92 / 232
第七章 魔獣、集結
第六節 突 入
しおりを挟む
アミューズメントホテル“SHOCKER”に、雅人は辿り着いた。
今夜も変わらず、駐車場は盛況だった。
紀田勝義は、用心棒の桃城達也が敗れた事を知っても、特別に警戒を強めるというような事はしていないらしかった。
雅人の身体は、薄っすらと汗を掻いている。
ホテルにやって来るまでに、適当な所を身に付けて軽くパンプアップして、自己流プロテインドリンクで気合を入れている。
額の包帯を取り外して、ホテルに入った。
エントランスはシンプルで、受付があり、正面に幅の広い階段がある以外は、ラブホテルのように静まっている。防音がしっかりしているようで、上の部屋の騒ぎは殆ど聞こえない。
雅人は受付に向かった。
それらしい格好をしただけで、ホテルマンとしての教育など受けていないであろう受付の男が、雅人の姿を見てぎょっとした。
髪が赤く、背の高い、筋肉の肥大した男――例え自分に何の非がないとしても、怯み、竦んでしまうような威容である。その上、風呂に入っていない雅人は汗と垢と、そして血の匂いの混じった野生の獣のような体臭を漂わせている。だが、単に鼻の奥がつんとするだけではない。細胞が炙られたようにざわつき、同時に氷を押し当てられたような悪寒を覚えさせた。
「何かご用でしょうか……」
どきどきしながら、受付の男は訊いた。
「紀田さんに会いたいんだけど」
「紀田……」
「紀田勝義さん。会わせてくれる?」
「お、お名前を窺ってもよろしいでしょうか」
「桃城達也」
「え!」
受付の男の顔色が変わった。勝義会の内情を知る男なのであろう。桃城達也の名前も顔も知っているので、彼とは違う男の口からその名が出た事に驚いた。
そして雅人の纏っている雰囲気から、彼の正体に勘付いたらしい。
「少々お待ち下さい。ただいま、紀田に取り次ぎます……」
受付の男は奥に引っ込んで、上の階に連絡を取っているようだった。
雅人が手持ち無沙汰になっていると、階段を下りて来る者があった。
人の事をじろじろと見るのは失礼だと思いながらも、その人物は雅人とは違う方向性で、人の眼を惹き付ける要素を持っていた。
長髪の、美しい男だ。
冷たい微笑を、顔に浮かべている。
眼鏡の奥の細い眼が、氷の温度を放っていた。
蛇の皮で作ったようなジャンパーを着ている。
雅人の視線に気付いたように、或いは先に雅人に目線をくれていたかのように、その男――蛟は唇をV字に吊り上げた笑みを見せた。
雅人は反対に、睨み付けるような顔で、蛟を眺めた。
二人の視線は交錯したままだったが、どちらも声を掛ける事も、距離を詰める事もなかった。雅人が受付の男に呼ばれて振り向いた時には、既に蛟の姿は駐車場の闇に溶けていた。
「桃城さま」
受付の男は、雅人が名乗った通り、そう呼んだ。
「会長がお会いになると」
受付の男がメモを渡した。四階、パブ“ゲリラ”、とある。
雅人はエレベータを使って、指定された場所へ向かった。
四階には、客室が二〇、ガールズバーが一軒、カラオケルームが五部屋、居酒屋が三種、パブが四つ入っていて、看板を見比べると一番料金が掛かるのが“ゲリラ”だ。
パブの入り口の前には何れも黒服の男が立っているが、雅人が“ゲリラ”に入ろうとすると立ち塞がって入店を拒むような動きを見せた。
――風呂に入って来れば良かったかな。
緑川も、こんな臭い男の治療はしたくなかったであろう、と思いながらも、雅人は、
「紀田会長に呼ばれたんだ」
と、言った。
黒服が襟元のマイクで確認すると、渋々といった様子で雅人を通した。
扉を開けると薄暗い空間が広がっており、ピンクや紫の光が明滅を繰り返していた。
雅人が見た所、広さは五メートル四方と言った所だろうか。壁際にソファが並び、その前にローテーブルがあり、酒やツマミが乗せられている。灰皿からは漏れなく煙が上がっており、部屋の中全体に漂う甘い香りがその匂いを掻き消していた。ソファには男と女が、横並びになったり、抱き合ったりしている。
おっパブというやつだ。本番までは出来ないが、露出したおっぱいを触らせて貰う事までは出来る。但し、客と嬢が個人的に電話番号やメールアドレスを交換して、アフターでそういう行為をする事までは、禁止されていない。
空間の真ん中のラインは一段高くなっており、部屋の中央には回転するお立ち台が設置されていた。そこに、手の空いた嬢が昇り、セクシーなポーズで客を誘惑する。
タイムテーブルには、一旦、嬢が客から離れてストリップや緊縛ショー、レズビアンプレイなどのパフォーマンスをする事もあるとあった。
入り口で立ち尽くす雅人の傍に、バニーガール姿の女性がやって来た。煙草とアロマの混ざり合った匂いの為か、雅人の体臭には気付いていないようだった。
「こちらへどうぞ」
と、尻を見せるバニーガール。
雅人は中央通路の横を通って、突き当たりの席まで移動した。
そこに、紀田勝義の姿があった。
ローテーブル越しの紀田は、乳房を露出させた女を二人、横に侍らせていた。いや、三人だ。もう一人が彼の脚の間におり、巨大な逸物に奉仕している。
「お前が、桃城をやった男か」
醜悪なガマガエルが、その顔に相応しい声を出した。
「女をどけろ」
「何?」
「てめぇなんかにゃ、どれだけブスでも勿体ねぇって言ってるんだよ」
雅人が、言った。
今夜も変わらず、駐車場は盛況だった。
紀田勝義は、用心棒の桃城達也が敗れた事を知っても、特別に警戒を強めるというような事はしていないらしかった。
雅人の身体は、薄っすらと汗を掻いている。
ホテルにやって来るまでに、適当な所を身に付けて軽くパンプアップして、自己流プロテインドリンクで気合を入れている。
額の包帯を取り外して、ホテルに入った。
エントランスはシンプルで、受付があり、正面に幅の広い階段がある以外は、ラブホテルのように静まっている。防音がしっかりしているようで、上の部屋の騒ぎは殆ど聞こえない。
雅人は受付に向かった。
それらしい格好をしただけで、ホテルマンとしての教育など受けていないであろう受付の男が、雅人の姿を見てぎょっとした。
髪が赤く、背の高い、筋肉の肥大した男――例え自分に何の非がないとしても、怯み、竦んでしまうような威容である。その上、風呂に入っていない雅人は汗と垢と、そして血の匂いの混じった野生の獣のような体臭を漂わせている。だが、単に鼻の奥がつんとするだけではない。細胞が炙られたようにざわつき、同時に氷を押し当てられたような悪寒を覚えさせた。
「何かご用でしょうか……」
どきどきしながら、受付の男は訊いた。
「紀田さんに会いたいんだけど」
「紀田……」
「紀田勝義さん。会わせてくれる?」
「お、お名前を窺ってもよろしいでしょうか」
「桃城達也」
「え!」
受付の男の顔色が変わった。勝義会の内情を知る男なのであろう。桃城達也の名前も顔も知っているので、彼とは違う男の口からその名が出た事に驚いた。
そして雅人の纏っている雰囲気から、彼の正体に勘付いたらしい。
「少々お待ち下さい。ただいま、紀田に取り次ぎます……」
受付の男は奥に引っ込んで、上の階に連絡を取っているようだった。
雅人が手持ち無沙汰になっていると、階段を下りて来る者があった。
人の事をじろじろと見るのは失礼だと思いながらも、その人物は雅人とは違う方向性で、人の眼を惹き付ける要素を持っていた。
長髪の、美しい男だ。
冷たい微笑を、顔に浮かべている。
眼鏡の奥の細い眼が、氷の温度を放っていた。
蛇の皮で作ったようなジャンパーを着ている。
雅人の視線に気付いたように、或いは先に雅人に目線をくれていたかのように、その男――蛟は唇をV字に吊り上げた笑みを見せた。
雅人は反対に、睨み付けるような顔で、蛟を眺めた。
二人の視線は交錯したままだったが、どちらも声を掛ける事も、距離を詰める事もなかった。雅人が受付の男に呼ばれて振り向いた時には、既に蛟の姿は駐車場の闇に溶けていた。
「桃城さま」
受付の男は、雅人が名乗った通り、そう呼んだ。
「会長がお会いになると」
受付の男がメモを渡した。四階、パブ“ゲリラ”、とある。
雅人はエレベータを使って、指定された場所へ向かった。
四階には、客室が二〇、ガールズバーが一軒、カラオケルームが五部屋、居酒屋が三種、パブが四つ入っていて、看板を見比べると一番料金が掛かるのが“ゲリラ”だ。
パブの入り口の前には何れも黒服の男が立っているが、雅人が“ゲリラ”に入ろうとすると立ち塞がって入店を拒むような動きを見せた。
――風呂に入って来れば良かったかな。
緑川も、こんな臭い男の治療はしたくなかったであろう、と思いながらも、雅人は、
「紀田会長に呼ばれたんだ」
と、言った。
黒服が襟元のマイクで確認すると、渋々といった様子で雅人を通した。
扉を開けると薄暗い空間が広がっており、ピンクや紫の光が明滅を繰り返していた。
雅人が見た所、広さは五メートル四方と言った所だろうか。壁際にソファが並び、その前にローテーブルがあり、酒やツマミが乗せられている。灰皿からは漏れなく煙が上がっており、部屋の中全体に漂う甘い香りがその匂いを掻き消していた。ソファには男と女が、横並びになったり、抱き合ったりしている。
おっパブというやつだ。本番までは出来ないが、露出したおっぱいを触らせて貰う事までは出来る。但し、客と嬢が個人的に電話番号やメールアドレスを交換して、アフターでそういう行為をする事までは、禁止されていない。
空間の真ん中のラインは一段高くなっており、部屋の中央には回転するお立ち台が設置されていた。そこに、手の空いた嬢が昇り、セクシーなポーズで客を誘惑する。
タイムテーブルには、一旦、嬢が客から離れてストリップや緊縛ショー、レズビアンプレイなどのパフォーマンスをする事もあるとあった。
入り口で立ち尽くす雅人の傍に、バニーガール姿の女性がやって来た。煙草とアロマの混ざり合った匂いの為か、雅人の体臭には気付いていないようだった。
「こちらへどうぞ」
と、尻を見せるバニーガール。
雅人は中央通路の横を通って、突き当たりの席まで移動した。
そこに、紀田勝義の姿があった。
ローテーブル越しの紀田は、乳房を露出させた女を二人、横に侍らせていた。いや、三人だ。もう一人が彼の脚の間におり、巨大な逸物に奉仕している。
「お前が、桃城をやった男か」
醜悪なガマガエルが、その顔に相応しい声を出した。
「女をどけろ」
「何?」
「てめぇなんかにゃ、どれだけブスでも勿体ねぇって言ってるんだよ」
雅人が、言った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる