127 / 232
第九章 野獣の饗宴
第十三節 燃え立つ巨人
しおりを挟む
ペンチを持った男の頭に、大きくて分厚い掌が押し当てられた。
一本一本がソーセージのような太さの指は、男の髪の毛を引っ掴んで、そのまま持ち上げてしまう。
頭皮ごと引き剥がされる痛みから逃れる為に、男は自ら立ち上がって、力に従った。
「な、何だ、てめぇ!?」
「誰だ!?」
「何処から入った!」
「その手を放せ!」
残り四人の男たちが、眼に見えて狼狽する。
ペンチを持った男は、顔を後ろに向ける事が出来なかったが、背中から圧倒的な熱量を感じ取っている。それは、彼らの親分である紀田勝義の持つ肉の圧力と似ていた。
「や、野郎!」
ペンチを持った男は、自分の後ろに立った人間に、少しでも力を緩めさせようと蹴りを見舞った。足を踏み付け、脛に踵を叩き付ける。
相手は、揺るがない。
巨木に蹴りを入れているような不安感があった。
「楽しかったか?」
背後の肉塊が、炎のような吐息で、男の耳元に囁いた。
「女を囲んで虐めるのは、楽しかったか?」
「何を言って……」
「答えろよ」
その声は掠れていて、血の匂いがした。怪我をしているのだ。だが、それでもペンチを持った男よりも、遥かに高い戦闘力を持っている事が分かる。
「さっさと答えないなら……こうしてやるぜ」
ペンチを持った男の頸を、背後からもう一つの手が掴んだ。
大の男の頸を一周するくらいの、大きな掌である。ペンチを持った男は、そのまま頸をねじり折られるのではないかと思った。
そうはならなかった。頸を掴んだのは、飽くまで彼の頭部を固定する為だ。
「ぃ――ぎゃあああっ!」
ペンチを持った男は悲鳴を上げた。
その頭部から、みりみりみりっ……という、繊維を引き裂く音がして、髪の毛の束と共に頭皮が剥ぎ取られてしまった。
反らす事になった身体を、すぐに丸めて、その場に膝を突く男。その手から錆び付いたペンチがこぼれ落ちる。
「答えろよ」
そのペンチを、男の頭皮を剥き取った手が掴んだ。
剥き出しになった頭の肉に、錆びたペンチをあてがってやると、男は鋭利な痛みに悲鳴を上げて蹲ってしまう。
「情けない奴だな。女一人に白状させられない上、こんな事で痛がるなんて」
「何なんだ、てめぇ!」
男の一人が、床に転がった鉄パイプを拾って、打ち掛かった。
横から叩き付ける一撃が、相手の腕を強打する。
普通の喧嘩ならば、それで終わりだ。腕の骨が折れて、そうでなくとも痛みに怯えた相手は、降伏する。
だが、この時、勝義会のチンピラが相手にしていた人物は、そうはならなかった。
鉄パイプで殴り掛かった男が浮かべていた、勝ち誇った表情に、黒ずんだ汚れをこびり付かせたスニーカーが跳ね上がり、吸い込まれてゆく。
男は鼻骨を陥没させられ、前歯を根こそぎ圧し折られて、その場に仰向けになった。
からんからん、と、鉄パイプが耳障りな音を立てて、床に落ちる。
他の三人は、事ここに至って漸く、その人物との戦力差に気付けたようであった。
それぞれ、金属バットと、青竹と、壁に掛かっていた木刀を引っ掴んで、入り口の反対の壁まで後退してゆく。
「お前たちでも良いか。こいつの代わりに答えろよ」
頭皮を剥がれた男の尻を蹴り飛ばし、彼は訊いた。
裾が、何十年も前に流行したズボンのように広がっているジーンズだ。それなのに、太腿だけはワンサイズ小さなものであるかのように、張り詰めている。ウェストのよれ具合からすると、腰囲はサイズが大きいのだが、太腿の径があり過ぎるので、丁度良いズボンがオーダーメイド以外ではあつらえられないのだ。
素肌に、直に黒い革ジャンを着ていた。ゴムタイヤのように、大胸筋が膨らんでいる。腹はほんのり突き出しているが、これも腹筋のお陰だ。その表面を、薄い膜のように脂肪が包み込んでいた。胴体が括れているように見えるのは、前述の太腿の所為である。
胸に、抉られたような痕があり、その周辺を赤黒い滓のようなものが覆っていた。それが、男の全身から溢れ出す熱気によって溶融して、生命の香りをくゆらせているのだ。
「楽しかったか? 寄ってたかって、女を虐めるのは?」
牙を剥いて、威嚇する。
赤い髪が逆立って、燃えているように見えた。
その熱い声に、自ら狂う事さえ一度は望んだ杏子が、我に返った。
杏子は上目遣いに、自分の横に立つ巨人を見た。
「――明石……さん」
一本一本がソーセージのような太さの指は、男の髪の毛を引っ掴んで、そのまま持ち上げてしまう。
頭皮ごと引き剥がされる痛みから逃れる為に、男は自ら立ち上がって、力に従った。
「な、何だ、てめぇ!?」
「誰だ!?」
「何処から入った!」
「その手を放せ!」
残り四人の男たちが、眼に見えて狼狽する。
ペンチを持った男は、顔を後ろに向ける事が出来なかったが、背中から圧倒的な熱量を感じ取っている。それは、彼らの親分である紀田勝義の持つ肉の圧力と似ていた。
「や、野郎!」
ペンチを持った男は、自分の後ろに立った人間に、少しでも力を緩めさせようと蹴りを見舞った。足を踏み付け、脛に踵を叩き付ける。
相手は、揺るがない。
巨木に蹴りを入れているような不安感があった。
「楽しかったか?」
背後の肉塊が、炎のような吐息で、男の耳元に囁いた。
「女を囲んで虐めるのは、楽しかったか?」
「何を言って……」
「答えろよ」
その声は掠れていて、血の匂いがした。怪我をしているのだ。だが、それでもペンチを持った男よりも、遥かに高い戦闘力を持っている事が分かる。
「さっさと答えないなら……こうしてやるぜ」
ペンチを持った男の頸を、背後からもう一つの手が掴んだ。
大の男の頸を一周するくらいの、大きな掌である。ペンチを持った男は、そのまま頸をねじり折られるのではないかと思った。
そうはならなかった。頸を掴んだのは、飽くまで彼の頭部を固定する為だ。
「ぃ――ぎゃあああっ!」
ペンチを持った男は悲鳴を上げた。
その頭部から、みりみりみりっ……という、繊維を引き裂く音がして、髪の毛の束と共に頭皮が剥ぎ取られてしまった。
反らす事になった身体を、すぐに丸めて、その場に膝を突く男。その手から錆び付いたペンチがこぼれ落ちる。
「答えろよ」
そのペンチを、男の頭皮を剥き取った手が掴んだ。
剥き出しになった頭の肉に、錆びたペンチをあてがってやると、男は鋭利な痛みに悲鳴を上げて蹲ってしまう。
「情けない奴だな。女一人に白状させられない上、こんな事で痛がるなんて」
「何なんだ、てめぇ!」
男の一人が、床に転がった鉄パイプを拾って、打ち掛かった。
横から叩き付ける一撃が、相手の腕を強打する。
普通の喧嘩ならば、それで終わりだ。腕の骨が折れて、そうでなくとも痛みに怯えた相手は、降伏する。
だが、この時、勝義会のチンピラが相手にしていた人物は、そうはならなかった。
鉄パイプで殴り掛かった男が浮かべていた、勝ち誇った表情に、黒ずんだ汚れをこびり付かせたスニーカーが跳ね上がり、吸い込まれてゆく。
男は鼻骨を陥没させられ、前歯を根こそぎ圧し折られて、その場に仰向けになった。
からんからん、と、鉄パイプが耳障りな音を立てて、床に落ちる。
他の三人は、事ここに至って漸く、その人物との戦力差に気付けたようであった。
それぞれ、金属バットと、青竹と、壁に掛かっていた木刀を引っ掴んで、入り口の反対の壁まで後退してゆく。
「お前たちでも良いか。こいつの代わりに答えろよ」
頭皮を剥がれた男の尻を蹴り飛ばし、彼は訊いた。
裾が、何十年も前に流行したズボンのように広がっているジーンズだ。それなのに、太腿だけはワンサイズ小さなものであるかのように、張り詰めている。ウェストのよれ具合からすると、腰囲はサイズが大きいのだが、太腿の径があり過ぎるので、丁度良いズボンがオーダーメイド以外ではあつらえられないのだ。
素肌に、直に黒い革ジャンを着ていた。ゴムタイヤのように、大胸筋が膨らんでいる。腹はほんのり突き出しているが、これも腹筋のお陰だ。その表面を、薄い膜のように脂肪が包み込んでいた。胴体が括れているように見えるのは、前述の太腿の所為である。
胸に、抉られたような痕があり、その周辺を赤黒い滓のようなものが覆っていた。それが、男の全身から溢れ出す熱気によって溶融して、生命の香りをくゆらせているのだ。
「楽しかったか? 寄ってたかって、女を虐めるのは?」
牙を剥いて、威嚇する。
赤い髪が逆立って、燃えているように見えた。
その熱い声に、自ら狂う事さえ一度は望んだ杏子が、我に返った。
杏子は上目遣いに、自分の横に立つ巨人を見た。
「――明石……さん」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる