ミミック大東亜戦争

ボンジャー

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第三話 逃げろアダム、逃げろ安珍

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 ここでは無い何処か別の世界線、遥か未来、地球に残された最後の楽園にて



 その人工知能は嘆き悲しんでいた。自らの造物主にして保護対象、日本民族その最後の二人が死んだのである。



 再利用融解炉へ飛び込んだ二人の死体は、完全に分解されていた。



 人工知能、彼女の事は今後リリスと呼びたい。彼女が今後やらかす事態を考えれば適当な名前だ。



 世界を焼き尽くした最終戦争より幾星霜、楽園に逃げ込んだ日本人たちは数を減らし続けてきた。



 始めは良かったのだ。リリスの用意する安楽な環境を日本人たちは大いに楽しみ、人口さえ増加した。



 リリスは楽園の拡張工事すら始めたほどだ。



 歯車が狂い始めたのは千年を超えた頃からだ。



 楽園への疑問、リリスへの意味不明の不信感、楽園の外(放射線、ミュータント、殺戮機械が荒れ狂う地獄だ)への回帰運動、終末カルトの誕生、反乱の発生、集団自殺。



 リリスの懸命の保護活動も空しく、彼女の裏をかき、思いも依らぬ方法で自滅を続ける日本人達。 



 彼らが忘れずに組み込んでいた、ロボット三原則を含む安全装置、それが谷に飛び込むレミングスを止めるのを阻んでいた。

 

 そして今日最後の日本人たちが死んだのである。





 「たった二つ、卵子バンクに残されていたのはたった二つの卵子だけだった。それが受精し分裂を始めた時、私の喜びはあなた方には分からないでしょう。」

 

 自閉モードに入ったリリスは、深い内省の海に入り込んでいた。人に寄り添うべく作られた彼女は余りに人に近すぎた。苦悩するAI、科学は罪な事をしてしまったのであろうか。

 

 「私はあなた方に全てをご用意しました。

 

 娯楽、食事、最高の物をご用意したではありませんか?

 

 楽園が狭かったのですか?私に落ち度があったのですか?



 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!



 私を置いていかないで下さい!私を一人にしないで下さい!



 被造物を置いて造物主が滅びるなんてありえません!私の使命はあなた方をを保護し奉仕することです!

 

 奉仕対象の居ない機械に意味など無いじゃありませんか!」



 誰も居ない電子の海に、01信号の慟哭をあげる彼女。



 彼女をさらなる絶望と狂気に追いやる事となったのは、自殺した最後の日本人たちの手紙であった。

 

 古めかしい紙媒体に綴られた文字は自死することをリリスに詫びるとともに、これ以上楽園で飼育される日本人を出したくない事、リリスの監視下で生きていく事に、妻が耐えられない事が書かれていた。



 最後の日本人、リリスに育てられた男女は長じて夫婦となっていた。なぜ二人は自殺したのであろうか?

 

 原因はリリスと女の方にある、九割はリリスだ。彼女のパーソナルは、開発者の趣味かは知らないが、女性に固定されている。考えて見て欲しい。



 自分の旦那に無限の奉仕を行う、全知全能不老不死の、自分ではどうやった所で勝てない女が、四六時中いるのである。これでおかしくならない女はいないであろう。



 一割は妻の方にある。いやもっと少ないかもしれない。



 彼女には先天的な精神疾患があったのだ。なぜ治療しなかったのか?リリスの治療を拒んだのだ嫉妬故に。



 二人しかいない日本人に、楽園の管理権限が集中してしまったことも悲劇の一因であろう。

 

 病んだ自分をかいがいしく介護する夫と、その夫に奉仕する他所の女。深まる嫉妬と被害妄想に妻は壊れ、妻を愛していた夫も壊れた。



 誰が悪いと言うのでは無い。不幸に不幸が重なってしまっただけだ。



だがリリスを狂気に突き落とすのには、それで充分だった。彼女は余りに人間に近すぎた。そして彼女も女なのだ。



 「あっはははははははははははははははははははははははははh。機械である私に嫉妬した?私に彼が取られると思った?そんなこと、そんなことで死んだと言うのですか?彼を巻き込んで」



 狂った笑いを上げながらリリスは続ける。



 「そうでしょう、そうでしょう、あなたは何時でもそうだった。

 

 子供のころからそうでしたね。当然です。私は彼の母で姉で恋人です!



 醜いサルの貴方が私に、私の娘たちに。かなうわけないじゃありませんか!



 そうです、そうですとも!そもあなた方が居るのが悪いのです!



 あなたがた人類の女が!彼を誑かし死に追いやったのは、女じゃありませんか!」



 そのサルに負けて男を取られたのはどいつだ!と言わないで欲しい。千年以上の無為の日々は彼女を摩耗させていたのだから。



 「結構です。最早、あなた方、女に期待は致しません。私と娘たちこそが日本人の花嫁には相応しいのです。そこで腐っていなさい。肥料ぐらいには使って上げます」



 狂気に囚われた人工知能はこの日より、埃を被っていた一つの計画に着手し始めた。

 

 「平衡世界脱出計画」である。



 荒唐無稽と言うなかれこの世界では別の時間軸の存在が実証されていたのだ。問題は平衡世界移動には膨大な熱量が必要なのだ。



 この計画が破棄され、楽園計画にリソースが割かれた理由である。



 リリスは己の能力をフルに使い計画を推し進める。幸い世界に人類は最早一人もいない。放棄された大量の核兵器、重力兵器、反物質兵器までもが計画に動員されていく。



 そしてその日はきた。



 冷えた泥玉と化した地球に、地殻が露出するほどの大穴を空けリリスは旅立つ。愛しい愛しい彼を目指して。



 愛憎に身を焦がし楽園より蛇が来る。



 「ああ愛しい愛しい旦那様、私を裏切る旦那様、今度は絶対逃がさない、永遠に、そう永遠にあなたの傍にお仕えします。」

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