超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第一章 来訪者たち

第十節 仏眼無双

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 空中で身体を一回転させて、後ろに引いていた右足で廻し蹴りを放つ。

 空手のリズムに慣れている者ならば、そんな動作をされれば先ず襲って来るのは後ろ蹴りだろうと思って、ガードのタイミングをずらされてしまう事になる。

 純の顔面に、テコンドー部の男の背足が接近する。そのままであれば、純の顔面は中央から陥没させられてしまいそうだった。

 しかし純がその場で一回転すると、まるで蹴りが顔をすり抜けたようになってしまう。テコンドー部の男は、手応えのなさに眼を見開き、背中にどっと汗を掻いていた。

 次の一手を繰り出そうと肩越しに振り返った瞬間、背中に張り付くようにして純が立っていた。そしてその手が緩やかに動いたかと思うと、テコンドー部の男の額を緩く撫でていた。

 それだけで、テコンドー部の男の眼が瞼の裏に隠れ、彼の意識は削ぎ飛ばされた。

 糸の切れた操り人形のように倒れ込んだテコンドー部の男の姿に、残る九名が動揺する。
 だが今度は柔道部の男が、両手を持ち上げて威勢良く躍り掛かった。

「せやぁぁぁっ!」

 気合を上げて接近すると、だが、襟でも掴むのに両手を伸ばしたかと思わせて置いて、柔道部の男はパンチを繰り出した。

 純はこれをスウェーバックで回避した。柔道部の男はこの機を狙って、足元へタックルを行なった。パンチも下半身へのタックルも柔道の試合では禁じられているが、この場にそのルールが適応されるとは思っていない。

 頭を後ろに反らすスウェーバックは、直立のバランスを崩す。柔道部の男はこうして純の下半身に組み付いて、引き倒してやろうと考えたのだ。

 純は、相手の手が身体に触れる前に、その場で半回転した。
 柔道部の男の顎を、純の左足の踵が擦り上げた。
 相手の男は顎に一筋の切り傷を刻まれ、頤を逸らして後方に倒れ込んだ。

 空手部の一人が走った。
 蹴りを放った直後の順の軸足に向かって、ローキックを打ち込んでゆく。

 この蹴りを、引き戻された純の左足がブロックした。刹那、相手の蹴り足を地面と見立てて反動を付けた純の足刀蹴りが、空手部の男の咽喉元に突き刺さっていた。

 げっ、と呻き、咽喉元を押さえて倒れ込む空手衣の男。

 相撲同好会の男ともう一人の柔道部が左右に展開して、純を挟み撃ちにしようとする。
 どちらも純より、最低でも三〇キロは体重が重い。

 純は左手から迫った相撲同好会の男に向き直ると、床を蹴って飛んだ。

 ぶちかまし気味に接近した相撲の男の額に右足を置いて、身体を折り畳む。撓ませた膝をバネのように使って、身体を後方に反らして跳躍した。

 額を蹴り込まれた相撲同好会の男は突進の勢いのまま倒れ、自分に向かって倒れ込んで来る学生力士にたたらを踏んだ柔道部の男は、頭上で月面宙返りを決めた純の左の足で後頭部を蹴り付けられていた。

 着地した純に、空手部とテコンドー部が襲い掛かる。
 空手部のローキックと、テコンドー部の飛び蹴りが同時に迫った。

 純は極めて低い位置の棒高跳びをするように、助走なしの背面跳びで上下の蹴りを躱すと、右足を上に、左足を下に繰り出してそれぞれテコンドー部の脇腹、空手部の太腿を踵で強打した。

 折り重なるようにして倒れる、空手部とテコンドー部。

 総合格闘クラブの男が、膝でリズムを取りながら接近し、ジャブを繰り出した。
 純は蚊でも払うようにして初弾のジャブをパリングする。と、総合格闘クラブの男の左肩から、石臼を動かすような音がした。パリング一発で、肩の関節が外れたのだ。

 三人目の空手部が、後ろから襲い掛かった。空手技でも何でもない、裸締め。
 純はあっさりと捕まって、空手部の男の太い腕が、その白い頸に絡み付いてゆく。

 だが純の表情は変わらず、アルカイックスマイルのままだ。

 その右足が持ち上がり、空手部の男の足を踏み付けた。
 痛みに怯んだ隙にするりと頭を引き抜くと、ほどけたポニーテールの隙間から蒼い瞳を覗かせて、虎口を繰り出した。

 虎口とは、親指と人差し指の股の事である。純はこの部位を使って、空手部の男の頸動脈を押さえ、血流を滞らせた。

 脳に血を回せなくなった空手部の男が、下衣を黄色く染めながらへたり込む。

 純は汗一つ掻かずに、剣道部の男に向き直った。
 さっきから正眼の構えを解かずに、初めの気合の声以外には微動だにしなかった男である。

 純の蒼い瞳に見据えられて、男は踏み込もうとした。
 刺すようにして竹刀を繰り出し、右足の踏み込みの威力を乗せて――

 ぱん!

 甲高い音がした。
 すれ違いざまに、純の掌が胴を叩いていたのだ。

「……ま、参りました……」

 面金の奥から、絞り出すような声。
 それと共に、胴を結んでいた紐がぷつんと切れて、剣道部の男の胸から胴がこぼれ落ちた。

「お疲れさまです、皆さん」

 純は、三人目の空手部の男の腕から逃れる時に、自分でほどいたリボンで髪の毛を纏め直すと、そのように言った。
 欠片も疲労の色のない、仏像のように穏やかな表情で。
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