獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第七章 崩壊

第六節 enlightenment

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 マキアの頭に、器に注がれた酒がぶちまけられた。
 脳天を襲った液体にマキアは反応する事が出来ず、その場で氷の如く固まった。

 マキアとトゥケィが暮らしていた家屋の中には、トゥケィに助け出された女たちの内、無事であった者たちが犇めいていた。

 トゥケィがワカフに直々に呼び出され、間もなく長老の座を得る――そうした憶測が女たちの間に飛び交い、彼の妹であるマキアに優しくする事で、将来的に寵愛を受ける可能性を育てようとしたのである。

 酒宴は女たちが砦に戻ってから日が暮れるまで続き、朝がやって来て再び始まった。この日も夜通しマキアをおだてて、兄へ紹介して貰おうとしていたのだろう。

 所が、ン・ダーモの一件を知った者の報告によって、トゥケィへの評価ががくんと下がった。
 トゥケィがヴァーマ・ドゥエルを売ったというン・ダーモの証言を信じた者は少ないだろう。しかし、トゥケィが怪物然とした姿に変貌したのを見た女たちは、数多かった。

 それまでは、マキアのご機嫌を取ろうと食糧を渡したり、按摩をしたり、身なりを整えてやったりしていたのが、掌を返したように、酒をぶちまけ、耳元で罵倒し、軽度とは言え暴力を振るった。

 マキアは、何故自分がそのような目に遭っているかも分からず、耳を塞いで頭を抱え、ただ兄が助けに来るのを待っていた。

「やっぱりこいつの血筋は普通じゃなかったんだ」
「こんな娘が生まれる事自体、おかしいと思っていたわ」
「早く砦から追い出しましょう?」
「いいえ、いっそ殺してしまわないと」

 女たちは、部屋の真ん中で丸くなったマキアを囲んで、そのような事を言い合った。

 と、家の戸が開いて、一人の女がやって来た。

 入室に気付いた女の一人が、見覚えのない顔に怪訝そうな表情を浮かべる。
 途端に、部屋の中にいた数名が、風もないのに大きく吹き飛び、壁に激突して気を失った。

 メルバの念動力である。

「……お前か」

 メルバは白髪の少女を見下ろした。

 他の女たちは、メルバが見せた奇術に怯み、一斉に壁際に寄って距離を取った。
 メルバはマキアの傍に屈み込むと、彼女の白い髪を濡らした酒の匂いや、真っ白な皮膚に浮かんだ打撲痕を眺めた。何が彼女を襲ったのかは、おおよそ察したものであるらしかった。

「これが平和の都の実体か……」

 そう呟いたメルバの二の腕が、金属質な輝きを帯び始めた。既に、トゥケィが奪還した“剥離の鎧”の両腕部分を、身体の中に取り込んでいたのだ。

 メルバはヒヒイロカネと化した両腕を素早く振るって、残った女たちの身体を撫で斬りにした。
 彼女らは木の葉が風に散らされるようにして、皮膚を削ぎ落とされ、肉を剥ぎ取られ、骨を砕かれて痛みの中で絶命した。

 ゼノキスァ兄妹の住まいの内側が、鮮血で染め上げられた。
 マキアの白い髪と肌にも、赤い血が飛び散って汚している。

「顔を上げよ……」

 メルバは言った。
 眼は見えていない筈だが、マキアはすぐさまメルバの方向を察知した。

「お前にも見えている筈だ、私の事が」
「わ、私は……眼が見えません……」

 マキアの眼は化膿して黄色く濁っている。だがメルバの言うように、マキアはメルバが孕んだ赤い光と、彼女が抱えた蒼い光の存在を感知していた。

「ものを見るのは眼ばかりではない。私が欲しいのはそれだ」

 メルバは右手を持ち上げた。ヒヒイロカネと化したその指先が変形してゆく。ワカフの頭部から“穿孔の盾と矛”の兜を引き抜いた時と同じ、掻把の形だ。だがより多くのヒヒイロカネを得て、その形状はより繊細な動作を可能とするものへと変化していた。

 メルバは、“剥離の鎧”を用いて、その名の通り、マキアの身体に眠る“穿孔の盾と矛”を剥ぎ取った。





 俺はメルバを追って走った。
 身体の大部分は元に戻っているが、身体能力は向上したままだ。俺は追い掛けて来るオウマを引き離して、見慣れた道を駆けた。

 どうした訳か、メルバは俺とマキアが住む家に向かっている。つまりアポイタカラの蒼い光が、俺の住む家に存在しているという事だ。

 ゼノ・キッツァ……かつて“剥離の鎧”を造り出した者の血族として、俺の家に、ヒヒイロカネを模して造られたアポイタカラの鎧が隠されているのか?

 何にしても、過去がどうあれ今のメルバはディバーダ族の巫女であり、武力による統一を目指す過激派だ。マキアに危機が及ぶかもしれないとあっては、急がざるを得ない。

 その途中、角を曲がった所で、同じように急いで何処かへ向かっていたらしいカーラと衝突しそうになった。俺は急制動を掛けられたが、カーラはその場で尻餅を付いてしまう。

「痛たた……き、気を付けないと駄目じゃな……ひっ!?」

 ぶつかった相手である俺を見上げて、カーラは小さく悲鳴を上げた。
 俺の顔は未だに、獣人と人間の中間である。却って不気味さは増しているかもしれなかった。

 俺はカーラから顔を逸らして、マキアの許へ向かった。

「お……オウマ!」

 声が聞こえる。
 俺の痕を追い駆けて来たオウマと、カーラが合流したのだ。

「い、今の……」
「安心しろ、トゥケィだ」
「え!?」
「行くぞ、立て」
「ちょ、ちょっと……」

 オウマはカーラに手を貸してやり、再び俺の追跡を始めた。しかし彼らならば、俺がこの道を通って何処へ向かおうとしているかは分かる筈だ。

 俺は飛ぶような勢いで家に向かい、開け放たれた扉から漂う濃厚な血の匂いに肝を冷やしつつ、自宅に飛び込んだ。

 眼が覚めるような赤色が、部屋の内側を塗り潰していた。壁際には、元が何であったか判別出来ないくらいに破壊された肉片が、ごろごろと転がっている。

 その真ん中に、メルバは立っていた。
 メルバの身体には、蒼い鎧が装着されている。

「鎧は頂いたぞ」

 メルバはそう言って、兜を装着した。その姿を見た途端、俺の瞼の裏に、一〇年前の光景が蘇った。
 あの豪雨の日、父が身に着けていた鎧だ。

 そして“穿孔の盾と矛”を纏った父を、“剥離の鎧”を装着した男が殺害した!

 その瞬間に俺とマキアは立ち合ったのだ。
 “剥離の鎧”と“穿孔の盾と矛”とのぶつかり合いは、周囲に影響を及ぼした。強い雨をより強く降らせ、風を巻き起こし、稲妻を浴びながら戦っていた。

 その余波で、“剥離の剣”を移動させる為に掘り起こしていた山が崩れ、俺とマキア、そして母は巻き込まれてしまった。俺たちを庇って母は死に、マキアは両親を同時に喪ったショックで光を閉ざした。

 ――マキア。

 そうだ、マキアは?
 マキアは何処に!?

 俺は部屋の中で視線を巡らせたが、妹の特徴的な白髪は何処にも見当たらなかった。

「案ずるな、お前の妹は無事だ……」

 くぐもった声で、メルバが言った。メルバは“剥離の鎧”の両腕を担いで、俺と入れ違うように、家の中から出てゆく。

 俺は死体の転がる室内を探したが、マキアの姿は見えなかった。
 唯一の生存者は、部屋の中央で寝そべっている裸の女……

「う……」

 彼女が呻いた。

「おい、大丈夫か!」

 俺の声は、ここに移動するまでに大体戻っており、掠れてはいるものの会話は可能だった。

 俺はその全裸の女を抱き起した。
 頭に下から手を差し込むと、黒い髪に血が絡まって粘着いた。大きく膨らんだ乳房に、ほんの少し緩んだお腹、合わせれば隙間がなくなる太腿に生唾を飲みそうになりながらも、理性で押し殺して無事を確認した。

 呻きながら眼を開けた女は、俺の顔を見るとびっくりして、そして言った。

「お兄さん……」
「え……」
「兄さん、私……眼が……眼が、見えるようになったわ!」

 黒い眼で俺を見上げて、彼女はそう言った。

「……マキア?」





 トゥケィに追い付いたオウマと、彼にどうにか付いて来て息を上げるカーラは、トゥケィとマキアの家から蒼い鎧が出て来たのを見て足を止めた。

 月のように蒼く冴える金属の鎧と遭遇した二人は、内臓を素手で掴み出されたような悪寒を感じた。
 その姿は余りにも高貴で、例え最強格の戦士、神聖な巫女の血を持つ乙女であっても、平伏せざるを得ない力を湛えていた。

「もう一人の戦士……そしてお前が、巫女か」

 “穿孔の盾と矛”の奥から、メルバが言った。堅牢な鎧の奥から響いたのが女の声であった事に、二人は多少ながら驚いたようであった。

 オウマは、“穿孔の盾と矛”が肩に赤い鎧を担いでいるのを見た。トゥケィがタムザ・クファーンから奪還した鎧である。

「てめぇ、何者だ!?」
「ヴァーマ・ドゥエルの戦士よ、巫女よ、聞け。私はディバーダ族のカムンナーギ・メルバ」
「ディバーダ族!?」

 カーラの戸惑いを無視して、メルバは続けた。

「この鎧は“穿孔の盾と矛ヴォール・ド・ヴォツィリ”……ヴァーマ・ドゥエルの軍神の名を冠した鎧だ。この赤き鎧は“剥離の鎧ゼノ・キッツァ”……生と死を司る神の名だ。私はこの鎧を用い、貴様らヴァーマ・ドゥエルを支配する。そしてこの半島の人間を統括し、一代王朝を築く心算だ。戦士よ、巫女よ、お前たちには我が軍門に下って貰う」
「軍門だとォ? 舐めた口を叩くんじゃねぇ。ヴォール・ド・ヴォツィリ? ゼノ・キッツァ? 知らねぇな、そんな神さまなんてよ。いや、昔はいたかもしれねーな、だがとっくの昔に死んだ神だぜ。今更しゃしゃり出て来たってよ、ンなもん、何の意味もねぇんだよ!」

 オウマは地面に唾を吐くと、ヴォルギーンを構えて突撃した。

 上から打ち下ろし、横に薙ぎ、穂先と石突を入れ替えて突き、周囲を回って翻弄し、関節を切り裂く。

 オウマの頭の中には、その明確なプランが浮かんでいた。

 どれだけ強固な鎧だろうと、関節には隙間がある。走行の薄い部分を狙えば刃が徹る。
 だが、メルバの念動力は、そうしたオウマの計画を彼の身体と共に吹き飛ばした。

「オウマ!」

 カーラが駆け寄ろうとしたが、それより先にメルバの念動力が彼女を引き寄せた。
 メルバはカーラの頸を掴んで持ち上げた。

「お前が、今のルマ族の巫女か……」
「だ、だったら何……?」
「何、少し懐かしくなっただけさ」

 メルバはほんのりと感傷的になった様子で呟き、カーラを吹き飛ばした。
 オウマ程ではないが、強かに地面に打ち付けられ、呻く。

「――メルバ!」

 蒼い鎧の背中に、トゥケィが叫んだ。 
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