獣神転生ゼノキスァ

石動天明

文字の大きさ
11 / 46
第二章 葬送

第四節 berserker

しおりを挟む
 一人の男が、月を背にして、樹の上に立っている。

 背の高い樹で、幹も太い。大の男が複数人、手を繋いでぐるりを回っても、一〇人が必要か否か、というくらいの見事な巨樹であった。

 周りの樹から、頭一つ分飛び出したその樹の頂上に、男は立っている。

 太い幹から横に伸びる太い枝の上ではない。まだまだ空へ自らを押し上げる事を望んでいるかのように尖った樹のてっぺん、足を置く事など普通は出来そうもない先端に立っているのだ。

 右足をほんの少しだけ持ち上げている。虚空に浮かべているようだった。
 樹の上に身体を固定しているのは、左足のみであった。左足の親指と人差し指で、樹の先端を挟んでいるのだ。
 足の指の把持力もバランス感覚も、並の人間ではない。

 男はディバーダ族の衣装を身に着けていた。

 二つに分かれた下衣を膝まで捲り、脛には金属の脛当てをし、その上から包帯で固定している。
袷の上衣を羽織っていたが、前は開くままにしている。腹にも包帯を巻き付けていた。手首までを包む服は、最上位の戦士であるナーガ・ゾデの証だ。

 肩の部分が妙に膨らんでいる。恐らく服の内側に、金属の装甲を身に着けているらしかった。
 頸には複数の鎖を垂らした金属の輪を嵌めている。こうしたアクセサリーはゾデ戦士ばかりではなく、名もなき下級戦士たちも身に着けているが、ゾデ戦士になって階級を上げてゆくに連れて、次第に豪奢なものになってゆく。男の首輪から垂れる鎖は、多くの装飾品が銀色であるのに対し、金の輝きがあった。

 男は長時間、樹の上でそうしていた。

 樹の海の向こうに、月を喰らおうとする地上の鷲が見える。ヴァーマ・ドゥエルの砦に近い巨大な崖だった。あの崖のこちら側は断層になっており、その土地の作りもあって、ヴァーマ・ドゥエルへと攻め入る事が難しくなっていた。

 と、樹の根元に近付く気配を、男は察知した。
 すると男は、ぱっと左足の指を開きながら、後方に身体を逸らした。
 重力に引かれて、男の身体が逆さまに落下してゆく。
 男は地上近くで身を翻し、膝をたわめて着地の衝撃を殺した。

「相変わらず不気味な奴よ……」

 そう言ったのは、ダブーラ・アブ・シャブーラであった。
 男が樹上で感知した気配というのは、このダブーラのものであったようだ。

 男は顔を持ち上げた。
 その顔に至るまで、男は包帯を巻き付けていた。露出しているのは、赤い唇だけだ。鼻も妙に低い気がする。視覚も聴覚も嗅覚も自ら閉ざしており、どうやって気配を察知しているのか分からず、不気味であった。

「何か用か、ダブーラ」
「昼頃の礼を……」

 ダブーラは軽く頭を下げた。昼頃――即ち、ヴァーマ・ドゥエルに侵攻した際の事だ。ダブーラはそこで、ヴァーマ・ドゥエルが誇る戦士、トゥケィ=ゼノキスァと戦った。彼が持ち出した巨大な石鉈を奪い、その重量に悪戦苦闘しながらも、彼を追い詰めた。

 しかし最後の一合、トゥケィ=ゼノキスァはダブーラの片脚を破壊し、あまつさえ睾丸を踏み潰して痛みに悶絶させ、あわやという所まで逆転してしまった。
 その時、ガビジ――鉄製の棒状の暗器をトゥケィの眉間に投げて突き立てたのが、この包帯を巻き付けた男――

「ハーラ・グル・アーヤバよ」
「構わんさ」

 ハーラ・グル・アーヤバと呼ばれた男は、感情を見せずに礼を受け取った。眼を見る事が出来ないから、感情を読み取れないのではない。彼と相対した人物は誰もが、人形と会話している気分になる。

 ダブーラは顔を上げると、しかし口にしたお礼の言葉とは真逆の表情を浮かべていた。

「しかしハーラ・グル・アーヤバよ、我らが誇るナーガ・ゾデのククーラよ、何故、私と奴との神聖なる遊戯に水を差したのだ。我らゾデ戦士の掟を忘れたか、貴方ともあろう者が。例え命を落とす事になろうとも、互いの遊戯に横槍を入れる事は、重大な罪に当たるのだぞ」

 ディバーダ族は狩猟民族である。
 彼らの獲物は、別の部族の人間だった。
 そして彼らは自分たちの生業とする狩猟を、遊戯と呼び、明確な規則の下で行なっていた。

 多数で多数を攻める侵略遊戯では、その限りではない。しかしこの形式では、何人の人間を殺害し捕食しても、ゾデ戦士への昇格は不可能だった。

 ゾデ戦士になり、更に上位への昇格を目指すのであれば、何人の人間を殺したのか、その明確な証拠を持ち帰って証明し、複数の証人の前で食す事で認められなければならない。

「ハーラ・グル・アーヤバよ、偉大なる我らの狂戦士よ、如何に貴方と雖も、あのような助力は許せない。お蔭で私は、この脚と子種を無駄に失った事になる……」

 ゾデ昇格の儀式に立ち会う神官は、証拠として持ち帰った相手の一部から情報を読み取る事が出来る。ダブーラがトゥケィの遺体の一部を持ち帰れば、ダブーラ自身が言っていたように、普通の戦士一〇人分の得点を手にした事であろう。しかしその打倒にハーラ・グル・アーヤバの助力があったと知れれば、ダブーラの遊戯の得点としては認められない。

 それでは、片脚を潰され、睾丸を踏み潰された甲斐もなかった。

「命に勝るものはないだろう」

 ハーラ・グル・アーヤバが言った。
 ダブーラ・アブ・シャブーラは眉を寄せた。

「まるでヴァーマ・ドゥエルの腰抜けのような事を言う……。我らにとって命とは、奪い、奪われるものだ。遊戯の中で死するは本望よ。我らは死を嘆かず赤き血の中で哄笑と共に死ぬ!」

 ハーラは激昂するダブーラの前で、どのような反応も見せなかった。だがダブーラも、言葉で相手をなじる以上の事を、ハーラに対しては出来なかった。ハーン・ゾデとナーガ・ゾデの戦士では、天と地程の実力差がある事を知っている。ましてやダブーラは、凄まじい回復力で立ち直っているものの、腹部には今にも吐き出しそうな熱を孕み、立っているだけで脚に激痛が走る。

「ダブーラの言う通りだ……」

 そこに、女が一人やって来た。
 ダブーラは彼女の姿を確認すると、その場で跪こうとした。
 それを制した女が、慈愛の眼で言う。

「良い、そのままで。ダブーラ・アブ・シャブーラ、ハーン・ゾデのククーラよ。負傷きずを押してまで通す礼など古き者の慣習だ。我らディバーダは進化の一族、既に骸と化した人の型など要らぬと心得よ」
「は……我らがディバーダのカムンナーギ、メルバよ。心遣い、痛み入る」

 カムンナーギとは、ディバーダ族の最高位であり、ナーガ・ゾデに匹敵する神官の事である。ナーガが男性形で、女性形はナーギになるこの言葉は、“神の”、“超常的な”、などという意味を持つ。

 メルバが身に着けているカムンナーギの服装は、ヴァーマ・ドゥエルの服と同じ筒形の貫頭衣で、襟から膝下までの大きな布が使われている。ゾデ部分は手首に近付くに連れて広がってゆくが、肩を露出している。ヒヒイロカネの装飾品もゾデ戦士より大きく、立派だ。特に眼を惹くのが、金色のヘッドドレスである。

 カムンナーギ・メルバは非常に整った顔立ちの女で、宝石のような瞳と濡れた花のような唇を持っていた。

「姉よ、何の用だ」
「弟よ、ナーガ・ゾデのククーラよ、今のお前の言葉、お前の地位に相応しき者か、良く考えよ」

 メルバはハーラに言った。

 戦闘狩猟民族ディバーダ族にとって、最強の戦士は最高指導者の意味でもある。その補佐にいるのがカムンナーギであった。そしてカムンナーギはナーガ・ゾデのククーラの肉親という事になっている。最強のゾデ戦士が、しかし最良の指導者という事は滅多になく、実権はカムンナーギが握る事が通例であった。

 しかしこの代のナーガ・ゾデのククーラ、即ちハーラ・グル・アーヤバの指導者としての能力は、歴代指導者の中に於いて最も低いと言う事が出来る。ナーガ・ゾデに次ぐヅィバン・ナーガ・ゾデの集まる会合にも参加せず、侵略の際にも作戦指揮官を無視して勝手気ままに行動する。あまつさえ、他のゾデ戦士の遊戯にちょっかいを出す始末だ。

 仮にハーラ・グル・アーヤバでなければ、既にヅィバン・ナーガ・ゾデの戦士たちによって、反旗を翻されている事だろう。

 尤も――

「気に入らない事があるのならば、掛かってくれば良い、一人でも二人でも、ディバーダ族総出でもな」

 ハーラは何でもないように言った。

「それがディバーダのやり方だろう」
「――」

 メルバは口を閉ざした。ダブーラ・アブ・シャブーラも、ハーラの言う事は分かっている。

 ディバーダ族は戦闘民族だ。人をどれだけ殺したかによって部族内での地位が向上する。その最高位たるナーガ・ゾデとして認められるには、ヅィバン・ハーン・ゾデまで昇格した上で、ナーガ・ゾデとの一対一の決闘を制さなければならない。

 当然、ハーラ・グル・アーヤバも、先代ナーガ・ゾデとの戦いに於いて、勝利を収めている。
 だが、このハーラ・グル・アーヤバの戦績は、歴代ナーガ・ゾデの記録を大幅に上回るものであった。

 アージュラ族、バッグベム族、リオディン・ダグラ族、フィダス族、ドドラグラ族、そしてヴァーマ・ドゥエル、これら敵対する六部族全て合わせて、一三二七もの首級を挙げ、そのまま先代ナーガ・ゾデのククーラを殺害して、
ディバーダ族の長老として有無を言わせず認めさせたのだ。

 しかも、その当時から、ハーラ・グル・アーヤバは眼と耳と鼻を覆い隠す包帯を巻き付けていた。更に言うのならば、当時のハーラはガビジを数本携帯していただけで、実際に敵を殺す折には素手にて残虐を行なった。

 それから一〇年、ハーラは指導者としてではなく相変わらずの狂戦士として在り続けたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる―― ※他サイトでも掲載しています ※ちょいちょい手直ししていってます 2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...