42 / 46
第七章 崩壊
第六節 enlightenment
しおりを挟む
マキアの頭に、器に注がれた酒がぶちまけられた。
脳天を襲った液体にマキアは反応する事が出来ず、その場で氷の如く固まった。
マキアとトゥケィが暮らしていた家屋の中には、トゥケィに助け出された女たちの内、無事であった者たちが犇めいていた。
トゥケィがワカフに直々に呼び出され、間もなく長老の座を得る――そうした憶測が女たちの間に飛び交い、彼の妹であるマキアに優しくする事で、将来的に寵愛を受ける可能性を育てようとしたのである。
酒宴は女たちが砦に戻ってから日が暮れるまで続き、朝がやって来て再び始まった。この日も夜通しマキアをおだてて、兄へ紹介して貰おうとしていたのだろう。
所が、ン・ダーモの一件を知った者の報告によって、トゥケィへの評価ががくんと下がった。
トゥケィがヴァーマ・ドゥエルを売ったというン・ダーモの証言を信じた者は少ないだろう。しかし、トゥケィが怪物然とした姿に変貌したのを見た女たちは、数多かった。
それまでは、マキアのご機嫌を取ろうと食糧を渡したり、按摩をしたり、身なりを整えてやったりしていたのが、掌を返したように、酒をぶちまけ、耳元で罵倒し、軽度とは言え暴力を振るった。
マキアは、何故自分がそのような目に遭っているかも分からず、耳を塞いで頭を抱え、ただ兄が助けに来るのを待っていた。
「やっぱりこいつの血筋は普通じゃなかったんだ」
「こんな娘が生まれる事自体、おかしいと思っていたわ」
「早く砦から追い出しましょう?」
「いいえ、いっそ殺してしまわないと」
女たちは、部屋の真ん中で丸くなったマキアを囲んで、そのような事を言い合った。
と、家の戸が開いて、一人の女がやって来た。
入室に気付いた女の一人が、見覚えのない顔に怪訝そうな表情を浮かべる。
途端に、部屋の中にいた数名が、風もないのに大きく吹き飛び、壁に激突して気を失った。
メルバの念動力である。
「……お前か」
メルバは白髪の少女を見下ろした。
他の女たちは、メルバが見せた奇術に怯み、一斉に壁際に寄って距離を取った。
メルバはマキアの傍に屈み込むと、彼女の白い髪を濡らした酒の匂いや、真っ白な皮膚に浮かんだ打撲痕を眺めた。何が彼女を襲ったのかは、おおよそ察したものであるらしかった。
「これが平和の都の実体か……」
そう呟いたメルバの二の腕が、金属質な輝きを帯び始めた。既に、トゥケィが奪還した“剥離の鎧”の両腕部分を、身体の中に取り込んでいたのだ。
メルバはヒヒイロカネと化した両腕を素早く振るって、残った女たちの身体を撫で斬りにした。
彼女らは木の葉が風に散らされるようにして、皮膚を削ぎ落とされ、肉を剥ぎ取られ、骨を砕かれて痛みの中で絶命した。
ゼノキスァ兄妹の住まいの内側が、鮮血で染め上げられた。
マキアの白い髪と肌にも、赤い血が飛び散って汚している。
「顔を上げよ……」
メルバは言った。
眼は見えていない筈だが、マキアはすぐさまメルバの方向を察知した。
「お前にも見えている筈だ、私の事が」
「わ、私は……眼が見えません……」
マキアの眼は化膿して黄色く濁っている。だがメルバの言うように、マキアはメルバが孕んだ赤い光と、彼女が抱えた蒼い光の存在を感知していた。
「ものを見るのは眼ばかりではない。私が欲しいのはそれだ」
メルバは右手を持ち上げた。ヒヒイロカネと化したその指先が変形してゆく。ワカフの頭部から“穿孔の盾と矛”の兜を引き抜いた時と同じ、掻把の形だ。だがより多くのヒヒイロカネを得て、その形状はより繊細な動作を可能とするものへと変化していた。
メルバは、“剥離の鎧”を用いて、その名の通り、マキアの身体に眠る“穿孔の盾と矛”を剥ぎ取った。
俺はメルバを追って走った。
身体の大部分は元に戻っているが、身体能力は向上したままだ。俺は追い掛けて来るオウマを引き離して、見慣れた道を駆けた。
どうした訳か、メルバは俺とマキアが住む家に向かっている。つまりアポイタカラの蒼い光が、俺の住む家に存在しているという事だ。
ゼノ・キッツァ……かつて“剥離の鎧”を造り出した者の血族として、俺の家に、ヒヒイロカネを模して造られたアポイタカラの鎧が隠されているのか?
何にしても、過去がどうあれ今のメルバはディバーダ族の巫女であり、武力による統一を目指す過激派だ。マキアに危機が及ぶかもしれないとあっては、急がざるを得ない。
その途中、角を曲がった所で、同じように急いで何処かへ向かっていたらしいカーラと衝突しそうになった。俺は急制動を掛けられたが、カーラはその場で尻餅を付いてしまう。
「痛たた……き、気を付けないと駄目じゃな……ひっ!?」
ぶつかった相手である俺を見上げて、カーラは小さく悲鳴を上げた。
俺の顔は未だに、獣人と人間の中間である。却って不気味さは増しているかもしれなかった。
俺はカーラから顔を逸らして、マキアの許へ向かった。
「お……オウマ!」
声が聞こえる。
俺の痕を追い駆けて来たオウマと、カーラが合流したのだ。
「い、今の……」
「安心しろ、トゥケィだ」
「え!?」
「行くぞ、立て」
「ちょ、ちょっと……」
オウマはカーラに手を貸してやり、再び俺の追跡を始めた。しかし彼らならば、俺がこの道を通って何処へ向かおうとしているかは分かる筈だ。
俺は飛ぶような勢いで家に向かい、開け放たれた扉から漂う濃厚な血の匂いに肝を冷やしつつ、自宅に飛び込んだ。
眼が覚めるような赤色が、部屋の内側を塗り潰していた。壁際には、元が何であったか判別出来ないくらいに破壊された肉片が、ごろごろと転がっている。
その真ん中に、メルバは立っていた。
メルバの身体には、蒼い鎧が装着されている。
「鎧は頂いたぞ」
メルバはそう言って、兜を装着した。その姿を見た途端、俺の瞼の裏に、一〇年前の光景が蘇った。
あの豪雨の日、父が身に着けていた鎧だ。
そして“穿孔の盾と矛”を纏った父を、“剥離の鎧”を装着した男が殺害した!
その瞬間に俺とマキアは立ち合ったのだ。
“剥離の鎧”と“穿孔の盾と矛”とのぶつかり合いは、周囲に影響を及ぼした。強い雨をより強く降らせ、風を巻き起こし、稲妻を浴びながら戦っていた。
その余波で、“剥離の剣”を移動させる為に掘り起こしていた山が崩れ、俺とマキア、そして母は巻き込まれてしまった。俺たちを庇って母は死に、マキアは両親を同時に喪ったショックで光を閉ざした。
――マキア。
そうだ、マキアは?
マキアは何処に!?
俺は部屋の中で視線を巡らせたが、妹の特徴的な白髪は何処にも見当たらなかった。
「案ずるな、お前の妹は無事だ……」
くぐもった声で、メルバが言った。メルバは“剥離の鎧”の両腕を担いで、俺と入れ違うように、家の中から出てゆく。
俺は死体の転がる室内を探したが、マキアの姿は見えなかった。
唯一の生存者は、部屋の中央で寝そべっている裸の女……
「う……」
彼女が呻いた。
「おい、大丈夫か!」
俺の声は、ここに移動するまでに大体戻っており、掠れてはいるものの会話は可能だった。
俺はその全裸の女を抱き起した。
頭に下から手を差し込むと、黒い髪に血が絡まって粘着いた。大きく膨らんだ乳房に、ほんの少し緩んだお腹、合わせれば隙間がなくなる太腿に生唾を飲みそうになりながらも、理性で押し殺して無事を確認した。
呻きながら眼を開けた女は、俺の顔を見るとびっくりして、そして言った。
「お兄さん……」
「え……」
「兄さん、私……眼が……眼が、見えるようになったわ!」
黒い眼で俺を見上げて、彼女はそう言った。
「……マキア?」
トゥケィに追い付いたオウマと、彼にどうにか付いて来て息を上げるカーラは、トゥケィとマキアの家から蒼い鎧が出て来たのを見て足を止めた。
月のように蒼く冴える金属の鎧と遭遇した二人は、内臓を素手で掴み出されたような悪寒を感じた。
その姿は余りにも高貴で、例え最強格の戦士、神聖な巫女の血を持つ乙女であっても、平伏せざるを得ない力を湛えていた。
「もう一人の戦士……そしてお前が、巫女か」
“穿孔の盾と矛”の奥から、メルバが言った。堅牢な鎧の奥から響いたのが女の声であった事に、二人は多少ながら驚いたようであった。
オウマは、“穿孔の盾と矛”が肩に赤い鎧を担いでいるのを見た。トゥケィがタムザ・クファーンから奪還した鎧である。
「てめぇ、何者だ!?」
「ヴァーマ・ドゥエルの戦士よ、巫女よ、聞け。私はディバーダ族のカムンナーギ・メルバ」
「ディバーダ族!?」
カーラの戸惑いを無視して、メルバは続けた。
「この鎧は“穿孔の盾と矛”……ヴァーマ・ドゥエルの軍神の名を冠した鎧だ。この赤き鎧は“剥離の鎧”……生と死を司る神の名だ。私はこの鎧を用い、貴様らヴァーマ・ドゥエルを支配する。そしてこの半島の人間を統括し、一代王朝を築く心算だ。戦士よ、巫女よ、お前たちには我が軍門に下って貰う」
「軍門だとォ? 舐めた口を叩くんじゃねぇ。ヴォール・ド・ヴォツィリ? ゼノ・キッツァ? 知らねぇな、そんな神さまなんてよ。いや、昔はいたかもしれねーな、だがとっくの昔に死んだ神だぜ。今更しゃしゃり出て来たってよ、ンなもん、何の意味もねぇんだよ!」
オウマは地面に唾を吐くと、ヴォルギーンを構えて突撃した。
上から打ち下ろし、横に薙ぎ、穂先と石突を入れ替えて突き、周囲を回って翻弄し、関節を切り裂く。
オウマの頭の中には、その明確なプランが浮かんでいた。
どれだけ強固な鎧だろうと、関節には隙間がある。走行の薄い部分を狙えば刃が徹る。
だが、メルバの念動力は、そうしたオウマの計画を彼の身体と共に吹き飛ばした。
「オウマ!」
カーラが駆け寄ろうとしたが、それより先にメルバの念動力が彼女を引き寄せた。
メルバはカーラの頸を掴んで持ち上げた。
「お前が、今のルマ族の巫女か……」
「だ、だったら何……?」
「何、少し懐かしくなっただけさ」
メルバはほんのりと感傷的になった様子で呟き、カーラを吹き飛ばした。
オウマ程ではないが、強かに地面に打ち付けられ、呻く。
「――メルバ!」
蒼い鎧の背中に、トゥケィが叫んだ。
脳天を襲った液体にマキアは反応する事が出来ず、その場で氷の如く固まった。
マキアとトゥケィが暮らしていた家屋の中には、トゥケィに助け出された女たちの内、無事であった者たちが犇めいていた。
トゥケィがワカフに直々に呼び出され、間もなく長老の座を得る――そうした憶測が女たちの間に飛び交い、彼の妹であるマキアに優しくする事で、将来的に寵愛を受ける可能性を育てようとしたのである。
酒宴は女たちが砦に戻ってから日が暮れるまで続き、朝がやって来て再び始まった。この日も夜通しマキアをおだてて、兄へ紹介して貰おうとしていたのだろう。
所が、ン・ダーモの一件を知った者の報告によって、トゥケィへの評価ががくんと下がった。
トゥケィがヴァーマ・ドゥエルを売ったというン・ダーモの証言を信じた者は少ないだろう。しかし、トゥケィが怪物然とした姿に変貌したのを見た女たちは、数多かった。
それまでは、マキアのご機嫌を取ろうと食糧を渡したり、按摩をしたり、身なりを整えてやったりしていたのが、掌を返したように、酒をぶちまけ、耳元で罵倒し、軽度とは言え暴力を振るった。
マキアは、何故自分がそのような目に遭っているかも分からず、耳を塞いで頭を抱え、ただ兄が助けに来るのを待っていた。
「やっぱりこいつの血筋は普通じゃなかったんだ」
「こんな娘が生まれる事自体、おかしいと思っていたわ」
「早く砦から追い出しましょう?」
「いいえ、いっそ殺してしまわないと」
女たちは、部屋の真ん中で丸くなったマキアを囲んで、そのような事を言い合った。
と、家の戸が開いて、一人の女がやって来た。
入室に気付いた女の一人が、見覚えのない顔に怪訝そうな表情を浮かべる。
途端に、部屋の中にいた数名が、風もないのに大きく吹き飛び、壁に激突して気を失った。
メルバの念動力である。
「……お前か」
メルバは白髪の少女を見下ろした。
他の女たちは、メルバが見せた奇術に怯み、一斉に壁際に寄って距離を取った。
メルバはマキアの傍に屈み込むと、彼女の白い髪を濡らした酒の匂いや、真っ白な皮膚に浮かんだ打撲痕を眺めた。何が彼女を襲ったのかは、おおよそ察したものであるらしかった。
「これが平和の都の実体か……」
そう呟いたメルバの二の腕が、金属質な輝きを帯び始めた。既に、トゥケィが奪還した“剥離の鎧”の両腕部分を、身体の中に取り込んでいたのだ。
メルバはヒヒイロカネと化した両腕を素早く振るって、残った女たちの身体を撫で斬りにした。
彼女らは木の葉が風に散らされるようにして、皮膚を削ぎ落とされ、肉を剥ぎ取られ、骨を砕かれて痛みの中で絶命した。
ゼノキスァ兄妹の住まいの内側が、鮮血で染め上げられた。
マキアの白い髪と肌にも、赤い血が飛び散って汚している。
「顔を上げよ……」
メルバは言った。
眼は見えていない筈だが、マキアはすぐさまメルバの方向を察知した。
「お前にも見えている筈だ、私の事が」
「わ、私は……眼が見えません……」
マキアの眼は化膿して黄色く濁っている。だがメルバの言うように、マキアはメルバが孕んだ赤い光と、彼女が抱えた蒼い光の存在を感知していた。
「ものを見るのは眼ばかりではない。私が欲しいのはそれだ」
メルバは右手を持ち上げた。ヒヒイロカネと化したその指先が変形してゆく。ワカフの頭部から“穿孔の盾と矛”の兜を引き抜いた時と同じ、掻把の形だ。だがより多くのヒヒイロカネを得て、その形状はより繊細な動作を可能とするものへと変化していた。
メルバは、“剥離の鎧”を用いて、その名の通り、マキアの身体に眠る“穿孔の盾と矛”を剥ぎ取った。
俺はメルバを追って走った。
身体の大部分は元に戻っているが、身体能力は向上したままだ。俺は追い掛けて来るオウマを引き離して、見慣れた道を駆けた。
どうした訳か、メルバは俺とマキアが住む家に向かっている。つまりアポイタカラの蒼い光が、俺の住む家に存在しているという事だ。
ゼノ・キッツァ……かつて“剥離の鎧”を造り出した者の血族として、俺の家に、ヒヒイロカネを模して造られたアポイタカラの鎧が隠されているのか?
何にしても、過去がどうあれ今のメルバはディバーダ族の巫女であり、武力による統一を目指す過激派だ。マキアに危機が及ぶかもしれないとあっては、急がざるを得ない。
その途中、角を曲がった所で、同じように急いで何処かへ向かっていたらしいカーラと衝突しそうになった。俺は急制動を掛けられたが、カーラはその場で尻餅を付いてしまう。
「痛たた……き、気を付けないと駄目じゃな……ひっ!?」
ぶつかった相手である俺を見上げて、カーラは小さく悲鳴を上げた。
俺の顔は未だに、獣人と人間の中間である。却って不気味さは増しているかもしれなかった。
俺はカーラから顔を逸らして、マキアの許へ向かった。
「お……オウマ!」
声が聞こえる。
俺の痕を追い駆けて来たオウマと、カーラが合流したのだ。
「い、今の……」
「安心しろ、トゥケィだ」
「え!?」
「行くぞ、立て」
「ちょ、ちょっと……」
オウマはカーラに手を貸してやり、再び俺の追跡を始めた。しかし彼らならば、俺がこの道を通って何処へ向かおうとしているかは分かる筈だ。
俺は飛ぶような勢いで家に向かい、開け放たれた扉から漂う濃厚な血の匂いに肝を冷やしつつ、自宅に飛び込んだ。
眼が覚めるような赤色が、部屋の内側を塗り潰していた。壁際には、元が何であったか判別出来ないくらいに破壊された肉片が、ごろごろと転がっている。
その真ん中に、メルバは立っていた。
メルバの身体には、蒼い鎧が装着されている。
「鎧は頂いたぞ」
メルバはそう言って、兜を装着した。その姿を見た途端、俺の瞼の裏に、一〇年前の光景が蘇った。
あの豪雨の日、父が身に着けていた鎧だ。
そして“穿孔の盾と矛”を纏った父を、“剥離の鎧”を装着した男が殺害した!
その瞬間に俺とマキアは立ち合ったのだ。
“剥離の鎧”と“穿孔の盾と矛”とのぶつかり合いは、周囲に影響を及ぼした。強い雨をより強く降らせ、風を巻き起こし、稲妻を浴びながら戦っていた。
その余波で、“剥離の剣”を移動させる為に掘り起こしていた山が崩れ、俺とマキア、そして母は巻き込まれてしまった。俺たちを庇って母は死に、マキアは両親を同時に喪ったショックで光を閉ざした。
――マキア。
そうだ、マキアは?
マキアは何処に!?
俺は部屋の中で視線を巡らせたが、妹の特徴的な白髪は何処にも見当たらなかった。
「案ずるな、お前の妹は無事だ……」
くぐもった声で、メルバが言った。メルバは“剥離の鎧”の両腕を担いで、俺と入れ違うように、家の中から出てゆく。
俺は死体の転がる室内を探したが、マキアの姿は見えなかった。
唯一の生存者は、部屋の中央で寝そべっている裸の女……
「う……」
彼女が呻いた。
「おい、大丈夫か!」
俺の声は、ここに移動するまでに大体戻っており、掠れてはいるものの会話は可能だった。
俺はその全裸の女を抱き起した。
頭に下から手を差し込むと、黒い髪に血が絡まって粘着いた。大きく膨らんだ乳房に、ほんの少し緩んだお腹、合わせれば隙間がなくなる太腿に生唾を飲みそうになりながらも、理性で押し殺して無事を確認した。
呻きながら眼を開けた女は、俺の顔を見るとびっくりして、そして言った。
「お兄さん……」
「え……」
「兄さん、私……眼が……眼が、見えるようになったわ!」
黒い眼で俺を見上げて、彼女はそう言った。
「……マキア?」
トゥケィに追い付いたオウマと、彼にどうにか付いて来て息を上げるカーラは、トゥケィとマキアの家から蒼い鎧が出て来たのを見て足を止めた。
月のように蒼く冴える金属の鎧と遭遇した二人は、内臓を素手で掴み出されたような悪寒を感じた。
その姿は余りにも高貴で、例え最強格の戦士、神聖な巫女の血を持つ乙女であっても、平伏せざるを得ない力を湛えていた。
「もう一人の戦士……そしてお前が、巫女か」
“穿孔の盾と矛”の奥から、メルバが言った。堅牢な鎧の奥から響いたのが女の声であった事に、二人は多少ながら驚いたようであった。
オウマは、“穿孔の盾と矛”が肩に赤い鎧を担いでいるのを見た。トゥケィがタムザ・クファーンから奪還した鎧である。
「てめぇ、何者だ!?」
「ヴァーマ・ドゥエルの戦士よ、巫女よ、聞け。私はディバーダ族のカムンナーギ・メルバ」
「ディバーダ族!?」
カーラの戸惑いを無視して、メルバは続けた。
「この鎧は“穿孔の盾と矛”……ヴァーマ・ドゥエルの軍神の名を冠した鎧だ。この赤き鎧は“剥離の鎧”……生と死を司る神の名だ。私はこの鎧を用い、貴様らヴァーマ・ドゥエルを支配する。そしてこの半島の人間を統括し、一代王朝を築く心算だ。戦士よ、巫女よ、お前たちには我が軍門に下って貰う」
「軍門だとォ? 舐めた口を叩くんじゃねぇ。ヴォール・ド・ヴォツィリ? ゼノ・キッツァ? 知らねぇな、そんな神さまなんてよ。いや、昔はいたかもしれねーな、だがとっくの昔に死んだ神だぜ。今更しゃしゃり出て来たってよ、ンなもん、何の意味もねぇんだよ!」
オウマは地面に唾を吐くと、ヴォルギーンを構えて突撃した。
上から打ち下ろし、横に薙ぎ、穂先と石突を入れ替えて突き、周囲を回って翻弄し、関節を切り裂く。
オウマの頭の中には、その明確なプランが浮かんでいた。
どれだけ強固な鎧だろうと、関節には隙間がある。走行の薄い部分を狙えば刃が徹る。
だが、メルバの念動力は、そうしたオウマの計画を彼の身体と共に吹き飛ばした。
「オウマ!」
カーラが駆け寄ろうとしたが、それより先にメルバの念動力が彼女を引き寄せた。
メルバはカーラの頸を掴んで持ち上げた。
「お前が、今のルマ族の巫女か……」
「だ、だったら何……?」
「何、少し懐かしくなっただけさ」
メルバはほんのりと感傷的になった様子で呟き、カーラを吹き飛ばした。
オウマ程ではないが、強かに地面に打ち付けられ、呻く。
「――メルバ!」
蒼い鎧の背中に、トゥケィが叫んだ。
0
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話
カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
チートなんてない。
日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。
自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。
魔法?生活魔法しか使えませんけど。
物作り?こんな田舎で何ができるんだ。
狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。
そんな僕も15歳。成人の年になる。
何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。
になればいいと思っています。
皆様の感想。いただけたら嬉しいです。
面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。
よろしくお願いします!
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。
続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
※他サイトでも掲載しています
※ちょいちょい手直ししていってます
2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる