獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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転章 極刑

第二節 invasion

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「どうなってるんだ、ありゃ……」

 オウマは物陰に伏せながら呟いた。
 トゥケィとメルバの戦い――彼らの攻撃がぶつかり合うたび、眼には見えない力の流れが巻き起こり、触れてもいない地面や壁に破損が生じている。

 そればかりか、オウマ自身、戦いで生じる波紋によって皮膚を切り裂かれていた。

「あれは……本当に、トゥケィなの……!?」

 オウマの背に庇われながら、カーラが言った。
 獣に変じたトゥケィ、裏切り者であると言われたトゥケィ、そしてあの奇怪な鎧と打ち合い不可思議な力を発揮するトゥケィ……確かに彼は超人的な身体能力の持ち主ではあったかもしれないが、あのような超能力を扱う存在ではなかった筈だ。

 特にカーラは、巫女としての教育を受けている。ルマ族・フルマ族の祈祷師であっても、意図的な超能力の発揮は難しいとされていた。出来る事は、祈る事だけ……

 あのような、戦闘に際して自らの意志で巻き起こす超常の力は、暗黒超力と呼ばれて忌み嫌われていた。

「――マキア」

 カーラの呟きで、オウマはその存在を思い出した。この辺りは、トゥケィとマキアの暮らす家がある。そしてその扉は開け放たれていた。この戦いが、彼女に何か被害を加えてはいけない。

 オウマは素早く移動を開始した。その後にカーラも続いた。
 猛禽類を模した蒼い鎧と、赤い剣で打ち合う獣の姿のトゥケィを横目にしながら、二人はゼノキスァ兄妹の家の中に飛び込んだ。

「――うっ」

 室内にぶち撒けられた血と肉片は、過去の儀式に倣って戦友アーヴァンシュメの脳を喰らったオウマでさえ、噎せ返りそうになるくらいである。

 その中央に、身体をエビのように丸めて苦しむ裸体の女がいた。

「お前……無事か!?」
「マキア……マキアは何処?」

 オウマが駆け寄ろうとしたが、それよりも先にカーラが彼女の裸に自分の上衣を被せてやった。
 全身を苛む痛みに悶えながらも、女は眼を開けて、二人の姿を確認した。

「カーラさん……それと、貴方は、オウマさんですね……」
「――? お前、見た事のない顔だな……」

 オウマが訝るように言った。

「マキア……です」

 黒髪の女――マキアは言った。

 オウマとカーラは顔を見合わせた。寝姿だけだが、女の背丈はかなり高くカーラよりもあると見える。トゥケィの腰までしかなかったマキアとは似ても似つかない。それにマキアの髪は色素を失った白銀だ。眼も化膿して黄色く濁っていた筈である。しかし女の髪は真っ黒で、肌の色も濃く、眼は宝石の如く黒かった。

「マキアだと? 嘘を吐くな……」
「本当です……あの、女の人が、私の身体から何かを……剥ぎ取って、そうしたら、身体が……」

 うっ、と、マキアは呻いた。
 仮にその話が本当だとすれば――何らかの影響で妨げられていたマキアの成長が促進され、急な変化による全身の痛みに襲われているのだろう。骨を、腱を、筋肉を、皮膚を、無理矢理に伸ばされてしまう事になったのだ。

「ほ、本当にマキアなの!?」
「はい、カーラさん」

 信じられない……そういう顔であった。
 しかし、トゥケィが、戦いの中で身体を変化させてゆくのを見ていたカーラとオウマである。この兄妹が特別であるのか、それは又違う問題だとしても、信じざるを得なかった。

「あの、お兄さんは……何処へ?」
「トゥケィは、えっと……」

 カーラが、助けを求めるようにオウマを見た。

「今、あいつは戦っている。お前は安全な場所へ避難させる」

 オウマはカーラを抱き上げた。今朝も同じようにして彼女を砦へ連れ戻したが、体重がその時とは桁違いであった。抱き上げて運べないという程ではないが、成人女性を抱え上げるにはそれなりの力が必要だった。

「不安なんです……」
「不安? それもそうだろうな」
「いえ、身体の事ではなくて……お兄さんの事を、感じられない事が」
「トゥケィを?」
「はい。今までは、お兄さんと、離れていても心が繋がっている感覚がありました。でも今は、それを感じないんです。眼が見えるようになったのに、代わりに大事な何かを失ってしまったような……」

 オウマとカーラはあずかり知らぬ事だが――マキアの成長を止めていたのは、彼女の父であるゼノキスァが緊急避難的に娘の身体に埋め込んだ“穿孔の盾と矛”の所為である。人体と融合し、しかし表出しないアポイタカラが、細胞の分裂を妨げていたのだ。

 精神的な理由で失われていた光が戻らないばかりか、化膿してしまったのもその所為だ。細胞の入れ替わりが殆ど行われなかったので、代謝によって破棄される筈の細胞が残り続けていたのである。あの時に重大な怪我を負っていたとすれば、それが原因で身体の機能の殆どが麻痺していたかもしれない。

 それが、アポイタカラが摘出された事で、細胞が活発化し、一〇年の間の成長が一気に訪れたのだ。

 そして眼が見えなくとも彼女が兄を感じられていたのは、トゥケィが愛用していた石鉈――“剥離の剣”を封印していた――を、マキアの中のアポイタカラが感知していたからである。

 それが失われた為、化膿していた眼は回復したものの、離れた場所にいるトゥケィを感じられなくなったのだ。

「失っちゃいねぇさ。お前の中に兄貴はいる」

 オウマは短く吐き捨てると、裏口から表へ出た。カーラも一緒だ。
 家の向こうの通りから、金属同士を打ち付ける音、そしてその際に生じる余波が感じられる。

「取り敢えず、地下だ。行くぞ」

 マキアを背負ったオウマとカーラは、リオディン・ダグラ族の襲撃から隠れたあの地下洞窟を目指した。





 双剣を打ち込んだ俺に、メルバが右手を突き出した。掌から放射される波動が眼に見える。

 俺は刀身で受け止め、流そうとしたが、メルバの接近を許し、胴体に蹴りをめり込まされた。
 皮膚が頑丈になろうと、筋肉が分厚くなろうと、飽くまでこちらは生物だ。金属が齎す重量には敵わない。

 メルバは呻いた俺の隙を突いて、左手から波動を放射した。
 俺の身体が宙に浮かび、後方に反り返りながら、天地が眼の前を行き来する。
 かと思うと今度はメルバの方に引き寄せられた。天地の移動方向が逆になる。

 吸い寄せられるようにして頸を掴まれた俺は、再度吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。メルバが手を引くと引き寄せられ、押し出すと叩き付けられる。

 それを何度も繰り返されては、どれだけ強化された身体であっても限界が来る。
 ぼろぼろと、鱗が所々剥がれ落ち、生の肉が剥き出している箇所があるようだった。俺はぐったりと地面に倒れ込み、立ち上がろうとした所、背中を踏み付けられた。

「手古摺らせたな……」

 メルバはそう言うと、俺の胸の下に爪先を潜り込ませ、脚を跳ね上げる勢いでごろりと寝返りを打たせた。俺の手からこぼれ落ちた双剣を拾い、地面に置いていた鎧の両腕部分を担ぎ上げると、去ってゆこうとする。

「見ていろ、これから我々の治世が始まる……」
「さ……させるか……!」

 俺は辛うじて立ち上がり、メルバの後を追った。
 メルバは砦の正門に向かっており、俺は覚束ない足取りのまま歩いた。

 すると、堅牢であった筈の門の一部が崩れ落ち、その周囲にいた女たちが逃げまどっている光景に出くわした。
 門からは何百人もの兵士たちが乗り込んで来て、女子供たちを捕え始めた。

 アージュラ族だ。
 フィダス族もいる。
 バックベム族まで……。

 そして彼らの中に混じっていたのは、あの包帯の男――ハーラ・グル・アーヤバである。

「ハーラ……」

 メルバが鎧の内側から声を掛けた。

「メルバ、鎧を手に入れたのか」
「ああ、お前が勝手に配った分も、一〇年前に手に入れられなかった剣もな」

 メルバが無造作に鎧を投げ出す。
 ハーラが歩み寄った。
 その後ろから、三人の男女が現れた。

 胴体に赤く輝く鎧を纏っているのは、アージュラ族のゾーマだ。

 黒いローブを纏い、口元を薄い布で覆ってはいるが、足元から腰まで入った切れ込みから鎧の右足を見せているのは、フィダス族の女族長キャシャヴァだろう。

 左脚に鎧を装着している恰幅の良い男は、バックベム族のギダである。手には金属製の鎌を持っていた。

 見れば、門から攻め入って来た兵士たちは、アージュラ族、フィダス族、バックベム族の者たちである。まさか、川向こうの彼らが連合したというのだろうか? いずれも劣らぬ曲者揃いの彼らが結託するという事は、全く想定外の事であった。

「ほう、それが――」
「この鎧の残る手甲部分と……」
「肝心要の剣か」

 三部族の長たちは、地面に投げ出された“剥離の鎧と剣”を見て、物欲しそうな顔をした。
 彼らに対して、ハーラ・グル・アーヤバが言った。

「あの男を殺せ。奴の首級を挙げた者に、その鎧を授けよう」

 六つの瞳が、一斉に俺の方を向いた。
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