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第十六話 エルフ昔話 賢者と愚者とロバの耳

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 「ふーむ、考えさせられますねぇ」



 人間さんによる、明後日方向への真摯な祈りを観察してより後、無事脱出した私は、出産を終え現役復帰した双子と入れ替わりで、人間さんの信仰と宗教に付いて調査と考察に時間を割いて居りました。



 宗教、それは心を支え、社会の規範になる物です。科学全盛、生老病死をコントロールする事に手を掛けた、現代先進国にお住いの方々には、ピンと来ないと思いますが。年がら年中何処かで四騎士がラインダンスしていた、過去の地球や、居酒屋で隣り合ったり、通りで鉢合わせしたり、呼んでないのに家に押しかけて来たりする、この世界の人間さんには重要な物です。



 疫病・飢餓・戦争・死の四騎士に、ご縁が少ないエルフに取って信仰は、時に不安定になる心を支える手段や、現世利益を求める為の物では有りませんでした。



 エルフの宗教観の根幹に根差すのは神への感謝の心です。強く賢く美しくその上に不老不死。有り難う神様!こんな完璧に作ってくれて!がエルフの宗教の根幹に有ります。それは同時に他種族への強烈な差別と、選民意識を産む土壌でもあるのです。



 俺ら大いなる方の寵愛を受けた不老不死中学のもんだけど、お前らどこ中よ?定命中だ?ぷっ。可哀そうだから、保護してやろうか?これがディフォルト。



 傲慢でしょ?だから滅ぼされるのです。人間さんは、その信仰も、悲しいかなエルフ式が土台に有ります。エルフ帝国に奴隷化される前に存在した、素朴な祖先信仰や精霊信仰は、非論理的とポイされ、論理的で倫理的な神への信仰を、無知な人類に鞭でビシッとエルフ帝国は刻み付けました。



 人間さんも始めは反抗したそうです。霧の森にあった書籍にはそうありました。ですが、天高く聳える大伽藍、耳に聞こえる荘厳な讃美歌、現実に効果のある神の奇跡の前に、意志薄弱で劣等でエルフの保護無くては生きていけない哀れな生き物は、直ぐに考えを改めたそうです。



 皆さまご不快なら謝ります。でも、私が言ったんじゃありませんよ、ご先祖様が書き残した事です。それにですね、ご先祖様は、とっくに、その劣等種族に滅ぼされておりますので、怒らないで下さい。ほら、振り上げた拳を降ろして?ねっ!話はまだ続きますから。此処からは、人間さんの書物と聞き取りによる、人類目線での信仰と宗教の在り方についてのお話。



 表通りのサメの巣亭には、意外といろいろな層の人間さんがやってきております。皆さま、人類世界でなかなか味わえない、下水迷宮直送の食品がお目当。その中には、お忍びでいらっしゃる物好きな方も多いのですが、よくよく目を凝らしますと、坊主の方もいるのです。



 先に言いますが、髪型の事ではありませんよ。階級の事、プリーストと言う意味です。意外と酒好きが多いのですよ、この階級の人は。酔い潰して襲いましたよ、勿論。美味しかったです。



 彼らと話してますと、エルフは恨まれていますね。かなり恨まれています。それと同時に、エルフの文化文物は、本来は、人類から奪われた物であるとの考えもあると分かりました。



 



 今現在、分かっている人間さんの宗教感と、それに根差す神話はこうです。かなり長くなりますので、お覚悟を、トイレは済ませました?ポップコーンとコーラは用意されました?お煎餅は駄目ですよ、隣の人に迷惑です。では始めます。



 

 神様は世界を御作りになった際、全ての種族に贈り物を渡すはずであった、であるが、エルフはそれを一人占めし、神の楽園より、さっさと地上に逃げ出した。



 神様はお優しいので、それを滅ぼす事は無かったが、後の種族に、エルフを倒し繁栄する権利を与えて、地に遣わせた。始めに髭達磨が遣わされたが、狡猾なエルフは山に彼らを追いやった。



 これを見た神様は、オークを送り出したがこれも荒れ地に追いやられた。



 この二つはエルフが持ち逃げした、多くの贈り物の内、残った物を与えられていたので、強かったが、それでも凶悪なエルフには敵わなかった。神様はお困りになり、人間を地に送る事は諦め、永遠の楽園の住人として住まわせる事とされた。



 自分たちが、神の楽園から逃げ出したにも関わらず、永遠に楽園にいる事の出来る権利を手にした人間を、羨んだエルフは一計を案じた。



 エルフはロバに姿を変え、楽園で暮らす人間たちに忍び寄った。何も知らない無垢な人間に対して、ロバは言う。



 「ヘッヘッヘ、心配することはない。地上は素晴らしい所だよ。君たちは、神様に騙されているんだ。僕の背にお乗り、そうすれば、君達の目は見え、耳は聞こえるようになる。」



 愚かな人間が、この誘いに乗ってしまった。すると如何した事か、素晴らしいはずの楽園の景色は、色あせ、聞こえる筈の天の音楽も耳障りにしか感じなくなってしまった。



  愚かな人間は言う。



 「私は神様に騙されていた。ロバよ。お前の言う素晴らしい地上に連れて行ってくれ」



 ロバは心得たと言うと、愚かな人間を連れて行ってしまった。神様が気づいた時には、愚かな人間は、地上でエルフが作る偽の楽園に現を抜かし、楽園に帰る権利を失ってしまった。そして何時しか、彼ら無しには生きられなくなくなって行き、ついには彼らの奴隷となってしまった。



 これを見ていた神様はお怒りになり、エルフに呪いを掛けた。



 「お前たちより一つ取り上げる、お前は子を成せなくなる。その印をお前につける」



 以来、エルフの耳はロバの耳の様に長くなり、その子は産まれなくなった。そして、神様は残った賢い人間にこう言った。



 「賢い子よ。辛いで有ろうが、お前の片割れは、愚かにも誘惑に乗り、毒の酒を飲み、毒餌を食べた。お前もその片割れとして罪を背負わなければならない」



 賢い人間が泣いて謝ると、神様は更に言った。



 「泣くな我が子よ。お前には最後に残った子として、エルフより取り上げた祝福を与える。産めよ増やせよ地に満ちよ。お前には地の全てを征する権利を与える。エルフが持ち合わせる物は全てお前たちの物である」



 こうして人間は楽園に戻る事が出来なくなり、人はエルフより、取り上げられた、子を産み増える事だけを頼りに地に置いて繁栄せざるを得なくなったのである。



 



 かなり端折りましたが、ここまでが創世記に当たります。私たち、完全に悪魔ですね。原始の人間さんから見たら、既に全盛期にあったエルフ帝国は、想像の埒外に有ったのが伺えます。また、人間さんから見たら、超スローなエルフの繁殖スピードは、神に呪われたとしか思えなかったのでしょう。次いきますよ。



 



 賢い人間が地に降りた事に気づいたエルフは、すぐさま彼らを捕らえ、その都に連れて行った。都は煌びやかだったが、賢い者には、その輝きも、差し出される全ても、毒で有る事が分かっていた。



 都のそこかしこでは、愚かな者達が毒に浸り、毒に溺れていた。エルフは、賢い者達も毒に溺れる様に幾つもの姦計を行ったが賢い者は従わなかった。



 業を煮やしたエルフは、賢い者を奴隷にした。狩りの獲物として、見世物の道具として、淫らな事柄の手段として賢い者を使った。



 それでも屈しないと分かると、賢い者と愚かな者が、番う様、強要した。人から賢さを取り上げようとしたのである。



 エルフの思惑は外れた。段々に賢い者が増えていき、愚かな者はエルフの近くにしか存在しなくなっていった。



 神に地に遣わされてより、幾千年の月日が流れた。其の頃には、エルフは数を減らし続けており、人は増え続けていた。



 ある時、賢い者の一人が山に逃げた。エルフの傲慢さに耐え兼ね、助けを求めたのである。



 山には長髭の人がおり、彼らは自分たちを山の主であると答えた。 そして。賢い者は彼らに助けを求めた。長髭たちは快くそれを受け入れ、賢い者に家族を連れて来る様に言った。



 家族と共に山に逃げた彼に、長髭は、お前こそ人間を導く者、王であると告げた。これが王と皇帝の始まりである。





 遂に出やがりましたよ髭達磨。現在より二千年程前、エルフ帝国歴で言いますと、第二十九紀の終わり頃ですか、髭達磨は帝国全体に全面攻勢を仕掛けて来た事があります。この時、帝国内でも呼応したと思しき、人間さんの反乱が各地で起こってますので、この時の指導者の誰かを指しているのでしょう。因みにエルフ帝国での一紀は千年です。しかし、髭達磨共、人間さんにも長髭と呼ばれてるんですね。矢張り、あいつ等の本体は髭で後は添え物なんです。もう確定。続きます。





 長髭は、家族を遥かな遠くエルフの手の届かない場所に連れて行き、神様の言葉と同じ言葉を家族に授けた。



 「産めよ増やせよ地に満ちよ。お前たちが地に満ちた時、我らは共に立ち上がろう」



 人と長髭は此処に約束を結んだ。家族はその地で増え、何時しか長髭に肩を並べるまで大きくなった。



 約束の時は来た。賢い者達は地に満ち、龍の腹の中を通り、エルフの土地へ帰った。長い年月の間に、エルフは更に数を減らし、その虚飾の都に籠り、愚か者たちを惑わせ続けていた。



 人と長髭は手に手を取り、雄々しく戦いを挑んだ。エルフは星を落とし、地を割り戦ったが遂に敗れた。此処に人の時代は始まったのである。賢い者たちの子よ、神様の言葉を忘れる事なかれ。曰く産めよ増やせよ地に満ちよ。





 実際の所、人間さんの解放軍が、大樹の館を陥落せしめるまでは、千年以上かかってますので、そんなに早く勝ったと宣言していい物なんですかね。まあ、神話なんてそんな物です。



 ホントはこんなに短くないんですよ。出エジプトめいた話とか、龍骨山脈で迷う話とか、エルフの貴婦人に惚れられて、嫉妬した旦那に追い掛け回される話とか、有るのですか。人間さんの宗教感を、考察するに特筆する箇所はこんな所です。

 

 突っ込み所も多いですよねこの話、なんで、そこでロバとか、逃げた筈の楽園にそんなにホイホイ戻れるのとか、でも分かって来たでしょう人間さんの根本を表す考え方が、神話とは自分たちの起源を表す物なんです。

 

 起源。自分たちは何処から来てどこに行くのか?何故この土地は自分たちの住む場所なのか、偉い人が何故に偉いのか、これから自分たちはどうして行くべきなのか?神話はそれを説明してくれます。



 人間さんの神話から分かるのは。自分たちこそが神に選ばれた地上の支配者、悪いのは全部エルフのせい、自分たちは、純然たる被害者では有るが、愚か者でエルフに騙された奴がいるから原罪も背負っている、繁殖こそが勝利のカギだ!等です。



 こうお前が悪い呼ばわりされますと、少し癪ですねぇ。貴方たちが、奴隷にされたのは事実なんですが、それでも原始状態で、洞窟で暮らしていたのを、文明化したのはエルフですよ。



 一番気になるのは、賢者と愚者で分けてる所です。愚者は始めにエルフに擦り寄って奴隷化されたみたいに書いてますが、事実は違います。



 反乱軍の主体は、エルフに一番近かったペット枠なんです。詰まりですね、従わなかった賢者と、従い続けた愚者の関係性が逆なんですよこの神話。



 そも頭が良いのは愚者の方なんです。原始の時代、洞窟で暮らすより、エルフに従ってその支配下に入って、生活を保障される方が安全であったはずです。何時までも支配に服せず、龍尾亜大陸を逃げ回っていた、部族を保護するのに、苦労したと記録にも在りました。



 エルフ帝国とて始めは奴隷化と言っても、俺たちが保護しないと、こいつら死ぬなと言う、善意の部分もあるんですよ。神話にも奴隷労働でバタバタ死んだなんて書いてないですよね。



 エルフ帝国の全盛期は魔法技術の最盛期でもあります。農耕にしろ建築にしろ魔法使いと技師がやった方が、奴隷を使ってするより、よっぽど早かったんです。第一、偏執的なまでに凝り性なエルフが人間さんに、モノづくりを任せる訳ないでしょう?



 矢張り、外聞が悪いのでしょうね。速攻で擦り寄り、三食昼寝付きの飼い犬生活で遂には反乱したと言うのが、最後の最後まで従わなかった方がカッコいいですもの実際。



 嫌いなエルフの文化を再利用する言い訳も書いてある所が、ある意味良い性格してますよ。エルフの持ち合わせている物は全てお前の物だなんて、神様に言わせてるんですから凄い。



 神様の言葉を騙るだなんて、人間さんだけに出来る所業です。エルフがそんな事すれば、雷か火の雨が降って来ます。ほら、今でも硫黄の匂いがしてきました、不敬の気配を感じたあの方の御業です。



 この際だから聞きますか。神様!人間さんが貴方のお言葉を捏造しますけどいいんですか?なに外に出て、空をを見ろ?



 あら、大きな虹。OKサインですか?皆さんご覧になられました。大いなるお方は、人間さんにダダ甘なんですよ。主役補正と言う奴ですね。



 



 さあさあ、お店の中に戻りましょう。お話も終盤です。



 現在、人間さんの信仰する宗教は、エルフ帝国からの横流れ品に、手を加えたものです。信じる神も一緒なら捧げる祈りも一緒、エルフ語が上手く発音できてないので、ピジンエルフ祈祷になってますが。



 祈りの向け方もなってません。あれでは神様に届きませんよ。明後日の方向に祈りが飛んで行ってます。これは人間さんに、先天的に奇跡を振るう才能が無いのが問題なんでしょうが。



 宗教組織にしても同じ、エルフ帝国の制度を再利用してますから無理が祟ってます。エルフ帝国は、皇帝が最高神祇官を務めるやり方なんですが、人類帝国ではそれが壊れつつあります。聖俗の両方を束ねるには文化的なインフラが足りないのです。



 そこで思いつきました。人間さんには真なる信仰を取り戻して頂きましょう。エルフ排斥の尖峰である、宗教組織の長に、私たちの息が掛かった人間さんに立って貰います。



 婿殿には、皇帝になって貰い、裏から帝国を支配しようと思いましたが、暗殺塗れで娘達も可哀そうですし、彼にも苦労を掛けています。レッドなオーシャンより、ブルーなオーシャンを都市エルフと愉快な仲間たちは目指すとしましょう。
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