獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第七章 崩壊

第五節 reverse

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 蒼い兜を胸に抱えたメルバが、中央神殿から歩み出た。

 兜は、長老ワカフの頭部から取り出したものである。アポイタカラは人間の細胞を変質させて増殖する事はないが、変形して生物と融合する事は可能だ。ワカフは、その能力を用いて、アポイタカラの鎧、即ち“穿孔の盾と矛”を自らの頭部に隠していたのだ。

 だが、それは兜だけだ。“剥離の鎧と剣”と同じ姿に造られた“穿孔の盾と矛”ならば、胴体、両腕、そして両脚部分が存在する筈だ。

 それは何処に?

 メルバが脳内のヒヒイロカネの欠片に意識を集中すると、この中央神殿からそう離れていない場所に留まっている事が分かった。他に見当たらない事から、その一ヶ所に、兜を除く部分が置かれている事になる。

 そして自分のすぐ足元に、ヒヒイロカネを持った者がいた。
 トゥケィだ。

 目線を落とすと、トゥケィはヒヒイロカネの力で獣戦士へと変身し、ヴァーマ・ドゥエルの戦士と戦いを繰り広げている。

 変わった武器を使う、ヴァーマ・ドゥエルの人間としては珍しく好戦的な少年戦士の事は、メルバも聞き及んでいた。彼である。

 オウマはヴォルギーンを巧みに操って、獣人と化したトゥケィを打ち据えようとしていた。
 だが、獣戦士トゥケィにとって、オウマの攻撃など簡単に読む事が出来る。ヒヒイロカネの力で感覚を強化されたトゥケィは、オウマの闘志を感じ取って、その攻撃の法則を予測するのだ。

 トゥケィからは積極的に攻めてゆかないが、オウマが攻撃後に隙を見せれば的確にそこを突く。そして変身したトゥケィのパワーも、人間であるオウマより遥かに上だ。

 脇腹に蹴りを入れられ、オウマの身体が吹っ飛んだ。
 オウマを見据えるトゥケィの傍には、一人の男の死体が転がっていた。頭部を柘榴のようにかち割られ、脳みそを啜られている。顔からはもう判別出来ないが、服装からするとン・ダーモであった。

 トゥケィがやったらしかった。

 ――あの鼠の事だ、何か、下らない事を言って奴を煽ったのだろう。

 約一日と半、ディバーダ族の砦からヴァーマ・ドゥエルまでやって来る内に、ン・ダーモがそうした性質の男だという事は分かっていた。

 そんなン・ダーモの生還を喜んだトゥケィと、死去に怒り狂うオウマが、戦っている。
 オウマはヴォルギーンを杖のように使って立ち上がり、再びトゥケィに挑みかかった。

 ――あのような男たちが、お前にはいたのにな……。

 メルバは不意にン・ダーモが憐れに思えた。
 ン・ダーモは復讐だと言ったが、同じく復讐を誓う者であるメルバから見ても、的外れな逆恨みとしか思えない事であった。 

 その末路があれというのは、当然の事だが、報われない。
 そう思いながら、メルバは石段を下り始めた。





 オウマが、俺に向けてヴォルギーンを打ち込んで来る。
 しかしその技に、いつものキレがなかった。
 まるで児戯の如く緩やかな一撃を、俺は簡単に避ける事が出来た。

 どうしたんだ、オウマ。

 振り上げたヴォルギーンを頭上で回転させ、勢いを付けて石突を打ち下ろす。
 俺はさっと横に移動した。

 槌部分が石畳を砕き、破片を舞い上げる。地面にめり込んだ石突を支点にして、長柄を軸にオウマが跳んだ。
 俺の頭部に向けて蹴りを放って来る。

 それを、頭を後ろに傾けて回避しながら、オウマの腰に脛を打ち付けた。
 ヴォルギーンを地面から引き抜きながら、オウマの身体が弾かれたように吹き飛んだ。

「トゥケィ……!」

 オウマは憎々しげに唸った。
 肋骨にひびが入っている。他にも、膝が真っ赤に擦り剝けたり、額から顎まで血を垂らしていたりする。

「てめぇ、どういう事だ……? 説明しろォっ!」

 説明しろというのは、ン・ダーモの事だろう。
 どうして俺が、ン・ダーモを殺したのか。

 オウマは恐らく、ン・ダーモの前で獣となった俺の事を女たちから聞き、馳せ参じたのだろう。
 その時に、ン・ダーモが女たちに言った嘘についても聞かされている筈だ。
 リオディン・ダグラ族にヴァーマ・ドゥエルを売ったのが、この俺だという話だ。

 そして今、この俺……生と死を司る皮剥ぎの神ゼノ・キッツァの血を引くトゥケィは、怪物然とした姿で立っている。

 説明しろと言いながらもいきなり打ち掛かって来たオウマを、責める事は出来ない。誰だって、眼の前にこんなおぞましい姿をしたものが立っていれば、まともな精神状態ではいられない。

 俺だってそうだった。

 ――オウマ。

 俺は、彼の名を呼んで、この状況を説明しようとした。だが、言葉が出ない。人間の言葉を使おうとすると、大量の空気が牙の間から抜けるだけで、意味を成さなかった。

「何とか言え、トゥケィ!」

 オウマが言う。
 彼から見たら、今の俺は、姿ばかりか、意思疎通する事すら拒絶した化け物だろう。

 しかし、どのように説明をした所で、俺がン・ダーモを殺した事に変わりはない。
 奴の頭を地面に打ち付けて、頸の骨を砕き、頭蓋骨をかち割って脳髄を啜り上げた。

 旨かった……。

 ン・ダーモの脳は、旨かった。
 オウマのものは、どんな味がするのだろう。

 自然と、俺の口の中に唾液が溢れていた。
 涎は突き出した口の中をあっと言う間に満たし、牙の隙間から漏れ出した。
 ン・ダーモであれだけ旨かったのだ。きっとオウマは、もっと旨いに違いない。

 ――喰いたい……。

 オウマの脳を喰ってやりたかった。

 そう思った瞬間、はたと我に返る。

 何を考えているんだ、俺は?
 人を、人の脳を喰う?
 何を考えているのだ、この俺は。

 獣の脳を喰う文化自体は、ある。密林に住む動物たちを捕え、その肉を解体して、骨から剥がし、臓物を焼いて、頭蓋骨から脳を取り出して食べる。

 だが、人の脳を喰うなどという事は、倫理に反する。

 本当にそうか?

 かつて、ヌェズキたちはそうした文化を持っていたではないか。ダヴェヌラたちが勝手に禁じただけで、何故、ヌェズキの文化を否定した事になるのだろう。

 ヌェズキが人間を喰う理由は、その人間が持つ地位や記憶の継承と言った儀式的な意味合いがある。
 ダヴェヌラによって文字や絵画が齎された事で、記録の文化が生まれたので、その必要性がなくなった。
 だから、要不要で言うのならば、食人文化に関して、否定をされた訳ではない。

 だから、喰っても良いのだ。

 俺たちは獣相手でも無駄に殺すような事はしない。食べる為に殺す。殺すものは食べるものだけだ。

 例え相手が人間であっても、それが喰う為ならば、殺しても良い――

 そうだろう、オウマ?

 俺はオウマが横薙ぎに振るったヴォルギーンを捕まえ、手前に引き寄せた。近付いて来たオウマの顔面に蹴りを見舞い、武器を手放させる。

 オウマの服を掴んで地面に投げ落とし、その上に馬乗りになった。
 右手で頭を押さえ付け、鉤爪にした左手で奴の顔面の皮を剥ぎ取ってやろうとする。

「――」

 ぴたりと、俺の鋭い指先が、オウマの眼前で止まった。

 何を……何をしているのだ、俺は。
 どうしてオウマを、殺そうとしているのだ。喰らおうとしているのだ。

 オウマは俺の友達だ。
 今、ヴァーマ・ドゥエルを守れるただ一人の仲間だ。

 それを俺は……

「糞ッ」

 オウマは、動きを止めた俺の脇腹に向けて、手打ちの拳を入れた。痛み自体はなかったが、バランスを崩されて、俺は横に倒れ込む。

 立ち上がったオウマが、低い位置にある俺の頭部に蹴りを入れた。やはり蹴りの痛みはなかった。太くなった頸が、全ての衝撃を吸収しているようだった。

 しかしオウマの蹴りで、頭の芯が痺れるような感覚があった。額から突き出した赤い金属片は、脳の奥深くに突き立ったヒヒイロカネだ。それが蹴りの衝撃で振動し、俺の脳を揺さ振っているのだった。

 俺は強い嘔吐感に襲われて、腹の中のものを吐き出した。
 ン・ダーモの脳を咀嚼したものと、彼の頭蓋骨の欠片だ。
 それ以外は殆ど、黄色い胃液だった。

 げぇ……
 ぼぇぇ……

 咽喉の中が焼け付く。食べ物を消化する液体が逆流しながら、食道を焼き切っているようだった。

 そうしている内に俺の身体は、少しずつ人間の姿を取り戻して行った。

 獣毛が抜け、鱗が剥がれ落ちる。がちゃがちゃになった牙もすっぽりと抜けて、歯茎が妙に痛むと思ったら、新しい歯に生え変わって来る所だった。剥き出しの眼球を覆っていた膜も、涙と共に剥離して、瞼が被さって来る。

 顔の骨格は、まだ獣のものに近かったが、恐らく大部分は元に戻ったようである。

「トゥケィ……」

 オウマが歩み寄って来る。
 俺は、地面に吐瀉を撒いた四つん這いの姿勢から上体を起こし、立ち上がれずにいた。

「おい、一体何がどうなっているんだ? 説明しろ、トゥケィ!」

 オウマが俺に言った。

 と、彼の方へ顔を向けようとした俺の頭の中で、赤い光が移動している。
 少し引っ込んではいるが、まだ眉間に突起を残したヒヒイロカネが感知したのは、同じくヒヒイロカネを脳に持つメルバだった。

 彼女は小さな蒼い光を伴っており、同じく蒼い光の下へと向かっているようだった。

「せ……せつ、めい……は、あ、と、だ……」

 まだ、声は戻らない。掠れ、ざらざらとした声質でそれだけ言うと、俺はオウマに背中を向けてメルバを追った。
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