超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第四章 戦いの狼煙

第十節 vs怪物

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 ユウジは身を起こすと、身体を正面に向けた。
 両手を前に突いていなければ、上半身を支えられないらしかった。

 服の背中がもこもこと動いて、内側から繊維が破れた。

 服を引き裂いて現れたのは、玉のような肉塊であった。それは表に出ても尚も変形を続け、表面に薄っすらと毛の生えた瘤状の器官となった。

 瘤は内側から増え続け、二つ、三つ、四つ……六つ目が人頭大まで成長した所で、ユウジの腕は上体を支えられなくなったように、がくんと肘から折れて地面に突っ伏した。

 かと思うと、上腕が太くなり、胴体を地面から引き剥がそうとしている。又、ズボンも先程の裂け目から更に広がって、身体の正面に前垂れのようになってしまった。治郎からは見えないのだが、脹脛も太腿も、径を増しているのだ。

 背中に無数の瘤を取り付け、胸や顔に鱗を生じさせた四足歩行の人間――

 まるで、一つの失敗の辻褄を合わせるように、他の部分を無理に書き足した絵のようだ。

 不気味な姿となったユウジは、赤い眼を治郎に向けた。治郎は、相手が何であろうと向かって来るのであれば、戦わない心算はなかった。しかしユウジは治郎から視線を外すと、倒れている仲間の一人に顔を向けた。

 治郎に、鼻に指を入れられた……カズキだ。

 カズキは、蹲って顔の中心から響く痛みに悶えていたのだが、自分に近付いて来るものに気付くと悲鳴を上げた。その悲鳴を封じるように、変貌したユウジの手がカズキの顔を掴んだ。

 指が頭部に喰い込んでゆき、カズキの悲鳴が消える。代わりに、頭蓋骨から赤い液体が流れ出した。

 痛みを訴える事さえなく、カズキは絶命した。異形の男は、仲間であったその男の首筋に顔を近付けて、口を開けた。

 ぎざぎざになった牙が、咽喉元に喰らい付いて、引き千切る。どぷっ……と、血袋が破裂する音が聞こえ、眼にも鮮やかな赤色が流れ落ちた。

 ユウジは、そのまま、仲間であった筈のカズキの身体を咀嚼し始めた。咽喉の肉を喰い千切って血のソースを啜り、胸をほじくって骨を露出させると肋骨を砕き、心臓を咥えて頸を引いた。

 焼き鳥の串で頬を裂かれたヨシオも、カズキが喰われているのを見て我が痛みを忘れ、逃げ出そうとした。だが、治郎に踏み付けられた足が巧く動かず、立ち上がれないでいる。

 変貌したユウジが、口を裂かれたヨシオに近付いて行った。
 ヨシオは、裂かれた傷口から血のあぶくを吹き出し、泣いて喚いて、助命を請った。

 治郎は二人の間に割って入った。
 異形の怪物の眼が、治郎を睨む。

 怪物となったユウジの頭は、治郎の腹の辺りであった。四つん這いになっているとしたら、大き過ぎる。背中の瘤を合わせれば、治郎の鼻の高さまであった。

 治郎は、怪物の顎に蹴上げを喰らわせた。爪先が、怪物の顔を下から叩く。

 だが、怪物の顎はほんの僅か振動しただけであった。太い頸に、衝撃が吸収されたのだ。

 怪物は腕を使って、治郎の下半身を叩こうとした。治郎は股間の痛みを堪えて跳躍し、太腿を狙って打ち下ろされた怪物の腕を回避する。

 空中の治郎は飛び蹴りで怪物の顔を狙った。

 足の甲に、鉄を蹴り付けたのと同じような衝撃が返って来る。傷口が開いて、陰嚢を覆う瘡蓋が血に濡れた。

 蹴りの勢いのまま、地面を転がって距離を置いた治郎。

 怪物がのっそりと手――前肢を出し、治郎を見据える。蹴りは利いていないようだ。

 治郎は右足を引いて、両手を持ち上げた。さっきまでのは、相手をいたぶる為だけの喧嘩だ。ここからは、学んだ技術をフルに使用する殺し合いだ。

 治郎が戦闘態勢に入ったのを、怪物も理解したのだろう。威嚇するように声を上げ、身体を緊張させた。

 治郎は怪物の左手に回り、ボディにフック気味のパンチを喰らわせた。
 重い。

 怪物が無造作に左腕を振るう。
 治郎は回転してこれを躱し、右の後ろ蹴りで側頭部を狙った。

 正確に言えば、踵で眼を狙ったのだ。
 感覚器官への打撃に、怪物が怯む。

 治郎は脚を引き戻しつつ、腰を切り、右の正拳突きで同じく眼を狙った。
 拳の先から、中指の第二関節が飛び出している。

 中高一本拳だ。

 それで眼を、抉ってやる。

 怪物は後肢で跳躍し、空中で身体をひねった。バレルロールをやってみせた怪物は、巨体が巻き起こす風で治郎を怯ませると、前肢で地面を叩いて突撃した。

 治郎の胴体に、頭突きの要領で迫る怪物。

 治郎は両腕を重ねてガードしたが、衝撃が骨を震わせ、肉を震わせ、ダメージを浸透させた。自分の肛門までが、血で滲むのを感じた。

 怪物の突撃で、四、五メートルは吹き飛ばされる治郎。そこで股間の痛みにたたらを踏んで、尻餅を付いた。

 普段ならどうにか耐えられた痛みだが、睾丸をくり抜いたダメージがぶり返して来て、吐き気さえ催している。

 傷だらけの顔が蒼くなり、汗を沸々と浮かべた。

 怪物は、治郎の攻撃など蚊でも止まったかのようであった。
 悠々と、治郎に向かって怪物が歩き出していた。

 その間に逃げれば良いものを、ケイトとヨシオは、その場で固まってしまっている。

 すると、工場の外からアスファルトを削るタイヤの音がした。

 ――警察!?

 そうではなかった。

 サイレンも鳴らさずに、しかし一直線に廃工場に向かって来たそれは、壁を突き破って工場の中に飛び込んだのであった。
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