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第5話「黄昏時」②
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後ろから三列目、海側の席に彼はいた。その視線は今、海へ向けられていた。先ほどまでの私と同じように、彼の心は泣いているのだろうか。ゆっくりと立ち上がった彼が昇降口へと進み出て、ステップをうつむき加減で降りる。なんだかとても疲れて見えたので、『頑張ったね』と、頭を撫でてあげたくなった。
いや、撫でていた。
「うおっ!お前…ち、千鶴!?」
彼が飛び上がる。当然だろう。私が同じことをされたら、きっとそうなるに決まっている。
「よ、よお…」
できるだけ平静を装って声をかけてみた。自分が先程とった行動に、心臓サイドから怒涛のクレームが押し寄せる。胸の鼓動はきっと、彼にも聞こえているに違いない。冷や汗が流れる。
「何が、『よお』だよバカ!びっくりするだろ」
「そ、そうだよね。ごめんごめん」
照れ隠しに笑って見せたが、それを誤魔化し切れたか、正直に言えば自信は無い。そんな私を横目に、彼は自転車を取りにバス停の裏へ回った。まずい、このままでは帰ってしまう。後ろをついて行く。
「ねぇ、もう帰っちゃうの?」
「もうって…。俺はたった今ここに着いたばかりで、これから家に帰るんだよ」
機嫌が悪い。さっきの『なでなで』が原因だろうか。もしそうだとすれば、弁解の余地はない。
「せっかく会ったんだし、ちょっと話そうよ。ちょっとだけ…ね?」
彼は訝しげにこちらを見つめている。前に会った時の悪ふざけのことを思い出しているのだろうか。もしそうだとすれば、やはり弁解の余地はない。
「ジュースもあるよーって…」
彼の冷ややかな視線を遮るように、顔の高さでペットボトルをひらひら振ってみせる。こんなもので釣れるとは露ほども思いはしなかったが、引き留める材料が他に思いつかない。気まずい沈黙が流れる。
「仕方ねえなあ…」
数秒のにらみ合いの果てに、先に折れたのは彼の方だった。ため息まじりに、自転車を再びバス停の裏へ停める。喜々として後ろをついて行った。彼のためのジュースを手渡し、バス停へ戻って並んでベンチに腰掛けた。
「で、話って?宿題でも手伝って欲しいのか?」
「あー。またそうやって子ども扱いする!」
心外だと思ったが、無理もないことなので、無駄な抵抗はやめておいた。こちらの顔を覗き込む彼の表情から、さっきのような機嫌の悪さは消えていた。
「この前のほら。アイスのやつ…謝ろうと思って」つま先で石を転がす。こうしていれば、彼の顔を見ずに済んだ。
「は?あー…あれか!なんだ、そんなことでわざわざ待ってたのかよ」そう言うと彼はおかしそうに笑った。少し心が明るくなった。
「そんなことって!それに、別に待ってたわけじゃないし」嘘は割と得意な方だったが、それは今、どれ程の実力を発揮できているだろうか。
「へーそう。じゃあ、普段からジュースは一度に二本飲むんだな?」彼は得意げにそう言った。なんだかこの前の仕返しをされているようで、さすがに少しむっとした。
「うるさいなあー。もう知らない!ばかばーか!」
思いつく限りの罵声を浴びせて、立ち上がる。ひとまずの目的は達成したことだし、帰ることにしよう。そう思って、家に向かって歩き出した。
その時だった。
いや、撫でていた。
「うおっ!お前…ち、千鶴!?」
彼が飛び上がる。当然だろう。私が同じことをされたら、きっとそうなるに決まっている。
「よ、よお…」
できるだけ平静を装って声をかけてみた。自分が先程とった行動に、心臓サイドから怒涛のクレームが押し寄せる。胸の鼓動はきっと、彼にも聞こえているに違いない。冷や汗が流れる。
「何が、『よお』だよバカ!びっくりするだろ」
「そ、そうだよね。ごめんごめん」
照れ隠しに笑って見せたが、それを誤魔化し切れたか、正直に言えば自信は無い。そんな私を横目に、彼は自転車を取りにバス停の裏へ回った。まずい、このままでは帰ってしまう。後ろをついて行く。
「ねぇ、もう帰っちゃうの?」
「もうって…。俺はたった今ここに着いたばかりで、これから家に帰るんだよ」
機嫌が悪い。さっきの『なでなで』が原因だろうか。もしそうだとすれば、弁解の余地はない。
「せっかく会ったんだし、ちょっと話そうよ。ちょっとだけ…ね?」
彼は訝しげにこちらを見つめている。前に会った時の悪ふざけのことを思い出しているのだろうか。もしそうだとすれば、やはり弁解の余地はない。
「ジュースもあるよーって…」
彼の冷ややかな視線を遮るように、顔の高さでペットボトルをひらひら振ってみせる。こんなもので釣れるとは露ほども思いはしなかったが、引き留める材料が他に思いつかない。気まずい沈黙が流れる。
「仕方ねえなあ…」
数秒のにらみ合いの果てに、先に折れたのは彼の方だった。ため息まじりに、自転車を再びバス停の裏へ停める。喜々として後ろをついて行った。彼のためのジュースを手渡し、バス停へ戻って並んでベンチに腰掛けた。
「で、話って?宿題でも手伝って欲しいのか?」
「あー。またそうやって子ども扱いする!」
心外だと思ったが、無理もないことなので、無駄な抵抗はやめておいた。こちらの顔を覗き込む彼の表情から、さっきのような機嫌の悪さは消えていた。
「この前のほら。アイスのやつ…謝ろうと思って」つま先で石を転がす。こうしていれば、彼の顔を見ずに済んだ。
「は?あー…あれか!なんだ、そんなことでわざわざ待ってたのかよ」そう言うと彼はおかしそうに笑った。少し心が明るくなった。
「そんなことって!それに、別に待ってたわけじゃないし」嘘は割と得意な方だったが、それは今、どれ程の実力を発揮できているだろうか。
「へーそう。じゃあ、普段からジュースは一度に二本飲むんだな?」彼は得意げにそう言った。なんだかこの前の仕返しをされているようで、さすがに少しむっとした。
「うるさいなあー。もう知らない!ばかばーか!」
思いつく限りの罵声を浴びせて、立ち上がる。ひとまずの目的は達成したことだし、帰ることにしよう。そう思って、家に向かって歩き出した。
その時だった。
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