いつかまた、バス停で。

おぷてぃ

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第3話「樹と千鶴」③

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「ふーん?先輩ねー。いくつなの?名前は?」

    女の子がこちらに向き直る。子ども特有の落ち着きのなさといえるこうした挙動は、正直に言えば苦手だった。しかし、ものを恵んでもらった相手を、それも年下の子どもをむげに扱うわけにもいかない。残りの一口を頬張り、渋々と答えた。

「いつき。高山樹。高二」

    アイスの棒をゴミ箱へ放り投げる。薄っぺらな木片は、ぱさっと情けない音を立てて吸い込まれていった。

「いつき…いつきくんかあ。よろしくね!」

    差し出された右手と、屈託のない笑顔を見比べる。今度は何が仕掛けられているのか訝しんでいると、見透かしたように女の子が言った。

「何もしないよー。ほら」

    そう言ってまた右手を差し出してくる。俺はおずおずと手を伸ばして、その小さな手を握ろうとした。その時。
    手のひらに当たる指の感触。見れば、女の子の右手中指が、こちらの手のひらに当たって握手を妨害していた。どっと疲れが押し寄せる。女の子を見やると、今度はお腹を抱え、足をバタつかせながら笑っていた。

「そんなところだとは思ってたよ…」

    深いため息と同時にバスがやって来た。町の予算不足から使い古されたおんぼろバスは、ギギッと鈍い音をさせながらドアを開け、乗客を迎える準備を整える。朝からとんだ目に合うもんだ。やれやれとバスのステップへ右足を掛けた時、後ろから声が聞こえた。

「私はちづる…遠野千鶴。よろしくね!ちいちゃんでいいよ!」
「とおの…」

    思わず口に出す。この辺りではありふれた苗字だが、引っかかるものがあった。立ち上がってぶんぶんと手を振る『ちいちゃん』を肩越しに見やる。きっと思い過ごしだろう。なんとも騒がしい見送りに、思わず苦笑する。

「じゃあな」そう言って前を向くと、また呼び止められた。

「ねぇ、猫拾ったんでしょ?名前何にしたの?」
「なんで…」(それを?)と言いかけると、バスの運転手に早く乗るように促された。なので、手短に伝えることにした。

「ジジだよ」
「ジジ!?もしかして宅急便の?可愛いー!女の子みたいな名前の付け方だね!」

    千鶴はくすくすと笑うのを我慢しながら、両手で口元を押さえている。バスのドアが再びギギッと音を立てて閉まってからも、千鶴はまだ笑っているようだった。

「う、うっせー…」

    ドアのガラス越しに力なく呟いて、窓側の席に座った。バスが動き出す。じゃあねと手を振る千鶴に、小さく手を振り返す。おかしな顔見知りができたものだ。馴れ馴れしさにも、不思議と不快感は無かった。
    千鶴はきびすを返して、今はこちらに背を向けて停留所横の坂道を上がり始めている。ある建物が目に留まった。坂の途中にある、二階建ての古びたコンクリート造りの建物。壁に取り付けられた看板には「遠野診療所」とあった。その二階、角部屋の窓が開いており、白いレースのカーテンが気持ちよさそうに揺れている。
    数日前の雨の日のことを思い出して、千鶴の情報の出所がなんとなくわかった気がした。

「志保…やっぱり帰ってたのか」

    そう呟いたのと同時に、頭の片隅にしまっておいた幼い頃の記憶が顔を覗かせる。行き先を告げるアナウンスで我にかえった。さて、と無理やり気持ちを切り替える。頭の中はじきに今日の授業の予習でいっぱいになった。
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