獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第二章 葬送

第三節 confession

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 ボマ、サ・トーヌ、そしてバルバーカの悪童たちは、オウマの凄みに怯えて逃げ出した。

 砦の者たちは皆、子供に対して優しく、叱る時にも声を荒げたり暴力を振るったりはしない。だがオウマだけは、声こそ荒げないものの、暴力は平気で行なうだろう。

 彼らは暴力がどれだけのパワーを持つかを知っている。だからこそ、自分たち以上にそれを行使する事を躊躇わないオウマを、何よりも恐れるのであった。

「オウマ、ありがとう……」

 カーラが言った。
 オウマはカーラに詰め寄って、低く言った。

「何故、奴の名を呼んだ……」
「え……」
「トゥケィは死んだんだ。いつまでも死んだ奴に拘っていると、ユンヅーキに引きずられるぞ」

 ユンヅーキとはグェルヴァの支配者である。黒衣を纏い、三日月状の巨大な鎌を持つ、髑髏を剥き出しにした恐怖の神であるという。彼の仕事は、生命活動を停止したボーディから、その鎌によってソッツァを切り離す事だ。この事でソッツァは肉体から離れるが、生前に悪業を犯した人間のソッツァに関しては自分の手でコレクションして、決して生まれ変わる事を許さないという。

「そ、それは分かってるけど……」
「あいつの事が好きなのか」

 オウマは歯に衣着せぬ言い方をした。カーラの方が、かっと熱くなる。その様子を見てオウマは、更に苛立ちを募らせて、家の壁に手を突いた。壁とオウマの間に、カーラが挟まれる形になる。

「俺のものになれ」
「オウマ……!?」
「お前はどうせルマ族の司祭にはなれない。だから俺に惚れろ。そして俺の子を産むんだ」

 オウマの眼は暗く沈んでいたが、それは本心であった。オウマは以前からカーラに惚れていた。そして悉くアプローチを掛けては、相手にもされないでいた。粗暴なオウマが口下手だと言うのもあるが、それ以上に、カーラが愛しているのがオウマではなく、トゥケィであるという事があった。

 そのトゥケィが死に、今や、カーラが頼れる男は自分だけだ――オウマはそう自負していた。

「あ、あの……」

 息を呑むカーラと、答えを待つオウマの沈黙を裂いたのは、マキアだった。

「わ、私、もう、寝ますから……」

 マキアは地面を這って家の中に戻り、戸を閉めた。気を利かせたと言うよりは、オウマの事を恐れての行動だった。マキアは、乱暴なオウマが好きではない。カーラがトゥケィを好きな事を知っていて、カーラにちょっかいを掛ける彼の事を、好きになれなかった。

 オウマは、ふん、と、鼻を鳴らした。トゥケィとの付き合いでマキアと関わる事もあったが、マキアが彼を嫌っているように、オウマも彼女が嫌いであった。容姿が自分たちと異なっているからとか、眼が見えないのに良い暮らしをしているからとか、そんな事ではない。自分の欠点を改善したり、逆にそれを活かした事をしようとしない、保守的な姿勢が嫌いなのだ。

 オウマはオウマでヴァーマ・ドゥエルの事を考えている。だから武器の開発をすると共に、何度拒否されても長老連に意見具申する事をやめようとしなかった。それでも聞き入れず、旧態依然のままであろうとする長老連や彼らの支持者の事を、憎くさえ思っていた。オウマにとってマキアは、そんなヴァーマ・ドゥエルの象徴のようにも思えたのであるらしい。

「私は、貴方のものにはならないわ」

 カーラはきっぱりと言い放った。
 オウマが決して、粗暴なだけの男ではない事は分かっている。彼には彼なりの愛国心がある事も理解している心算であった。しかしその事は、オウマに惚れる理由にはならない。

 オウマはカーラの傍から離れると、言った。

「自分の意地を通す奴が、俺は好きだ。お前は昔から、トゥケィの奴と仲良くしていたな。妹共々、爪弾きになっていたあいつと。親父や兄貴が何を言おうとも、お前はトゥケィたちと関わる事をやめなかった」
「それが何? 当り前じゃない、トゥケィもマキアも、私の友達よ。親兄弟に、友達まで選ばせる心算はないわ。私の友達は、私が決める。勿論、好きな人や、結婚する相手だってね」

 彼女の発言の後半部分が、自分に対するものだとオウマは受け取った。例え父親や兄に、仮にこのオウマを婿として受け入れろと言われても、カーラは断固として拒絶するだろう。

 そんなカーラだからこそ好きになったのだ。自分の気持ちは本当だ、しかし、他所の部族の連中がやっているように、無理に女を襲ってものにしようとまではオウマは考えていなかった。飽くまでも自分の能力で、自分を魅力的に見せ、惚れさせなければ意味がない。傀儡は、オウマにとって何の魅力もなかった。

 しかし、それとは別の問題として――

「兎に角、トゥケィの事は諦めろ。奴はもう死んだんだ」
「分かっているわよ! あんたに、言われなくたって……」
「いいや、お前は分かっていない。お前だけじゃない、砦の連中全員、トゥケィの死がどんな意味を持つのか、まだ分かっていないだろう。奴は優れた戦士だ。恐らく、今、グェルヴァで儀式を見守っている戦士団の誰よりも優れた闘士だ。純粋な戦闘力で言うのならば、恐らく、ディバーダ族最強の戦士と言われるナーガ・ゾデにも匹敵するだろう。もう二、三年もしていれば、俺たちを囲む六部族全てを支配する事が出来た筈だ。それこそ、奴一人でもな……」
「そんな……」

 それは幾ら何でも、トゥケィの事を買い被り過ぎだと思っていた。トゥケィが優秀な戦士であった事は紛れもない事実であるが、そこまでのポテンシャルを秘めていると考えるのは流石におかしい。第一、そうであるならばゾデ戦士との戦いに敗れる訳がない。或いはその油断を消すのに、後二年か三年が必要だと、オウマは判断したのかもしれない。

「そんな奴を俺たちは喪ったんだ。これがどれだけの損失なのか、お前に分かっているのか? 長老連だってそうだ、この事の意味が分かっていれば、悠長に葬式なんかやっていられない筈だからな」
「……何を言いたいの、オウマ」
「お前から親父に伝えるんだ。この俺を戦士団の指揮官として迎え入れる事をな。俺の造った武器がどれだけ役に立っているか、分かるだろう。今日だって、俺とアーヴァンだけが戦った訳じゃない。俺が用意した武器や防具で武装していたからこそ、戦士たちは生き延びる事が出来たのだ。もっと軍備を拡大し、研鑽して、最強の戦士団を作らなければならない。でなければ砦を守る事だって覚束ないぞ」

 オウマは熱っぽく語った。

 周辺の六部族に襲われるようになって何年も経っている。その間、ヴァーマ・ドゥエルを守っていたのは巨大な砦だ。しかしその襲撃を防ぐ事も、そのたびに苦戦を強いられるようになって来ている。ヴァーマ・ドゥエルが元来戦争を好まない平和主義である事と、敵勢力が砦の弱点を戦いのたびに探り当てようとしている事で、次第に彼我の戦力差が埋められようとしているのだ。

 再びヴァーマ・ドゥエルの砦を鉄壁とする為に必要なのは、和平を主張する薄っぺらい立て看板でも強固な石造りの城塞でもない、事に臨んで全てを貫く最強の剣なのだ。

 オウマの訴えは、そうしたものであった。

「私には無理よ、オウマ」
「何だと……」
「貴方が言ったのよ、私はルマ族の長女というだけで、司祭になれる訳じゃない。自分のものになれって言ったじゃない。それが叶わないとなったら、今度は父親に泣き付いて自分の意見を通せって? 少し勝手過ぎやしないかしら」

 カーラの眼が冷たく光った。オウマは舌を鳴らして、踵を返した。
 オウマはその場から立ち去りながら、肩越しにカーラに告げた。

「兎に角――だ。トゥケィが死んだ、それだけは事実だ。俺にとってもお前にとっても、あの妹にとっても、そしてこの砦にとっても、それがどんな意味を持つのか……しっかりと考える事だな!」

 オウマはそうして、夜の闇の中に溶けて行った。
 彼の背中を見送りながら、カーラはその場に跪き、緊張の糸を途切れさせたと共に、眼から雫をこぼし始めた。

 ――トゥケィ……。

 カーラは空を見上げた。昼頃、彼を探しに行った崖が、淡い桜色の月に向かって伸びているのが、砦の周囲を覆う壁の中からも確認出来る。
 けれどもう、トゥケィはあの崖の頂上で、コンドルと戯れる事はないのだ。

 カーラの頬を、大粒の涙が伝った。
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