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第九章 野獣の饗宴
第十四節 悪滅明王
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雅人は革ジャンを脱ぐと、裸の杏子の肩に掛けてやった。杏子が、体格で言うと小振りであるから、雅人の身体にマッチした上着はコートのような大きさである。
服を脱いだ雅人は、それなのに、一回りか二回り、肉体が膨張したようであった。
黒い衣装で印象を引き締めていたという事はあるであろうが、それ以上に、解放された肉体のパワーが、骨格から、筋肉から、血液から、皮膚から滲み出して、雅人の存在そのものを大きく見せているのである。
壁際に追い詰められたチンピラたちは、ペンチを捨てて文字通り素手になった赤毛の巨漢を前にして、額から背中から脂汗を滴らせていた。
部屋の温度が、雅人の存在によって上昇しているようである。
全身を炙られる感覚を、勝義会の男たちは味わっていた。
「お前……」
雅人が、金属バットを持った男を指差した。
「答えろよ。この女を虐めるのは楽しかったか?」
「ぅ……わぁぁっ!」
雅人の眠たそうな瞳に睨まれて、男は自棄になったように、金属バットを上段に掲げて打ち掛かってゆく。
雅人は、それが自分の身体に届く前に、掌で受け止めてしまった。
そして相手の男に顔を近付けて、囁いた。
「答えろよ」
次の瞬間、雅人の左手が男の顎を打ち砕いた。
顎骨を粉砕された男が、一度は鼻の下まで届いた下唇を、今度は咽喉の中頃までずり落ちさせて、床に倒れ込んだ。金属バットを握ったまま、男はその場で奇妙なダンスを踊り、動かなくなった。
「早く答えねぇか。どうだったんだ?」
雅人は残り二人に訊いた。
木刀を構えている方は兎も角、青竹を持っている方は泣き出しそうな顔になって、震えている。もう少し脅かしてやれば、大便まで漏らしてしまいそうだった。
雅人はゆっくりと近付くと、「ひゃあっ」という悲鳴と共に振り回された青竹を掴んで、奪い取った。
木刀の男が、横に逃れる。
雅人は青竹の片端を左手で握ると、虚空に向かって何度か振り回した。
ひゅぉん、ぶぉん、
と、空気を切る音がする。
それまで青竹を持っていた男が、背中を壁にもたれさせてしまった。
雅人は彼を追い詰めて、左手に持った青竹の先端を、相手の心臓部に押し当てた。
男は、それで緊張の糸を切らしてしまった。ズボンの股間が内側から濡れぼそり、異臭と共に裾から茶色っぽいものが滑り落ちてゆく。
「ぎゃおーっ!」
咆哮しながら、木刀の男が雅人に打ち掛かった。
雅人は振り向きながら、青竹に右手を添えて斜めに構える。木刀の一撃を滑らせて無効化した青竹の切り返しが、相手の唐竹に振り下ろされた。
男は自分の頭蓋骨が砕ける映像を幻視したのだろう。襲い掛かった時以上に高い悲鳴を上げて、床に座り込んでしまった。
だが、雅人の持った青竹は、男の頭部に触れる事はなかった。雅人が渾身の力で振り下ろした瞬間、胸骨を砕くパンチを発揮させる握力が青竹を潰し、繊維に沿って引き裂かせて、ささらのようにしてしまったのだ。
雅人はささらを放り投げると、眼の前にへたり込んだ男と目線を合わせるようにしゃがみ、再三繰り返している問いを投げ掛けた。
「楽しかったか?」
雅人は別に、凄んだ訳ではない。
だが、顔に張り付いた血が、眼の下から頬を伝って顎に至るメイクは、悪鬼を踏み潰す明王のそれだ。見れば誰もが恐れ、嘘を吐く事を許さない。
「た……楽しかった……」
男は白状した。
「だろうな」
雅人は男の左手で襟首を掴み、彼と一緒に立ち上がった。
男の爪先が床から引き剥がされて、雅人の左手首に両手をやって、全ての体重を頸のみで支える助けとする。
彼の眼の前に、雅人が右手を突き出した。そして、小指から順番に折り曲げてゆき、最後に親指でロックする事で、拳を完成する。
「や、やめて……くれ」
自分が何をされるのかを察した男が、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「やめて下さい‼」
「俺もお前たちを虐めるのが楽しいよ」
雅人は冷たく言い放つと、ぎゅっと固めた右の拳を、男の顔面にめり込ませた。
湿った音を立てて引き抜かれた拳の先に、白っぽいものが埋め込まれている。それを抜き取って、左手の親指と人差し指で圧迫し、磨り潰してしまった。
頭皮を剥がれて悲鳴を上げる男。
顔を蹴り潰された男。
顎を砕かれた男。
大便を漏らして子供のように泣き喚く男。
拳で顔面を撃ち抜かれた男。
雅人の敵はいなくなった。
雅人は革ジャンを被せた杏子の横に跪くと、敵を滅する明王の表情を解き、今にも泣き出してしまいそうな子供の顔を作った。
「すまない……すまなかった……俺の、所為で……」
杏子は、雅人が初めて見せた弱さ――人間的な感情を見て、自身の痛みさえ忘れて安堵した。この男に助けを求めたのは間違いではなかった、狂気の中に垣間見えた正義の炎は、正しかったのだと、確信する。
「奴らを、叩き潰して来る」
雅人は言った。
服を脱いだ雅人は、それなのに、一回りか二回り、肉体が膨張したようであった。
黒い衣装で印象を引き締めていたという事はあるであろうが、それ以上に、解放された肉体のパワーが、骨格から、筋肉から、血液から、皮膚から滲み出して、雅人の存在そのものを大きく見せているのである。
壁際に追い詰められたチンピラたちは、ペンチを捨てて文字通り素手になった赤毛の巨漢を前にして、額から背中から脂汗を滴らせていた。
部屋の温度が、雅人の存在によって上昇しているようである。
全身を炙られる感覚を、勝義会の男たちは味わっていた。
「お前……」
雅人が、金属バットを持った男を指差した。
「答えろよ。この女を虐めるのは楽しかったか?」
「ぅ……わぁぁっ!」
雅人の眠たそうな瞳に睨まれて、男は自棄になったように、金属バットを上段に掲げて打ち掛かってゆく。
雅人は、それが自分の身体に届く前に、掌で受け止めてしまった。
そして相手の男に顔を近付けて、囁いた。
「答えろよ」
次の瞬間、雅人の左手が男の顎を打ち砕いた。
顎骨を粉砕された男が、一度は鼻の下まで届いた下唇を、今度は咽喉の中頃までずり落ちさせて、床に倒れ込んだ。金属バットを握ったまま、男はその場で奇妙なダンスを踊り、動かなくなった。
「早く答えねぇか。どうだったんだ?」
雅人は残り二人に訊いた。
木刀を構えている方は兎も角、青竹を持っている方は泣き出しそうな顔になって、震えている。もう少し脅かしてやれば、大便まで漏らしてしまいそうだった。
雅人はゆっくりと近付くと、「ひゃあっ」という悲鳴と共に振り回された青竹を掴んで、奪い取った。
木刀の男が、横に逃れる。
雅人は青竹の片端を左手で握ると、虚空に向かって何度か振り回した。
ひゅぉん、ぶぉん、
と、空気を切る音がする。
それまで青竹を持っていた男が、背中を壁にもたれさせてしまった。
雅人は彼を追い詰めて、左手に持った青竹の先端を、相手の心臓部に押し当てた。
男は、それで緊張の糸を切らしてしまった。ズボンの股間が内側から濡れぼそり、異臭と共に裾から茶色っぽいものが滑り落ちてゆく。
「ぎゃおーっ!」
咆哮しながら、木刀の男が雅人に打ち掛かった。
雅人は振り向きながら、青竹に右手を添えて斜めに構える。木刀の一撃を滑らせて無効化した青竹の切り返しが、相手の唐竹に振り下ろされた。
男は自分の頭蓋骨が砕ける映像を幻視したのだろう。襲い掛かった時以上に高い悲鳴を上げて、床に座り込んでしまった。
だが、雅人の持った青竹は、男の頭部に触れる事はなかった。雅人が渾身の力で振り下ろした瞬間、胸骨を砕くパンチを発揮させる握力が青竹を潰し、繊維に沿って引き裂かせて、ささらのようにしてしまったのだ。
雅人はささらを放り投げると、眼の前にへたり込んだ男と目線を合わせるようにしゃがみ、再三繰り返している問いを投げ掛けた。
「楽しかったか?」
雅人は別に、凄んだ訳ではない。
だが、顔に張り付いた血が、眼の下から頬を伝って顎に至るメイクは、悪鬼を踏み潰す明王のそれだ。見れば誰もが恐れ、嘘を吐く事を許さない。
「た……楽しかった……」
男は白状した。
「だろうな」
雅人は男の左手で襟首を掴み、彼と一緒に立ち上がった。
男の爪先が床から引き剥がされて、雅人の左手首に両手をやって、全ての体重を頸のみで支える助けとする。
彼の眼の前に、雅人が右手を突き出した。そして、小指から順番に折り曲げてゆき、最後に親指でロックする事で、拳を完成する。
「や、やめて……くれ」
自分が何をされるのかを察した男が、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「やめて下さい‼」
「俺もお前たちを虐めるのが楽しいよ」
雅人は冷たく言い放つと、ぎゅっと固めた右の拳を、男の顔面にめり込ませた。
湿った音を立てて引き抜かれた拳の先に、白っぽいものが埋め込まれている。それを抜き取って、左手の親指と人差し指で圧迫し、磨り潰してしまった。
頭皮を剥がれて悲鳴を上げる男。
顔を蹴り潰された男。
顎を砕かれた男。
大便を漏らして子供のように泣き喚く男。
拳で顔面を撃ち抜かれた男。
雅人の敵はいなくなった。
雅人は革ジャンを被せた杏子の横に跪くと、敵を滅する明王の表情を解き、今にも泣き出してしまいそうな子供の顔を作った。
「すまない……すまなかった……俺の、所為で……」
杏子は、雅人が初めて見せた弱さ――人間的な感情を見て、自身の痛みさえ忘れて安堵した。この男に助けを求めたのは間違いではなかった、狂気の中に垣間見えた正義の炎は、正しかったのだと、確信する。
「奴らを、叩き潰して来る」
雅人は言った。
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