超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第三章 潜伏する狼

第十四節 放たれた狂獣

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「治郎くん! 待って、何処へ行くの、治郎くん!」
「花巻さん、それより、彼らの手当てをしよう」

 純が、大の字になって倒れている長田の傍に跪いていた。

 玲子は治郎を追いたかったが、他の部員たちは治郎の暴走に混乱して浮足立っている。教師や救急車を呼ぶにしても、スムーズにはいかないだろう。

 玲子は仕方なく、怪我をした部員たちの手当てを優先する事にした。
 治郎は自分を止める声など聞かずに、学校から逃げ出したのであった。





 長田を倒したのは、序章に過ぎない。
 復讐の序章だ。

 治郎は昨晩、自分に関わって来た人間を全て許せなかった。

 酒を飲ませた長田。
 しかしそれだけが理由ではない。

 あの時、木原如きのチンピラに敗けたのが、その酒によるものであったからだ。

 木原の一発目のパンチをウィービングで躱した瞬間、治郎は視界が大きく歪むのを感じた。一瞬バランス感覚を失った治郎は、木原の二発目のパンチを躱す事が出来ずに、クリーンヒットをかまされてしまった。
あれは、酒の影響だった。

 ほんの少し、ジュースに混ぜられた酒が、治郎の反応速度を鈍らせた。
 たった一年や二年で、身体が酒に順応するようになるとは思わない。だからきっと、そのまま成人しても治郎は酒を飲めないであろう。

 その酒の所為で治郎は木原の前に倒れ、腹や顔を散々踏み付けられる事となった。
 酒さえ飲んでいなければ、木原は治郎の敵ではなかった筈だ。

 だから先ずは、その原因となった長田に復讐した。

 昨日、家に帰ってから、今日、学校へ来て、武道場へ行くまで、ずっと考えていた事だ。

 次は、あの三人だった。
 自分を倒した奴は、木原。
 もう一人が、井波。
 二人よりも少しばかり威張っている奴が、小川。

 訳の分からない事を言って、自分に絡んで来た上に、自分を敗けさせた奴ら。

 彼らの事も許せない。
 自分の顔を踏み付けた木原も、それを見て笑っていた井波も、それを指示した小川も。

 一人残らず、許して置く訳にはいかなかった。

 しかし自分には、彼らの情報が名前以外にはない。
 あんな会話に反応したという事は、ヤクザの一味なのだろう。
 この町にいるヤクザは、池田組か勝義会だ。

 だが勝義会は、あんな風に表立って行動をしない。勝義会の人間が酒を飲んだりものを食べたりする時は、自分たちの息が掛かった店にゆき、自分たちだけで飲む。店員に暴言を吐いたり、セクハラをしたりするが、誰も逆らえない。

 ヤクザを莫迦にする長田の発言は店内で行なわれたものであり、これに腹を立てたのならばその場で同じような事をやっても変ではない。だが、彼らは治郎たちが店から出るのを待っていた。

 だから、池田組の奴らだと当てを付けて探す事にした。

 一度家に戻って、シャツと、学校指定ではない履き潰したスニーカーを取り、ズボンは空手衣のままで繁華街に繰り出した。

 そうして、池田組の小川たちについて聞いて回り、スナック“わかば”を発見したのだ。

 店主のわかばという女――里中いずみが、池田組の情婦であるというように、治郎は訊いた。そんな彼女ならば、小川たちの事を知っているのではないかと。

「小川……という、男を、知って、いる、か」
「小川さん? 何処の、小川さんかしら」
「木原……井波……」
「――」
「池田組、の、小川……」
「ど、どうして、その人たちの事を?」
「……殺す……」
「殺す!?」
「池田組の、小川、木原、井波……奴らを、こ、ろ、す……」
「……どうして?」

 理由は答えたくなかった。
 答えれば、この女も自分を莫迦にするに決まっているからだ。

「子供が莫迦な事を言うんじゃないわ」

 ほら、見ろ。
 まだ何も言っていないのに、この女は俺を莫迦にした。

 治郎は咄嗟にいずみの頭を掴んで、ローテーブルに押し付けた。テーブルの上にあった烏龍茶のグラスが倒れ、中身をこぼした。テーブルのふちから、褐色に濁った液体がさらさらと落ちてゆく。

「い、痛い……」

 呻くいずみに、治郎は訊いた。

「何処、だ……」

 脅すように訊くと、そのタイミングで、店のドアが開いたのだった。
 いずみが治郎の手を跳ね除けて、上体を起こした。

「い、いらっしゃい――」





「あれー、何で開いてんだー?」
「おい、最後に出た奴誰だよぅ。誰か入って来たらどうするんだっての」

 治郎は顔を上げた。
 甲高い声で喋りながら、やかましい足音が工場の中に入って来たのである。
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