獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第三章 復活

第一節 designation

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 ドドラグラ族――彼らに則った発音をすれば、ドラグールという言葉になる。

 ドラグールとは彼らの言葉で、龍を意味する。龍とは伝説上の生物の一種であり、蜥蜴の身体に蝙蝠の翼を持った、人間に害を為す巨大な怪物であるという事だった。人間にとって有害であるという龍の名を背負っているという事は、ドドラグラ族が極めて危険な集団であるという事、そして強大な悪の力を持って悪の獣を討伐する使命がある事を意味していた。

 ヴァーマ・ドゥエルにも龍の伝説はある。しかしドドラグラ族にとっての龍が人間と敵対する悪の存在であるのに対し、ヴァーマ・ドゥエルで説く所の龍は彼らにとっての創世王であった。
ヌェズキたちに文化を齎し、町を作り、農耕を教えたとされるのが、ヴァーマ・ドゥエルの龍である。その姿は、蛇の身体に鳥の翼を持った輝く巨獣とされており、今まで多くの地を流浪して来たダヴェヌラたちの事を象徴的に語ったものであるとも言われている。

 つまり、ドドラグラ族とヴァーマ・ドゥエルの龍に対する認識は大きく異なっており、この思想の隔たりが、二つの種族の争いを招いているのであった。
ドドラグラ族にとって龍は悪であり、その悪を祭神として戴くヴァーマ・ドゥエルは、看過する事の出来ない悪の民族なのであった。

 これまでドドラグラ族は、他の部族との小競り合いなどもあってなかなか密林一帯を支配する戦いを挑む事が出来ないでいた。だが、ヴァーマ・ドゥエルの最強戦士がディバーダ族に討たれたと知るや、彼らは最も巨大な勢力を誇るヴァーマ・ドゥエルを陥落させるべく動き出したのであった。

 彼らは自ら敵とする龍を模した甲冑を身に纏い、森の中へ進撃を開始した――





 戦士長ドゥギャ、ガムラ、そしてマモラは、ドドラグラ族の襲撃に際し、砦の守りを徹底しようとした。すぐさま訓練場を飛び出して、戦士たちには戦いの準備を、他の人たちには家屋の中で身を守る事を伝えようとしたのである。

「ゆくぞ、アーヴァン!」

 ガムラは息子アーヴァンに鋭く言った。アーヴァンは頷いて、昨夜から身に着けていたものの重みを改めて感じている。自分でさえ満足に振るえない、しかし亡き友の遺品である石鉈だ。
他の戦士たちも慌ただしく動き始めている。

 と――

「待て!」

 オウマが叫んだ。
 姉のシュメが、この期に及んで何かを言おうとする弟に、流石に怒りを露わにし始めた。

「お前の敗けだ、マモラ!」

 マモラは苛立ちを浮かべてオウマを振り返った。

「お前にも分かった筈だ、得体の知れない敵が、何度打ち据えても立ち上がって襲って来る恐怖が! お前は恐怖に屈して、俺を攻撃した! 俺の戦闘力を奪う為に、闘争を用いたのだ! それは俺が言っていた事と同じじゃないか。お前は俺にびくついて、武器を構える事をやめなかったじゃないか!」
「おい、こんな時に……」

 アーヴァンがオウマを諫めた。その巨大な手を振り払って、オウマはマモラに駆け寄った。

「お前は俺に敗けたんだ。お前自身で、お前の考えを否定したんだ!」
「――こいつっ」

 オウマはきっと、最初からこのような展開を考えていたに違いない。マモラから勝利を奪えたのなら、最初の約束通り、自分が戦士長になって軍備を増強する。こうやって敗けても、何度も立ち上がり、何度もマモラに攻めさせる事で、ヴァーマ・ドゥエルと周辺部族との関係の縮図を見せ付ける。

 何れにしても正しいのは自分で、間違っているのは最低限の専守防衛にのみ執着する長老連である――オウマは最初から、その現実を突き付ける心算だったのだ。

「こんな時までよせ!」

 ガムラがマモラを制し、オウマを睨み付けた。オウマは逆にガムラを睨み返した。
 ガムラは言った。

「オウマ、君を一時的に戦士長の一人に任命する……」
「ガムラ!?」

 驚いたのはマモラだ。まさかこのガムラが、オウマの言う幼稚な軍備論に耳を貸すとは思わなかったのだ。
 ガムラはマモラの戸惑いを理解して、静かな眼で同じく戦士長である彼を見つめた。

「守ろうとするばかりで、その為の力が伴わねば意味がないと、私も常々感じていた所だ」
「しかし戦士長ガムラ……」
「今、世界中が平和ならばそれも良いだろう。しかし、この砦の中は平和でも、一歩、砦から足を踏み出せば世の中は決して平和ではないのだ。我々の文化、誇りを守るには、戦わねばならない時もあるだろう」
まだ納得し切った訳ではないマモラの背中を叩いて、ガムラは言った。単に戦争がしたいのではない、守る為に戦わねばならないという、彼にとっても苦渋の決断をせねばならないという意思表明だった。
「傷は平気か、戦士長オウマ」
「――っ、当り前だ!」

 オウマは掌に唾を吐いて、マモラの棍棒で抉られた額に塗り込んだ。既に戦意が高揚していたオウマであるから、βエンドルフィンとアドレナリンの効果によって痛みも出血も治まっていた。

「アーヴァン、オウマと共に戦士を率いて、砦を守ってくれ」
「はい」

 アーヴァンは父に言われて頷いた。トゥケィの形見、巨大な石鉈を握り締めて、戦場へと赴く。





 ダブーラ・アブ・シャブーラは、先日の戦いの失態により降格の目に遭っていた。
 ハーン・ゾデから、その二つ下の階級であるゾデ・ナージまで、地位を引き下げられている。

 ゾデ・ナージは、下級戦士と違って上衣を着る事は許されているものの、肩を露出しなければならない。衣服の面積が少なくなるという事は、武器を隠す場所が減るという事だった。

 ダブーラは暗器ガビジに変わって、下級戦士の好む金属製のティッカーギを装着した。ティッカーギとは、手の指の内、人差し指から小指までの四本を、手の甲と掌側から挟むようにして装着する武器で、拳を作る事で手の甲から爪状の刃物が跳ね上がるというものである。

 拳の延長線に金属の爪が生える事になるので、パンチの軌道で敵を切り裂く事が出来る。

 しかしこれは、戦いに不慣れな下級戦士の好む武器で、ゾデ戦士、しかも一度はハーン・ゾデにまでなったダブーラとしては、酷く屈辱的な武装であった。

 又、ダブーラはアーリ・ゾデ――ゾデ・ナージの一つ上で、上腕の中頃までゾデが長くなっている――になった際に与えられた、所属を表すアブ、ハーン・ゾデに昇格した事で与えられた苗字のシャブーラの言葉をも剥奪されている。

 アブの言葉によって家財などが豊富になり、シャブーラの苗字によって他のゾデ戦士と階級に則ったやり取りをする事が出来る。これを奪われると、昨日までは好き勝手に命令する事が出来ていた下の階級のゾデ戦士にも、雑用を言い付けられる事があるようになる。

 実際、今のダブーラは、アーリ・ゾデの男に命じられて、斥候をやらされていた。
 カムンナーギ・メルバの予言により、ドドラグラ族のヴァーマ・ドゥエル侵攻が明らかとなり、その様子を見にやって来たのだった。

 ダブーラは森の中に紛れ、樹上を渡って身を隠し、密林へと進撃するドドラグラ族の軍団を発見した。

 ドドラグラ族の特徴は、豊富な金属資源による甲冑であった。海を渡ってやって来たという彼らは、その身を分厚い金属の鎧で包み込み、総数は決して多くはないものの――ハーラ・グル・アーヤバによる一〇年前の大虐殺も影響している――、その圧倒的な防御力で周辺部族に対して優位を保っていた。

 上や横、斜めに張り出した兜に、密林の中では邪魔にしかならなさそうな肩、精妙な動作を妨げる指先まで覆う手甲に、歩くだけで地面が沈む靴……ダブーラから見れば、あんな鎧は見掛け倒し以上の何ものでもなかった。

 他の部族では難しかろうが、ディバーダ族のゾデ戦士ならば、鎧の間隙を貫く事は容易だろう。
 それは、巧みな戦闘技術の事もあるが、同時にヒヒイロカネという物質から考えてもそうだ。

 ヒヒイロカネを、他の部族は単に金属の事だと思っているが、ディバーダ族の中では違う。ヒヒイロカネは彼ら特有の金属であり、ドドラグラ族の鎧とは全く異なる性質のものだ。

 展性や剛性という意味ではなく、その出所や本質からして、通常の金属とは違っていた。
 生半可な鎧であれば、ガビジのような大きさでも充分に切断、貫通が可能である。

 トゥケィ=ゼノキスァを失ったヴァーマ・ドゥエルは、ドドラグラ族の前に敗れるだろう。しかしヴァーマ・ドゥエルも出来得る限りの抵抗はするであろうし、ドドラグラ族も無傷では済むまい。

 そうなれば、ディバーダ族が漁夫の利を捕る事は可能である。今回出陣したのが全てではないにせよ、ドドラグラ族の総数はディバーダ族には遠く及ばないのだから。

「――む」

 五〇名余りのドドラグラ族の軍勢を確認し、自分たちの砦に戻ろうとしたダブーラは、ふと、その殿を務める鎧を発見して、眉を顰めた。

 基本的な外見は、他の鎧騎士たちとそう変わりはない。だがその右腕部分だけ、異なる材質の金属で造られているもののようだった。

 そしてその光沢――光を浴びて薄っすらと赤く燃え立つように輝く金属を、ダブーラは知っていた。

 ヒヒイロカネの輝きだった。
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