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第二章

勝利

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 私の頬を冷たい雪のかけらがなでる。今年、雪の降る日に私は2回死んだ。本当は今頃私はセルドで死んでしまっていたはずだ。だが、今は生きている。私の胸に揺れるかすみ草は、私と共に馬で進むこの凱旋を喜んでいると思う。

 大観衆が押し寄せてくる。私たちを見ると祝福の声をあげて、皆ひざまずいた。

 ゆっくりと進む馬の歩みに合わせて体が揺れる。マントが微かに揺れ動く。

 私の隣で馬に乗って進むラファエルの頭には『生の王冠』が載っていた。集めた宝石が9つしっかりはめ込まれていて、マントには皇帝にだけに着用が許されるジークベインリードハルト皇帝の紋章が刺繍されていた。

 雪がひらひらと淡いピンクや白い花びらに落ちる。冷たい空気の中で鮮やかに花びらを広げているのはクリスマスローズだ。王宮の門の前の広場には花が植えられていて、青紫色や赤いパンジー・ビオラとバラ咲きのプリムラも魅惑的な花びらを広げていた。

 私のはく息は白いのに、花は鮮やかに咲いていた。

 今ならマントに刺繍された紋章の意味がわかる。大陸と王冠に、オリオン座と冬の大三角形、それにジークベインリードハルトの文字が隠されたモノグラムだ。ギリシャ神話の絵図が取り込まれていて、私は今までずっとその紋章の意味には私は気づいていなかった。

 意味が分かるのは、皇帝選抜の旅を駆け抜けた者のみだ。謎を解き明かせた者だけが勝ち上がって皇帝になれるのだから。

 この雪は積もらないだろう。はらはらと落ちる雪はむしろ祝福の雪のように見える。私たちは馬に乗って背筋を伸ばして、王宮の門まで毅然として進んでいた。

 そこに後ろから馬が猛然と走ってきて、私たちは振り返った。やはり皇太子だった。レティシアの持つ聖剣が雪空に煌めき、レティシアは強い物言いで皇太子に命令した。

「止まれ!」

 私も身構えた。心の底から怖れが込み上げてくる。私は一度皇太子に殺された。今日はセルドにいると思っていた私たちが都にいたので、皇太子は驚いているようだ。ショーンブルクで私たちは皇太子から逃げた。フルトまで逃げて一晩シャン・リュセ城に泊まり、そのまま都に来た。皇太子からすると私たちの行動は全く読めなかったはずだ。

 馬に跨ったまま、皇太子は荒い息をしていた。そしてラファエルに叫んだ。


「セルドに行ったんじゃなかったのか?」

「叔父上、お久しぶりです」

 ラファエルは静かな声で挨拶をした。

 私は皇太子のすぐ横にいる馬に乗った男性に目を向けて、驚愕した。フランリヨンドの公爵家の次男ジェラールだ。私を殺した二人の男性が一緒にいる。私は震えが止まらなくなった。怒りを感じるが、予想を超えた彼の登場に怖れの方が勝ってしまった。

 そこに突然、皇太子とジェラールの前に、私たちとの間に割り込む形で30名くらいの騎士の集団が現れた。陸路を向かった騎士42名のうちの30名ほどだ。彼らはサッと盾を構えて剣を皇太子とジェラールの馬に向けて抜いた。

「な、なんだ!」

 皇太子は小さな声で叫んだ。

「ご観念を。我らが騎士団はあなたの罠にハマってセルドから先にリシェール領に向かいました。しかし、リシェール伯爵はまだ領地に到着していなかった。我らがジークベインリードハルト出身の騎士はこちらに戻り、都のあなたの行動を見守っていました。あなたはコソコソとショーンブルクに向かって、昨日戻ってきた。我らは確かにあなたに騙されましたが、あなたが我が主人を傷つけることは決して許しません」

 騎士団長が静かに皇太子に告げた。

 王宮の門の前まで来て私たちは立ち止まっていた。雪が舞い降りる中で大観衆が押し寄せていて、雪と共に祝福の声が舞い降りていた。だが、今や皇太子の登場でしんと静まり返った。王宮の門の前はラファエル、私を筆頭にケネスとレティシア、騎士団、侍女と共に止まっていた。

 私たちと皇太子の間に陸路を進んだ騎士たちが割って入った形で、私たちを守ろうという構えを見せた。

 突然、王宮の門が開くと皇帝の騎士たちがサッと現れた。皇太子に剣を向いている騎士の後ろに控えた。

「次の皇帝を我々は守る使命をがある」
 
 低い声で皇帝の騎士の長らしき者が告げた。レティシアは抜いた剣をしまった。

 皇太子は馬から降りた。そして天を仰ぎ、落ちてくる雪を一瞬見つめた。そして深くひざまずいた。

「次の皇帝。ようこそ都へおかえりなさい」

 皇太子が高らかな声で述べると、固唾を飲んで見守っていた大観衆から歓声があがった。

 私たちは歓声と舞い降りる雪を浴びながら、王宮に乗り込んだ。私たちは敵に勝利を宣言したのだ。

「あなた、ついに乗り越えたわ」

「君のおかげだ。危機を乗り越えることができたし、思いもよらぬ寄り道だが、ついに父と祖父に会える」

 私はラファエルの顔を見上げた。ラファエルの頭に載った王冠は雪が舞い降りる中で宝石が煌めき、特別な輝きを放っていた。

 馬を降りて、私たちは宮殿の中に入った。体についた雪を払い落としてマントを脱いだ。そこへ一人の中年の男性が走ってきた。ところどころ髪の毛の白い者が混ざっているが、顔立ちがラファエルにとても似ている。

「ラファエル!」
「父上!」

 ラファエルとその男性はしっかりと抱き合った。ラファエルが小声で男性に何かをささやいた。

「本当か!?」
「ええ、母上に会いました」

 男性が唇と肩を震わせて涙を流し始めた。二人はもう一度しっかりと抱き合った。

「もう大丈夫だ。ラファエル、もう大丈夫だ。よく頑張った」

 中年の男性がラファエルに言い、ラファエルの背中をねぎらうように優しく撫でた。ラファエルは私を紹介してくれた。

「父上、私の最愛の妻です。彼女がいなかったら私はここにいません」
 
 皇帝にとっては、皇太子は息子だ。ラファエルの父も息子だし、ラファエルは孫だ。身内同士で争うとはなんと過酷な運命なのだろう。

「今日はゆっくり休め。つもる話もある」
「はい、お祖父様」

 皇帝は優しい顔でラファエルの顔を見つめた。

「そして、こちらが私の自慢の孫娘だな」

 皇帝は私の方を見て腕を広げて私を抱きしめてくれた。私に初めて祖父ができた瞬間だった。

「よくやった。ラファエルをよく支えてくれた。ありがとう」

 私はほっと安堵した。没落令嬢の私などが皇帝の妻になれると思うのか、と叱責される可能性も考えていたからだ。だが、ルールはあくまでも平等のようだ。生まれよりも、皇帝を選抜する旅で勝ち上がることを優先するようだ。

「そして、ケネス、レティシア。よくやった」

 皇帝はレティシアとケネスのことも抱きしめた。

「私はこれで安心できるな。『二代に渡る未来の皇帝』を決めることができたのだから」

 皇帝は小さな声でつぶやいた。その言葉にケネスはビクッとたが、レティシアに微笑みかけられて何も言わなかった。


 私はマクシムス皇帝とレティシアの約束を覚えている。だから何も言わなかった。マクシムス皇帝とレティシアが再び出会うためにはレティシアは使命を果たさなければならない。

 私とレティシアの胸には、ランヒフルージュ城にマクシムス皇帝が植えたかすみ草が揺れていた。都の宮殿で、レティシアとマクシムス皇帝との約束が、現皇帝との確実な未来への約束に変わる瞬間に私たちは立ち会った。

 もしかすると、マクシムス皇帝もどこかで見ているかもしれない。

 宮殿の庭には豪華なオランジェリーがあり、そこではオレンジの木が暖かい冬を過ごそうとしている。私はそこに千日紅の赤とピンクの花を見つけた。花言葉は「不朽」「永遠の恋」だ。オランジェリーのすぐそばにはデイジーの可憐な花が咲いていた。花言葉は「平和」「純粋な愛」だ。

 今の私の気分にピッタリだ。

 明日は、コンラート地方リシェール伯爵領に帰ろう。雪が本降りになる前に憧れの辺境伯の夫の領地に帰ろう。

 私はマクシムス皇帝とレティシアの約束を覚えている。だから何も言わなかった。マクシムス皇帝とレティシアが再び出会うためにはレティシアは使命を果たさなければならない。

 私とレティシアの胸には、ランヒフルージュ城にマクシムス皇帝が植えたかすみ草が揺れていた。都の宮殿で、レティシアとマクシムス皇帝との約束が、現皇帝との確実な未来への約束に変わる瞬間に私たちは立ち会った。

 もしかすると、マクシムス皇帝もどこかで見ているかもしれない。

 宮殿の庭には豪華なオランジェリーがあり、そこではオレンジの木が暖かい冬を過ごそうとしている。私はそこに千日紅の赤とピンクの花を見つけた。花言葉は「不朽」「永遠の恋」だ。オランジェリーのすぐそばにはデイジーの可憐な花が咲いていた。花言葉は「平和」「純粋な愛」だ。

 今の私の気分にピッタリだ。

 明日は、コンラート地方リシェール伯爵領に帰ろう。雪が本降りになる前に憧れの辺境伯の夫の領地に帰ろう。






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