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第四章 戦いの狼煙
第二節 正義の炎
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インターフォンを鳴らしても返事がなかったのに、彼らは家の中に上がり込んで来た。
秋葉の母親の遺体を確認すると彼らは、下品な声で笑った。
「あのDVDを回収しろ」
「ババアの変死なんかは珍しくもないが、あれが残っていると組に迷惑が掛かるからな」
勝義会は、秋葉の母に娘が犯される映像を送り付け、それが効果を発揮した後に回収する予定だったのだ。誤算であったのは、杏子がそのディスクの中身を、彼らが来る前に確認し、しかも持ち出してしまった事だ。
「ディスクがないぞ!?」
「最近、ここに入り浸っていた女か?」
杏子はディスクと財布、携帯電話だけを持って、勝手口から飛び出した。
これに気付いた勝義会の男たちは、杏子を追い駆けた。
杏子は見知らぬ土地ながらも巧妙に隠れながら逃げ周り、どうにかディスクを、秋葉の自死の原因となった証拠として警察に届け、勝義会の悪事を暴こうとした。
だが、この頃の警察は池田組と勝義会との板挟みにあっており、彼らに対して強く出る事が出来ない状況であった。
杏子は警視庁へ直接、ディスクを届ける事を考えた。だが、町を出るまでに妨害に遭う可能性があると感じた杏子は、ネットカフェへ向かい、ディスクの内容をUSBメモリとマイクロSDにそれぞれコピーした。
だが店を出た所で、杏子は秋葉の家にやって来た男たちに発見され、捕らえられる事となった。
杏子は勝義会の乗る車に詰め込まれた。
黒いワンボックスカーには、運転手が一人、助手席に一人、後部座席に杏子を捕らえた三人――合計で五人が乗っていた。
「ふん、余計な事をしやがって」
「警察なんかあてになるものかよ」
「しかし、良い身体をしてるじゃねぇか。今度はお前が、お友達と同じ目に遭うか?」
勝義会の構成員たちは、捕まえた杏子の身体を下卑た眼で吟味し、そのような事を言った。杏子は、バッグを袈裟懸けにしたりすると、ベルトが乳房の間に埋まるくらいである。
彼らの車は、勝義会の事務所へ向かっているようだった。
夜の繁華街から、人気のない通りに出て、暗闇に紛れるようにして黒いワンボックスを走らせる。
すると、その車の前にふらりと立ちはだかった者があった。
運転手が急ブレーキを踏み、車が大きく揺れた。
「あ――危ねぇじゃねぇか! 死にたいのか!?」
運転手が声を張り上げた。
車の前に立ちはだかった男は、ヘッドライトが発する白い光の中で、にっと唇を剥いて笑った。
杏子が、何が起こったのか分からないまま、車の後部座席に転がっていると、男の悲鳴がした。
運転手の男が車から引きずり出され、道路に放り投げられたのだった。
これに憤った助手席の男、後部座席で杏子を捕まえていた男たちも、車外に飛び出してゆく。
ぽつんと、杏子だけが車の中に残された。
開け放たれたドアの向こうから、鈍い音と男の悲鳴が交互に聞こえて来た。
座席に横たわっていた杏子の肩に、手が触れた。
大きくて、分厚い感触は、勝義会の男たちのどれでもなかった。
掌から伝わる熱が、彼らの持つ悪辣な心とは対照的な、正義の炎を感じさせた。
杏子の身体は車から運び出され、その男によって抱きかかえられた。
「女に暴力を振るうたァ、ロクでもねぇ奴らだな」
臓腑に響く熱い声で、赤毛の男は言った。
背が高い上に筋肉が分厚く、ゴリラを思わせる肉体であった。
赤毛の巨漢は杏子の拘束を解き、地面に下ろしてやる。三〇センチ以上高い場所にある男の頭部を見上げて、杏子は自分の心臓が、今までにないくらい高鳴っているのを感じた。
拉致され、生命の危険さえ感じた所から救出されれば、当然、その心臓は安堵に深く呼吸する。それは分かっているが、それ以上の気持ちを喚起させ得るものを、この赤毛の男は備えているような気がした。
杏子はそこで初めて、自分を拉致しようとした男たち五人が、道路に倒れているのを見た。
その内の一人が、膝を震わせながら立ち上がって来る。
「てめぇ、チンピラが……俺たちを、誰だと思っていやがる?」
運転手の男だった。
彼は懐から、闇夜に煌く刃物を取り出した。
「ヤクザ屋さんは、こういう事をしていて楽しいのかい?」
赤毛の巨漢は訊いた。
「寄ってたかって女を虐めて、楽しいのかって訊いてんだよ」
「――五月蠅ぇ!」
運転手の男は柄を腰骨に当て、腰の回転で刃物を敵の胴体に潜り込ませようと突撃した。
赤毛の巨漢は左脚を跳ね上げて運転手の男の手を蹴り飛ばした。
ナイフがくるくると回りながら、上空に吸い込まれてゆく。
運転手の男の両手が、指をあちこちの方向にねじ曲げられていた。
赤毛の巨漢の蹴りが一発で、運転手の男の手を壊したのだ。
赤毛の巨漢は痛みに悶える相手のこめかみに、こつん、と手刀を当てた。
運転手の男が膝から倒れ、動かなくなった。
死んではいない。脳震盪を起こしたらしい。
杏子は、赤毛の巨漢の持つ圧倒的な力を見て、或る期待を抱いた。
“警察なんかあてになるものかよ”
チンピラの言葉が頭に残っていた。
しかし、国家最強であるべき警察が当てにならないとしても、この男ならば――
「あの――すみません! 貴方に、お願いがあるんです……」
それが三年前、渋江杏子が初めて明石雅人に出会った時の事であった。
秋葉の母親の遺体を確認すると彼らは、下品な声で笑った。
「あのDVDを回収しろ」
「ババアの変死なんかは珍しくもないが、あれが残っていると組に迷惑が掛かるからな」
勝義会は、秋葉の母に娘が犯される映像を送り付け、それが効果を発揮した後に回収する予定だったのだ。誤算であったのは、杏子がそのディスクの中身を、彼らが来る前に確認し、しかも持ち出してしまった事だ。
「ディスクがないぞ!?」
「最近、ここに入り浸っていた女か?」
杏子はディスクと財布、携帯電話だけを持って、勝手口から飛び出した。
これに気付いた勝義会の男たちは、杏子を追い駆けた。
杏子は見知らぬ土地ながらも巧妙に隠れながら逃げ周り、どうにかディスクを、秋葉の自死の原因となった証拠として警察に届け、勝義会の悪事を暴こうとした。
だが、この頃の警察は池田組と勝義会との板挟みにあっており、彼らに対して強く出る事が出来ない状況であった。
杏子は警視庁へ直接、ディスクを届ける事を考えた。だが、町を出るまでに妨害に遭う可能性があると感じた杏子は、ネットカフェへ向かい、ディスクの内容をUSBメモリとマイクロSDにそれぞれコピーした。
だが店を出た所で、杏子は秋葉の家にやって来た男たちに発見され、捕らえられる事となった。
杏子は勝義会の乗る車に詰め込まれた。
黒いワンボックスカーには、運転手が一人、助手席に一人、後部座席に杏子を捕らえた三人――合計で五人が乗っていた。
「ふん、余計な事をしやがって」
「警察なんかあてになるものかよ」
「しかし、良い身体をしてるじゃねぇか。今度はお前が、お友達と同じ目に遭うか?」
勝義会の構成員たちは、捕まえた杏子の身体を下卑た眼で吟味し、そのような事を言った。杏子は、バッグを袈裟懸けにしたりすると、ベルトが乳房の間に埋まるくらいである。
彼らの車は、勝義会の事務所へ向かっているようだった。
夜の繁華街から、人気のない通りに出て、暗闇に紛れるようにして黒いワンボックスを走らせる。
すると、その車の前にふらりと立ちはだかった者があった。
運転手が急ブレーキを踏み、車が大きく揺れた。
「あ――危ねぇじゃねぇか! 死にたいのか!?」
運転手が声を張り上げた。
車の前に立ちはだかった男は、ヘッドライトが発する白い光の中で、にっと唇を剥いて笑った。
杏子が、何が起こったのか分からないまま、車の後部座席に転がっていると、男の悲鳴がした。
運転手の男が車から引きずり出され、道路に放り投げられたのだった。
これに憤った助手席の男、後部座席で杏子を捕まえていた男たちも、車外に飛び出してゆく。
ぽつんと、杏子だけが車の中に残された。
開け放たれたドアの向こうから、鈍い音と男の悲鳴が交互に聞こえて来た。
座席に横たわっていた杏子の肩に、手が触れた。
大きくて、分厚い感触は、勝義会の男たちのどれでもなかった。
掌から伝わる熱が、彼らの持つ悪辣な心とは対照的な、正義の炎を感じさせた。
杏子の身体は車から運び出され、その男によって抱きかかえられた。
「女に暴力を振るうたァ、ロクでもねぇ奴らだな」
臓腑に響く熱い声で、赤毛の男は言った。
背が高い上に筋肉が分厚く、ゴリラを思わせる肉体であった。
赤毛の巨漢は杏子の拘束を解き、地面に下ろしてやる。三〇センチ以上高い場所にある男の頭部を見上げて、杏子は自分の心臓が、今までにないくらい高鳴っているのを感じた。
拉致され、生命の危険さえ感じた所から救出されれば、当然、その心臓は安堵に深く呼吸する。それは分かっているが、それ以上の気持ちを喚起させ得るものを、この赤毛の男は備えているような気がした。
杏子はそこで初めて、自分を拉致しようとした男たち五人が、道路に倒れているのを見た。
その内の一人が、膝を震わせながら立ち上がって来る。
「てめぇ、チンピラが……俺たちを、誰だと思っていやがる?」
運転手の男だった。
彼は懐から、闇夜に煌く刃物を取り出した。
「ヤクザ屋さんは、こういう事をしていて楽しいのかい?」
赤毛の巨漢は訊いた。
「寄ってたかって女を虐めて、楽しいのかって訊いてんだよ」
「――五月蠅ぇ!」
運転手の男は柄を腰骨に当て、腰の回転で刃物を敵の胴体に潜り込ませようと突撃した。
赤毛の巨漢は左脚を跳ね上げて運転手の男の手を蹴り飛ばした。
ナイフがくるくると回りながら、上空に吸い込まれてゆく。
運転手の男の両手が、指をあちこちの方向にねじ曲げられていた。
赤毛の巨漢の蹴りが一発で、運転手の男の手を壊したのだ。
赤毛の巨漢は痛みに悶える相手のこめかみに、こつん、と手刀を当てた。
運転手の男が膝から倒れ、動かなくなった。
死んではいない。脳震盪を起こしたらしい。
杏子は、赤毛の巨漢の持つ圧倒的な力を見て、或る期待を抱いた。
“警察なんかあてになるものかよ”
チンピラの言葉が頭に残っていた。
しかし、国家最強であるべき警察が当てにならないとしても、この男ならば――
「あの――すみません! 貴方に、お願いがあるんです……」
それが三年前、渋江杏子が初めて明石雅人に出会った時の事であった。
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