獣神転生ゼノキスァ

石動天明

文字の大きさ
17 / 46
第三章 復活

第四節 fighter

しおりを挟む
「オウマ――」

 崖の上に座し、見張りをしていたオウマの許に、カーラがやって来た。
 昨日はトゥケィが空を眺めていた場所で、今日はオウマが地上を見下ろしている。

 カーラの眼元は真っ赤になっていた。昨晩、オウマに言い寄られたのを断り、マキアと一緒にいてやる事も出来ず、葬儀が終わったグェルヴァの傍で、トゥケィの為に流していた涙の痕だ。

「何だ」

 オウマはカーラの顔を見たくなかった。いや、カーラの方が、自分に声を掛けたくなどないと思っていると、オウマは考えていた。オウマはルカに交際を迫って断られた翌日に、カーラと顔を合わせる事を気まずく感じていたのだ。

 カーラにはそんな気持ちは一つもなく、単にオウマに対して、純粋な疑問があったからここを訪れた。

「オウマは、見に行かないの?」
「何をだ」
「何をって、アーヴァンが戦っているのよ? 父さんから聞いたけど、貴方、戦士長になったんでしょ」
「戦士の仕事は戦う事だ。一人を相手にするのなら一人で良い。俺は他人の戦いを見ているだけの腰抜けにはならないし、決して気を緩めたりしない。森の中に、奴の部下が潜んで隙を窺っているかも分らんしな」

 オウマはカーラの方を見ずに、いつも以上につっけんどんな言い方をした。カーラとしては、効率を求めるオウマが、現在のヴァーマ・ドゥエルに関する重要な情報について、努めて無関心でいようとする態度の意味が分からない。

 だが彼の言っている事は、間違いばかりではない。今、アーヴァンはバラド侯爵と戦っており、五人の人質の命もこちらが握っているが、その間にドドラグラ族が本当に大人しくしているかどうか、信じ切る事は難しい。

「哀しいね……」

 ぽつりと、カーラは言った。唐突な言葉に、オウマも思わず振り向いた。
 カーラはオウマの横に腰掛け、同じ目線で地上を眺めながら、囁くように言った。

「人はどうして、同じ人なのに信じ合う事がこんなにも難しいんだろう」
「――同じ人だからさ。同じ人だから、違う人間を許せないんだろうよ」
「……マキアの事?」

 昨晩、オウマはトゥケィとマキアの家の前に現れ、悪童三人組を追い払った。あの時、オウマがやって来たのは、若しかするとトゥケィを失ったマキアを案じての事だったのだろうか?

「オウマ、貴方……」
「――そう言えば」

 オウマはカーラの言葉を遮った。

「奴はどうした? ン・ダーモだ」
「ン・ダーモ? ……そう言えば見ていないわね」
「昨日、ここでのんびりしていたトゥケィを呼びに来た筈だ。俺が奴に命じてな……」
「確かに来たわよ。それでトゥケィはン・ダーモと一緒に……」
「奴はどうした、死んだのか?」
「儀式には来ていなかったと思うけど……」

 カーラも儀式の場に立ち会った訳ではないから、詳しい事は知らない。だがルマ族の家で、父である祈祷師ルマ・サイーバが、死者のリストを作っていたのをちらりと見てはいた。その中に、ン・ダーモの名前はなかったように思う。

「そうか……」

 オウマが神妙に腕を組んだ。が、すぐにその腕を解いて、ぎょっとした表情を浮かべる。

「どうしたの?」
「見ろ、あれを――」

 オウマはその場から立ち上がると、砦の西の方を指差した。その方向にカーラが眼を凝らす。

 密林の中には縦横無尽に川が流れており、砦から離れると森を分断する巨大な河に出会う。その向こうはアージュラ族とフィダス族が主に争っている地域だ。

 その大河から枝分かれした川の流れを、工事によって変えて、複数の流れを砦内に導き、上下水道を整備している。ヴァーマ・ドゥエルが発展した理由の一つでもあった。

 その、砦の中に注ぎ込む流れの中を進む、黒い影を確認した。

「あれって、まさか――」
「馬だ! 奴ら……リオディン・ダグラ族め、ドドラグラ族の襲撃に紛れて、砦を落とす気か!」





 アーヴァンとバラド侯爵の戦いは苛烈を極めた。

 鎧を身に着けているとは思えない速度でアーヴァンを翻弄するバラド。そのスピードにどうにか付いてゆき、体格で押し切ろうとするアーヴァン。

 鉄の剣と巨石の鉈が空気を砕いて唸り、ぶつかり合って、火花を散らす。剣は刃毀れを起こして歪み、石鉈も削られて振るうたびに石の粉がぱらぱらと舞い落ちる。

 アーヴァンの全身は、ぬるぬるとした嫌な汗で塗れていた。舐め上げると、塩気よりも苦みが強い。相手を攻め切れない焦りが、アーヴァンの心と身体を乱していた。

 一方バラドは、思い掛けない好敵手との戦いに高揚している。筋肉がある人間は当然、瞬発力の面でも優れている。だが余りにも筋肉を発達させ、体重を増やし過ぎてしまうと、動きが鈍重になる。軽量とは言え鎧を着けている今のバラドよりも重量があるアーヴァンが、自分に付いて来られるのは凄まじい事であった。

 ――昂る!

 バラドは剣を右腕一本で振るっている。にも拘らず、アーヴァンが剣の一閃を回避すると、剣はそのまま石畳を深々と斬り込んだ。腕力が上昇しているような気分だった。

 バラドは決して軽くはない剣で、連続突きを繰り出した。ナイフであってもそんな速度を出す事は難しかろうと言う速さで、鉄の切っ先が残像を伴ってアーヴァンに迫る。

 アーヴァンは後方に逃げるしかない。するとバラドは一足飛びに間合いを詰め、剣を振り下ろした。
 石鉈を頭上に掲げて剣を受け止める。衝撃が裏側に抜け、アーヴァンが手前に向けた面に亀裂が走った。

「聞いたぞ、その音!」

 バラドは興奮したように叫んだ。剣を切り返して、アーヴァンの胴体を狙う。アーヴァンは敵の兜に頭突きをぶちかますような姿勢になった。バラドの兜が歪み、アーヴァンの腰が後ろに移動する。その要素が絡んだお陰で、バラドの剣はアーヴァンの腹の皮を、ほんの少し切り裂くに留まった。

 ひしゃげた兜が、頭に喰い込んでいる。覗き穴や呼吸の為の孔から、赤い液体が流れ落ちていた。バラドはしかし声高に笑い上げた。

「貴様の覚悟に亀裂の走る音だ!」
「――っ」

 アーヴァンが腹に巻いた包帯が、臍の上辺りからじわじわと赤く変色してゆく。その傷は大した事はない。腕や脚、胸、頸周りにも切り傷は及んでいるが、どれも致命傷とは言い難かった。アーヴァンが負っている傷は、バラドを倒し切れない精神的疲労、そして石鉈に入った亀裂という、この上なく明確な敗北の足音だ。

 バラドはアーヴァンの心の揺らぎを察知し、決着を付けんと躍り掛かった。剣を両手で握り、風のように接近し、眼前で跳躍、太陽を手にして剣を一閃し、脳天から真っ二つにする心算だ。

 ――トゥケィ!

 アーヴァンは眼を瞑った。逆光が眩しかったからではない。瞼の裏に焼き付いた友の姿を思い出し、その力を今だけで良い、自分に貸してくれと願ったのだ。

 バラドの右腕の装甲が、光を浴びて赤く輝く。燃え立つ斬撃がアーヴァンの眉間に触れた。
 刹那、アーヴァンの全身に危機感と共に力が漲り、身体を振り絞るようにして石鉈を振るっていた。

 おぞましい音がした。誰もが眼を逸らしたくなるような音だ。金属が肉を断ち、巨石が肝を潰す音。

 バラドは地面に落下し、アーヴァンもその場に身体をひねって倒れ込んでいた。

 どちらも暫し、そうやって伏していた。誰も声を上げる事なく、固唾を飲んで見守った。

 先に立ち上がったのは、バラドであった。腹部の鎧が裂けている。血液と共に、肉の蛇のようなものが蠕動しながら地面にこぼれてゆく。

 一方、バラドに遅れて身を起こしたアーヴァンは、頭頂から左の顎に掛けて、赤い切れ込みを入れられていた。アーヴァンが動くと傷口が開き、顔から削ぎ落とされた皮膚と眼球が転がり落ちた。

 立ち上がった両者、そして再び地に伏したのはバラドである。剣が浅く顔を切り裂いた瞬間、アーヴァンは全力で腰をひねり、石鉈を繰り出した。アーヴァンの渾身の回転斬りは、掠めただけで薄手の鎧を引き裂き、威力は内臓まで達した。

 アーヴァンは胸まで血をこぼしながら、地面に転がった左眼を拾い上げて、口に含んだ。眼球内の水分を吸い尽くして、ふやけた眼玉を呑み込んでしまうと、勝ち名乗りを上げた。


 WAAAAAAAAAAA!


 ヴァーマ・ドゥエル中が歓喜に沸き立った。石の砦を揺るがす勝利の方向であった。人質となっていた五人の騎士は一度はがっくりとうなだれたものの、すぐに顔を上げ、自分たちの指揮官の勇敢なる死を讃え始めた。

 敵はまだいる――しかし、一つの戦がどうにか終わった。

「アーヴァン……」

 父・ガムラ、母・アビーが駆け寄った。

「良くやったぞ、息子よ」
「父さん、母さん……」

 アーヴァンは顔の傷の事など気にせずに、微笑みを浮かべようとした。誰もが、アーヴァンの圧倒的なパワーに感歎し、安堵し切っていた。

「父さん、母さん……!」

 アーヴァンは残った右眼から安心し切った涙を流した。

 次の瞬間、屈強な両親は真横から頭を矢で射抜かれて、死んだ。
 リオディン・ダグラ族の襲撃が始まったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる―― ※他サイトでも掲載しています ※ちょいちょい手直ししていってます 2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...