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第十章 復活祭
第四節 復 讐 蛇
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海の風を浴びながら、蛟は全身を包んだ血を拭い取ろうとした。
だが、再生されたその掌も血濡れており、結局はぬめるような白い皮膚に血液を塗り込む結果となる。
蛟はきょろきょろと、周囲を見渡した。人影は一つもない。先程の若者たちも、既に純の言葉に従って逃げ出してしまったようなのだ。
爪を喰らわせた者の居場所ならば把握出来るのだが、それでも少々距離がある。
蛟は不機嫌そうに顔を歪めて、マリンタワーの入り口の前までやって来た。
その自動ドアが開いて、純が姿を現した。
蒼いネクタイをほどき、シャツの襟元を緩め、白い鎖骨を露出させる。
雪のように白い、しかし蛟の持つ白さとは違って、皮膚の内に血の脈動を感じさせる肉体が、ほんの一部だけ外気に触れだけで、その色香でくらくらしそうになった。
純は潮の香りが強い風に、濡れ羽色のポニーテールをなびかせると、桜色の唇を緩く持ち上げて言った。
「脱皮による再生か……成程、それであの時、頸を刎ねてあげたのに、今、再びここに立っているという訳だ」
蛇だね、と、純が言う。
蛇ですよ、と、蛟が答えた。
「私は死なない。貴方に、あの日の屈辱を晴らすまでは……」
蛟が唇を吊り上げると、口腔には人のものとは違う、鋭利な牙が剥き出していた。
顎を大きく開いてみせれば、先端が割れた舌が咽喉の辺りまで垂れ下がる。
見開いた眼も、瞳孔が縦に長く、爬虫類特有のものに切り替わっていた。
再生した身体が、もこもこと動き始める。
純に見せ付けた頸の傷以外にも、全身の至る場所に切創のような蚯蚓腫れが生じ、皮膚が窪んで銃弾の痕が浮かんだ。
脱皮を経てリフレッシュした肉体が、またたく間にずたぼろに引き裂かれた痕跡を感じさせるものに変化する。無事な部分の方が少なく、それを自らの意思で再現出来る程に、蛟は純とのかつての戦いを記憶しているのだ。
海の風に、蛟の身体から立ち上る血の匂いが混じる。
数メートル離れていても、眉を顰めたくなるような濃厚な匂いであった。
だが、精々四メートルくらいの距離に立つ純は、表情を変えていない。
「決着は望むべくもない」
純は、杏仁型の眼で蛟を捉え、月を仰ぐ形をした唇からぞろりと言葉を滑り出させた。
「君たちオーヴァー・ロードを斃す事が、僕の望みだ……」
「ああ……あの時もそう言っていましたねぇ」
蛟の声は、長い舌と、無数の牙を震わせる。その為、声が篭って、些か聞き取り難い。
興奮から、蛟のペニスがぐりぐりと持ち上がる。亀頭が臍の上までやって来るのを、手で角度を下げ、体内に押し込んだ。
「始めましょうか……あの時の、続きを!」
蛟が両手を突き出し、掌に水を集めた。
二つの水の弾丸が、純に迫る。
純は右手に飛んで、水弾を避けた。
「しゃ!」
蛟の手が純を追い、水弾を連続して放つ。
水弾は芝生の地面を抉って、土の香りを大気中に舞い上げた。
純は蛟を中心として半円を描くように移動すると、足を止めた。
振り向いた蛟が、顔を伏せる。純の背中に夕陽が光っており、逆光に眼を焼かれたのである。
純が駆けた。
ホルスターから拳銃を引き抜き、左のものを投擲する。
蛟が右手で拳銃を払い、左手の先に水弾を集めて、純に放った。
純は正面に飛び込んで水弾を飛び越え、前方回転で立ち上がると、トンファーのように持った拳銃の銃身で蛟の顎を斜めから打ち抜こうとした。
蛟が、右手で純の腕を抑え、打撃を防ぐ。
純は革靴の踵で、蛟の裸足の左足を踏み付けた。指の骨を圧し折るストンプだ。
これに気を取られた瞬間、蛟の左手が純の左手に掴まれて、身体の前で両腕を交差する形にされる。
純が跳んだ。
純は左足で、交差させた蛟の両腕の間を踏み、ここを足場として更に跳躍、右膝を相手の顔の中心にめり込ませた。黒いスラックスに、赤い液体がべっとりと付着する。
そして、左足で蛟の鎖骨を踏み付け、バック宙しざまに右の背足で顎を蹴り上げると、よろめく蛟の足元に着地した。
蛟の顔は、ほんの数秒でぐちゃぐちゃにされていた。
鼻が陥没し、眼球は飛び出し、顎は二つに砕かれて、上下の唇を内側から牙で貫いている。
純はその足元に放られた拳銃を掴み上げると、やはりトンファーのように持って、蛟の頭部に打ち下ろした。
内部に残っていた弾丸の火薬が、衝撃で暴発し、蛟の頭部を打ち砕いた。
だが、再生されたその掌も血濡れており、結局はぬめるような白い皮膚に血液を塗り込む結果となる。
蛟はきょろきょろと、周囲を見渡した。人影は一つもない。先程の若者たちも、既に純の言葉に従って逃げ出してしまったようなのだ。
爪を喰らわせた者の居場所ならば把握出来るのだが、それでも少々距離がある。
蛟は不機嫌そうに顔を歪めて、マリンタワーの入り口の前までやって来た。
その自動ドアが開いて、純が姿を現した。
蒼いネクタイをほどき、シャツの襟元を緩め、白い鎖骨を露出させる。
雪のように白い、しかし蛟の持つ白さとは違って、皮膚の内に血の脈動を感じさせる肉体が、ほんの一部だけ外気に触れだけで、その色香でくらくらしそうになった。
純は潮の香りが強い風に、濡れ羽色のポニーテールをなびかせると、桜色の唇を緩く持ち上げて言った。
「脱皮による再生か……成程、それであの時、頸を刎ねてあげたのに、今、再びここに立っているという訳だ」
蛇だね、と、純が言う。
蛇ですよ、と、蛟が答えた。
「私は死なない。貴方に、あの日の屈辱を晴らすまでは……」
蛟が唇を吊り上げると、口腔には人のものとは違う、鋭利な牙が剥き出していた。
顎を大きく開いてみせれば、先端が割れた舌が咽喉の辺りまで垂れ下がる。
見開いた眼も、瞳孔が縦に長く、爬虫類特有のものに切り替わっていた。
再生した身体が、もこもこと動き始める。
純に見せ付けた頸の傷以外にも、全身の至る場所に切創のような蚯蚓腫れが生じ、皮膚が窪んで銃弾の痕が浮かんだ。
脱皮を経てリフレッシュした肉体が、またたく間にずたぼろに引き裂かれた痕跡を感じさせるものに変化する。無事な部分の方が少なく、それを自らの意思で再現出来る程に、蛟は純とのかつての戦いを記憶しているのだ。
海の風に、蛟の身体から立ち上る血の匂いが混じる。
数メートル離れていても、眉を顰めたくなるような濃厚な匂いであった。
だが、精々四メートルくらいの距離に立つ純は、表情を変えていない。
「決着は望むべくもない」
純は、杏仁型の眼で蛟を捉え、月を仰ぐ形をした唇からぞろりと言葉を滑り出させた。
「君たちオーヴァー・ロードを斃す事が、僕の望みだ……」
「ああ……あの時もそう言っていましたねぇ」
蛟の声は、長い舌と、無数の牙を震わせる。その為、声が篭って、些か聞き取り難い。
興奮から、蛟のペニスがぐりぐりと持ち上がる。亀頭が臍の上までやって来るのを、手で角度を下げ、体内に押し込んだ。
「始めましょうか……あの時の、続きを!」
蛟が両手を突き出し、掌に水を集めた。
二つの水の弾丸が、純に迫る。
純は右手に飛んで、水弾を避けた。
「しゃ!」
蛟の手が純を追い、水弾を連続して放つ。
水弾は芝生の地面を抉って、土の香りを大気中に舞い上げた。
純は蛟を中心として半円を描くように移動すると、足を止めた。
振り向いた蛟が、顔を伏せる。純の背中に夕陽が光っており、逆光に眼を焼かれたのである。
純が駆けた。
ホルスターから拳銃を引き抜き、左のものを投擲する。
蛟が右手で拳銃を払い、左手の先に水弾を集めて、純に放った。
純は正面に飛び込んで水弾を飛び越え、前方回転で立ち上がると、トンファーのように持った拳銃の銃身で蛟の顎を斜めから打ち抜こうとした。
蛟が、右手で純の腕を抑え、打撃を防ぐ。
純は革靴の踵で、蛟の裸足の左足を踏み付けた。指の骨を圧し折るストンプだ。
これに気を取られた瞬間、蛟の左手が純の左手に掴まれて、身体の前で両腕を交差する形にされる。
純が跳んだ。
純は左足で、交差させた蛟の両腕の間を踏み、ここを足場として更に跳躍、右膝を相手の顔の中心にめり込ませた。黒いスラックスに、赤い液体がべっとりと付着する。
そして、左足で蛟の鎖骨を踏み付け、バック宙しざまに右の背足で顎を蹴り上げると、よろめく蛟の足元に着地した。
蛟の顔は、ほんの数秒でぐちゃぐちゃにされていた。
鼻が陥没し、眼球は飛び出し、顎は二つに砕かれて、上下の唇を内側から牙で貫いている。
純はその足元に放られた拳銃を掴み上げると、やはりトンファーのように持って、蛟の頭部に打ち下ろした。
内部に残っていた弾丸の火薬が、衝撃で暴発し、蛟の頭部を打ち砕いた。
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