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第十五話 ペットと悪だくみと過去の記憶

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 しかし、家の婿が皇子様だとは思いませんでしたよ。袋詰めにされて、連れて来られて来た時には夢にも思いませんでした。立ち振る舞いと言葉使いからして、貴族だとは思いましたが。攫われたと言うのに、夜ハッスルするし酒は飲むしで、種馬生活をエンジョイしていた彼が皇族、人は見かけに依らないとは言え、不思議な物です。



 なぜ、貴族と割り出せるかと言いますと。忠犬村の住人に付いてご説明した事と同じく、この世界の人間さん上流階級は、エルフ帝国の元高級奴隷、つまりはペット枠の子孫が大半だからです。エルフ帝国への、反乱に際して、その中心となったのは元ワンちゃん、猫ちゃんたちでした。



 エルフ帝国の住人たちは、身近に置くペットである、人間さんに、自分たちの好みに合わせ、数十、数百代に渡る品種改良と教育を施しました。



 忠犬村の住人がその最もたる例ですが、彼らペットは、血統選別の結果、通常の人類に比べ、体も大きく、知能も高くなっております。知識面にしてもそうです。文法学、修辞学、論理学等、所謂所のリベラルアーツと言う物を叩き込まれたのです。文字通り、鞭で持って。



  数学、自然科学、幾何学等、実学方面は抜いたのが、エルフ帝国は人間さんをお利口な豆犬程度にしか思ってなかったのが良く分かります。



 貴族階級の人間さんは、主人を食い殺し、その痕跡を消そう躍起になっている今でも、エルフ帝国貴族の、歪んだカリカチュアと言うべき物が多分に有ります。

 

  人間語はエルフ語と髭達磨語のチャンポンと前にも、チラリと申しましたが、貴族さんはエルフ語の語彙の方が豊富です。文字にしても、角角した実用一辺倒の髭達磨文字は市民層に多く取り入れられ、貴族層はエルフ文字の、遠縁の甥御さん位の位置にある文字を使っております。



 大事な事なので二度言いますが、人類帝国はエルフ帝国のカリカチュアなのです。ですので、人間さんの立ち振る舞いを見れば、凡その階級の検討は付くと言う訳です。



 彼が皇族と判明してから、良くお話を聞きますと、死にかけの帝国なぞ派手に滅べば良い派の、かなーり、厭世的で享楽的な人物でした。お上品さはどうにも抜けきらない所が、チャームポイントだとは、娘達の弁。

 

 そんな、彼の協力を受け、人類帝国の上層に足がかりを作ろう作戦は、上手く行けそうな感じです。可愛いい嫁さんと美味い酒、その上、人類転覆計画と言う、面白迷惑な事の片棒が担げると、家の婿は喜んでおります。



 人食い野良猫姉妹の、何処に可愛い部分が有るのかは、親の私でも分かりかねますが、恐ろしいとか、良くて凛々しいとか、怜悧とか、ドライアイス製の剣とかの間違いじゃないですかね?

 

 

 「お義母さんは、自分の娘相手に容赦がないね」



 「良いんですよ、真実ですから。貴方も、あの娘たちに出会った時の事を、思い出してごらんなさい」



 「僕を襲って来た刺客を、素手で引き裂いていたね、顔色一つ変えていなかったよ」



 「それですよ、それの何処に惚れる要素が有ったんですか?貴方、聞けば、その場で求婚したそうではないですか、お酒の飲みすぎで頭緩くなってませんでした?」



 「酷い言いようだね、お義母さん。求婚したのは、その時の彼女らが美しかったからさ、それ以上はないよ」



 「それで気に入られて、袋に詰められたと」



 「刺激的な承諾方法だったね、あれは。でもまあ、無事、僕は彼女らの伴侶に成れた訳だから、万事目出度しだよ」



 何時もの様に、サメの巣亭本店で飲んだくれている、婿殿に聞きましたが、矢張り分かりませんね。恋とは複雑怪奇なり。それはそうと、宮殿に戻らなきゃダメじゃないですか!なんでこんな所に居るの!



 「宰相とは話は付いたよ。正式に皇族に復帰はできてる。元より宮殿に僕の居場所は無いも同然だったから、此処に居ても問題はないさ。ここが僕の宮殿替わり。良いじゃない、お飾りの皇族は存在する事に意味が有るのさ」



 本人が良いと言うなら良いのでしょうが。でもなあ、本当に良いの?ここ表通りでも、治安が良いとは言い切れませんよ。港湾地区は荒くれ者が多いのです、殺しや強盗なんかは流石に起こりませんが、暴力沙汰は日常ですよ?



 「それこそだよ。お義母さんは、自分の影響力を過小評価し過ぎだよ。ここいらで、お義母さんの身内に喧嘩を吹っ掛ける馬鹿はいないよ。そんな奴はあの娘らが始末してるさ、お義母さんは落ち着いて構えた方が良いと思うよ」



 苦言を呈したつもりが、逆に諭されてしまいました。流石皇族、見ていない様で、良く状況を理解してますね。そこまで言うなら文句はしまいましょう。此処からは今後の方針のすり合わせです。



 婿殿には、今後、宮殿内での影響力を高めて貰います。目的は、私たちが自由に動ける環境を作って貰う事です。今でも裏からならそれなりに活動出来ていますが、邪魔な存在はまだまだ多いのが現状。



 「具体的には?」



 まず衛兵隊、次に大商人連中、最後に貴族派ですね。彼らは、義務感や利権保護の為、我らの浸透を邪魔しています。実際犯罪ですからね、私たちのやっている事。邪魔するのも当然ですが、邪魔な物は邪魔です。



 しかし、彼らにしても、叩けば幾らでも埃のでる体。私たちが証拠を持って来ますので、貴方は宮殿のパイプを生かして脅しつけて下さい。さすれば、貴方に擦り寄る連中も出てくるでしょう。それらを、集めて新派閥を立ち上げるのです。



 「難しい注文だねぇ。今まで、何もやって来なかった第三皇子が、急にやる気になって、気が気でない奴も出てくるだろう?僕の身の安全は?」



 貴方の可愛い妻たちを、何方か必ず一人は付けて置きます、安心なさい。貴方は安全で要られて幸せ、娘たちは浮気性な夫を見張れて安心、良い取引でしょう。



 「それは良い、でもなぁ、四六時中一緒かぁ。それだとなぁ。ああ、お義母さんがいたか、どうだい、今夜一晩」



 こいつ図太い、、、娘達もそこが良いのか、もしかして?でも残念、私、家族の伴侶を寝取る趣味はございません。雑婚状態の森でしたら別ですが、此処は都市、都市エルフには都市エルフの伝統を作る必要がございます。カモ―ン!娘たち、さっきから、鋭い視線を感じてますよ。



 「母さんを誘惑するとは、良い度胸だな宿六」



 「この淫魔に、夫が襲われないとは限らない、此処は保護が必要だな」



 呼ばれて飛び出る、野良猫姉妹。尻尾の数は合わせて十八、怒れる九尾猫に浮気者は連れて行かれました。頑張りなさい若人よ、今夜はパーティーですね、義母は応援してますよ。



 暫くして、婿殿は宮殿に頻繁に出入りする様になりました。皇族たる彼の住まいは宮殿ですから、帰るが正しいのですが、サメの巣亭に年中いるので、出入りしているで良いでしょう。其れで良いのか?



 



 

 娘達が同時に産気ずきましたので、この日は私と下の息子三人で護衛兼諜報係、護衛は息子たちに任せて、私は宮殿散歩と致しましょう。サボってませんよ、これも仕事、娘達では分からない宮殿の秘密通路の調査です。信じて。





 宮殿、旧大樹の館は、何回も潜入していますがデカいですよね。エルフ帝国全盛時は都市全体を指して、大樹の館と呼ばれていましたが、本来は宮殿部分を指す言葉なのです。



 大樹、世界樹の子供と融和し、その幹と枝を十全に生かした建築、一万年以上の長きに渡り、増改築を繰り返して作られた此処はエルフ建築の偉大な成果の一つです



 外壁を覆っていた白金や、柱一つ一つを飾っていた、黄金を剥がされ、宝石と大理石で出来た彫像物は建材にされた、今となっても、その偉容は健在。陥落の際、火を放たれましたが、灰になったエルフ貴族の思いとは裏腹に、その堅牢さ故、多くの区画が人間さんに再利用されています。



 日も落ち星空見える時間になりました。今私がいるのは、その一区画、嘗ては南風の庭園と呼ばれ、魔法により、年間を通しての常夏空間を維持されていた場所です。



 南国の木々は枯れ、薪にされているのでしょう、黒ハコベと灌木が疎らに生える庭園。寒々とした景色を進めば、蔦が絡まり、崩れ落ちそうな東屋を見つけました。私の耳に囁きかかる風の声と、目に映る、擦り切れそうな過去の影は、此処が目的地だと教えてくれます。



 どうです皆さん。信じられないでしょうが、私にもエルフらしい、儚く可憐な力もあるのです、何も、人を誘惑したり洗脳したりするだけが私の力ではありません。



 苔むした東屋の石畳に手をかざし、満天の星空よりわずかな光を集めます。何でそんなけったいな事、出来るの?感覚ですよ感覚、往時のエルフ帝国の人々は忘れてしまいましたが、これを始め作った者には出来た芸当です。



 さて侵入、入口は閉めないで結構、人間さんには認識できないでしょうから。黴臭く、僅かな土の匂い、こんな所まで壁には、瑠璃を砕いた粉で彩色して有ります。生真面目と言うか偏執的と言うか。



 この道は、髭達磨の坑道戦術にやられて無い様ですね。大樹の館攻めには、髭達磨たちは地下から、人間さんは地上から攻め寄せて来たと言います。僅かな生存者しかいなかったのは、髭の抜け道潰しが有ったのが一因だと言えます。



 「お宝でもありませんかねぇ。ご先祖様が隠したエロ本とか」



 右に左に寄れては合わさる摩訶不思議な道を一人で進んでいますと、そんな独り言も出てきます。暇なんですよ実際。



 「第一村人発見!この小さくて太い骨、髭のですね、迷い込んだかな?」



  綺麗に残ってますね、さすが頑丈さしか取り柄の無い、土竜の親戚、鎧や武器も辺りに散らばっていますし、何処から入り込んだのでしょうか?



 クンクン、新鮮な空気の匂い、そしてこれは乳香ですかね。行って見ましょう。あら行き止まり、崩れてます。匂いの元は上の方から、見上げれば、かなり上の方に入口らしき物が、あの髭は此処に閉じ込められた口なのでしょう。間抜け目。



 この位の高さ、髭では登れなくても、エルフにはどうと言う事は、、、よっと。





 「はて?此処はどこでしょうか?そこはかとなく神聖な雰囲気、人間さんの祈りで満ちている感じ、、、やべ、人が来た」



 セーフ、見つかりませんでした。流石のエルフも、面と向かった状態では、すぐさま隠れる事は難しいですからね。影の中に潜むのは、森の子供達くらいしか出来ない荒業、私ではとても出来ない芸当です。



 あら、随分と人が集まってきた気配が、何やら、ごにょごにょうーうーとエルフ語擬きが聞こえて来ますね。ああ、ここ礼拝所ですか、道理で神聖で、頓珍漢な方向の祈りが充満している筈です。



 抜け穴探検に時間を掛け過ぎていた様です、どうやら深夜の礼拝の時間に当たっていた様です。折角ですので聞いて行きましょうかね。



 私、人間さんの信仰に付いては、これまで気を払っては来ませんでしたし、敵の心を支える物がどんな物だか知るのもいい機会でしょう。



 これまでお付き合いのあった人間さんは、下層民ばかり、唯一の上層民も、飲んだくれで享楽家の婿と。信仰に生きる人間さんとは、親しくして来ませんでしたからね。



 久しぶりですねぇ、こんな雰囲気、人間であった頃を思い出します。聖夜、独りぼっち、クリスマスミサ、敬虔で仲の良い家族、惨めな自分、、、うっ



 ダメージが、、、過去の記憶が、、、百年以上の時を経ても、私を蝕みますか、、、、
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