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第一章 来訪者たち
第九節 青 蓮 院
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水門学院の武道場に、その青年はいた。
水門学院は、敷地内に学部と高等部が一緒になっており、運動場や体育館は共用である。
空手部、剣道部、柔道部、合気道部、テコンドー部、弓道部、薙刀同好会、相撲同好会、総合格闘クラブの入った武道棟は、四階建ての建物だ。ここでは高等部の生徒も、学部の学生も一緒になって活動をしており、高等部の人間は上下関係を学び、学部の人間は指導員としての素質を養うようになっていた。
その青年が立っているのは、二階にある空手部の道場の中央である。
二階は空手部が使用する板張りの床と、柔道部が使う畳のスペースに半分ずつ分かれている。それぞれ、学生が七〇人くらい詰めればいっぱいになるくらいの広さだ。
その板張りの床に、白い裸足を載せている。
服装は、白い木綿の道衣に、白い袴。袴の下には、股から二つに分かれた膝上までの下衣を履いている。両手にはオープンフィンガーグローブを装着していた。ボクシングのグラブのように拳を覆うクッションが分厚いが、指先を露出する事が出来る装備だ。袴の裾は絡げており、厚めの脛サポーターを身に着け、脛から足の甲までを覆っている。
学生の武道に於いて、白い道衣は主に女性が身に着けるものという認識がある。その青年の容姿もあって、一見すると少女のようにも感じられた。
肌が、透き通るように白い。僅かに左右を持ち上げ、月を仰ぐ形をした唇。鼻がつんと尖っており、鼻梁も通っていた。杏仁型の眼が大きい。長い睫毛の下には、ブルーの光を湛えた瞳があった。
髪は、女性のように長かった。黒い髪だ。光を反射する鴉の羽のような、濡れた色をしている。キューティクルが天使の輪を作っているように見えた。前髪は適当に捌いて、頭の上に蒼いリボンでポニーテールに纏めていた。
春、桜の花びらを撫でる風のような爽やかさがある。
夏、海の上を滑る鴎のような軽やかさを持っていた。
秋、緑の森を赤く染め上げる冷たさまで孕んでいる。
冬、地上を白銀く塗り替える雪の静けさを潜めていた。
鎖骨から上を見れば、やはり少女のようだ。
それ程までに、青年は美しい顔立ちをしている。美しいという陳腐を使わざるを得ない事を、全ての人間は恥じねばならない。
しかし、その体格は紛れもなく男のものである。一七〇センチあるかないか、そんな所ではあるが、良く絞られた、骨格に張り付く筋肉を持っていた。
人からすれば華奢に見えるが、袖から覗く腕は上質な筋肉で構成されている。力を抜いている今は絹豆腐のように滑らかで柔らかそうだが、力を込めれば直ちに硬化するだろう。
名前は、青蓮院純といった。
その純は空手道場の真ん中に立ち、一〇人の男たちに囲まれていた。
何れも純よりも背が高く、立派な体格をしている。
空手部が三人。
柔道部が二人。
テコンドー部が二人。
相撲同好会が一人。
総合格闘倶楽部が一人。
そして剣道部が一人。
全員、それぞれの競技のユニフォーム姿である。
剣道部は面、籠手、胴を装着し、既に竹刀を正眼に構えていた。
柔道部の使う畳の上に、他の部員たちが集まっている。その不思議な様子を見物にやって来ているのだ。又、その中に混じっていたり、入口から覗いていたりする学生や生徒、教師まで、男女問わずにいた。
「――始めて下さい」
純が言った。
人の皮膚の内側に、骨の内部に至るまで、染み込むような声だ。
気を緩めていたら、それだけで神経が破裂してしまいそうになる。
そんな感覚を振り払うようにして、
「しゃあっ!」
と、空手部の男が吼えた。
「ぅしゃあっ!」
「おぉぅさぁっ!」
「せぇい!」
「でやぁっ」
「ひゃーぉっ!」
「ふしゃっ!」
「きぃぃぇえええぇぇいっ!」
他の部員たちも、自らを鼓舞する雄叫びを上げ、これらが道場の中で連鎖する。
乱捕の様相ではあった。しかしまだ、誰も動いていない。
そしてその、むくつけき男たちの気勢の中で、純は涼しい顔をしている。
最初につっかけて行ったのは、テコンドー部の一人であった。
広くスタンスを取った半身の構えで、リズムを刻みながら接近し、間合いの外でひたりと止まる。
遠間よりも更に離れた間合いである。剣道で例えれば、竹刀の先が触れ合うか否か、というくらいの位置である。
「しぃぃっ!」
だがテコンドー部の男はぱっと床を蹴ると、回転しながら大きく跳び上がり、純の頭部へ向けていきなり跳び回転蹴りを繰り出した。
水門学院は、敷地内に学部と高等部が一緒になっており、運動場や体育館は共用である。
空手部、剣道部、柔道部、合気道部、テコンドー部、弓道部、薙刀同好会、相撲同好会、総合格闘クラブの入った武道棟は、四階建ての建物だ。ここでは高等部の生徒も、学部の学生も一緒になって活動をしており、高等部の人間は上下関係を学び、学部の人間は指導員としての素質を養うようになっていた。
その青年が立っているのは、二階にある空手部の道場の中央である。
二階は空手部が使用する板張りの床と、柔道部が使う畳のスペースに半分ずつ分かれている。それぞれ、学生が七〇人くらい詰めればいっぱいになるくらいの広さだ。
その板張りの床に、白い裸足を載せている。
服装は、白い木綿の道衣に、白い袴。袴の下には、股から二つに分かれた膝上までの下衣を履いている。両手にはオープンフィンガーグローブを装着していた。ボクシングのグラブのように拳を覆うクッションが分厚いが、指先を露出する事が出来る装備だ。袴の裾は絡げており、厚めの脛サポーターを身に着け、脛から足の甲までを覆っている。
学生の武道に於いて、白い道衣は主に女性が身に着けるものという認識がある。その青年の容姿もあって、一見すると少女のようにも感じられた。
肌が、透き通るように白い。僅かに左右を持ち上げ、月を仰ぐ形をした唇。鼻がつんと尖っており、鼻梁も通っていた。杏仁型の眼が大きい。長い睫毛の下には、ブルーの光を湛えた瞳があった。
髪は、女性のように長かった。黒い髪だ。光を反射する鴉の羽のような、濡れた色をしている。キューティクルが天使の輪を作っているように見えた。前髪は適当に捌いて、頭の上に蒼いリボンでポニーテールに纏めていた。
春、桜の花びらを撫でる風のような爽やかさがある。
夏、海の上を滑る鴎のような軽やかさを持っていた。
秋、緑の森を赤く染め上げる冷たさまで孕んでいる。
冬、地上を白銀く塗り替える雪の静けさを潜めていた。
鎖骨から上を見れば、やはり少女のようだ。
それ程までに、青年は美しい顔立ちをしている。美しいという陳腐を使わざるを得ない事を、全ての人間は恥じねばならない。
しかし、その体格は紛れもなく男のものである。一七〇センチあるかないか、そんな所ではあるが、良く絞られた、骨格に張り付く筋肉を持っていた。
人からすれば華奢に見えるが、袖から覗く腕は上質な筋肉で構成されている。力を抜いている今は絹豆腐のように滑らかで柔らかそうだが、力を込めれば直ちに硬化するだろう。
名前は、青蓮院純といった。
その純は空手道場の真ん中に立ち、一〇人の男たちに囲まれていた。
何れも純よりも背が高く、立派な体格をしている。
空手部が三人。
柔道部が二人。
テコンドー部が二人。
相撲同好会が一人。
総合格闘倶楽部が一人。
そして剣道部が一人。
全員、それぞれの競技のユニフォーム姿である。
剣道部は面、籠手、胴を装着し、既に竹刀を正眼に構えていた。
柔道部の使う畳の上に、他の部員たちが集まっている。その不思議な様子を見物にやって来ているのだ。又、その中に混じっていたり、入口から覗いていたりする学生や生徒、教師まで、男女問わずにいた。
「――始めて下さい」
純が言った。
人の皮膚の内側に、骨の内部に至るまで、染み込むような声だ。
気を緩めていたら、それだけで神経が破裂してしまいそうになる。
そんな感覚を振り払うようにして、
「しゃあっ!」
と、空手部の男が吼えた。
「ぅしゃあっ!」
「おぉぅさぁっ!」
「せぇい!」
「でやぁっ」
「ひゃーぉっ!」
「ふしゃっ!」
「きぃぃぇえええぇぇいっ!」
他の部員たちも、自らを鼓舞する雄叫びを上げ、これらが道場の中で連鎖する。
乱捕の様相ではあった。しかしまだ、誰も動いていない。
そしてその、むくつけき男たちの気勢の中で、純は涼しい顔をしている。
最初につっかけて行ったのは、テコンドー部の一人であった。
広くスタンスを取った半身の構えで、リズムを刻みながら接近し、間合いの外でひたりと止まる。
遠間よりも更に離れた間合いである。剣道で例えれば、竹刀の先が触れ合うか否か、というくらいの位置である。
「しぃぃっ!」
だがテコンドー部の男はぱっと床を蹴ると、回転しながら大きく跳び上がり、純の頭部へ向けていきなり跳び回転蹴りを繰り出した。
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