超神曼陀羅REBOOT

石動天明

文字の大きさ
53 / 232
第四章 戦いの狼煙

第九節 暴  走

しおりを挟む
「ま、その事はもう決まった事だ。萌生さん本人から被害届も出ている。……お前に今聞きたいのは、これの事だ」

 飛岡がテーブルの上に置いたのは、白い粉の入ったパケを、更にビニール袋に包んだものだ。

 野村寅一は、呻くような声を上げて、それまでの威勢の良さを失った。

「こいつがお前の家から見付かった。それに、さっきの検査でも陽性と出た。お前がこいつを常習していた事は、紛れもない事実だ。で、こいつは何処の誰から買ったものなんだ? そいつを教えて貰おうか」
「――」
「言えないなら言ってやろうか。池田組だ。お前は池田組の連中からこの薬物を買った。そうだろう? その為に借金までして、萌生さんを風俗店に売り払い、自分はパチンコ三昧……良い身分だよ、全く!」

 野村寅一の視線が、あちこち泳ぎ始めた。膝の上にやっていた手も震え始めている。
 飛岡は鋭く眼を光らせて、追い込みに掛かった。

「どうなんだ、えぇ?」
「――そ、そうです……」

 野村寅一は、呆気なく喋った。

 そもそも野村寅一が金を借りていたのは、池田組の息が掛かった闇金であった。法外な借金を吹っ掛けられた野村寅一は、その返済の為に配偶者である萌生を“ハードコア”に差し出したらしい。初めから安上がりの従業員を集めるべく池田組の企みであったようだ。

 その萌生が“ハードコア”で強制的に投与されていた麻薬が、野村寅一にも渡り、萌生が稼いだ金で池田組から麻薬を買っていたらしい。しかし萌生の少ない稼ぎではとても追い付かず、野村寅一は益々借金を重ねる事となった。これによって萌生はより厳しく拘束される事となる。

「そんなつまらないやり口に引っ掛かってんじゃねぇよ!」

 玲子は今度は、罵声を加えて両手でテーブルを叩いた。

 悪事を自覚した事によって生まれた多少なりとの罪悪感が、野村寅一を僅かに憶病にしていた。野村は玲子の気迫に怯えて、身を竦ませる。

「し、しょうがねぇだろう! 会社もクビになって、金もない……どうやって行けば良いのか、分からないじゃねぇか? 酒や薬に溺れたってしょうがないだろう? 金……金さえあれば、俺だって……」
「言い訳なんて、させないからね。お金があろうが、なかろうが、人の自由を奪う権利なんてあんたにはないんだから。ましてや他人の愛情を利用するなんて、絶対に許せない」
「そこまでにして置け、花巻……」

 飛岡が、今にも野村に殴り掛かってゆきそうな玲子を諫めた。

 玲子が身を引くと、野村寅一は鼻息荒く、泣き出してしまいそうな表情さえ浮かべていた。薬が切れていた事もあって、精神が安定しないのだろう。

 この取調によって、野村寅一の罪が明らかとなり、麻薬の出所もはっきりとした。野村は拘留の後に検事に引き渡される事になる。ここから先は、玲子たちの領分ではない。

 差し当たり、野村寅一は拘置所へ移送される事となった。玲子と飛岡の立ち合いで別の警官が彼に手錠を掛け、縄を括り、その縄尻を持って護送車まで連行する。

 玲子と飛岡は、野村寅一がやって来ていた護送車に乗り込む様子を見る為に、警察署の外へ出た。彼を荷台に押し込む警官が、帽子の下からちらりと玲子たちに眼をやった。

 すると、野村が不意にその場で、呻き声を上げて背中を丸め始めた。

「どうした?」

 警官が彼の背中をさするようにしながら、訊いた。
 不審に思った玲子と飛岡が歩み寄る。
 野村は顔を汗まみれにして、苦しそうに肩を上下させていた。

「おい、大丈夫か? 一旦病院へ……」

 飛岡がそう言い掛けた時、ばきん、という音がした。
 野村寅一の両手を繋いでいた手錠の鎖が、外れていた。

 それを飛岡が知った時、野村寅一の右腕が唸って、飛岡の頬に裏拳を打ち込んでいた。

 飛岡が膝から倒れ込んだ。

「飛岡さん!」

 押さえ込もうとした警官の身体を、野村寅一は驚異のパワーを発揮して投げ飛ばした。

 玲子は素早く拳銃を引き抜いて、野村寅一の足元を狙おうとした
 だがその爪先がゴムボールのように跳ね上がったかと思うと、玲子の顔を狙って飛び出した。

 玲子は咄嗟に身体を逸らして、野村寅一のキックを回避する。
 しかし蹴りの風圧が、玲子の頬をぱっくりと裂いていた。

 ――いや、違う。

 玲子は地面を蹴って、距離を置きながら倒れつつ、受け身を取って膝立ちになった。

 自分の頬を裂いたのは、風圧ではない。野村寅一が履いていた靴の内側から、何か鋭利なものが飛び出して来て、それが皮膚を切り裂いたのだ。

 玲子は出血も気にせず、野村寅一に銃の照準を合わせた。

 野村寅一はそれまでの怯え切った態度や何らかの発作に苦悶するような表情を失くし、アスリートのような素早い動きで駆け出した。

 丁度、巡回から帰って来たパトカーがあったので、野村がその車に近付いた。

 玲子は迷わなかった。
 野村の胴体を狙って、発砲した。

 狙いは僅かに逸れ、しかし幸いにも、野村の左太腿を貫通した。
 弾けるようにして、野村の左脚から赤い液体が噴出した。

 だが野村寅一は気に掛ける事もなく、パトカーの運転席に飛び付くと中にいた婦人警官を引き摺り出しつつ、助手席の同じく交通課の婦警を蹴り飛ばした。

 助手席の警官は、初めは抵抗しようとしたが、野村寅一が強く掴み掛って来るので、身の安全を考えて脱出する事を決めた。

 転がり落ちる婦警。

 野村寅一はパトカーの運転席に収まると、ハンドルを握り、逃げ出した助手席の婦警を轢き殺さんばかりの勢いでアクセルを踏み込んだ。

 玲子がパトカーの前に飛び込んで、婦警を抱きかかえて救出する。

 猛スピードでUターンして、警察署から離れてゆくパトカー。

 すれ違いざまに見た野村寅一の顔を思い出して、玲子はぽつりと呟いた。

「何……あの、顔……」

 夢でも見たような声で、玲子は言った。
しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...