獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第七章 崩壊

第二節 monster

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「じゃ、じゃあ爺さん、あんたも、今みたいな事が出来るのか……?」

 ン・ダーモが蒼い顔で訊いた。メルバが変身して見せたのが、余程、恐ろしかったらしい。
 それが当然の反応だろう。俺だって、タムザ・クファーンが獣に変じた時は、堪らなく恐ろしかった。

「案ずるな、鼠よ。アポイタカラにはそこまでの力はない。所詮、ヒヒイロカネの紛いものだ」

 メルバの身体にはさっきまでの変身の痕が、一つも残っていなかった。尤もそれを言えば、俺だってそうなのだが。

「恐らく――脳にヒヒイロカネを突き立てる事で、増幅された特殊な信号が全身の細胞に向けて流されるようになり、突然変異を自らの肉体の中で引き起こす事が出来るようになるのだろう。しかしそれはヒヒイロカネの魔力あってこそのもの、ヒヒイロカネを真似ただけのアポイタカラにその力はないだろう」
「――聞きたい事がある」

 俺はメルバに言った。

「想像は付く。お前も亦、これを持っているのだろう」

 メルバは自分のこめかみを、指で示した。ン・ダーモが、まさか、という顔をする。

「見えるぞ、お前の脳内に深く埋め込まれたヒヒイロカネがな。ハーラの奴か」

 俺は自分の額に触れてみた。あの時……ハーラ・グル・アーヤバの口笛に悶え、奴の放つ光球によって肉体を変化させられた時、俺の額からは金属質な角が出現した。あれは恐らく、ハーラがダブーラと戦っていた俺の額に投げ付けた、ヒヒイロカネのガビジだ。それが、自ら額を突き破って出現したのだ。

 頭の芯に意識を集中すると、あの冷たい頭痛が襲って来る。しかしその頭痛を堪えて更に意識を研ぎ澄ませば、俺の身体の表面に一枚の膜が出来たかのように、世界と切り離された。

 座っている地面が消失し、何処かへと堕ちてゆく感覚がある。けれども昇っているようでもある。或いは横たわっているような、逆さまになっているような、兎に角、自分の身体が重力から解き放たれ、空中を浮遊しているような感覚だった。けれども、あらゆるものが鮮明に見える。神殿の外の喧騒さえ聞き取れる。

 言うなればそれは神の視点だった。俺自身の姿さえ俯瞰する、大いなる何かが、この星を見下ろしている感覚だ。そして切り離された世界で俺は、メルバとワカフ翁のいる場所に、赤と蒼の輝きを見ている。それが恐らく、彼らの脳に埋め込まれたヒヒイロカネとアポイタカラだ。

 俺は意識を現実に戻し、改めてメルバに訊いた。

「あんたがやった、その……何て言うんだ、変化? ……ってのは、ヒヒイロカネを頭に埋め込んだ人間にしか、出来ない事なのか?」
「ヒヒイロカネを脳に埋め込み、且つ、無事である人間にのみ、だな。普通はその段階で死ぬ」
「では、単にヒヒイロカネを装備しただけの人間はどうなんだ? この腕部分だけとか」
「さっきも言ったが、ヒヒイロカネは装着した人間に融合し、やがて細胞を侵食してヒヒイロカネに変換する。脳でそれが起こらないのは、脳の大半部分が代謝を行なわないからだ」
「だがハーラ・グル・アーヤバ……あんたの弟は、鎧を着けた人間を、獣に変えていたぜ」

 俺はタムザ・クファーンとの事を、簡単に話した。

「さて……私にはあずかり知らぬ事だ。だが、奴の出自を考えれば、どんなに不思議な力を持っていたとしても、さして妙な事ではないかもしれないな」
「出自? 奴はあんたの、弟じゃないのか?」
「――私がフルマ族の長女カーラとして、父の跡を継ぎ、司祭の座に着いた頃の事だ」

 メルバがゆっくりと語り始めると、ワカフ翁が枯れ枝のような指を拳の形に固めた。

「当時も、ヴァーマ・ドゥエルは豊富な資源を持つ集落として、他の部族との闘争に明け暮れていた事はワカフから聞いた事だろう。今と異なっていた点が、二つある。一つは、ヴァーマ・ドゥエルもドドラグラ族やリオディン・ダグラ族、今のアージュラ族のように、金属器を用いていたという点。そしてもう一つは、好戦的であった当時のヴァーマ・ドゥエルには、今のように堅牢な砦はなかったという点だ。つまり、戦闘力という面では今より遥かに水準を上回っていたものの、防衛力という面では現在よりも大幅に劣るという事だ。つまり、容易に敵に攻め込まれた。そしてやはり、今回のリオディン・ダグラ族の襲撃と同じような事が起こった」

 今回の、リオディン・ダグラ族の襲撃と同じ――それは、つまり。

「戦いに出向いた男は殺され、女たちは奪い取られた。とは言えそれを野蛮という事もあるまい。ヴァーマ・ドゥエル……正確に言えばダヴェヌラの齎した道徳観に沿うのならば話は別だが、ヌェズキだって他の部族と同じで、敗者からは物資も食料も、そして人間も、奪い取る事を定石としていた」

 メルバは一旦、言葉を区切った。自分も、その、奪い取られた側の一人という事を示しているのだ。
 それが、ワカフ翁が子供だった頃の話だ。

「今は既に壊滅……と言うより、ディバーダ族が吸収した集落があってな、そこの部族に、私や母は連れ去られた。そこで女がどういう目に遭うか、お前はもう分かっているな? そして母は子を孕み、産んだ。そして産まれた子供が男ならば戦士として教育し、女ならば慰み者となる以上の扱いを受ける事はなかった。男子は母親が誰かを知らぬまま、戦う事、人を殺す事だけを教え込まれ、集落に捕らえられた女を慰み者とした。その時に私は、種違いの男とまぐわう事となったのさ」

 メルバが冷たい笑みを浮かべながら、ワカフ翁を眺めていた。ワカフ翁はほぼ失明しているとの事だったが、彼女から眼を逸らそうとしている。

「集落の連中は、私が子を宿したのを知ると、胎の子を殺そうとした。私はフルマ族の巫女だったからな、ヴァーマ・ドゥエルの司祭の血を残す訳にはいかないと。それを生業とする老婆がおり、そいつに頼んだのだ。しかし、不思議な事が起こった。私の胎の中で、奴は暴れ、自分を殺そうとする掻把つめと戦った。私は激しい痛みに襲われ、長い時間に渡って苦しんだ。やがて老婆は胎の中の子を殺す事を諦め、私そのものを抹殺する事を決めた。だが――」

 メルバは腹部に手を添えて、その時の感覚を思い出すようにして、言った。

「私諸共、殺される瞬間、奴は内側から私の腹を喰い破り、私たちを殺そうとした者たちに反逆した。奴は赤子の時から、強大な力と殺意をその身に秘めていたのだ。この時、赤ん坊であったハーラの片腕と片脚、そして眼と鼻と耳は削ぎ落とされ、全身の皮膚も剥がされた。それでも、ハーラは生き延び、より強く成長した。今の奴の姿を見ても分かるよう、非常にゆっくりとした成長ではあったがな……」

 メルバとワカフ翁が同年代を生きた同士であれば、メルバの容姿はおかしな事だ。しかしヴァーマ・ドゥエルから強奪したヒヒイロカネの力で姿を作り変えたのであれば、分からない事はない。

 そしてハーラ・グル・アーヤバ、奴の年齢を判断する材料は極めて少ないが、あの体格や姿勢、戦闘力からして、俺よりも数年早く生まれたというくらいにしか見えない。
 メルバはヒヒイロカネの力で若返り、ハーラはその特殊な生い立ちから周囲よりも成長が遅い。

 それで、この異形の姉弟は、今の容姿となっているという事だろうか。

 ハーラは生まれついての怪物である。母親の腹を喰い破って生まれるなど、神話の中にしかない事だ。それはつまり、ハーラ・グル・アーヤバが神話の世界の住人として、それに相応しい能力を持っている事の証明という事でもあった。

 ヒヒイロカネによる肉体変化の促進と、同じ能力をハーラは持っている……のだろうか。

「――さて、話はこれで終わりだ。本題に入ろうか、ワカフ」

 メルバが言った。

「ワカフ、“穿孔の盾と矛”を渡して貰おうか」
「それを手にして、どうする心算じゃ」
「決まっている。お前たちヴァーマ・ドゥエルも、他の部族たちも纏めて支配するのには、分かり易い力が要るのだ。それには“穿孔の盾と矛”、そしてハーラめが周辺部族にくれてやってしまった“剥離の鎧”が必要なのだ」
「奴が?」

 俺が訊くと、メルバは頷いた。

「一〇年前にヴァーマ・ドゥエルから奪った“剥離の鎧”を、ヒヒイロカネの量産体制が殆ど整った後、ハーラめはあろう事か、他の部族に配っていたのだ。ドドラグラ族には右腕、リオディン・ダグラ族には左腕、アージュラ族には胴体、フィダス族には左脚、バックベム族には右脚……お前たちの下には剣が残り、ディバーダ族には兜が残った。“穿孔の盾と矛”の力で各集落を制圧し、鎧を奪い返す。そして赤と蒼の二つの鎧を手に入れ、圧倒的な力で、周辺一帯をこの私が支配するのだ。ワカフ、これは復讐だ。あの時、我が身を穢した蛮族、そして私たちを守ってくれなかった貴様ら脆弱なヴァーマ・ドゥエル、そして愚かな闘争に明け暮れる人間共へのな――」
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