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第七章 崩壊
第一節 progress
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トゥケィが眼を覚まし、長老ワカフ翁と共に神殿の地下へと消えてから、かなり長い時間が経つ。
トゥケィが気を失ってからこれまでの間オウマとカーラは、捕虜たちの移送や、心身共に傷付いた女たちのケアなどに奔走していた。
捕虜たちを馬から下ろし、拘束して、誰もいない神殿の中に閉じ込めた。昨日与えた食事や水の皿と、糞便を回収し、今日の分の食事を与え、彼らに、以降はヴァーマ・ドゥエルの為に働くように説明した。
カーラは、捕らえられはしたが無事であった女たちや、神殿に隠れてやり過ごした少女らに、ルマ族に伝わる薬草の調合などを教え、身体的な傷を癒し、精神的な疲弊を回復させる事にした。
それまで医療に関する事は祈祷師に任せっきりで、他の民には踏み込めない領域であった。しかしカーラは誰もが自分で愛する人の傷を癒せる事が大切だと感じており、それまで秘匿されていた医術を開放した。
それは祭祀の立場や権力を危うくするものであったが、カーラはそれでも構わなかった。明確なヒエラルキーに支配された閉塞的な平和よりも、人同士の間に優劣や上下のない、誰もが分け隔てなく接し合える砦に作り変える事が出来るのは、この機会しかないと思った。
オウマは捕虜たちを運ぶのに使った馬の何頭かを選んで殺し、その肉を剥ぎ取った。又、少年たちの数名に、砦の中から食料を集めるように指示を出した。
それらを運んでいると、数名の幼子たちが一つの建物の前に集まっている。捕虜たちを閉じ込めた建物だ。
その建物は地面よりも低い場所に床があり、窓はあるものの大の大人の頭より身体一つ分高い。初めから牢獄として造られたものである。
子供たちはその窓から中を見て、捕虜たちに向けて罵りの言葉を吐きながら石などを投げ付けていた。
「何してんだ? お前ら」
オウマが彼らに近付いた。
子供たちは振り返ってびくりとした。
ボマ、サ・トーヌ、そしてバルバーカら悪童三人組も混じっている。
「そいつらはこれから俺たちの為に働く奴隷だ。家族のように扱えとまでは言わないが、傷付ける事は許さんぞ」
「でも、こいつらが、俺の母ちゃんを……」
「姉さんを!」
「父さんを殺したんだ!」
子供たちは口々に、捕虜たちへの怨みつらみを吐き出した。いきなり現れて、父親や兄を殺し、母親や姉を奪い取って行った蛮族たちと知って、子供たちが良い顔をしないのは当然の事だ。ましてや純粋な幼子たちであるから、怒りをそのままぶつけてしまいたくなる気持ちも分かる。
オウマも彼らくらいの年頃であれば、そのようにしていたかもしれない。
だが、姉や友を殺されても、今、オウマは堪えなければならない時期であった。
「ただ殺すだけでは、そいつらと同じだぞ……」
オウマはそう言って、子供たちを黙らせた。
「兎も角、お前たちはここら辺に近付くな。助かった者は家族の傍にいろ。命を落とした者は、その魂の平穏の為に祈りを捧げるんだ。良いな……」
オウマは自分の言葉に驚いていた。まさかこんな大人しい事を、この自分が言うとは考えもしなかった。
軍備増強を具申し、自分でも武器を開発し、前線に出た――しかし今回の一件で、自分が如何に無力であったかを思い知ったのだろうか。少なくとも、自分よりも活躍したトゥケィ自身や彼の考えを尊重し、我を通そうという気力が萎えていた。
食料を運び終えたオウマは、見張りに戻ろうとした。いつもの崖の上から、侵略者の陰がないかを確かめなければならない。例えドドラグラ族、リオディン・ダグラ族の主戦力を奪ったと言っても、まだ彼らの本隊やアージュラ族、フィダス族、バックベム族、そしてディバーダ族――オウマは彼らが全滅した事を知らない――がいる。
その途中で、カーラと合流した。
「お疲れさま、オウマ」
「お前もな。トゥケィはどうだった?」
「眼を覚ましたわ。熱も治まって、元気になったみたい。今、ワカフ翁と話をしている所だと思う」
「そうか……」
「また見張りに? 私も付き合うわ」
「良いのか? また、お前を口説くかもしれないぞ」
「なら答えは決まってるわ」
二人は砦を出て、崖を上った。
太陽が傾き始めている。月が昇る前の最後の煌きのように、強く、赤い光を放っていた。
血のような輝きを眺めながら、カーラは一日経って漸く、胸を撫で下ろす事が出来たと感じている。その安堵感から、オウマと話をしたくなった。
「オウマがトゥケィの事、あんな風に思っていたなんて、少し驚いたわ」
「奴を長老に、という話か。今、その資格がある奴は俺かあいつしかいないからな。そして俺はその器じゃない……一方、奴は誰からも愛されている。勿論、戦いが起これば参加して貰うが、長老としてあいつが君臨している事が、砦の者たちには一番安心だろう」
「――何か、やっぱり意外。オウマってトゥケィの事、好きなのね。今までのつっけんどんな態度はその裏返し? ……あ、さては私に色々言って来たのも、トゥケィへの当て付けだったりして!」
「何言ってんだ莫迦。……大体、それだとお前……」
無意識で言っているのか、それとも分かっていての発言なのか――カーラは自然と、自分がトゥケィを好いているという事を、オウマに対して明かしていた。オウマはそれを指摘しようとしたが、カーラが余りに無垢な笑顔を浮かべているので、やめた。
「それはそうと、気になっている事がある……」
「気になる事? 何?」
「トゥケィの妹の事だ」
「マキア? あの子がどうかしたの。そう言えば随分、オウマに懐いてたわね」
「彼女は、眼が見えないんだよな」
「ええ、そうよ」
「その分、他の感覚は鋭敏だと言うが、それは例えば、宴の席などで一人の気配を抽出して察知する事が出来るようなものなのか?」
オウマが思い出したのは、トゥケィが捨て身の大立ち回りを演じた後、女たちを救出して安堵していたトゥケィの背後から襲い掛かったタムザ・クファーンを、マキアがいち早く察知していた事だ。
幾ら心に隙があったからとは言え、トゥケィや自分でさえ気付かないように気配を消していたタムザ・クファーンを、盲目のマキアが、女たちの話し声もある中で、感知出来るとは考え難い。
「さぁ……?」
「俺には、彼女が何か……単に眼が見えないのではなく、何か別のものを見ているような気がするんだ」
「……魂の形?」
メルバはそう言った。ワカフ翁が子供の頃に分かれたメルバと、今のメルバでは、年月という隔たりだけでは到底説明出来ない差がある。にも拘らず、ワカフ翁は部屋に入って来た女を、即座にメルバと断定した。
「アィダラの事だ」
アィダラ――生物は、肉体と魂から出来ている。その魂の内、個人個人を判別するものが、アィダラである。
メルバが、ワカフ翁が、自身の外見ではなくてそのアィダラを見て、メルバを判断していると言っていた。そしてその理由を、頭の中に埋め込まれたヒヒイロカネやアポイタカラにあるとしている。
「ヒヒイロカネの最後の特性……」
メルバは語った。
ヒヒイロカネは精霊に反応して形状を変えたり人間の力を引き出したりする。又、人体と融合する事で細胞をヒヒイロカネへと変換してゆく。それらに続く特性の事だ。
「ヒヒイロカネの欠片を脳の奥深くに埋める事で、その生物は、更なる進化を遂げるという事だ」
「進化……」
「脳は他の部分と違って、或る程度まで成長した場合、それ以上に細胞を交換する事がない。故にヒヒイロカネは、脳をヒヒイロカネに変換する事が出来ないのだ。しかし脳の発する電気信号は人体を動かす最も重要なものだ。電気信号とは即ち人間の心の働きと言って良い。心、精神、そうしたものに感応してヒヒイロカネは、人間の脳に、遺伝子に秘められた進化の力を発動する事が出来るのだ」
「進化とは、何だ?」
「あらゆる状況に応じて、自らの肉体を作り変える事だ」
メルバは右手を持ち上げると、ぎゅっと拳を握り込んだ。すると、その白い腕の表面に、ぞわぞわと黒っぽいものが生え出して来た。獣毛は鱗を形成し、メルバの右前腕の中頃のみが、タムザ・クファーンが変じた獣と同じ姿になった。
「なっ、何だ、そりゃぁ!?」
ン・ダーモが驚いて、その場で引っ繰り返りそうになった。俺も驚きはしたが、狼狽えはしない。既にタムザ・クファーンが……いや、この俺自身が、そうなるのを見ている。
メルバは更に掌を返して、俺の方に向けた。開いた指の間に、水掻きのようなものが生じている。誰しも多少はあるものだが、指の第二関節まで届く水掻きは極めて珍しい。
その手を翻して顔の前に持って来ると、彼女の細い指の中で、枝を手折るような音がした。そして見ていると、メルバの指が見る見る内に長く伸びてゆき、これに伴って、水掻きも肥大してゆく。俺とメルバとの間に、四本の骨組みを持った、白っぽい幕が下りていた。
幕、と言うよりは、膜なのであろう。メルバが手を動かすと、人の脚くらいは長い指の間に張られた皮膜が風を起こして翻った。
メルバの右手首から先が、蝙蝠のような翼に変わっていた。
そして彼女の顔も、翼の内側から現れた時、美しい女の顔から、皺だらけの老婆に変貌していた。そればかりか骨格の形状さえ、ディバーダ族の特徴を失くし、ダヴェヌラやヌェズキを思わせるものになっている。
浅黒い肌の老婆は、にっとピンク色の歯茎と白い歯を見せて微笑むと、再び蝙蝠の羽で顔を覆い隠した。そして再び現れたのは、白い肌の美女、ディバーダ族の祈祷師としてのメルバの顔であった。
「ワカフ、お前には今の私の姿が見えてはいないだろう。恐らく私がどのような姿であっても、お前には私の姿は見えず、私のアィダラばかりが見える筈だ。それはお前の脳に埋め込まれたアポイタカラが、私の頭の中のヒヒイロカネを察知し、互いの脳内の金属に宿った我々の精霊だけを、見ているからだ。そうだろう?」
メルバの言葉に、ワカフ翁は頷いた。
トゥケィが気を失ってからこれまでの間オウマとカーラは、捕虜たちの移送や、心身共に傷付いた女たちのケアなどに奔走していた。
捕虜たちを馬から下ろし、拘束して、誰もいない神殿の中に閉じ込めた。昨日与えた食事や水の皿と、糞便を回収し、今日の分の食事を与え、彼らに、以降はヴァーマ・ドゥエルの為に働くように説明した。
カーラは、捕らえられはしたが無事であった女たちや、神殿に隠れてやり過ごした少女らに、ルマ族に伝わる薬草の調合などを教え、身体的な傷を癒し、精神的な疲弊を回復させる事にした。
それまで医療に関する事は祈祷師に任せっきりで、他の民には踏み込めない領域であった。しかしカーラは誰もが自分で愛する人の傷を癒せる事が大切だと感じており、それまで秘匿されていた医術を開放した。
それは祭祀の立場や権力を危うくするものであったが、カーラはそれでも構わなかった。明確なヒエラルキーに支配された閉塞的な平和よりも、人同士の間に優劣や上下のない、誰もが分け隔てなく接し合える砦に作り変える事が出来るのは、この機会しかないと思った。
オウマは捕虜たちを運ぶのに使った馬の何頭かを選んで殺し、その肉を剥ぎ取った。又、少年たちの数名に、砦の中から食料を集めるように指示を出した。
それらを運んでいると、数名の幼子たちが一つの建物の前に集まっている。捕虜たちを閉じ込めた建物だ。
その建物は地面よりも低い場所に床があり、窓はあるものの大の大人の頭より身体一つ分高い。初めから牢獄として造られたものである。
子供たちはその窓から中を見て、捕虜たちに向けて罵りの言葉を吐きながら石などを投げ付けていた。
「何してんだ? お前ら」
オウマが彼らに近付いた。
子供たちは振り返ってびくりとした。
ボマ、サ・トーヌ、そしてバルバーカら悪童三人組も混じっている。
「そいつらはこれから俺たちの為に働く奴隷だ。家族のように扱えとまでは言わないが、傷付ける事は許さんぞ」
「でも、こいつらが、俺の母ちゃんを……」
「姉さんを!」
「父さんを殺したんだ!」
子供たちは口々に、捕虜たちへの怨みつらみを吐き出した。いきなり現れて、父親や兄を殺し、母親や姉を奪い取って行った蛮族たちと知って、子供たちが良い顔をしないのは当然の事だ。ましてや純粋な幼子たちであるから、怒りをそのままぶつけてしまいたくなる気持ちも分かる。
オウマも彼らくらいの年頃であれば、そのようにしていたかもしれない。
だが、姉や友を殺されても、今、オウマは堪えなければならない時期であった。
「ただ殺すだけでは、そいつらと同じだぞ……」
オウマはそう言って、子供たちを黙らせた。
「兎も角、お前たちはここら辺に近付くな。助かった者は家族の傍にいろ。命を落とした者は、その魂の平穏の為に祈りを捧げるんだ。良いな……」
オウマは自分の言葉に驚いていた。まさかこんな大人しい事を、この自分が言うとは考えもしなかった。
軍備増強を具申し、自分でも武器を開発し、前線に出た――しかし今回の一件で、自分が如何に無力であったかを思い知ったのだろうか。少なくとも、自分よりも活躍したトゥケィ自身や彼の考えを尊重し、我を通そうという気力が萎えていた。
食料を運び終えたオウマは、見張りに戻ろうとした。いつもの崖の上から、侵略者の陰がないかを確かめなければならない。例えドドラグラ族、リオディン・ダグラ族の主戦力を奪ったと言っても、まだ彼らの本隊やアージュラ族、フィダス族、バックベム族、そしてディバーダ族――オウマは彼らが全滅した事を知らない――がいる。
その途中で、カーラと合流した。
「お疲れさま、オウマ」
「お前もな。トゥケィはどうだった?」
「眼を覚ましたわ。熱も治まって、元気になったみたい。今、ワカフ翁と話をしている所だと思う」
「そうか……」
「また見張りに? 私も付き合うわ」
「良いのか? また、お前を口説くかもしれないぞ」
「なら答えは決まってるわ」
二人は砦を出て、崖を上った。
太陽が傾き始めている。月が昇る前の最後の煌きのように、強く、赤い光を放っていた。
血のような輝きを眺めながら、カーラは一日経って漸く、胸を撫で下ろす事が出来たと感じている。その安堵感から、オウマと話をしたくなった。
「オウマがトゥケィの事、あんな風に思っていたなんて、少し驚いたわ」
「奴を長老に、という話か。今、その資格がある奴は俺かあいつしかいないからな。そして俺はその器じゃない……一方、奴は誰からも愛されている。勿論、戦いが起これば参加して貰うが、長老としてあいつが君臨している事が、砦の者たちには一番安心だろう」
「――何か、やっぱり意外。オウマってトゥケィの事、好きなのね。今までのつっけんどんな態度はその裏返し? ……あ、さては私に色々言って来たのも、トゥケィへの当て付けだったりして!」
「何言ってんだ莫迦。……大体、それだとお前……」
無意識で言っているのか、それとも分かっていての発言なのか――カーラは自然と、自分がトゥケィを好いているという事を、オウマに対して明かしていた。オウマはそれを指摘しようとしたが、カーラが余りに無垢な笑顔を浮かべているので、やめた。
「それはそうと、気になっている事がある……」
「気になる事? 何?」
「トゥケィの妹の事だ」
「マキア? あの子がどうかしたの。そう言えば随分、オウマに懐いてたわね」
「彼女は、眼が見えないんだよな」
「ええ、そうよ」
「その分、他の感覚は鋭敏だと言うが、それは例えば、宴の席などで一人の気配を抽出して察知する事が出来るようなものなのか?」
オウマが思い出したのは、トゥケィが捨て身の大立ち回りを演じた後、女たちを救出して安堵していたトゥケィの背後から襲い掛かったタムザ・クファーンを、マキアがいち早く察知していた事だ。
幾ら心に隙があったからとは言え、トゥケィや自分でさえ気付かないように気配を消していたタムザ・クファーンを、盲目のマキアが、女たちの話し声もある中で、感知出来るとは考え難い。
「さぁ……?」
「俺には、彼女が何か……単に眼が見えないのではなく、何か別のものを見ているような気がするんだ」
「……魂の形?」
メルバはそう言った。ワカフ翁が子供の頃に分かれたメルバと、今のメルバでは、年月という隔たりだけでは到底説明出来ない差がある。にも拘らず、ワカフ翁は部屋に入って来た女を、即座にメルバと断定した。
「アィダラの事だ」
アィダラ――生物は、肉体と魂から出来ている。その魂の内、個人個人を判別するものが、アィダラである。
メルバが、ワカフ翁が、自身の外見ではなくてそのアィダラを見て、メルバを判断していると言っていた。そしてその理由を、頭の中に埋め込まれたヒヒイロカネやアポイタカラにあるとしている。
「ヒヒイロカネの最後の特性……」
メルバは語った。
ヒヒイロカネは精霊に反応して形状を変えたり人間の力を引き出したりする。又、人体と融合する事で細胞をヒヒイロカネへと変換してゆく。それらに続く特性の事だ。
「ヒヒイロカネの欠片を脳の奥深くに埋める事で、その生物は、更なる進化を遂げるという事だ」
「進化……」
「脳は他の部分と違って、或る程度まで成長した場合、それ以上に細胞を交換する事がない。故にヒヒイロカネは、脳をヒヒイロカネに変換する事が出来ないのだ。しかし脳の発する電気信号は人体を動かす最も重要なものだ。電気信号とは即ち人間の心の働きと言って良い。心、精神、そうしたものに感応してヒヒイロカネは、人間の脳に、遺伝子に秘められた進化の力を発動する事が出来るのだ」
「進化とは、何だ?」
「あらゆる状況に応じて、自らの肉体を作り変える事だ」
メルバは右手を持ち上げると、ぎゅっと拳を握り込んだ。すると、その白い腕の表面に、ぞわぞわと黒っぽいものが生え出して来た。獣毛は鱗を形成し、メルバの右前腕の中頃のみが、タムザ・クファーンが変じた獣と同じ姿になった。
「なっ、何だ、そりゃぁ!?」
ン・ダーモが驚いて、その場で引っ繰り返りそうになった。俺も驚きはしたが、狼狽えはしない。既にタムザ・クファーンが……いや、この俺自身が、そうなるのを見ている。
メルバは更に掌を返して、俺の方に向けた。開いた指の間に、水掻きのようなものが生じている。誰しも多少はあるものだが、指の第二関節まで届く水掻きは極めて珍しい。
その手を翻して顔の前に持って来ると、彼女の細い指の中で、枝を手折るような音がした。そして見ていると、メルバの指が見る見る内に長く伸びてゆき、これに伴って、水掻きも肥大してゆく。俺とメルバとの間に、四本の骨組みを持った、白っぽい幕が下りていた。
幕、と言うよりは、膜なのであろう。メルバが手を動かすと、人の脚くらいは長い指の間に張られた皮膜が風を起こして翻った。
メルバの右手首から先が、蝙蝠のような翼に変わっていた。
そして彼女の顔も、翼の内側から現れた時、美しい女の顔から、皺だらけの老婆に変貌していた。そればかりか骨格の形状さえ、ディバーダ族の特徴を失くし、ダヴェヌラやヌェズキを思わせるものになっている。
浅黒い肌の老婆は、にっとピンク色の歯茎と白い歯を見せて微笑むと、再び蝙蝠の羽で顔を覆い隠した。そして再び現れたのは、白い肌の美女、ディバーダ族の祈祷師としてのメルバの顔であった。
「ワカフ、お前には今の私の姿が見えてはいないだろう。恐らく私がどのような姿であっても、お前には私の姿は見えず、私のアィダラばかりが見える筈だ。それはお前の脳に埋め込まれたアポイタカラが、私の頭の中のヒヒイロカネを察知し、互いの脳内の金属に宿った我々の精霊だけを、見ているからだ。そうだろう?」
メルバの言葉に、ワカフ翁は頷いた。
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