、わざわざ罠にかかりに行くべきではない。

 俺はイザベルの腕をつかんでささやいた。


「君も一緒に行こう」


 イザベルは驚いた表情をしたか、なんとも言えない嬉しそうな表情を一瞬した。

 俺たちはニールが待つ馬車まで戻った。


「えっ!なぜ、パース子爵のご令嬢がご一緒なのです?」
  

 ニールは俺が連れてきたイザベルに驚いたが、だが俺は無言でイザベルを馬車の中に座らせて、そのまま急ぎ馬車を宮殿に戻らせた。午前中に宮殿で会った時のピンクのドレスではなく、彼女は黒づくめで男性の服装をしていた。
 

「君はどっちの味方なんだ?」
 

 馬車の中で俺は彼女に確認した。エミリーと付き合うことになったというのは、俺の仲間以外には誰にも言えない秘密にしておかなければならない。特にイザベルに言うのは問題がある。エミリーに危害を加えられる可能性があるからり


 俺の思い過ごしであれば良いと思うが、イザベルは俺との未来を思い描いているように感じる時がある。


 俺が未来を思い描くのは、エミリーだ。ただ、それは内緒にしておかなければ、エミリーの身が危ないはずだ。
 

 真っ暗な夜道をひたすら宮殿まで戻った。途中、道脇に潜んで待っていてくれた騎兵隊と第3火闘部隊が素早く警護を始めた。

 魔物が襲いかかってくるならば、第3火闘部隊が守ってくれるだろう。

 イザベルは青い目に厳しい光を宿して、馬車の外の景色を窓から見つめていた。

「私はカイル王子の味方ですわ。これは本当です。ですが、王子を守るためには敵に同化しているように見せる必要があります。今日も敵の情報を知っている私だからこそ、お守りできました」


 イザベルの言葉に、俺たちは無言になった。
 
 信じて良いのか、分からない。

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