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第十章 復活祭
第一節 無数の瞳
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三人の先輩刑事を海に叩き込んで、玲子は発着場に向かった。
玲子と飛岡が車を停めたのは、第三埠頭。
玲子が警備していたのがそこから少し離れた第四埠頭で、刑事たちに襲われたのはマリンタワーから一直線のコンテナターミナルである。
ここから北へ向かうと、ターミナルビルとその駐車場に辿り着く。
駐車場はビルの南側にあり、三〇台まで停められるようになっていた。今停まっているのは、警察のものも合わせて一三台である。
ターミナルは三階建てで、一階は発券ロビー、二階は待合室と、レストランや売店が一緒になっており、三階は会議室である。
このターミナルの周辺に、刑事たちが配備されている筈であったが、その姿がない。
玲子はターミナルの前にやって来た。
二階へ直接上がる階段が、正面玄関のひさしになるように造られている。本当ならば、その階段の陰と、上り切った場所にも警官がいるべきであるが、それもない。
玲子は二つある自動ドアの内、右の側から発券ロビーに入った。
正面に受付カウンターが六つ設置されており、その手前に利用客の列を整理する為のバリケードが張られている。ロビーの中央に階段があり、階段を支える柱の陰にトイレがある。男性用が右側で、左が女性用、真ん中に身障者用。
静かだった。
人の気配がない。
夕方の便の発券はもう終わっているが、ターミナル自体は午前二時まで営業しており、その間にチケットを購入したり、二階のレストランで時間を潰したりする利用者もいる。
玲子は、受付カウンターまで近付いた。
途端、生臭い匂いが鼻を貫く。
海の傍の事であるから、初めは磯の匂いかとも思ったのだが、そうではない。魚を捌いているのを眼前にした時よりも、ずっと濃厚で強烈な、生命の匂いである。
玲子はカウンターの中を覗き込んだ。
その内側に、制服を身に着けた女が倒れている。
床に、頭を着けている部分を起点にして、赤い水溜りがあり、髪の毛が放射状に広がっている。
頭部をのけ反らせているが、その片方の眼窩が、くり抜かれている。眼球が破裂して、眼の周りを濡らしているらしかった。
玲子は口元を押さえて、その酷薄な死体への嫌悪感を堪えながら、周辺を警戒した。
あの死体を作り上げた者が、近くに潜んでいると感じたのだ。
玲子は周囲を見渡した。
フェリーの汽笛や、建物の壁を叩く海風以外は、物音のしないターミナルの中に、一瞬にしてひりひりとした空気が充満したような気がする。
服の繊維の隙間を潜り抜けて、毛穴に直接、見えない針を刺し込まれたような感覚だった。
むず痒い。
全身を掻き毟りたくなるような感覚に、けれど流されてはいけなかった。これを感知するのは良いけれど、反応してしまえばそれが隙を生み、生まれた隙を貫かれれば――
がたり、と、物音がした。
玲子は、その音が緩慢であった事から、ゆっくりと頭上に顔を向けた。
二階までは吹き抜けになっており、身を乗り出せば発券ロビーを見渡す事が出来る。
玲子は、無数の瞳に睥睨されていた。
どれも正気を失い、血走った眼である。
しかし、見知った顔だ。
ジャケットを着こなしたがっちりとした身体の男や、正義を意味する筈の青い帽子と衣服を身に着けた者らが、ひしめき合うようにして二階から見下ろしていたのであった。
彼らの顔や手には太く蒼黒い血管が浮かんでおり、この脈動が彼らから正気を奪っているのだと思わせた。
玲子を見下ろす刑事や巡査たちが、動きを開始した。
階段を駆け下りる者があり、手すりを飛び越えて落下する者もある。しかし彼らは正気と共に本来の運動能力を奪われており、階段で転んでは他の者に踏み付けられ、着地を失敗しては身体を何処かしら負傷した。
しかし、踏み付けられても骨が折れても、彼らは玲子をターゲットとして補足し、そして緩慢な動きで迫る。
玲子はターミナルから脱出しようとしたが、今度はやたらに機敏な動きの刑事が、出入り口の前に滑り込んで玲子を止めた。
「飛岡さん……」
精悍な顔に筋を浮かべた狂気の先輩刑事は、手に拳銃を持っていた。
黒い銃口が玲子を睨み、照準も付けないままに発砲された。
「――っ」
ターミナルのロビーに、乾いた火薬の破裂音が響き渡った。
玲子と飛岡が車を停めたのは、第三埠頭。
玲子が警備していたのがそこから少し離れた第四埠頭で、刑事たちに襲われたのはマリンタワーから一直線のコンテナターミナルである。
ここから北へ向かうと、ターミナルビルとその駐車場に辿り着く。
駐車場はビルの南側にあり、三〇台まで停められるようになっていた。今停まっているのは、警察のものも合わせて一三台である。
ターミナルは三階建てで、一階は発券ロビー、二階は待合室と、レストランや売店が一緒になっており、三階は会議室である。
このターミナルの周辺に、刑事たちが配備されている筈であったが、その姿がない。
玲子はターミナルの前にやって来た。
二階へ直接上がる階段が、正面玄関のひさしになるように造られている。本当ならば、その階段の陰と、上り切った場所にも警官がいるべきであるが、それもない。
玲子は二つある自動ドアの内、右の側から発券ロビーに入った。
正面に受付カウンターが六つ設置されており、その手前に利用客の列を整理する為のバリケードが張られている。ロビーの中央に階段があり、階段を支える柱の陰にトイレがある。男性用が右側で、左が女性用、真ん中に身障者用。
静かだった。
人の気配がない。
夕方の便の発券はもう終わっているが、ターミナル自体は午前二時まで営業しており、その間にチケットを購入したり、二階のレストランで時間を潰したりする利用者もいる。
玲子は、受付カウンターまで近付いた。
途端、生臭い匂いが鼻を貫く。
海の傍の事であるから、初めは磯の匂いかとも思ったのだが、そうではない。魚を捌いているのを眼前にした時よりも、ずっと濃厚で強烈な、生命の匂いである。
玲子はカウンターの中を覗き込んだ。
その内側に、制服を身に着けた女が倒れている。
床に、頭を着けている部分を起点にして、赤い水溜りがあり、髪の毛が放射状に広がっている。
頭部をのけ反らせているが、その片方の眼窩が、くり抜かれている。眼球が破裂して、眼の周りを濡らしているらしかった。
玲子は口元を押さえて、その酷薄な死体への嫌悪感を堪えながら、周辺を警戒した。
あの死体を作り上げた者が、近くに潜んでいると感じたのだ。
玲子は周囲を見渡した。
フェリーの汽笛や、建物の壁を叩く海風以外は、物音のしないターミナルの中に、一瞬にしてひりひりとした空気が充満したような気がする。
服の繊維の隙間を潜り抜けて、毛穴に直接、見えない針を刺し込まれたような感覚だった。
むず痒い。
全身を掻き毟りたくなるような感覚に、けれど流されてはいけなかった。これを感知するのは良いけれど、反応してしまえばそれが隙を生み、生まれた隙を貫かれれば――
がたり、と、物音がした。
玲子は、その音が緩慢であった事から、ゆっくりと頭上に顔を向けた。
二階までは吹き抜けになっており、身を乗り出せば発券ロビーを見渡す事が出来る。
玲子は、無数の瞳に睥睨されていた。
どれも正気を失い、血走った眼である。
しかし、見知った顔だ。
ジャケットを着こなしたがっちりとした身体の男や、正義を意味する筈の青い帽子と衣服を身に着けた者らが、ひしめき合うようにして二階から見下ろしていたのであった。
彼らの顔や手には太く蒼黒い血管が浮かんでおり、この脈動が彼らから正気を奪っているのだと思わせた。
玲子を見下ろす刑事や巡査たちが、動きを開始した。
階段を駆け下りる者があり、手すりを飛び越えて落下する者もある。しかし彼らは正気と共に本来の運動能力を奪われており、階段で転んでは他の者に踏み付けられ、着地を失敗しては身体を何処かしら負傷した。
しかし、踏み付けられても骨が折れても、彼らは玲子をターゲットとして補足し、そして緩慢な動きで迫る。
玲子はターミナルから脱出しようとしたが、今度はやたらに機敏な動きの刑事が、出入り口の前に滑り込んで玲子を止めた。
「飛岡さん……」
精悍な顔に筋を浮かべた狂気の先輩刑事は、手に拳銃を持っていた。
黒い銃口が玲子を睨み、照準も付けないままに発砲された。
「――っ」
ターミナルのロビーに、乾いた火薬の破裂音が響き渡った。
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